第72話 元久二年(1205年1~6月) 利用する者 される者
牧の方は京から帰ってくると、毎日のように北条時政に詰め寄った。
「仇討ちをさせてください。畠山を滅ぼすのです!」
「政範は病で死んだのだ。仇などいない。法事を行い息子の弔おうではないか。そうだ、あの子のためにまた寺を建ててやろう」
「それは畠山を討って、恨みを晴らしてからで結構です!」
「牧よ……。もう、私たちには天下を取らせる息子はいない。これからは二人で生きることを考えよう。なあ」
「息子はいないが婿はいます。京に平賀朝雅殿が」
「婿と言うのであれば、畠山重忠も同じだ。婿同士を争わせたいのか?」
「“私たち”の婿では無いわ!」
――なるほど、弁明だけではなく、朝雅の馬鹿はそんなことまで吹き込んだか。いや、それとも牧が朝雅をそそのかしているのか?
時政は牧の方を放っておいたことを悔いた。気晴らしになればと思って京にやったが、平賀といることによって、悲しみのやり場を復讐に求めたらしい。
時政の元へは朝雅からの懺言だけではなく、他の御家人からも政範の死の状況を聞いているので、牧の方の意見には同意できなかった。
牧の方は感情が高ぶったのか、時政を罵った。
「あなたは、息子が殺されて悔しくないの! 天下の執権が聞いて呆れるわ!」
時政もカッとなって言い返した。
「病の政範に無理をさせて殺したのは、おぬしや朝雅ではないか!」
牧の方は黙ったまま、しばらく時政を睨んだ後、部屋から出ていった。
――なぜ、あんなことを言ってしまったのか。
時政は牧の方を傷つけたことを後悔した。今まで牧の方にこんな酷い言い方をしたことはなかった。政範が亡くなった悲しみは、時政の身体を弱らせ、気力を奪っていた。
牧の方は諦めなかった。翌日には三浦の屋敷で散々、畠山の非を訴えて帰って行った。
三浦義村は苦い顔をして姫宮を叱った。
「魔性を我が屋敷に引き入れおって――」
「あら、喜ばれると思いましたのに。三浦様は人の不満をお聞きになるのが、お好きではありませんか」
「あれは、不満では無い。虚言、妄言だ。二度と我が屋敷に入れるな」
「でも三浦様は、執権様の決めたことには従う、とおっしゃっていましたね」
「そうでも言わねば帰りそうになかったからな。逆恨みされてもかなわん」
「――そうまで、おっしゃらなくても。子を失った女子ですよ」
「あれは女梶原だ。懺言にそそのかされる阿呆役は古狸殿にお引き受けいただく」
「そして、三浦様はそれを利用なさろうとしている」
「さあな。これ以上は白拍子が知る必要はない。それより新しい舞を見せてくれ」
義村はそう言って杯を口に運ぶが一度手を止め、侍女に牧の方の膳を下げさせてから酒を飲んだ。
時政は牧の方の御家人回りを何度も叱ったが、それでも牧の方はやめなかった。時政はその度に牧の方の尻拭いをするように、使者を送って御家人たちに詫びていた。
だが、牧の方が鎌倉の外にまで手を伸ばすと、時政だけでは手に負えなくなってきた。四月に秩父党で婿(政子の妹婿)の一人、稲毛重成と郎党たちを武装させ、鎌倉に呼び寄せたのだ。
鎌倉は騒然となった。何が起こっているのかわからないまま、「すわ戦か!」と、坂東の御家人たちが続々と鎌倉に集まってきたのだ。幕府では混乱を鎮めるため、重臣合議が行われ、尼御台所政子の名を持って、集まった御家人たちを所領に帰した。
北条屋敷では、稲毛重成が時政を説得していたが、途中から懇願に変わっていた。
「私は秩父党でありながら、畠山に矢を向けようとしました。このことが畠山に勘づかれると滅ぼされます。私は時政殿のためと思って動いたのです!」
「それだけではなかろう。畠山の持っている武蔵留守所惣検校職の役目が欲しいのでは?」
――牧が話しそうなことだ。
時政は稲毛重成の考えなどお見通しだった。だが、もう動いてしまった後だけに、稲毛重成を無下に退けることはできなかった。稲毛重成は涙を浮かべながら言う。
