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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第四部(最終部) 本田貞親の子
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第58話 正治元年(1199年4月~9月) 親子の歪

 源頼朝を殺した十二人の重臣は源頼家(よりいえ)を後継者に定め、朝廷に認めさせた。そして、坂東中心の政治を行う事を皆で誓い合った。また、頼家を頼朝のように暴走させないため、梶原景時を加えた十三人の合議制という枠組みを作り上げた。重要な政治の事柄についてはまず十三人で談合し、その結果を頼家に承認してもらう制度だ。



 北条屋敷では北条時政、江間義時、牧の方で酒宴が行われていた。


「これで天下は十三等分された。そして、その内の二つが我が家に転がり込んだ」


 時政は手を叩いて喜んだ。


「十三人の中にお前を入れるのにどれだけ苦労をしたか。これからはもっとわしに合力するのだ。ただで舞台を見ようなどと思うなよ」


「具体的には何を?」


「十三人の内、大江・中原・足立・二階堂・三善の五人には野心が無い。あったとしても自分が表に立たず、裏に回るほうを選ぶだろう。となると、残りは我らを抜くと六人、安達・梶原・三浦・和田・八田・比企だ。こやつらを追い落とすか従えれば、自ずと天下は近づいてくる」


政範(まさのり)が天下人になるのね!」


 牧の方は声を弾ませた。義時が言う。


「姉上が自分の子の天下が奪われるのを黙っていますかね」


「仕方が無いと思わせればいいのよ。御家人が誰もついてこなければ諦めるでしょう」


「そうだ。わしと牧で考えていることもある。お前は言われたことをやればいい。それまでは陰に隠れて、わしのやり方を見ているがよい」



 酒宴が終わり、義時を外に送りだすときに牧の方は耳元でささやいた。


「この争いの最後にあなたと時政殿が残っていたら、私はあなたを選ぶわ」


 牧の方が屋敷に戻っていく姿を見ながら、義時は一人つぶやいた。


「天下人か。想像もできないな。そのときは私が私でいられるのだろうか――」





 大倉御所の奥で、安達新三郎が尼になった政子に大姫の形見を渡していた。


「そう――あの子も亡くなってしまったのね……」


 政子はしばらく放心していた。六月に乙姫(おとひめ)を病で失ったばかりの政子にとっては、便りこそないがどこかで生きているであろう、大姫を想像することが救いだったのだ。


「申し訳ありません。大姫様の命を保つことはおろか、二年近くお知らせもせずに――」


「そなたも辛かったのでしょう。義時から聞いたわ。大姫が心を許した唯一の男だと。病が手遅れだったとはいえ、そなたの胸で最後を迎えた大姫は幸せだったでしょうね――二年の間、何をしていたの?」


「木曽の巴御前(ともえごぜん)に大姫様の遺髪(いはつ)をお渡しし、義高様と一緒に弔ってもらうようお願いしました。その後は薩摩に――」


「そう、義高殿の墓に……。親として礼をいいます」


 新三郎は思いつめた顔で訴えた。


尼御台様(あまみだいさま)。私に死をお与えください!」


 政子は首を振った。


「そのようなことをしたら、あの世に行ったときに大姫に叱られるわ。ただし、役目を二年の間、放棄した罪を放っておくのは、幕府としての権威に関わります。だから、しばらくは私が囚人として預かることにしましょう。そなたには心の傷を癒す時が必要だわ」


「尼御台様――」


 新三郎は頭を下げ、肩を震わせていた。




 鎌倉・北条屋敷では姫宮(ひめみや)が口を尖らせて、牧の方に詰め寄っていた。


「本当に痣丸(あざまる)を支援してくださいね! そのために大宰府(だざいふ)から鎌倉に呼んだのよ。本当に、本当に! 約束ですよ!」


「疑い深い子ねえ。嫌だわ。京に行ったら、すっかり気が強くなっちゃって」


「好きでもない男を誘惑して抱かれているのですよ、こっちは! ああ、気持ち悪い!」


「安達だって、力のある御家人じゃない?」



 京一番の白拍子(しらびょうし)となっていた姫宮は、牧の方の依頼を受けて安達景盛(かげもり)の妾になった。今は安達景盛と鎌倉に下ってきている。目的は十三人の重臣の一人、安達盛長(もりなが)の息子である景盛を罠に掛け、安達家ごと陥れるためだ。


「武家は嫌いです。私は痣丸のように芸を極めようとしている人が好いのです。芸を磨く者同士にしか分かりえない、魂のつながりが痣丸からは感じられるわ。ああ――」


「白拍子として、他の男に抱かれているのに、小娘みたいなことを――」


「まあ、ひどい! 心が繋がってなければ、抱かれていないのと同じですわ!」


「わかった。謝るわ。だから、頼家も誘惑してちょうだい。といっても特に何もする必はないわ。京で無双と言われた舞を、この鎌倉で披露していれば、あの馬鹿は勝手に食いつくわ。女に目が無いのは父親の頼朝譲りだから。そのまま頼家の妾になってしまっても良いわよ」


