第61話 建仁元年(1201年4月) 越後の乱
鎌倉・畠山屋敷では小次郎が親である本田貞親に訴えていた。その横で阿火局が厳しい顔で聞いている。
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ。鎌倉にいることも許さん。薩摩に帰るのだ」
「だったら、越後の戦に出てから帰ります。どちらか一つぐらい聞いてくれても良いではないですか」
「駄目だ。わしの言うことを聞け!」
「なぜですか! 子が戦に出たいと言えば喜ぶのが、武家の親でしょう!」
阿火局が横から言う。
「薩摩での戦であれば出てもいいわ。坂東での戦はやめなさい。どうして弟の小三郎のように薩摩で待つことができないのです」
「母上は黙っていてください! 私なんかより実の子が可愛いからそんなことを言うのでしょう」
貞親は立ちあがると、小次郎を庭に蹴り飛ばした。
「ひねくれたことを言うな! わしも阿火局もおぬしのためには、命を惜しんだことはない! 今すぐ謝れ!」
「嫌だ! 父上たちが私を認めるまで謝りません!」
小次郎は叫ぶように言うと、屋敷の外に出て行った。
貞親はため息をついて座った。
「小次郎の不満が溜まるのも分からないこともない。わしも若いころはそうだった。少しぐらいは戦に出させてみるか?」
「危険よ。あの子は静御前に似すぎているもの。鶴岡八幡宮での静御前の白拍子の舞は御家人たちの心に強烈に残っているわ。人前に出せば必ず気づく者が出るはずよ」
「とはいえ、素直には薩摩に帰りそうもないな」
貞親は腕を組んで考え込んだ。
本田親子の口論の元は、年が明けてから起こった城一族の反乱だ。城一族は元々、平家方で越後守になるほどの大族だったが、木曽義仲に敗北して罪人となった。
しかし、その後に梶原景時が頼朝に許しを乞い、御家人の仲間入りをした。景時派の有力豪族だったので、景時の死後、幕府から追及を受けた。いわば追い詰められての反乱である。
まず、一月に城長茂が京で乱を起こしたが、院宣をもらうことができず、あえなく鎮圧された。その後、越後で一族の城資盛が反乱を起こした。これがかなりの強さで、現地の御家人たちでは手に負えず、鎌倉に援軍要請の使者がきたのが四月二日のことだった。
幕府では、まだ京で反乱を起こした城一族のすべてを捕まえていないことが不安だった。鎌倉を留守にした際に、不測の事態が起こることを怖れた幕府は、指揮をする将軍だけを派遣し、兵は現地の御家人を使って戦うことに決めた。
「若殿からも重忠殿にお願いしてもらえませんか。父上は頑固でどうにもならん」
本田貞親の子・小次郎は、鎌倉の畠山屋敷の庭の隅に畠山重忠の嫡男・重保を連れ出すと必死で訴えた。
「鎌倉の御家人は大倉御所を守るよう命じられているから、貞親もそう言うしかないだろ。俺だって行きたいのを我慢しているのだ」
「私は半分、薩摩の御家人のようなものです! 俺は戦がしたい!」
「島津殿に無断で鎌倉にきたくせによく言うよ。わがままだな、お前は」
「そうだ! 若殿もいっしょに行きましょう。きっと、拳骨を食らうぐらいで許してもらえます」
「……嫌だ。お前は、父上の拳骨の凄まじさを知らぬから、そんなことが言えるのだ」
「意気地無し!」
「なんだと! このチビ!」
二人は取っ組み合うと、もみ合いながら庭の小屋の扉にぶつかった。そのまま扉を壊して中に転がり込む。
「痛てて……、お前のせいで小屋を壊したではないか」
「私のせいにしないでくださいよ……」
二人は身体を摩りながら立ち上がると、同時にわっと悲鳴をあげた。
「これは何ですか、若殿」
「知らん、異国の仏像か……」
鋼の像が立っていた。おそるおそる近づいた小次郎が触る。叩いてみるとカンカンと音が鳴った。
「中が空洞になっていますよ。あっ、外れました」
