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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【壱ノ幕】還らずの路
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堕ちゆく嘆き

 もうなにが起きても驚かないと思っていたが、一瞬で現在地が変わったことでまたも千鶴は混乱してしまった。目の前にあるものは、神社の拝殿だ。お賽銭箱と鈴があり、そのすぐ先に閉じた格子木の扉がある。左右に灯籠が並んでいて、どちらも橙色の火が灯っている。

 街に住み始めてまだ数日。学校と家の往復や駅の行き方をやっと覚えた程度のいま、ここが街のどの辺なのか、抑々町内にある場所なのかすらもわからない。


「千鶴、こっちだ。いまは参らずとも良いぞ」

「?? えっと、はい……?」


 呼ぶ声に答えつつ、一度背後を振り返ってみる。通常神社には、鳥居の傍らに狛犬があるものだが、その位置に狐の石像があった。つまりここは、稲荷神社ということだ。

 桜司のあとを追って行くと、拝殿の裏にある本殿へ向かうようだった。扉を開くと、千鶴を手招きしつつ扉前で待っている。


「靴はそこで脱いでおけ。あとで玄関に運んでおくゆえな」

「わかりました。お邪魔します……」


 神社の本殿など入ったことどころか近付いたことすらない千鶴は、緊張しながら靴を脱ぎ、恐る恐る中に足を踏み入れた。ご神体らしきものが祀られているであろう場所を見ると、なにかが置かれていたような台座だけがある。


「そこを見てもなにもないぞ。我がここに居るのだからな」

「え、先輩がここの神様なんですか……?」

「うむ。稲荷は大概神の使いだが、狐の使いがいるなら狐の神もいるだろうよ」


 なるほど、それもそうかと納得している自分に気付き、千鶴はここにきて異常事態に慣れ始めていることを実感する。

 桜司は部屋の四隅にある燭台に火を点すと、千鶴を部屋の中央へと招いた。そこには一組の布団が敷かれていて、傍らに水差しとグラス、握り飯が置かれている。


「説明が後回しになった上に急だが、今晩はここに泊まってもらう」

「ここに……ですか? さっきの祠のことと関係が……?」

「うむ。千鶴を家に置いていては、また悪夢を見る羽目になる。これ以上祟りの影響を受けるのは拙い。ここに居れば一先ずお主は安全だからな」


 桜司の説明を受け、漸く事態に頭と心が追いついてきた千鶴は、今朝のやりとりから振り返り、本当に助けてもらえるのだと理解した。安堵と共に、一つの疑問が浮かんで来る。


「あの……聞いた話だと、あと一人祠に悪戯した人がいるみたいなんですけど……」


 千鶴の言葉に、桜司は目を眇めてから嘲笑めいた笑みを浮かべ、袂から携帯用パッドらしきものを取り出した。時代がかった衣装と近代的な文明の固まりがアンバランスで思わず見入っている千鶴を余所に、慣れた手つきで操作している。やがて目的のものが表示されたらしく、画面を千鶴に向けて見せた。


「先輩、これは……?」

「件の悪戯小僧共の動画だ。泥団子を投げ当てる遊びをしたばかりか、ゴミまで放って笑っておる。それをSNSに投稿した上に真っ当な説教まで馬鹿にした態度で煽っては反省の色もない。あれは救いようがないな」

「そんな……」

「高校の祠を穢したのもその小僧共だ。自ら喧伝しておったわ」


 動画には二人の少年が映っており、代わる代わる泥を投げつけては笑い声があがる。撮影者も時折参加しているらしく、画面外からゴミや泥が飛んでくるのが映っている。更にその動画を投稿したアカウントを見れば、プロフィール欄に所属中学と本名が掲載されており、既に亡くなっている二人の中学生とも相互状態となっていた。友人が二人死亡していても反省の様子はなく、祟りなどあるわけがないと強気の姿勢を崩さないでいるばかりか、説得する声を下らないと切り捨てては馬鹿にしているようだ。

 千鶴はそれ以上深く見なかったが、該当アカウントには学校から注意があったことや警察が来たこと、厳重注意を受けたことを自慢している投稿もある。所謂、炎上状態となっているが、それすら面白がっているため、彼や友人を同情する者は誰もいない。


「立場上死んで当然とは言わぬが、助ける義理もない。反省していれば僅かながら道はあったやもしれんがな、自らを助けぬものは誰も助けんよ」


 無意識に、喉元にある痣に触れる。

 彼らの行いを単なる子供の悪戯だと言えるのは、自分が当事者ではないからだ。もし自分に対して、あるいは自宅に対してあのような振る舞いをされていたらと考えると、やはり胸が痛む。祠の主は、彼らに対してなにもしていない。ただそこにあっただけ。


 動画の中で、彼らが笑いながら言っていた。


『おらっ! 呪えるもんならやってみろや!』

『ヘイヘイ、かかってこーい! ぎゃはははっ』


 今日の事故現場で誰かが言っていた「あの動画」という言葉も、恐らくこれを指しているのだろう。


 初日に会った神蛇小夜子という女性教師は、不思議な雰囲気ではあったがそれ以上に優しいひとだった。些細なことで褒めては、眩しそうに目を細めて生徒たちを見守っていたのを覚えている。そんな彼女が祟り殺そうとしているのだから、あの出来事は余程哀しかったのだろう。

 千鶴は痛む胸をおさえながら、祈るようにそっと目を閉じた。

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