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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
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第3話 治承四年(1180年9月) 裏交渉 江間義時

「だーかーらー、言ったではないか!」


 阿太郎(あたろう)の怒声が秩父の畠山館に響き渡る。衣笠城(きぬがさじょう)から帰還してからというもの、千葉常胤(ちばつねたね)ら源氏方の増加、甲斐源氏との連携の噂など、平家方にとっていい情報は一つもない。

 

 そんな中、上総広常(かずさひろつね)佐殿(すけどの)(源頼朝)に味方した報を聞いて、ついに阿太郎の癇癪が爆発したのだ。とは言え、畠山重忠(はたけやましげただ)に直接怒りをぶつけるわけにはいかないので、本田貞親(ほんださだちか)に向かって叫んでいる。無論、庭で弓の稽古をしている重忠に聞こえるようにだ。


 うんざりした声で本田貞親が応じる。


「しつこいな。我らも戦の後、阿太郎の言う通りにしたではないか!」


 阿太郎は三浦一族の恨みを買わないために、三浦義明を丁重にかつ盛大に葬るよう進言し、重忠も認めた。しかし、そのことを大げさに広めようと言う阿太郎に、重忠はいい顔はしなかった。


「阿太郎、京の父上(重能(しげよし))から何か知らせは」


「京では源氏追討軍を編成しているそうですが、まだ時がかかるだろうとのことです」


 貞親が地図を拡げる。


「阿太郎は心配しているが、佐殿の軍がこちらでは無く、北へ向かうかもしれないではないか。上総広常と常陸の佐竹は仲が悪いことで有名だ。その間に平家軍がくれば、この武蔵国で源平相対することになる」


「得意げに言うが、貞親の頭で考えそうなことは佐殿たちも当然わかっておる。甲斐源氏と連携がそれだ。早く西へ攻め上り平家軍本体が坂東の平家方と合流するのを阻止する気だ。それが戦の鍵となる。わかったか、阿呆武者」


「なんだと! この馬鹿!」


 貞親が阿太郎につかみかかる。両者の拳が何発か応酬したところで、重忠がつぶやいた。


「秩父党を挙げて戦えば、勝てぬまでも佐殿を悩ませることはできる。どうだ、阿太郎」


「負けるとわかっていての抵抗など無意味――いや、なるほど、いい考えかもしれません。貞親! 急ぎ江戸殿と河越殿へ使者を出す用意を!」


「わしに命令するな、阿太郎!」


 しかし、重忠の顔を見ると同意の様なので、貞親はぶつぶつ言いながらも郎党を呼んで支度をさせることにした。




 江間義時(えまよしとき)が畠山館の前に立ったとき、まず気になったことは館の静けさだった。


「少々、薬が効きすぎたのかもしれん」


 義時は伊豆から武蔵へと、有力者の館を回っていった。源氏有利の情報を流すほか、味方にするよう頼朝から命じられてはいた。だが、義時は自分が説得に向いていないとわかっており、説得はそこそこに各家の反応や当主の人物を見極めることに重きを置いていた。

 

 義時はこの静けさから、重忠がこれからくるであろう源氏の大軍に恐れをなし、兵を率いて平家方と合流すべく、すでにこの地を離れたのではないかと考えた。だが、意外にも重忠は屋敷にいた。本田貞親という者が館内を案内していく。秩父は馬の産地も近いというのに厩舎には馬がほとんどいないのが気になった――。


「畠山重忠でござる」


 三浦家の者から聞いていた通り、畠山重忠の身体は骨太で筋肉が狩衣の上からでもはっきりわかり、見るからに大剛の武者といった風貌である。

 重忠の近くには、案内をしてくれた貞親と阿太郎と名乗る法師武者がいるだけだった。


「まず、初めに伝えておきます。私は正式な使者ではありません。その上でお話をお聞きください。間もなく佐殿(源頼朝)の軍が参ります。戦の前に降伏を求める使者が来るでしょう。その際には畠山殿から佐殿に詫びにいくと、切り出してもらえませんか」


