表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第三部 源頼朝の子
55/79

第52話 建久七年(1196~7年) 呉越同舟・後編

 新三郎、本田貞親、阿火局が大江屋敷に呼ばれた。いつものように大江広元の後ろには望月重隆が控えている。


「まず、言っておきたい。我々は大姫様入内を阻止したい者同士だが、大きな違いが一つある。貴殿らは救うことを目的とし、私は救えないなら殺しても構わないと思っている。私にとっては大姫様の命よりも新しい世のほうが大事だ」


 三人は大江を睨んだが、大江はひるまない。


「この望月もそう考えている」


 新三郎は驚いた表情で望月を見た。


「大姫様は入内した場合、死を選ぶでしょう。そうなるのであれば、この手で苦しませずに――私の腕ならたやすくできます」


 新三郎は拳を強く握りしめる。


「そのようなことは断じてさせない!」


 横の貞親と阿火局もうなずく。大江は三人を見た後言った。


「その覚悟が知りたかった。しかし、そうすると少なくとも一人は追われる身になる。大姫様を逃がすための者がな。すぐに大姫様を尼にしてしまうという手もあるが……」


 新三郎は前にずいっと進み出て言った。


「俺がやる! 元々、御家人になりたくてなったわけではない。無論、大姫様が尼になりたいのであればそうする。だが、そうでなければ俺が守る!」


 貞親と阿火局が心配そうな顔で新三郎を見る。大江が言った。


「新三郎殿の覚悟。しかと承った――ならば私の策を今から話そう」


 大江は近江国の地図を広げると、扇子を取り出して説明し始めた。


「大姫様入内のための上洛軍はおよそ一万。東海道を上ってくる行列は、南近江の野路(のじ)宿で泊まることになるだろう。その夜に景清殿と牧の方が派手に注意を引く。その間に新三郎殿は大姫様を連れ出して、湖に用意してある船に乗って逃げて欲しい。貞親殿は大姫様を船まで護衛した後、景清殿を討ちに行く」


「景清を討ってもいいのか?」


「構わない。その姿を皆に見せておけば、後で貞親殿が疑われたとき言い逃れができる。ただし、大混乱になっているはずだから、景清殿を見つけるのは難しいだろう」


「同志じゃなかったの?」


 阿火局が横から言った。


「我々が同志なのは大姫様が逃げるまでだ。その後はお互いに好きにして構わない。だから、貴殿らが後で景清殿に襲われたとしても、私は何も関知しない」


――この男、割り切りすぎではないか?


 貞親は大江の考えに血の通っていない、冷え冷えするものを感じた。


 阿火局は大江に確認するように言う。


「好きにして構わないのなら、味方になったっていいのよね?」


「お前……」 


 貞親が驚いて阿火局の顔を見た。大江は探るような目で聞いてきた。


「構わんが――何を考えている?」


「別に――私はあの人たちのすべてが嫌いってわけじゃないだけ。それに旦那を必要以上に危険な目に会わせたくないの」


 阿火局の貞親を見て言った。大江がうなずく。


「承知した。言い忘れていたが、貴女には船で大姫様を受け取る役をして欲しい」


「わかったわ。でも私たちはそれまで何もしなくていいの?」


「いや、磯野禅尼(いそのぜんに)との繋ぎ役を頼みたい」


「あの方を巻き込むつもり?」


 阿火局は露骨に嫌な顔をした。


「陰謀は知らせぬ。禅尼はいまだ白拍子を教えていると聞いている。だから最高の舞台を見せてくれるよう頼むだけだ。御家人たちはいまだに、静御前の舞を見て感動したことを忘れてはいないのだ。磯野禅尼には危害も疑惑も及ばない。必ず約束する」


 阿火局が何も言わないので、大江は新三郎のほうに向き直って話を続けた。


「貴殿にはこれから京と鎌倉を何度も往復してもらいながら、少しずつ仕掛けを作っていってもらうつもりだ」


 この日から、与えられた役目をこなすために、皆が活発に動き始めた――。




 その年の十一月。とうとう九条兼実(くじょうかねざね)が関白の地位を追われ、その娘もまた内裏(だいり)から追い出された。丹後局(たんごのつぼね)土御門通親(つついみかどみちちか)が朝廷を掌握したのである。


