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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【壱ノ幕】還らずの路

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非日常への扉


 放課後、千鶴は昨晩のお礼をするべく部活棟を彷徨い歩いていた。混乱の中、微かに残っている記憶が確かなら文化部棟の端のほうにあったはずなのだが、どうも辿り着くことが出来ない。記憶違いかと思い、一度運動部の部活棟を覗いてみたが、抑々場所も違えば部屋の造りも違った。


「あれ……? 確かこの辺だったと思ったんだけど……」


 突き当たりまで来てもそれらしい部屋は見当たらない。空室はあったが、物置状態でとても普段利用している部屋には見えなかった。


「あら、千鶴ちゃん」


 諦めて職員室で聞こうかと思ったとき、背後から声がした。

 振り返ると、そこには神蛇小夜子がいた。ただそこに立っているだけなのに嫋やかで匂い立つ色香を感じるのは、彼女が人ならざるものだからというだけではなさそうだ。


「神蛇先生、先生も文化部の顧問だったんですか?」

「そうとも言えるし、違うとも言えるわね。今日から顧問を持つことになったのよ」

「へえ、そうなんですね。何の部活ですか?」


 千鶴の問いに、神蛇は意味ありげな微笑を浮かべると、ついと歩み寄って千鶴の手を取り、廊下の奥へ招いた。突き当たりには校舎裏が見える小さい窓が一つあるだけで、扉はない。廊下の右側は非常口で、左側は殆ど活動していない将棋部だ。時折麻雀牌をかき回す音が聞こえるとの噂があるが、千鶴はまだそれを知らない。

 しかし神蛇はお構いなしに突き当たりへ手を翳す。


「さあ、どうぞ」


 招き入れる言葉と共に、目の前に扉が現れた。他の部室と変わらない教室の扉だが、瞬きをする一瞬前までは窓だった場所だ。

 神蛇に招かれるまま扉をくぐると、教室内には桜司と桐斗が花札で遊んでいた。


「あら、早いのね」

「小夜ちゃんせんせーやっほー! あ、千鶴も来たんだ」

「入口がわからなくて迷っていたから連れてきたのよ」


 神蛇にそっと背中を押され、二人の前に進み出る。千鶴は桜司と桐斗を交互に見ると綺麗にお辞儀をしてから口を開いた。


「昨日はありがとうございました。気付いたら家にいたので、お礼が言えなくて……」

「あは、律儀だねー」

「素直に受け取ってあげて頂戴。それに、わたくしもあなたたちに感謝しているのよ」


 大したことはしていないとひらひら手を振って笑う桐斗に、神蛇も重ねてお礼を口にした。

 目を閉じ豊かな胸に手を当て、神蛇は過日の苦しみを思い出す。永遠に続くようにも思えた、昏い絶望の日々。守りたいと思っていた対象に受けた仕打ちと、それに対する自身の信じ難い行動。魂が堕ちるとはあれほどまでに苦痛を伴うものなのかと、あの夜初めて知った。

 二度とあのような想いはしたくない。それに、誰にもあの想いを知ってほしくない。


「わたくしを取り戻してくれてありがとう」


 神蛇はそう言うと、眉を下げて微笑んだ。

 彼女の言葉を受け、桜司と桐斗は互いに顔を見合わせてから神蛇を見上げた。


「とはいえ、我は千鶴を預かっただけだからなあ」

「それならさ、柳雨が一番がんばったんで、あとでお礼言ってやってよ」

「ええと……黒烏先輩でしたっけ」

「そ。朝、祠綺麗になってたっしょ。夜なべして磨いたからね、アイツ」

「あら、そうだったの……ひどい有様だったから大変だったでしょうに」


 千鶴は内心、そこは手作業なんだ……と思ったが口には出さなかった。しかし顔には出てしまっていたのか、目が合った桜司がくつくつと笑っている。


「お、おチビちゃんに小夜ちゃんじゃん」

「全員揃っていたのか」


 噂をすれば影がさすとの言葉のままに、扉が開いて柳雨と伊月も現れた。柳雨は顔に若干の疲れが窺えるが、それを悟らせまいとしているのか彼の性質なのか、初対面時と変わらない様子で軽口を並べ、ひらひらと手を振りながら部室へ入ってくる。


「黒烏先輩、さっき赤猫先輩に聞きました。うちの……というか、先生の祠、きれいにしてくださったって。ありがとうございます」

「わたくしからもお礼を言わせて頂戴。二人ともありがとう」


 真っ直ぐお礼を言う千鶴と、その肩を抱きながら淑やかに微笑む小夜子の屈託のない姿に圧倒され、柳雨は「お、おう」とだけ言うと、そそくさと部屋の奥へ逃げるように移動して動揺を露わにガタガタと椅子を鳴らしながら着席した。


「当然のことをしたまでです」


 照れ隠しもままならない柳雨に対して表情も声音も変わらないのが伊月で、さらりとそう答えると部屋の最奥になぜかある黒い合皮の三人掛けソファに横たわった。

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