百鬼夜行部結成!
「そういえば、千鶴と小夜ちゃん先生はわざわざお礼だけ言いにここまで来たの?」
五光揃った札を机に広げながら、桐斗が二人に問う。向かいの桜司が札と桐斗と己の手札を何度も見比べているのを余所に、後頭部で手を組み仰け反るようにして見上げて言った。
「てか小夜ちゃん先生のそれ、文化部用の日報?」
「ええ、そうよ」
ゆるりと肯定し、神蛇は机に歩み寄ると手にしていた薄い冊子を置いた。形だけなら出席簿に似ているその表紙には、“百鬼夜行部 日報”とある。
「百鬼夜行部……とな」
桜司の呟く声に、仰向けに寝ていた伊月が反応し、体を起こした。
「えっ、僕らの集まりが部活になったの?」
「マジで? 暇潰し同好会じゃなくなるわけ?」
白、黒、ピンクの頭がそれぞれ物珍しげに日報を覗き込む。遅れて、桜司の後ろから伊月が見下ろしたかと思うと無言で手に取り、表紙を開いた。
「……千鶴も部員なのか」
「えっ!?」
それに驚いたのは当の本人で、桐斗はきょとんとした顔で千鶴と神蛇を見た。
「小夜ちゃんせんせ、ここの校則の説明してなかったの?」
「てか、してたとしても部活は自分で決めるもんじゃね?」
「あら、いけない。いらっしゃい、説明するわ」
桐斗の指摘を受けて、いま気付いたような顔で神蛇は千鶴の肩を引き寄せた。柳雨の尤もな疑問は横に流されてしまったらしい。
やんわりと肩を抱かれたまま、千鶴はこの学校が部活に所属することが義務であるということ、同好会でも構わないが部活ほどの功績にはならないため、原則的に内申には響かないこと、文化部と運動部で評価に差は生まれないことなどを説明された。
「本当は、入学説明会のときにお話を聞くのよ。千鶴ちゃんにもちゃんとお話しようと思っていたのだけれど……ごめんなさいね」
「あ……いえ、それは気にしてないです、けど……」
伊月が日報を開いて机に置き直した。思わず目で追うと、表紙裏に名簿が張り付けてあり、そこにしっかり“四季宮千鶴”と記されている。
「……わたしもここに所属するんですね」
「迷惑だったかしら」
見上げると、ただでさえ下がり気味な眉が一層下がって泣き出しそうなほど哀しげな表情の神蛇と目が合った。伏し目がちな目と相俟って、胸に突き刺さる心地がする。
「いえ、そんなことは……でも、わたしがここにいていいんでしょうか……元々ここは先輩たちが集まってた場所みたいですし」
居心地が悪いとまでは言わないが、場違いではないかという思いは拭えない。六月の半ばから部活を探しても、恐らく同様の居づらさを覚えるだろうが、それにしても。
「それは気にしなくていいんじゃない?」
不安げにしている千鶴に、桐斗がさらりと言ってのけた。他の皆も異論はないのか、特に反論する様子は見られない。それどころか、桜司は悪戯な笑みを浮かべると千鶴を指先で手招いた。神蛇がそっと千鶴の背を押したのでそれに従い、疑問に思いながらも桜司の傍へ寄っていく。
「わ……!!」
あと少しで傍まで行くというところで手を引かれ、予測していなかった力の動きに、千鶴は逆らうことが出来ずにそのまま倒れ込んだ。
飛び込んだ先は、桜司の膝の上。引き寄せた本人は、満足げに千鶴を腕の中に収めてぬいぐるみかなにかのように膝に抱いている。
「あー! おーじずるーい!!」
「ははは、五光の怨みを思い知るがいい」
「それおーじが弱いのが悪いんじゃん! 手札運は日頃の行いが出るんだからね!」
「ふん、何とでもほざけ」
