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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【壱ノ幕】還らずの路

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痛みを知らぬ魂

 人気の失せた通りでは、通るものもないのに律儀に信号が職務を全うしていた。道の交わる中心に中学生の少年が一人。金縛りに遭ったように固まり、恐怖と混乱の表情を張り付け、唯一動く視線だけを辺りに巡らせている。


「ああ、いたいた。……あれ? もう捕まってんじゃん。まだ一時だよね?」

「あと五分で二時だ。誤差だな」


 深夜の路上に、暢気な声が一つ降って湧いた。

 硬直している少年のものではない。ましてや、少年をその場に縫い止めている存在のものでもない。第三者の靴音が現れ、車道の真ん中だというのに平然と歩み寄っては、少年の五メートルほど先で足を止めた。

 二つの足音と声の主は、まるで野次馬のように少年を眺めながら、冷静に状況を分析している。彼らに少年を助けようという意志は見られず、陸に投げ出された金魚の如く必死に口を開閉しているのも、見えてはいても意に介していないようだ。


「こいつは自業自得だけど、無辜の通行人が加害者になるのは可哀想じゃない?」

「問題ない。これまで同様、縁のあるものが寄せられる」


 悠長な会話が繰り返されているあいだにも、ぎしぎしと軋む音さえ響きそうなほどに少年の体は締め上げられていく。恐怖と絶望に加え、目の前の見物人に対して憎しみの感情が浮かび始めた頃、遠くから大型バイクの排気音が聞こえてきた。

 瞬間、少年の表情が更に絶望を帯びて青ざめた。何事か叫んでいるようだが、喉から漏れるのは掠れた呼吸音だけだ。


「ほんとだ、お仲間だ」


 違法改造されたバイクに、無免許運転、ヘルメットをつけずに二人乗りという事故を起こすために乗っているかのような集団が、深夜の静かな空気を爆音で切り裂きながら交差点へと向かってくる。ハイビームの目に痛いライトが少年の真っ正面から近付いてきているのに、誰も速度を緩めたりハンドルを切ったりする様子が見られない。二人の見物人……もとい、桐斗と伊月は無感情にその様子を眺めている。

 法定速度など知らない国の文化であるかのような、非常識で無慈悲な速度で交差点に差し掛かり、そして――――


「ぐっ!!」


 衝突の瞬間、くぐもった声が少年の腹から漏れた。

 先頭のバイクはブレーキすらかけずに少年と衝突し、そのまま横転。滑るようにして路面を回転しながら吹き飛んだバイクが後続を次々に巻き込んでは、派手な音を立てて転倒していく。衝撃で宙に跳ね上げられた少年の肢体がアスファルトに叩きつけられ、どさりという重い音と同時に、バキッとなにかが折れた音も響いた。路上にはタイヤの跡に沿うようにして体を引きずった赤黒い跡もあり、その跡を辿った先には本来曲がるはずのない方向に関節が曲がっていたり、関節ですらない箇所がいびつに折れ曲がった少年少女が乱雑に転がっている。


「よーし、縄張り展開!」


 桐斗が高らかに宣言した瞬間、周辺の空気が凍り付いたように固まった。その頭上に大きな猫耳が現れ、二つに裂けた長い尾が背後に揺れている。丈の短い巫女服のような出で立ちも相俟ってコスプレじみて見えるが、獣の部位が本物である証に風もないのに自在に揺れている。


「僕の領域では僕の許可なしに好き勝手出来ないからね。暫く君たちはそのままだよ」


 目の前の惨状には一切構わず、彼の大きな猫目はある一点のみを捉えている。視線の先には、光のない目で路上を見下ろす、神蛇の姿があった。しかし彼女の下半身は人のそれではなく、巨大な蛇のものになっていた。蛇の部分だけでも優に三メートルはある長身を引きずり、ゆるりと惨状を眺め回す。

 千鶴が聞いていた話が正しければ、神蛇は白蛇のはずである。しかしいまの彼女は、夜闇の中にあってなお昏い、真逆の黒い体をしている。更に強膜も黒く染まり、金色の虹彩の輝きがより強調されていた。


『……どう、して……』


 悲哀とも絶望とも失望とも憤怒とも取れる、暗い昏い声が、悲痛に響く。見下ろしている先にあるのは路面を赤く染めている少年少女の体。いま助ければ、もしかしたらというものもあるかも知れないが、この場にいる誰一人としてその動きを見せない。

 それどころか、周囲一帯に響くほど派手な音がしたというのに、人が出てくる気配もなければ救急車や警察車両が駆けつける様子もない。何事も起きていないかのような、静かな時間が流れている。


「神蛇小夜子」


 伊月が低く彼女の名を唱える。と同時に、彼もまた神獣としての本性を露わにした。学生の姿のときにはショートカットだった髪が長く伸び、左耳の傍に一本の三つ編みが下がっている。衣服も漢服に似たものに変わった。そして顳顬付近からは、枝のような一対の角が生えている。

 彼の手には一枚の札。朱墨で何事か書かれたそれを、無表情のままに振り向いた顔をめがけて真っ直ぐに投げた。札は神蛇に向かって飛んでいく最中、無数に別れて彼女の体を取り囲み、封じるようにして全身に張り付いた。


『……ぁ……あぁ……どうし……て……』


 体に張られた札が、天へと黒い霧を吐き出していく。と同時に、神蛇の体から穢れが目に見えて浄化されていく。その度に大きな体をのたうたせ、苦悶の表情を浮かべては小さく悲鳴を漏らす。だが彼女がどれほど暴れても札は僅かも剥がれる様子を見せず、転がっているバイクの残骸や少年たちにも全く影響がない。暴れる度に体表が剥がれて崩れ、黒い殻のような穢れが蒸発するように消えていく。


「それ以上、堕ちてはならない。名を取り戻し、あるべき姿に戻れ」

『あ、あああぁぁぁ……――――』


 最後にか細い声をあげ、大蛇の体は灰のようにぼろぼろと崩れて風に消えた。


「あぶなっ!……ふう」


 倒れかけた神蛇の体を支え、桐斗は大袈裟に息を吐いて見せた。

 小さい体ながらも危なげなく神蛇の長身を抱え直し、横抱きにして交差点を離れる。それに伊月も続いたのを見て、桐斗は一度事故現場を見やるも、すぐに目を逸らした。


「縄張り解除! あとは人間さんにお任せしよー」


 彼らが立ち去って暫く経った頃。思い出したかのように、交差点に複数のサイレンが響いた。

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