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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第四部(最終部) 本田貞親の子
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第62話 建仁元年(1201年5月) 初陣

「戦に間に合ったな。おい、小次郎。洞吹(ほらぶき)に謝れよ。間に合わないって馬鹿にして申し訳ありません、と」


 畠山重保(しげやす)と小次郎は越後国の鳥坂(とっさか)城の近くにいた。目の前には山城を囲むように幕府の軍勢五千が布陣している。道に迷った二人だったが、洞吹の行くままに任せているうちに越後に入り、鳥坂城に向かっている武士たちを見つけることができたのだ。


「――ありがとう。ごめんな、年寄扱いして」


 ボヒヒ―――ン! 洞吹は得意げにいなないた。



 前に行こうとする小次郎の肩を重保がつかんだ。


「まあ、待て。今行ったら目立ちすぎる。我らが戦うのはもっと混戦になってからだ」


 渋々、小次郎はその場で戦を見ることにした。



「あっ、行った! 海野殿だ!」


 先陣狙いで海野幸氏が馬に鞭を打った。その後ろから討伐軍の大将軍・佐々木盛綱の息子・佐々木盛季が追いかけた。佐々木盛季の郎党が海野の側に駆け寄って邪魔をする。


「若殿! 味方が海野殿の邪魔をしています。なんだ、あいつは!」


「先陣争いの一番の敵は味方だと聞いてはいたが、露骨にやるものだな」


 海野は先陣を奪われたが、その後は次々と敵を射抜いて敵味方の目を見張らせた。

 重保と小次郎は興奮しながら戦を見ている。


「さすが、海野殿。見事なものだな」


「あっ、味方がばたばたと倒れております。敵にも凄い武士がいるようです」


 二人が目を細めて、敵陣を見ると矢倉(やぐら)の上で板額(はんがく)御前と名乗る女武者が弓を放っていた。乱の首謀者・城資盛(じょうすけもり)の叔母である。攻め手が大勢押し寄せていることもあるが、百発百中と言ってよいほど倒していた。


 それでも、五千の攻め手に対して一千で守る鳥坂城は、守りに特別な工夫があるわけでもなく、三時間も過ぎると板額御前が守っている場所以外はほころびを見せ始めていた。



「そろそろ行きましょうよ」


「わかった準備をするから、お前も手伝え」


 重保は荷物を拡げると、鋼の鎧をガチャガチャと音を立てながら着け始めた。

 小次郎は指を差して叫ぶ!


「あっ! 女武者が倒れました! 味方が一気に攻めます。早く!」


「これを着けるのが難しいのだ。胴体の留め金はどこだ?」


「あ――っ! これじゃ間に合わない。若殿、ごめん!」


 小次郎は鳥坂城へ向かって駆けだした。


「おい! 待て、馬鹿! 俺一人じゃ着けられん!」



 小次郎は戦の中に突っ込んでいった。しかし、城は攻め手でごった返していた。


――味方にやられないようにしないと。絶対、首を取ってやる!


 小さな身をかがめながら、味方をかいくぐる。奥へ奥へと進んでいくと、紺色縅(ひいろおどし)の鎧をつけた侍大将らしき武士が見えてきた。最後の死に場所と決めているのか、かかってくる幕府方の兵を何人も倒していた。


――疲れているのか、太刀筋は遅い。組まれなければ勝てる。


 小次郎が向かって行くと、敵の武士は嫌がるそぶりを見せた。小次郎の鎧が小物が着るような、簡素なものだったので、相手をしたくなかったのだろう。だが、それで相手の敗北は決まった。小次郎は素早く間を詰めると、貞親仕込みの太刀を打ちこんだ。