「遠慮しますわ。まだ死にたくありませんから。お願いしますから、どさくさ紛れに私を殺さないでくださいね」


「あら、信用が無いのね」


「信用していますよ。怖さの方ですけどね」


 姫宮は疑わしい目で、じっと牧の方を見た。




 牧の方の狙いは的中する。景盛は自慢の妾の舞を皆に見せたくて、人を呼んでは酒宴を開いた。その中には源頼家もいた。姫宮は頼家にだけにわかるよう、意味ありげな目線を送った。


 頼家は姫宮が欲しくてたまらなくなった。何とか自分の物にできないかと考えた頼家は、景盛を姫宮から引き離すために、三河で起こった賊の討伐に景盛を派遣する。その隙に安達屋敷に行き、姫宮を奪って自分の妾にしたのだ。


 三河から戻った景盛は憤ったが後の祭りだった。仕上げとばかり、牧の方は追い打ちをかける。頼家の側近を通じて、景盛は妾を奪われた恨みで謀反を考えていると告げると、頼家は景盛を上意討ちすることを側近に命じた。たちまち鎌倉が騒がしくなった。



「馬鹿げています!」


 息子が景盛から妾を奪ったことを苦々しく思っていた政子は、すぐに行動を起こした。景盛の屋敷に入り、頼家の暴挙を止めるために使者を送った。


――乙姫が亡くなったばかりなのに戦いなどもってのほか。よく調べもせずに殺せば必ず後悔します。私が調べるので待ちなさい。それでも攻め滅ぼすというのなら、まず私に矢を当てなさい。


 頼家は渋々、軍を出すのを止めた。そればかりか、翌日に景盛に書かせた誓書を持ってきた、政子に説教までされた。


――近頃のそなたは世の中を不安させています。政治に飽き、民の苦しみを考えず、遊郭で遊んでばかり。そなたが大事にしている連中も、ろくでもない者ばかりです。少しは周りに置く者を考えなさい。


 ろくでもない連中というのは、小笠原長経、比企宗員、比企時員、中野能成ら五人の取巻きである。頼家はこの五人が鎌倉で狼藉を働いても逆らってはならぬ、という命令を出している。また頼家に直接、会えるのも重臣とこの五人だけとした。


 結局、この事件は頼家の権威を下げ、政子の権威を上げる結果となった。




 牧の方は面白くなかった。安達を葬るどころか、大嫌いな政子を押し上げることになってしまったからである。


「頼家も軟弱ね。暴君なら暴君らしく、政子ごと安達を潰してしまえば良かったのに!」


「牧の方様、あたしは役目をきっちり果たしましたよ。痣丸に船一艘造らせてあげてくださいね」


 この騒動の最中に、ちゃっかりと姫宮は政子に保護されて、頼家の屋敷を抜け出した。それで、北条屋敷にいるのである。


「憎たらしい子ね。さっさと京に帰りなさい!」


「おおきに」


 おどけて言うと、姫宮は早々と鎌倉から消えていった――。




獅子若(ししわか)! なぜ、勝手に鎌倉に来た!」


 鎌倉・畠山屋敷では囚人の身から解放された、本田貞親と阿火局が息子の獅子若丸を叱っていた。


「もう、獅子若丸ではありません! 本田小次郎久兼(ひさかね)です。少しぐらいは薩摩を離れてもいいでしょ。私は嫡男(ちゃくなん)ではないのですから。祖父上も弟ばかり可愛がっていて、つまらぬのです」



 貞親はもっと父・親恒(おやつね)と話しておかなかったことを後悔した。確かに静御前の子を養子として保護することは同意していたのだが、本田家を継がすこととなると、話が変わってくる。


 親恒は獅子若丸を庶子(しょし)扱いにし、獅子若丸の弟を嫡男とすることを譲らなかった。だから、本田家の通字(つうじ)である“親”の字を小次郎には与えていない。



「私の母はいったい誰なのです? 薩摩にいる者は誰も知りませんでした」


 貞親は小次郎の顔を見て、静御前に似ていると思った、身体は小兵だが顔が義経に似ていないのは幸いだった。あれだけの英雄だ。顔が似ていれば誰かが必ず気づく。


「知る必要は無い。お前の母は阿火局だ。母に不満があるのか?」


 小次郎は阿火局を見てから、貞親に言った。


「いえ、母上のことは好きです。私はそういうことを言っているのではないのです! 自分の血の元を知りたいのです。なぜ、みんな隠すのです!」


「知る必要がないからだ」


「もういいです! 失礼します!」


 小次郎は立ち上がり、荒々しく襖を閉めて出て行った。


 阿火局が申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい。兄が連れて来たばかりに……」


「いや、いずれはこうなっていただろう。わしこそ、父上ともっと話しておくべきだった」


「どうするつもり?」


 しばらく考えてから貞親は言った。


「大人になれば分かるだろう。遊郭に連れていってみるか――痛っ!」


 貞親は張り倒された。阿火局は立ち上がると、荒々しく襖を閉めて出て行った。

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