深い愛が齎すもの
翌朝、街は昨晩起きた事故で大騒ぎだった。地方紙のみならず全国ニュースやネットニュースなどでも大々的に取り上げられ、被害者の少年が投稿した祠を荒らして回った動画も際限なく複製されては拡散された。事故の画像を面白半分に投稿する者も僅かにいたが、SNSの運営側が珍しく迅速に対処した結果、然程拡がることなく徐々に収束していった。
少年たちが荒らしたものは、鬼灯高校の祠と事故現場となった交差点の石碑、そして四季宮家の敷地にある祠の三つだった。メディア関係者が中学と高校に押し寄せては、登校中の生徒にマイクやカメラを向ける不躾な様子が中継で流れている。特に中学校は被害者であり不法侵入等の加害者でもある少年たちが通っていたため、メディアの数も現場や高校の比ではない。
「学校、大丈夫かな……」
朝のニュースを断片的に見ただけでも憂鬱になりそうな状態だった。教師たちにより門前で食い止められているとはいえ、その門を通らなければ入れないのだから。恐らく彼らは裏門にも待ち構えていることだろう。
登校中、千鶴は前方に見知った後ろ姿を見つけ、駆け寄った。
「おはよう、真莉愛ちゃん」
「千鶴、おはようございます」
応答と共に振り向いた真莉愛は、どこか疲れたような笑顔だった。それもそのはず。現場は毎回同じ道の同じ交差点なのだ。恐らく昨晩の事故の音も届いていたのだろう。
「真莉愛ちゃん、昨日は、その……ありがとう」
「え……?」
驚いたように目を丸くする真莉愛の手を取り、そのまま歩き続ける。
「白狐先輩に聞いたの。あのとき、わたしが見ないように声をかけてくれたんだって。そのせいで自分が見ちゃうことになっても、守ってくれたんだって。それなのに、全然気付かないで……ごめんね、怖かったよね」
ぱたりと、歩む足が止まった。千鶴もつられて足を止める。
隣を見ると、真莉愛は繋がれていないほうの手で涙を拭いながら、声を殺して泣いていた。
「ま、真莉愛ちゃん、大丈夫? ほんとごめんね、わたし鈍くて……っ」
慌てて宥めようとする千鶴の声が、不自然に途切れた。真莉愛の細くやわらかな体がふわりと重なり、千鶴を抱きしめたのだ。ぎゅっと力がこもり、耳元を微かな泣き声が擽る。
こんなときだというのに、真莉愛の髪から香る甘い香りはジャスミンだろうかという場違いな感想が、頭を過ぎった。
「千鶴が、無事で良かったです……まりあはこわかったですけど、でも、こわいだけであぶなくはなかったですから……」
「真莉愛ちゃん……」
すすり泣く背中を優しく撫でて宥めているうち、少しずつ声が落ち着き始めた。暫くして一つ深く息を吐くと、真莉愛は体を離して恥ずかしそうに笑って見せた。
「もう、へいきです。千鶴、ありがとう」
「ううん、わたしのほうこそ……」
どちらからともなく手を繋ぎ、歩き始める。事故現場はすっかり片付けられ、昨晩の凄惨な事故の名残は、電柱の根元にある僅かな献花だけだ。
千鶴の痣はというと、朝起きたらすっかり綺麗に消えていた。そしてなぜか目覚めた場所は自宅のベッドだった。だが、昨日の出来事が夢ではない証拠に、着ていた夜着は神社で借りた和服のままだった。帰宅直前に攫われたため、鞄や制服なども持ったままだったが、それも起きてみたら部屋に届けられていた。
更に玄関には靴が並べられており、新しい盃を持って祠を訪ねれば、そこには悪戯の跡など微塵も残っていない綺麗な祠が佇んでいた。
「朝のニュースで何となくわかってたけど、やっぱり騒がしいね」
「そうですね……早く行きましょう」
前方に見えてきた校門付近には、カメラを手にした報道関係者が警察や教員に制止を食らっている様子が見える。通りがかりに声をかけられている生徒も、先生のみならず警察もいる前でふざける度胸はないらしく、足早に駆け込んでいく。
千鶴も真莉愛と手を繋いだまま、群がっている人たちのほうは見ないようにして門を抜け、昇降口につくと一息ついた。
「……先生、来てるかな」
「もう大丈夫だと思います、けど……まりあもそのあとの体調まではわからないです」
靴を履き替え、教室へ向かおうとする二人の背後から、声がかかった。
「おはよう、千鶴ちゃん、真莉愛ちゃん」
二人同時に、鏡あわせの仕草で振り返る。そこには、千鶴にとっては転校初日以来となる、穏やかに微笑む神蛇小夜子の姿があった。
「おはようございます、先生」
千鶴と真莉愛の明るい応答に、神蛇の艶のある目元が眩しそうに細められる。初めて会ったときにも見た、見守る者の優しい眼差しだ。
教室に着くなり、神蛇は生徒たちに囲まれた。
「先生、もう大丈夫なんですか?」
「インフルかも知れないくらいの熱だったんでしょ? ほんとに大丈夫?」
「ええ、お陰様で。一日ゆっくり休んだから大丈夫よ」
「よかったぁ」
神蛇の欠席はインフルエンザではなく単なる高熱だったということになったらしい。それでも彼女を心配する声が教室の方々からあがるのを見るに、生徒から慕われていることがよくわかる。千鶴もクラスメイトに囲まれてお見舞いの言葉を受けている彼女を席から眺め、安堵したように真莉愛と笑い合った。