「シャ―――――ッ!」


 敵の肩から心臓にかけて太刀が深々とめり込んだ。敵は身体から血を噴き出しながら、両手で小次郎を睨み、掴もうともがいている。

 返り血を浴びた小次郎の手は震えていた。太刀を抜こうとしても上手く行かない。


「やめろ! やめろー!」


 敵を蹴ってようやく太刀が抜けた。倒れた敵の上に座り、首を奪われないようにすると、小次郎はしばらく茫然としていた。


 一方、出遅れた重保は鋼の兜だけを被った姿で、敵を見つけることができずにさまよっていた。そうしているうちに城一族の乱は終息した。




 陣幕を張った場所で、総大将・佐々木盛綱による首検(くびあらた)めが行われた。盛綱の左右には有力御家人が並び、目覚ましい活躍で褒賞が決まっている海野や望月もその列にいた。武士たちが盛綱の前に誇らしげに首を持ってくる。その中には小次郎の姿もあった。


「まずいな……」


 望月はその姿をいち早く目にとめ、つぶやいた。


「畠山重忠が家人・本田貞親が子、小次郎久兼(ひさかね)です!」


 佐々木盛綱は白くなった髭を触りながら言う。


「畠山殿は此度(こたび)の出陣名簿には入ってはおらんが、誰かの預かりで来たのかな」


「それは……」


 小次郎は言い淀む。


「私が預かりました」


 望月が前に出て言った。


「そうかそうか。さすが剣の達人と名高い貞親殿の子じゃ。名のある敵ならば褒賞が与えられよう。おい、誰か! 敵の囚人にこの首が誰か確かめさせろ」


 佐々木盛綱の言葉に対し、望月は早口で言う。


「いえ、褒賞はいりません。この度の戦は経験を積むために連れてきましたので、褒賞は辞退するよう畠山殿から言われております」


「さすがは畠山殿だ。祝勝な心がけではある」


「では、これで――」


 何か言おうとする小次郎を望月は周りの視線から守るよう、強引に幕の外へ連れ出した。


――海野には気づかれたかもしれんな。


「何で、邪魔をするのですか。せっかく皆が褒めてくれたのに」


「お前は何もわかっちゃいない。あそこで俺が預かり人だと言わなければ、褒められるどころか処罰されていたのだぞ」


「なぜですか。敵の首を取ったのですよ!」


「誰もお前に首を取ってくれなどと頼んではおらんだろうが……」


 望月が頭をかいていると、林の中から声がした。


「そうだぞ、裏切り者! 一人だけで暴れやがって」


 鋼の兜だけを被った重保が近づいてきた。


「その声? 重保なのか。お前は畠山家の嫡男なんだぞ!」


「だ、大丈夫です。顔は見られてはいません。ほら、この通り」


 重保は鋼の兜を差して言った。


「……もういい。お前らいったん鎌倉の俺の屋敷で待っていろ。重忠殿に一緒に謝ってやる」



 海野は望月に気づかれぬよう遠くからつけていた。


――あの顔と年格好。昔助けた静御前の子に間違いない。しかし、薩摩からなぜ危険な鎌倉に出てきたのか? それに鋼の兜の男。全身は鋼ではないが、あの兜は見間違えたりはしない。やつは何者なのだ。後を追いたいところだが、ここを離れるわけにはいかない。ならば……。


 海野は短弓を取りだすと、鋼の兜の男の腕を狙って放った。結果は見ずともわかる。海野はすぐさまその場から立ち去った。



 重保は左腕を抑えてうずくまった。


「若殿! 大丈夫ですか。まだ残党が!」


「追うな!」


 小次郎を望月が止めた。二人とも太刀を構える。


「もう、気配が消えている。まずは手当てが先だ」


 望月は刺さっている矢を見て、海野かもしれないと思った。


――だが、なぜ小次郎では無く、重保を狙う。しかも致命傷にならぬところを。


「くそう! 敵を倒さず、射られるだけなんて、散々だ!」


「それだけ、元気があれば心配はいらないな。どこかに馬を隠しているのだろ? そこまで肩を貸してやる」


 小次郎と重保は洞吹に乗せられると、鎌倉へ帰って行った。こうして二人にとっての初陣は幕を閉じた――。

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