 頼朝はさっそく約束を守らせようと、大姫入内について一条能保を通じて丹後局に相談した。だが、のらりくらりとかわされるだけで、前に進む気配は一向になかった。さらには土御門通親の養女が産んだ皇子を立太子(りったいし)するという噂まで鎌倉に届いた。約束が違うと、頼朝は激怒した。



――そろそろ最後の準備に入るころだな。


 大江はまず牧の方と伊藤悪七兵衛景清を屋敷に呼んだ。


「牧の方のほうは?」


「船百艘に遊女千人は何とかできるわ」


「さすがだな。当日は遊女を乗船させて動かしたい。貴殿のほうは、何人集まった?」


「二百を少し超える程度だ。言われたとおり腕の立つ勇士しか集めなかった。平家がほとんどいないのが、おもしろくはないが――それと、叡山(えいざん)に隠している兵たちだが、六波羅(ろくはら)が感付き始めている。あまり長くは留めておけないぞ」


「よろしい。貴殿はその精兵たちに人夫(にんぷ)の格好をさせて野路宿に行くがよい。そこで磯野禅尼と工人の指示を受け、湖の岸に舞台を造るのだ。上様の軍が近づくまでは、人夫として働いてもらう」




 しびれを切らせた頼朝は、梶原景時に一万の軍勢を用意するよう命じた。上洛して朝廷に圧力をかけるためである。鎌倉中が急な上洛支度で慌ただしくなり、上洛の目的も明かされないため、様々な憶測を呼んでいた。




 秩父・畠山の館では貞親が薩摩に戻る支度をしていた。


「急に薩摩に戻るとはどういうことだ?」


 畠山重忠が腕を組みながら、不信をあらわにしていた。


「前から言っていたではないですか。そろそろ、子の顔が懐かしくなってきたと」


「こっちを見ろ、貞親。おぬしはたまに隠し事をする。なぜだ?」


 重忠を見て、申し訳なさそうに貞親は言う。


「清廉潔白で忠義に厚い。そして頑固ですぐ頭に血が上る畠山重忠。わしも秩父の皆も、そんな殿が好きだ。それが理由です」


 重忠は腕を組んだまま、少し考えた後、言った。


「重忠が重忠で無くなれば、話せるか?」


「――どういうことです」


「少し待っていろ」


 そう言うと、奥の間に重忠は消えていった。




 野路宿に近い琵琶湖の湖畔では舞台の造営が行われていた。

 磯野禅尼が人夫を束ねている景清に話しかけてくる。


「あの少年は何者なの、工人頭が驚いていたわ。構造の理解も早いし、指示もできるって。この分だと早く完成しそうよ」


 姫宮(ひめみや)が代わりに答える。


痣丸(あざまる)よ。とっても器用なの。私が伊豆にいたときも、木彫りの動物や、木を組み合わせていろいろ作っていたわ。ねえ、景清様」


 京で白拍子の名人として評判になり、姫宮はすっかり明るい性格になっていた。ただ、磯野禅尼と違い、景清の正体を知っているだけに、姫宮は口にこそ出さないが、これから何かが起こると予感していた。



 禅尼たちが他へ行くと、景清は痣丸を呼び寄せて言った。


「――私は今度の戦いでは頼朝の首を取るまで戦う。どちらにしろ死ぬだろう。だからお前は戦には加えない」


 首を横に強く振る痣丸の肩を景清は両手で抑えた。


「姫宮に会って思った。これ以上、私の怨念に付き合うな。姫宮のように自分の生きる道を見つけるのだ。私のことを思うのなら約束してくれ。心を残したまま戦いたくはない。名も変えるがいい」


景清は黒刀を抜いた。


「痣丸の名はこの刀に譲ってくれ」


 ――しばらく泣いた後、ようやく痣丸はうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