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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第三部 源頼朝の子
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第57話 建久八年(1197年10月~1199年) 頼朝の死

 大姫入内(じゅだい)が失敗しても源頼朝は諦めなかった。次女の乙姫を入内させるべく工作をはじめる。大姫のときと違い、頼朝は朝廷に遠慮なく圧力をかけた。そしてついに入内の内諾をもらったのだ。悲願である外戚への一歩を踏み出したのだ。それに対して土御門通親(つちみかどみちちか)は奇策で対抗する。


 翌年一月に後鳥羽天皇が、天皇の位を土御門の養女に産ませた三歳の男児に譲位し、土御門天皇を誕生させたのだ。立太子はおろか、親王にすることも飛ばしての譲位には、頼朝だけではなく朝廷内部でも反対があったが、土御門は強行した。


 これにより、乙姫と後鳥羽上皇の間に子ができたとしても、天皇になる可能性は低くなった。




「そこまでして、(われ)が外戚になるのを拒むのか!」


 大倉御所では、頼朝が激怒していた。大江広元がなだめる。


「もう良いではありませんか。乙姫の入内工作も取りやめましょう。翻弄されるだけです」


「いや、退かぬ。あの土御門だけは許しておけぬ。月輪殿(つきのわどの)九条兼実(くじょうかねざね))を復権させて、追い落としてくれる!」


 大江は冷ややかな目で頼朝を見ている。


――もう遅い。土御門卿は朝廷を支配している。そうでなければ、譲位の強行などできるわけがないではないか。今の朝廷に月輪殿が返り咲く余地は無い。


「そして、乙姫に男児が産まれたら、譲位させる約束をさせる」


「また反故にされるだけです」


「させない。我が京で睨みを利かせる」


「馬鹿なことを! 鎌倉はどうされるのですか!」


頼家(よりいえ)に任せる。そなたたちが支えればよい。京へは景時だけ連れて行く」


「京に上様、坂東に若君では武家の力が二つに割れます。乱の元です! 間違いなく朝廷は分断工作をしてくるでしょう。何度も言いましたが、最後にもう一度進言いたします。天皇を倒して、上様が新しい天下を治めるべきです!」


「くどい! それ以上申すと斬る!」


 普段、変わることの無い大江の表情に失望の色がありありと拡がった。しかし、頼朝は気づかずに、話し続けていた。


――以前の上様は、相手のどんな表情も見逃さなかった。内心賛同していなくても、相手の話を聞く、その繊細さがあったからこそ、頑固で独立心の強い坂東武士を一つにまとめることができたのだ。


 しかし、丹後局(たんごのつぼね)に食らわされた、入内という毒は頼朝の心を夢中にさせ、怒りに変え、今では執念となった。




 頼朝は梶原景時に上洛の準備を命じると、目的を知っている御家人たちはざわめいた。


――まだ入内もしていない、後鳥羽上皇に愛されるかどうかもわからない、男児が産まれるかどうかもわからない。それなのに工作や上洛に費用をかけてどうするのか? 上様の顔は坂東より京のほうばかり向いている。


 頼朝を恐れて、口には出さないが御家人たちの思いは同じだった。大江広元は、御家人たちの様子を見極めながら、多くの屋敷に出かけていくようになっていった――。




「うれしいわ。あなたが私に協力してくるなんて」


 鎌倉・北条屋敷の離れではひとときの情事を終えた江間義時と牧の方が抱き合っていた。


政範(まさのり)を嫡男にすることを認めたことですか?」


「それもあるけど――私の大きな願いもかなえてくれる」


「観察をするには良い席に座ることが大事ですから」


 牧の方は立ちあがって、裸を見せつけた。


「観察して、どんな気分になった?」


「もう一度抱きたくなった」


 義時は牧の方を押し倒した――。





 建久九年十二月二十七日。頼朝は稲毛重成が相模川に造った橋供養(落成式)に出席した。騎乗の頼朝の横で徒歩の北条時政が橋について説明した。ふと、頼朝が後ろを振り向くと、重臣たちしかいなかった。


「他の者はどこへ行った?」


 いぶかしげに頼朝が時政に問う。時政は大きく息を吸い込んだ。


「御免!」


 時政は頼朝を馬から引きずりおろした。


「時政、何をする。和田! (われ)を助けよ」


 和田義盛は頼朝の側にきた。しかし、助けるどころか、頼朝を川に引きずっていき、膝上まで水につかるところまで行くと、頼朝の肩をつかみ川底へ押し付けた。御家人たちも川へ入っていく。


「次、安達盛長殿!」


 大江が大声で言うと、和田の代わりに安達が頼朝を川底へ押し付ける。


「足立遠元殿!」


「比企能員殿!」


 名前を呼ばれた御家人が代わる代わる、頼朝を死へ近づけていく。代わるときだけ頼朝は水上に顔を出せるが、言葉を出す前に沈められた。


「三善康信殿!」


「中原親能殿!」


「二階堂行政殿!」


「八田知家殿!」


「三浦義澄殿!」


 頼朝を沈めるときの表情は様々だ。つらそうな顔、必死な顔、中には目を閉じる者もいた。大江は軽蔑の表情をしていた。時政は笑顔だった。


「最後は江間義時殿!」


 義時はすぐに沈めず、虫の息の頼朝を少し見ていた。頼朝はうつろな目でつぶやいた。


「義時、我の観察は終わりか……」


「義時殿!」


 大江の叱咤する声が聞こえる。



 義時は頼朝が力尽きるまで川底に押し付けた――。

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