「私なら、平賀朝雅武蔵守とも上手くやっていけます。同じ秩父党の榛谷重朝も加勢してくれると約してくれました。牧の方様は他の秩父党にも声を掛けられております」
――もう牧は止まらぬか。武蔵国に騒乱を起こすぐらいなら……。
時政は牧の方の執念にとうとう根負けした。
時政は義時や政子に相談しようと使者の支度をさせたが、かぶりを振ると、三浦屋敷に使者を送った。義村がやってくると時政はすべてを話した。
「そうですか、稲毛殿や榛谷殿まで――秩父党も割れておるのですな」
「尼御台所に気づかれたときには後戻りできないようにしたい。それでも義時は止めるかもしれんが――」
苦し気に語る時政に義村は言った。
「私に策があります。畠山重忠を呼び出すときは、その前にぜひ教えていただきたい」
――おもしろくなってきた。
北条屋敷を後にすると、義村は不敵に笑っていた。
稲毛重成が畠山重忠に対し、謀反の疑いをかけられたので助けて欲しい、という内容の使者を送ると、それまで腰を上げなかった重忠が、本田親恒や榛澤成清に鎌倉に行く支度をするよう命じた。
「今、動かれるのであれば、義時殿があれほど私を連れて鎌倉で弁明するように言ったときに、なぜ動かなかったのです」
すでに支度を終えている息子の重保が重忠を見て言った。
「わしの疑いを晴らすために鎌倉には行くつもりはない。なぜなら、重忠の忠誠は天の知るところだからだ。だが、秩父党の御家人を守るために力を尽くすのは、武蔵留守所惣検校職の務めである」
「わかりました。父上、私は先に鎌倉に入りたいのですが、よろしいでしょうか?」
重保は重忠に許されると喜んだ。
重保の手には書状が握られていた。本田貞親が護衛として付いていこうとしたが、重保は貞親の支度が待ちきれず、郎党数人を連れて鎌倉に向かった。
安達新三郎が見張っていた衣笠城に動きがあった。本田小次郎が数十名の武士に守られて、船着き場に向かって行った。新三郎は先回りし、痣丸に砂金を渡すと水夫の中に紛れ込ませてもらった。
船着き場から三艘の戦闘船と小船四艘が海に出た。小次郎は大将船に、新三郎は小船に乗っていた。
由比ガ浜に近づくと、小次郎は数名の武士の中から、すぐに重保を見つけ出して喜びの声をあげた。
「ああ、重保が来ている。懐かしいな」
しかし、異変が起こる。平服の重保たちを囲むように、鎧を来た武士たちが現れた。重保たちは一瞬戸惑っていたが、すぐに太刀を抜いて応戦の構えを見せた。
「――どういうことだ。あれは三浦の家人ではないか。なぜ重保と戦う?」
小次郎は三浦義村に聞いた。義村は冷たく答える。
「天下を取るためには非情にならねばなりません。親しい者との別れは、御曹司が大人になるための儀式とお心得ください」
「別れだと! 重保は我の書状を見てここに来たのだ! 騙したのか? 我と重保を!」
暴れようとする小次郎は三浦の家人に、後ろから羽交い絞めにされた。
「おい……、あの小舟は何をしようとしている?」
義村は隣の小船から水夫や武士が次々と海に落とされているのを見て言った。
一人残った水夫が小船を浜に向かわせようとしている。皆が異変に注目している隙に、小次郎は抑えていた武士を振りほどいて小舟に飛び乗った。新三郎が櫓を漕いでいる隣に座ると、小次郎も必死で櫓を動かした。
義村は周りに追わせようとしたが、由比ガ浜での重保の姿を見ると、先に海に落とされた物を助けよと命じた。
小舟が由比ガ浜着くのを待ちきれず、小次郎が浜辺に飛び降りた。二人の目が合った。
「重保!」
「小次郎! おぬしは――」
重保が続けて言葉を発しようした。しかし、唇が動いただけで、小次郎の耳に何も届くことはなかった。重保の首に深々と刃が突き刺さっていた。首から血を噴き出しながら、重保は三浦の家人に首を刈り取られた。
他の武士たちに誇らしく重保の首を見せつけている背後で、小次郎は一人泣き崩れていた――。