表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
7/79

第6話 治承四年(1180年10月20日) 悪の名を持つ男

 平家軍の兵が減っていたこともあって、本田貞親(ほんださだちか)阿太郎(あたろう)は簡単に畠山重能(しげよし)の姿を見つけ出した。かがり火の近くで四つん這いになって震えている男がそうだ。数名の武士が囲んで笑っている。貞親は小声で阿太郎に言う。


「阿太郎、さすが大殿は芸達者だ。見ろ、大受けに受けている」


「しかし、長くはないか。難産の馬の物真似なのか?」


 ブヒ! ヒヒヒ―――ン! 産まれるまで演じきったようだ。拍手喝采が聞こえる。

 二人は近くの木に隠れて待った。しばらくすると――小用に出る、といって重能が出てきた。


「重能殿! 重能殿!」


 周りを伺っている重能を、阿太郎が手招きをした。


「腕を上げたな貞親。良い恋物語だった」


「大殿こそ見事なお産でした」


 二人が笑いながらお互いの芸を褒めていると、空を見ていた阿太郎が、


「急いでください。月を隠していた雲が動きそうです。富士川を越えましょう。少し先に浅瀬で渡れる場所があります」


 平家軍から離れ、川へ向かって闇の中を進む三人。すると川の方から、グエッ! ギャッ! と悲鳴が聞こえてきた。

 阿太郎が皆を制して立ち止まる。闇の中から声がした。


「飢えて陣抜けするにも方向がある。西なら許すが東は源氏だ。恥知らずは死んだほうがましだ。そうは思わぬか、畠山殿」


「死ぬべき! 死ぬべき!」


 雲が晴れてきた。月光の下に緋縅(ひおどし)の鎧の上に緋色の衣を(まと)った武士が一人。細身で背はひと際高い。その側に小さな童武者(わらべむしゃ)が赤地に金で“悪”の文字を染め抜いた旗指物を持って立っていた。平家軍の侍大将・伊藤忠清(ただきよ)の息子、伊藤七郎景清(かげきよ)である。死ぬべき、と言っていたのは童武者だ。


「これはこれは、景清殿。闇夜に人斬りとは風流ではないな。無駄な殺生は止めるが良い。、この戦はもう負けじゃ。おぬしの父上も撤退を進言しておる。今更、老人の首一つ取ったところで何の自慢にもならぬだろう? 見逃して善行の一つでも積んでみたらどうじゃ」


「ご謙遜なされるな、平治の乱の勇士よ。ちょうど葉武者の首にも飽きてきたとこ。そこの武士どもも腕がありそうだ。三つまとめて首をもらうぞ」


「首よこせ! 首よこせ!」


 叫ぶ童武者に伊藤景清は下がるように言うと、白木(しらき)長柄(ながえ)の先に太刀を合わせた長刀を下段に構えた。


「阿太郎! 貞親! 奴は悪七兵衛(あくしちびょうえ)と呼ばれるほどの武士じゃ。まともにやり合うな!」


「キェ――ッ!」


 重能の言葉を聞かずに貞親が大上段で飛び掛かると、太刀を景清の頭上に振り下ろした。だが、貞親の身体は空中で後ろに一回転して転げ落ちる。景清が下から長刀で跳ね上げたのだ。

 下段で大上段に打ち勝つには、相当な力と速さが無いと難しい。


「なんだ、武士かと思ったが山猿だったか」


 貞親は立ち上がった。目が血走っている。


「この貞親を山猿と申したな!」


 貞親は身を低くして地を蹴った。


「懐に飛び込めば勝てると? 悪の懐は甘くはないぞ、猿! まずは首一つ」


 景清が長刀を横に払おうとしたとき、横から阿太郎の突きが飛んできた。景清は長柄で受ける。その間に貞親が懐に入って胴を斬りつける。景清は長柄を手放すと、貞親の背に両手を組んで叩きつけた。貞親の太刀は景清の鎧を浅く切っただけだった。貞親は自らの太刀を見てくやしがった。


