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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第四部(最終部) 本田貞親の子
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最終話 元久二年(1205年8月) 最後の対決

――信じていたのに。よくも俺を騙したな、お前は卑怯者だ。

――こんな孫に育つとは、やはり嫡男にしなくて正しかったわい。


「違う! 違うんだ!」


 寝所で起き上がった小次郎の息は荒かった。由比ガ浜で畠山重保(しげやす)が討たれ、祖父の本田親恒(ちかつね)が二俣川で畠山一族と共に殺されたことを知ってから、小次郎は毎晩のようにうなされていた。


 三浦への不信感は募る一方だったが、衣笠(きぬがさ)城を抜け出したとして、帰る場所はどこにも無かった。畠山は滅ぼす原因を作った小次郎を父は許してくれないだろう。


――ならば、義経の子として天下を取るしかない。


 小次郎は三浦への不満を面に出さない代わりに、三浦義村(よしむら)に源実朝(さねとも)を討たせて欲しいと訴え続けた。そうでもしないと、自分が壊れそうだった。


 義村は兵を集めるから待つようにと小次郎をなだめた。


――このままだと三浦に害を及ぼしかねん。早めに手を打たねば。


 義村は家人を呼ぶと、三浦の名を出さずに人を集めるよう命じた。





 一カ月後、小次郎は衣笠城から出て、鎌倉にある山の麓に連れてこられた。夜なので見えづらいが、百を超える兵がいることは分かった。


「さあ、御曹司(おんぞうし)。勇士を集めました。思う存分、戦いなされ」


「義村は来ないのか?」


「他の御家人に御曹司の邪魔をさせないよう睨みを効かせます。実朝を討つのは御曹司でなければなりません。そうしてこそ、周りから次の将軍として認められます」


「そ、そうか。しかし、なぜ皆は徒歩なのだ?」


「夜襲は徒歩のほうが良いのです。騎馬がいると音で気づかれやすい――時が惜しい、早く攻めに行きなされ」


 小次郎は隊列を組むと大倉御所へ進んで行った。



 義村は後ろを振り返った。陰の中から海野幸氏が現れる。


「海野殿、お目付け役を頼む。御曹司を勇敢に死なせてやって欲しい」


「気は進みませぬが、私が事の発端(ほったん)だ。責は負うつもりです」


 次に義村は家人を呼ぶと、義時の元に“義経の遺児が、畠山重忠・稲毛重成・榛谷重朝の残党を糾合して実朝を狙っている”という使者を出した。


 しかし、その使者が義時の屋敷に着くことは無かった――。




 静かに進んで行った小次郎たちの足が、大倉御所まであと少しのところで止まった。鎧を着た本田貞親が一人で待ち構えていたからだ。その姿を見た小次郎は胸が苦しくなった。


「小次郎、帰るぞ」


「わ、(われ)はおぬしの子ではない! 源義経の嫡男である! 天下取りを邪魔する者を討て!」


 何人かが太刀を構えて、貞親に向かって行った。だが、貞親が太刀を振る度に、一人、また一人と倒れていった。あまりの強さに兵の中から、あれは太刀無双の貞親ではないか! と動揺が走った。


「者ども怯むな、行け! 行け!」


 兵たちは貞親を囲んだが、誰も斬りかかることはできなかった。




「このままでは、大蔵御所に着く前に兵が崩れるな。貞親殿には悪いが討たせてもらう」


 離れて後ろから様子を見ていた海野は馬を動かして狙う場所を探した。弓を構えようとしたところ、人の気配を感じた。振り向くと、道の辻から弓を持った望月が馬を歩ませて近づいてきた。


