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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
▼序ノ章 黄昏刻の百鬼夜行
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百鬼夜行開祭!

「号外! ごうがーい!! 特異点のお着きだよー!」


 黄昏時の街の中、威勢の良い声と共に瓦版が宙を舞う。

 買い物客で賑わう商店街にも紙吹雪のようにひらひらと『号外』が舞い踊っていた。だが道行く人々は誰もそれに反応しない。迷惑そうにするでもなく、敢えて見ないよう通り過ぎるでもなく、まるで初めからなにもないかのように、余所余所しく日常風景が流れていく。

 そんな中、いちごミルクにバニラのソフトクリームが乗ったストロベリーフラッペを片手に街を歩いていた、ピンクのツインテールが特徴的な、女子高生――――に見える小柄な少年が、目の前に舞い降りてきた号外を手に取った。


「特異点の入境……へえ、面白そうじゃん」


 太いストローでクラッシュストロベリーを啜り、シャーベット状のそれを噛みしめて笑う。まるで流行りの遊びを見つけた少女のような目で、古臭い号外を眺めて言った。その瞳は猫の虹彩をしており、綺麗な空色をしている。


「皆に知らせなきゃ!」


 少年は見る間に丈の短い巫女服姿になると、長い二本の尾と猫耳をご機嫌に揺らして屋根の上へと飛び上がった。その身軽さは猫そのものだ。


 瓦版の号外は街中に降り注ぐ。誰の手にも渡らなかったものは地面に落ちると同時に枯葉に姿を変え、風に乗って何処かへと消えていく。

 街の神社では、白い狩衣姿の青年がそれを手にしていた。白いロングウルフカットの髪と同じ色の大きな獣耳、更に幾重にも分かれた大きな白い尾を揺らしながら、紙面に目を落とした。足下では黒い狐が二匹、降ってくる号外にじゃれついて遊んでいる。


「ほう。これはこれは、難儀なことだな」


 悪戯そうに朱化粧の施された目元を細め、にんまり笑って呟く。先ほどの女装少年と似たような反応をしたことは互いに知る由もない。もし知っていたなら互いに「真似をするな」と吼えていただろうが。

 狛犬ならぬ狛狐たちは神の使いたる有り様を一時期忘れたかのように、ひらひら舞う紙にはしゃいでいる。暫しそれを眺めてから、白髪の青年――白狐の神は手にしていた号外を空に放り、風を呼んだ。


「忙しくなるぞ、妖ども! さあ、百鬼夜行の始まりだ!」


 高らかに宣言するや、号外を巻き込んで季節外れの桜の花びらが舞い上がった。


 賑やかな街から離れた山の中。稲荷神社とは全く別の社が一つあり、そこに佇む影が二つ。

 一つは縁側に腰掛けている、漢服に似た碧の衣装を着た長い青髪の青年。一本の細い三つ編みと側頭部から伸びる枝のような角が特徴で、その表情は号外を手にしても全く揺るがない。無表情と無愛想を固めて作った石像の如き鉄仮面の青年は、鬼灯町の山に住む龍神である。

 もう一つは社近くにある神木の枝に堂々と腰掛けている、黒髪に赤メッシュを入れた派手な顔立ちの青年だ。彼は修験者のような黒い和装に黒い一対の翼を持ち、背の高い一本歯の紅い下駄を履き、手には大きなうちわを持っている。見たままの烏天狗だ。

 龍神は朱塗りの盃に桜の花びらが落ちたのを見、僅かに眉を寄せる。


「特異点、ねえ……可哀想に。これまで普通に生きて来ただろうになあ」


 足を揺らしながら烏が言うと、龍神は不機嫌そうに盃を置いた。


「いらねーなら俺様がもらっていい?」

「好きにしろ」


 許可を得るかどうかのときにはもう枝から飛び立っていた烏は、龍神の傍らに座ると盃を手に取り一気に煽った。


「桜司のヤツ、テンション上がってんじゃん?」

「知るか。俺たちはただ、役目を果たすだけだ」

「相変わらずだねえ」


 ひらひらと、瓦版が舞う。

 高らかに振りまいていた瓦版屋は街中を巡り終えると、街の公園にある噴水に頭から突っ込んだ。そしてずぶ濡れの頭を勢いよく振り、溜息を一つ吐く。彼の頭上には厚い垂れ耳が揺れ、背後には巻尾がある。ご機嫌なのか、尻尾は小さく揺れている。表情は明るい。暮れゆく西日を見送りながら、瓦版屋の犬神は大きく伸びをした。百八十近い長身の彼に付き従う影は一層長く、伸びの格好で公園に寝そべっている。


「哀れな特異点ちゃんのファーストコンタクトは彼らに任せるとして、己らは暫く新聞作成に勤しむとしましょうかね」


 現世と常世が交わるとき、犬神の遠吠えが街に響いた。家々の飼い犬や野良犬がその声に反応し、波紋のように街中へと遠吠えが拡がっていく。


 この日、鬼灯町にある一軒の空き家が埋まった。


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