「猿にお似合いの鈍い太刀だな。それにしても――」


 阿太郎のほうを見る景清。


「坂東者は汚いな。平家の恩を忘れるだけはある。猿よ! 冥途の土産に本物の太刀を見せてやろう」


 長刀を童武者に渡すと、腰に付けた太刀を抜いた。黒く光っている。


「無銘だが、父上が平治の乱で源氏から奪った名刀だ。頼朝を倒したら、源切り、とでも名付けようか」


それを見て阿太郎が突きを繰り出す。


「長柄を離すとは。自ら間合いを捨てたな」


「この太刀には棒など無意味だ」


 景清が八角棒を振り払う動作を見せた。阿太郎には太刀がすり抜けたと感じた。次の瞬間、棒の先が地面に落ちた。


「斬り落とされた感覚すらないだろう。名刀とはそういうものだ。貴様らも死を感じる前に殺してやろう」


 ゆっくりと近づいてくる景清に、どう攻めればいいかわからず、動けない阿太郎と貞親。

 横から重能の大声が聞こえてきた。


「敵襲じゃー! 源氏が攻めてきたぞー! 夜襲をかけてきたぞー! ブヒヒーン! ブヒヒーン! 馬も騒いでおる!」


 重能は顔をにやりとさせて景清を見る。


「さあ、どうする景清。川からの声だ。ひっかかる馬鹿もおるじゃろう。早く嘘だと触れ回らぬと軍が崩壊するかもしれんのう。ほれ、侍大将の役目を果たさんか」


 童武者が心配そうな顔で景清を見た。


「――くっ、覚えておれ。次に会った時、悪の字に誓って必ず殺す」


 景清は太刀を収めると長刀を取り、陣のある方向へ歩き出した。




「ほれ、貞親つかまれ。我らも行くぞ」


 重能と阿太郎が貞親を立たせた。貞親はぶつぶつ言っている。


「わしにもあの太刀があれば、あの太刀があれば……。大殿! 先に行ってくだされ!」


 貞親は重能の太刀を奪うと、景清に斬りかかった。長刀で受ける景清。


「せっかく見逃してやったのに、死に急ぐか。猿武者よ」


 太刀と長刀を打ち合うが、実力の差がすぐに埋まるわけがなく、貞親が押され始めた。阿太郎は短くなった八角棒を手に横から隙を伺うが、先とは違い景清も警戒しながら戦っているため隙はない。そしてとうとう貞親の太刀が弾き飛ばされた。


「とどめだ! 猿武者!」


 そう叫んだ景清の背に衝撃があった。振り返ると重能がいた。景清の背に短刀が刺さっている。


「坂東武者が汚い? 違うな、景清。平家武者が馬鹿なのじゃ」


「貴様あぁぁぁ―――――っ!」


 景清は長刀を離すと、鞘から太刀を一閃、抜き払った。重能の腰から肩にかけて血が噴き出す。


「大殿―――――――っ!」

「重能殿―――――――――っ!」


 崩れ落ちる重能。突如、川から水鳥の群れが羽音を立てて羽ばたいた。


「――殺す! 皆切り刻んで殺す!」


 貞親に向かう景清を“悪”の旗が遮る。


「真の敵襲! 真の敵襲!」


 童武者が川を指して叫んだ。景清が耳を澄ますと。確かに軍勢が川を渡る音が聞こえる。

景清の顔が侍大将のものに戻った。


「わしの傷の手当は後だ。急ぐぞ!」


水鳥の羽が舞い降りる中、景清は阿太郎と貞親の前から消えていった――。


「大殿!」「重能殿!」


 重能のもとに駆け寄る阿太郎と貞親。重能が助からないのは二人の目にも明らかだった。


「申し訳ありませぬ! 大殿の忠告を無視したばかりか、わしのために命まで……」


 泣き崩れる貞親が見えないのか、重能は空を見つめながら優しく語り掛ける。


「重忠の股肱(ここう)の臣を死なすわけにはいかんからのう。貞親、約束しろ。これからも生き延びられる機会があったら必ず生きよ。わしが救った命を無駄にするなよ……」


「必ずや誓いまする!」


 震えながら誓う貞親の言葉を聞き取れたかどうか。重能の瞳からは光が消えていた――。




※参考 wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B7%9D%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E9%A0%BC%E6%9C%9D%E6%8C%99%E5%85%B5.png

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