「もしかすると、これは――」
小屋の外から、おーい、という声がしたので、重保と小次郎は慌てて外に出た。
「何やっている、喧嘩か?」
望月重隆がやってきた。貞親が教えている剣の稽古は、梶原屋敷が壊された後は、重忠の屋敷で行っている。弟子の望月も屋敷を好きに出入りしている。
重保と小次郎は憧れの目で望月を見る。重保は言う。
「私にも弓を教えてください。的初めの射手にも選ばれたのでしょ。天才と評判ですよ」
「嫌みにしか聞こえんな。海野が選ばれたのは俺より十年も前だぞ」
「あの方は神降ろしの弓ですから特別ですよ」
「神降ろしねえ……。そんなことをせずとも上手いのだがな、あいつは」
小次郎が聞く。
「ところで、望月殿は越後に行かれると聞きましたが」
「ああ、俺の所領は信濃だからな、越後近辺の御家人は出陣することになった。海野も行く。今日は貞親殿へ出立の挨拶だ」
「私も連れて行ってください!」
望月は小次郎の正体について薄々気づいている。小次郎の細い腕をつかんで言った。
「この腕では強い弓は打てない。もう少し力をつけたら、俺から貞親殿に言ってやる」
小次郎は唇を噛んだ。体質なのかどれだけ鍛えても太くならないのだ。
「小兵なら小兵なりの戦い方がある。それを考えるのだ。お前の父も――」
「何を言っているのです。父上は私よりも一回りも大きいのですよ」
「あ、いや。大きい相手と戦う事も考えていたということだ」
望月はそこで話を打ち切って、貞親のいる部屋に歩いていった。
数日後、秩父に行くという書置きを残して、重保と小次郎の姿が屋敷から消えた。
「秩父で馬の稽古でもしにいったのであろう」
これで、小次郎の不満も解消されるだろうと、胸を撫でおろしている貞親に阿火局は呆れて答えた。
「あんたの素直なところは嫌いじゃいけど、そんなわけないでしょ! 越後に行ったに決まっているわ」
「まあ、待て。お前の早合点かもしれん」
二人が話していると重忠が部屋に飛び込んできた。
「貞親! わしの関羽が盗まれた!」
三浦義村は越後に行く御家人を屋敷に招待し、一緒に舞を見ながら御家人たちの不満話を聴き、話した内容を元に贈り物などをしていた。義村なりの人心掌握術である。その中には信濃の豪族・海野幸氏もいた。
「海野殿なら今更、手柄などあげなくても名は轟いていますからな」
「いいえ。武士たちの中には、流鏑馬など実戦では役に立たぬという者もいます。この戦でそうではないことを証明してみせるつもりです。それに、鋼の武士が現れるかも――」
「鋼の武士とは?」
「関羽と名乗り、矢が通らない鋼で覆われている男です。南近江の乱で私は鋼の武士に打ち倒されました。その後、討たれた賊を確認したのですが、それらしき武士は見当たりませんでした。ただ、幕府に敵対している男です。越後にも現れるかもしれません」
「ほう、もし知る者がいれば、海野殿にお知らせしましょう」
「それはありがたい」
海野は礼儀正しく一礼して去っていった。
東山道を上いく途中、上野国では、小次郎がぶつぶつ言っていた。
「――なんで、こんな老馬に乗ってきたのですか」
馬を引きながら小次郎は馬上の重保に文句を言った。
「こういう大きな荷物を載せられる馬はこいつしかいなかったんだ。お前だって、二人で乗れると言って喜んでいたじゃないか。付き合ってやっているのにつべこべいうな!」
……ボヒ-ン。
“洞吹”は悲しそうに鳴いた。老いているため、休憩を多く取らないといけない。それが、はやる気持ちを抑えられない小次郎にとってもどかしかった。
「かわいそうにな、洞吹。薩摩者は馬が武士の友だということを知らん。ところで小次郎、ここはどこだ?」
「えっ、若殿が知っていたんじゃないんですか?」
――二人は山中で迷ってしまった。