「貞親殿を狙うとしたら、まあその辺りだよな」


「望月か――」


「そうだ。海野の相手をできるのは、俺ぐらいしかいないだろう?」


「神降ろしの弓にかなうと思うのか」


「勝てるな、神頼みの弓には」


 二人は弓を構えると馬の腹を足で蹴った――。




 三浦屋敷の式台では新三郎と義村が対峙していた。


「我が家の周りを嗅ぎまわっている犬が何の用だ」


「犬とて口が無いわけではありません。吠えることもあるでしょう」


戯言(ざれごと)はいい。早く用を言え」


「小次郎を返して下さい。いや、もう三浦殿は捨てたのですから、拾うのを邪魔しないでいただきたい」


「果たして拾えるかな。御曹司の命はどう転がろうとも助からん」


「義時様への使者は私が捕えました」


「何だと! 御曹司が万が一、乱に成功すればどうなる? 義時殿への裏切りにもなるぞ」


「乱は止めます。三浦殿にはその手伝いをお願いしたい。小次郎につけた兵たちを引き揚げさせてください。そうすれば、必ず小次郎を連れて薩摩に下ります。二度と鎌倉に出てくることはないでしょう」


「話にならんな。私に何の益がある?」


「三浦殿が畠山を滅ぼそうとしていた、という噂を流すのを止めましょう。重保殿を殺した真の理由を触れまわるのも。まだ、御家人の間では畠山への同情があります。三浦殿は牧の方の二の舞になりたいですか?」


「脅すつもりか! だいたいそんな噂を誰が信じる!」


 義村は激高した。逆に新三郎は涼しい顔をして答える。


「信じる? 三浦殿の言葉とは思えませんな。御家人は誰かを信じて動くではなく、保身や利益、そして不満を晴らす相手を求めて動くことは、よくご存じでしょう? そして今の義時様が三浦殿を守ると信じられますか?」


