表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第四部(最終部) 本田貞親の子
73/79

第69話 建仁三年(1203年10月) 遮那王

「守護になって、ようやく頼もしい顔つきになってきたと思っていたけど、なんだいその情けない顔は。せっかく癒えた病が、ぶり返しそうだわ」


 京の島津屋敷で阿火局は島津忠久を叱っていた。


「仕方ないではありませんか。母が比企一族というだけで、私も弟も所領をすべて取り上げられたのですよ。やりきれません。郎党どもも皆、いなくなりました。姉上、我々はどうすれば良いでしょうか? 鎌倉で謹慎したほうが――」


「ふん、今のあんたたちが鎌倉に戻ったところで誰にも相手にされないわ。同情もね。京にいて、やっと人の役に立てるぐらいよ。そもそも守護になったのだって、丹後内侍(たんごのないし)の縁のおかげなんでしょ」


 そう言われると忠久は何も言えなかった。


「暇になったのだから書でも読んで、上辺だけでも智者になりなさい。あっ、そうそう。姫宮が明くる年には戻ってくるって言っていたわ。あなたも“天女”を上手く使って、次に起こる乱を見逃さないことね」


「戦ですか……。外祖父上の本田親恒(ちかつね)殿も秩父に帰られるので不安です」


 所領が無くなったため、薩摩で代官をしていた本田親恒と、阿火局の息子の親保(ちかやす)(小次郎の弟)も秩父に戻ろうと京に上っていた。


 阿火局は忠久に近づくと両手を顔に添えた。


「逆境も恐怖も知らない男の家など、いずれ滅ぶわ。あたしはあんたに旦那と息子を仕えさせるって決めたの――この危機を乗り越えていい男になって」


「姉上――」


「息子の親保(ちかやす)も置いていくわ。薩摩で武は鍛えた、京では、あんたが知を鍛えてあげて――我が子をお願いします」


 阿火局は両手をついて忠久に頭を下げた。





 鎌倉では姫宮の一座が京に戻る支度をしていた。三浦義村が北条時政に目をつけられるのを避けるために、頻繁に御家人を呼んで酒宴を開くことをやめたからだ。そうなると、義村が白拍子を抱えておく必要もなくなる。


 姫宮が北条屋敷で牧の方に挨拶をすませて出てくると、新三郎が待っていた。


「三浦殿の(やと)いが終わったと聞いたのでな。やっと今までとは違う話を聞けると思ってやってきたのだ。ほんの少しだけ俺に雇われてくれんか?」


 新三郎は砂金が入った袋を差し出した。姫宮は共の人間を遠ざけた。


「それほど、話せることはあるとは思いませんが――」


 言葉とは裏腹に姫宮は砂金袋を受け取った。


「小次郎を探していることは言ったな。小柄で見目も良い男だ」


「前にも言いましたが、小次郎と言う名は酒宴でも聞いたことがございません。だけど、三浦一族の間で、遮那王(しゃなおう)と呼ばれ、大事にされている人がいるようです」


 遮那王は源義経が一時期、呼ばれていた名だ。


「さすがは姫宮だ。勘が良い。遮那王はどこにいる?」


「そこまではわかりません。ただ、鎌倉にはいないかと」


「なら、三浦の所領だな」


「一緒に行きませんか。痣丸(あざまる)を覚えているでしょう? 今は私と痣丸が溜めた金で大船を造っているのです。それを見て京に戻ろうと思っていました」



「ははは、俺を護衛にする気だな」


「新三郎様も勘がよろしいようで。三浦様は油断のならないお人です。でも、尼御台所様(あまみだいさま)や江間義時様に近い新三郎様が側にいると知れば、うかつには手を出せないでしょう」