頭上を吠えるような声が飛び交うのを、千鶴は為す術なく拘束された状態で固まったまま聞いている。チラリと神蛇のほうを見るが、彼女は微笑ましいものを見る目で皆を見ていて助けてくれそうにない。
飽きるまでぬいぐるみになっているしかなさそうだ、と諦めかけたときだった。
「いでっ!!」
「うるさい」
頭上から、ぱこん。と、いい音がした。
しかし千鶴の頭には衝撃がない。声をあげた桜司が、千鶴を抱え込んでいた手を片方離して叩かれたらしい箇所を撫でているのが視界の端に見える。
仰のいて見ると、桜司の背後に伊月が日報を手に聳え立っていた。
「それとお前」
「え、わ……わたしですか?」
「そうだ」
話しかけられるとは思っていなかったため、思わず肩が跳ねた。伊月のほうを向いて話を聞こうにも桜司の手は依然千鶴を拘束しているため、上向きで聞くしかない。少し首が痛むがそのままで待っていると、今一度桜司の頭がいい音を奏でた。
漸う解放され、そっと息を吐きながら立ち上がって伊月に向き直る。
「お前はもう、こちら側に縁が出来た。ゆえに俺たちと共にいることが推奨される」
「……えっと……?」
「はいはーい」
言葉が難しく端的すぎて理解が追いつかずにいる千鶴に、桐斗が右手を綺麗に挙げて発言の許可を求める姿勢を取りながら口を開いた。
「千鶴はなんていうか、僕らみたいなのと繋がりが出来やすいんだよね。それが無害なやつだけならいいんだけど、そうじゃないから、僕らと一緒にいてくれたほうがいざというとき護りやすいんだ」
「そのための部活というわけだな。ま、普段は集まって駄弁ってるだけだろうが」
桐斗と桜司の話を聞いているうち、とんでもないことになっているらしいことだけはどうにか理解出来た千鶴は、目眩がする心地を覚えた。
「お姫ちゃん……いや、真莉愛ちゃんみたいなすごいのが背後にいればだいたい何でも跳ね返せるんだけどねえ」
「えっ」
唐突に友人の名前が飛び出してきて、千鶴は思わず発言者の柳雨を見た。
「あの子は血筋だし、アレもあるから良し悪しじゃない?」
「お前たち、あまり本人のいないところで好き勝手言うな」
気になる言葉がたくさん出てきたが、伊月の一言で聞く空気ではなくなった。確かに事情について聞くなら本人に聞いたほうが良さそうだ。無遠慮に聞ける内容かどうかはともかくとして。
「取り敢えず、千鶴はこれからよろしく!」
「は、はい、よろしくお願いしま……わあ!?」
身を乗り出して千鶴の右手を取って上機嫌に握手をする桐斗に答えていると、またも強引に背後に体を引かれて桜司の膝に強制着席させられた。瞬間、桐斗から抗議の声が上がる。柳雨と神蛇は微笑ましげに眺めているだけで止めも煽りもしない。
「おチビちゃんはこれから大変だなあ」
「桜司くんと桐斗くん、それに伊月くんもあの子を気に入っているみたいだから大丈夫でしょう」
「小夜ちゃん……一応、俺様も加えてほしいなぁ、なんて」
柳雨の力ない抗議には微笑で返し、子犬の群のようにじゃれ合っている二人と桜司のぬいぐるみにされている千鶴を眺める。柳雨と小夜子の会話は、頭上を行き交う元気な声にかき消され、千鶴には届いていなかった。
(白狐先輩と赤猫先輩、仲いいなぁ……幼馴染みみたいなものなのかな)
現実逃避も兼ねて、二人のやりとりを眺めながら思いを馳せる。鬼灯高校に来るまで転校の繰り返しだった千鶴には、幼馴染みという概念がとても眩しいものに映る。
(そろそろ青龍先輩が止めに来そう)
恐らく数分も経たないうちに伊月が桜司を力業で止めるだろうという千鶴の予想は、数分後どころか数十秒後に的中するのだった。