 義村は黙るしかなかった。執権になった義時の変化は義村も感じていた。

 新三郎はさらに話を続ける。


「北条分家の江間義時殿が本家の北条を継いだように、三浦分家の和田義盛殿が三浦本家を継いだとしても、今の幕府は何も言いますまい。むしろ喜ぶ者さえいそうだ」


 義村は動かなくなった。頭の中でいろいろな流れを考えているのだろう。しかし、義村の頭に妙案が浮かぶことはなかった。苦々しげに口を開いた。


「……いいだろう」


「ご賢明です。すぐに使者をお出しください」


 義村は家人を呼んで何事かを伝えると、すぐに大倉御所に向かって走らせた。



 屋敷を出ようとする新三郎に義村は言った。


「義経の子として扱わないなら、ただの小僧だ。お前ほどの男が命をかけて救う価値はあるまい。なぜ、そこまでこだわる?」


「逆ですよ。義経公の子ならばここまではしない。小次郎は友の子であり、大姫様が助けた命だからです」


――この気持ちは、義村のような男には分かるまい。


 新三郎は義村の言葉を待たずに大倉御所へ向かって行った。




 海野と望月は大倉御所とは逆方向に馬を走らせた。広い場所に出ると左回りに回り始める。


「これで、五分と五分だ。言い訳はできんぞ。海野」


「望月は言い訳すらできんな。死ぬのだから」


「行くぞ!」


 二人は弓を構えた。馬の蹄の音だけが響く。

 海野と望月はそれぞれ唱えるようにつぶやいた。


「南無八幡大菩薩――」


自灯明(じとうみょう)――」


 風を切る音が二つ鳴った。


 望月の弓が砕け散った。

 海野の右腕がだらりと下がる。


「神は降りなかったようだな」


 折れた弓を投げ捨てて、望月は言った。右の頬からは血が流れていた。


「狙う場所を読んでおったな」


「言い訳できないようにするなどと言うからだ。馬鹿正直なところは昔から代わっておらぬ」


 馬を寄せてくると望月はにやりとして言った。


「勝負は俺の勝ちだ。三日間は俺の弟子になるのだ」


「ふん、それは童のときの決めごとではないか」


「そうだ。童のときのように、また海野と弓の稽古がしたいのだ。俺は」


 矢傷の手当をしようと馬から降りた望月を置いて、海野は馬を動かした。


「おい、無理するな」


「――卯の刻、由比ヶ浜だ。遅れるな。私は時に厳しい」


「弟子が師匠に命令する気か」


 文句とは裏腹に望月の顔は笑っていた。




 本田貞親の周りに死体が増えていくのとは反対に、小次郎の周りからは兵が逃げ出し、減っていった。

 そして、とうとう貞親と小次郎だけになった。


 小次郎は太刀を構えた。貞親は太刀を構えずに近づいてくる。


「もう終わったのだ。止めるのだ」


 小次郎の息が荒くなる。涙で声が震える。


(われ)は重保を見殺しにした! 将軍になるために! もう後には退けぬ! ワァ――!」


 小次郎は貞親を逆袈裟に斬った。貞親は何もせず太刀を身体で受けた。


 ハッとして小次郎は貞親を見た。


「――なぜ、避けないのです」


「わしは何も話さないことでおぬしを苦しめた。その痛みを味わうべきだと思ってな」


 貞親は太刀を離すと拳を振り上げた。


「だが、おぬしは母を苦しめた。母の痛みを味わうのだ」


 貞親は小次郎を横殴りにする。小次郎は転がっていった。


 起き上がる小次郎に貞親は言った。


「これですべて終わりだ――」




 安達新三郎が走ってやってくると、心配そうに言った。


「貞親! その怪我は大丈夫なのか!」


「親子喧嘩だ。少しばかり長い、な。まあ気にするな」


「ふらついているではないか! 肩を貸そう」


「おぬしの肩などいらん。小次郎よ、頼む」


 顔を涙に濡らした小次郎が立ちあがり、貞親を支えた。二人はゆっくり歩き出した。


「しばらく見ないうちに大きくなったな。痛てて、おい、もう泣くな。肩が揺れると傷に響く」


「格好つけたいのなら最後まで我慢しろ。父親の威厳が無くなるぞ」


 新三郎が笑うと、二人もつられて笑い声をあげた。




 京へ行く支度を整えた貞親親子に新三郎が会いに来た。


「貞親がすべて終わりとは言ってなかったか?」


 顔を張れ上がらせた小次郎を見て新三郎が驚いた。


「母上にこれからが始まりだといって叩かれました」


 小次郎は笑って答えた。


「伯父上はどうするのですか?」


「上様が成人するまでは、鎌倉で見守ろうと思う」


「そうですか――また会えるよう祈っています」



 貞親と阿火局がやってきた。


「寂しくなるな」


「たまに鎌倉に出ていくこともあるだろう。そのときは酒を酌み交わしながら、昔がたりでもしよう」


「ああ、薩摩で暴れすぎないようにな」


「兄上、小次郎の事、ありがとうございました」


「礼などいらぬ。わしの心に従っただけだ」




 貞親親子は郎党数名を従え馬上の人となった。大倉御所の前を通り過ぎた後、小次郎は馬を止めて振り返って見ていた。馬を止めて貞親は言った。


「あそこに天下人などいない。いるのは毒を持った奴らだけだ――蠱毒(こどく)という呪術の話を知っているか? 毒を持った百種の生き物を壺に入れ、殺し合わせて生き残った物には、恐ろしい毒が宿るという言い伝えだ。わしはおぬしをあの毒壺に入れたくはなかった」


「父上――ならば、義時様も毒ですか?」


「ああ、自ら一番強い毒になろうと心に決められた。しばらく鎌倉の騒乱は収まるまい。小次郎よ。薩摩へ行ったら海に出ろ。外を知るのだ。おぬしのいる場所は山に囲まれた鎌倉ではない。どこまで広い海だ」


「――薩摩へ行ったら私が操る船に乗ってください。船では父上に負けません」


 小次郎は胸を張って応えた。


「頼もしくなったな。それなら親子で海賊でもしてみるか」


 貞親と阿火局は幸せそうに笑った――。




――――――――――完――――――――――

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