「油断のならないのはどっちやら?」


 新三郎はそう言って笑うと、姫宮と出立の日を決めて帰っていった。




 姫宮は一座を先に京に帰すと、郎党に立派な輿を担がせてやってきた。


「たいしたものだな。これでは姫様と家人ではないか」


「日差しで肌を汚さないのも、白拍子の役目ですわ。さあ、行きましょう」




 朝に鎌倉を出て、昼に衣笠城の横目で過ぎると、夕方には目的の船大工の作業している場所に着いた。


「ほう、帆柱が二つもある。これは大船だな。白木が美しい」


 新三郎が建造中の船に見惚れていると、船大工の棟梁とおぼしき男が出てきた。新三郎は姫宮が抱き着くまで、それが痣丸とはわからなかった。


――小次郎を助けたとき以来か。あのときは童だったが、いい生き方をしてきたな。顔に表れている。


 日に焼けた顔は精悍で、侍大将といってもいい面構えをしていた。新三郎は剣のことを一途に考えていたときの貞親を思い出した。


 痣丸は新三郎を高台に案内した。新三郎が海を見ると五艘の船が隊列を組んで岸に向かっている。


「先頭の船で指揮を取っているのが遮那王(しゃなおう)様です」


 新三郎は礼を言うと高台から降りて行った。


「これで、雇いは終わりですよ!」


 姫宮が言ったが、新三郎の姿はもう消えていた。




 その日の夜、海の近くの小屋の近くに新三郎は潜んでいた。船着き場から遮那王をつけてきたのだ。屋敷の外には三人の武士が立っていた。


――衣笠城に行くと思っていたが、こんな小屋とは。三浦も小次郎を隠したがっているようだな。鎌倉に一度戻って、貞親を連れてこようか。




 新三郎が去ろうとすると小屋の中から声がした。


「一年も遠国に行かねばならんのか――確かに我慢すれば戻れると義村(よしむら)殿は言ったのだな」 


――まずいな、小次郎を違う場所に連れていかれそうだ。


 新三郎は飛び出すと二人の武士を八角棒であっさり倒した。三人目の武士は慌てて逃げ去った。小屋の中に入ると、小次郎ともう一人の武士がいた。


「やはり、遮那王とは小次郎のことだったか」


 小次郎という言葉を聞いて、側にいた武士の顔つきが変わった。


「もう、小次郎ではない。源義経(よしつね)が嫡子、遮那王である」


「違うな。俺の甥、小次郎だ。お前の父母が命を懸けて救った命だ。三浦ごときに策謀で死なせるわけにはいかん」


「育ての父と母は捨てた。この体は源氏の血でできている。(われ)はいずれ将軍になる!」


「たわけたことを。父母の恩を知らぬものが何を言う!」


 小次郎と新三郎の間に武士が立った。


「ほう、三浦の家人が。俺がお前と戦っている間に遮那王とやらが逃げるかもしれんぞ」


 武士が小次郎に振り返った隙に新三郎が打ち倒した。


「なあ、小次郎。俺一人で見張りの者たちをなぜ簡単に倒せたと思う?」


 小次郎は後ずさりする。


「教えてやろう。やつらが見張っていたのでは小屋の外ではなく、お前だからだ。三浦はお前を将軍になどするつもりはない。利用して捨てるだけだ」


「嘘だ! 三浦は(われ)を認めてくれた! 褒めてくれた! 秩父では誰も認めてくれない」


「その理由はもうわかっているはずだ。お前の命を救うためだということを」


「ならそう言えば良い! 叔父上もそうだ! みんな我を信じてなかった! だが、三浦は正直に話してくれた。どっちを信ずると思う?」


 新三郎は黙った。


「――だから、我は三浦と共に歩む」


 小次郎は太刀を下段に構えた。


「やむを得ないな。力ずくで連れ帰るしかないか」


 新三郎も八角棒を中段に構える。


 小次郎は低い姿勢から飛び込むと太刀を切り上げると、新三郎の身体を狙わず、八角棒目がけて跳ね上げた。そして、そのままの勢いで一回転すると小屋から飛び出した。


「小次郎!」


 すぐに追いかけたが、小次郎が逃げた先には、先ほど逃した武士が加勢を連れて来て、新三郎の前に立ちはだかった。新三郎は叫んだ。


重保(しげやす)も心配していたぞ!」


「――いずれ謝りに行く、と伝えてください」


 小次郎は苦し気にそう言うと。加勢の武士が引いてきた馬に乗って去っていった。


 新三郎は追いかけるどころか、武士たちに追われて山に逃げ込むしかなかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