 義時の言葉を重忠が大きな手で遮った。


「降伏とは? 畠山は佐殿と戦ったことはなく、源氏方への加勢も考えておる。軍勢を引き連れての帰順ならわかるが、罪人のように扱われるのは心外だ」


「三浦との戦は?」


「あれは和田との行き違いから生じたものだ。源平とは関係ない」


「三浦は源氏の味方と明言していた以上、その言い訳は通りません」


 ドンッ! 重忠は床を叩いて激高した。


「言い訳だと! この重忠、己のしたことに言い訳などせん! あの戦は和田義盛に受けた恥辱を晴らすための戦いであり、それ以外の何物でもなあいっ!」


 義時にとって納得できる話ではなかったが、こうも強弁されると一理あるかと思ってしまう。


――そういえば兄上も無茶な意見を押し通していたな


 兄・北条宗時(むねとき)も父・北条時政の反対を押し切って挙兵するときには、道理など何もなかった。自分の意思を激しく主張し、既成事実を積み上げ、時政を根負けさせた。


 理を超えた者にこそ、成し遂げられることがあるのではないか。義時は兄にそんな期待していた。だが、宗時はあっけなく石橋山で死んでしまった。

佐殿まで討ち取られていたら、無思慮の集まりが起こした暴挙と笑われていただろう。義時の中には――もし自分が裏から道理で宗時を支えていれば、という苦い思いがある。


――しかし、長生きできる性格ではないな。


義時は重忠に同情した


「江間殿、佐殿にお伝えいただきたい。畠山は時を献上いたします、と」


 義時が黙っていると阿太郎が前に進み出て口を開いた。続けて言う。


「畠山を味方にすれば、江戸、河越も従いまする。そうすれば西への道が早くなります」


「だが、敵にすれば遅れると?」


 義時の問いに阿太郎は無言でうなずく。


「そう上手くいきますかな。江戸殿、河越殿の館も見て回りましたが、大軍で囲んでしまえば、一日も持たないでしょう」


「確かにその通り――ただ、我らは源氏に弓引く者ではありません。ですので、誤解が解けるまで軍勢と共に隠れていることにします」


 阿太郎がしれっとした顔で言った。



――重忠の側にも少しは知者がいるようだ。


 義時は思考をめぐらせる。隠し軍。山の寺院に籠るか、それとも騎馬を使っての後方攪乱か? 正面からぶつからず、足止めに徹すれば面倒なことになる。佐殿は愚かではない。

畠山にこだわって戦機を失うぐらいであれば許すであろう。そうなれば重忠の名誉は守られ、平家との戦いも有利になる。しかし、それでは――。


 義時は両手をつき、重忠を見て言った。


「阿太郎殿の言う通りにすれば、重忠殿の意地は通りましょう。だが佐殿はどうなります。重忠殿を味方にしたくとも、脅しに屈したと見る者があっては、源氏の嫡流(ちゃくりゅう)の名に傷がつく」


 阿太郎が言い返す。


「義時殿、そんな交渉で重忠殿が納得するわけがないでしょう……。こちらの所領と命の保証が全くない」


「名に傷がつくか……」


 重忠は目を閉じて考えはじめた。阿太郎は慌てる。


――おい、重忠殿。何を考える必要がある! 目を閉じるな!


「名は大事ですからのう……」


――おいおい、貞親の阿呆まで何を言っておる!


 重忠が短く口を開いた。


「承知した」


「重忠殿―――――!!!」


 叫ぶ阿太郎をよそに、義時は膝を打って喜んだ。


「おお! 佐殿は平家を倒すために立ち上がった。そのためには常に最良の道を選ぶ御方だ。決して重忠殿に恥辱を味わせるようなことはせぬ。誓紙に書いてもよい」


「必要ござらぬ。義時殿の言葉には誠があった。それだけで良い」


 義時は重忠の清々しさに好感を持った。間違いなく重忠は佐殿の元にやってくるだろう。好意に応えるためにもう一手打っておくことにした。


 「貞親殿。重忠殿の御父上の重能殿は若かりし頃、佐殿の御父上である義朝殿と共に戦ったと聞いております。重忠殿が参陣する際、義朝殿ゆかりの物があれば持ってきて欲しい。佐殿は吉兆(きっちょう)御幣担(ごへいかつ)ぎをひと際大事にされるお方。必ず喜ぶ」


 義時はそう言い残して畠山の館を後にすると、時政に文を書いた。一つは甲斐への合流が遅れることへの詫び。もう一つは妹の嫁ぎ先について――。



※当時の関東勢力図 wikiより

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/d/d9/%E6%B2%BB%E6%89%BF4%E5%B9%B4%E3%81%AE%E9%96%A2%E6%9D%B1.png

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