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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第36話 文治二年(1186年7月) 処刑後

 日輪の扇が宙に舞った。海野幸氏が放った矢は、見事に的を射抜いた。屋島のときと同じく、喝采が起こり、皆が海野を称えた。


 離れたとこにいた伊藤悪七兵衛景清も一言だが、「見事」と、海野を褒めた。


 梶原景茂(かげもち)が赤子を入れた穴を埋めている新三郎に気づくと呆れて言った。


「おいおい。まさか、今のを見ていなかったのか?」


「俺は役目に忠実なだけだ」



 側では望月重隆から海野に褒美の品が与えられている。海野は鞍にまたがると絹で包まれた箱を受け取った。大姫は輿に戻ると、侍女たちと供に大倉御所に戻っていった。望月だけが残り、もう一度、扇の的を立たせた。


 群衆に「大姫様が見ていないから、外しても腹は切らないよ」といって、笑いを取った後、武者たちの冷やかしの中で、望月も見事、的を射抜いて喝采を浴びた。


 牧宗親は密偵をしていたこともあり、何か引っかかるものを感じていた。そこで、戻ろうとする大姫一行に少し調べさせて欲しいと申し出たが、大姫の一喝を受けると、


「御所と御台所様には私が大姫様の言う通りに従ったとお伝えください。何卒、何卒……」


 それ以上何も云えずに、おどおどと引き下がった。



 新三郎は牧宗親を呼ぶと、


「確かに静御前の子は生き埋めにした。ご見分役(けんぶんやく)の方々、よろしいな」


 埋めるのを見逃したお前らが悪い、新三郎の目はそう語っていた。


 牧宗親はうなずいた。新三郎が景茂は太刀を抜き放つと、赤子を埋めた場所に思い切り突き刺した。引き抜くと刃には血がたっぷりとついていた。懐紙で刀身を拭き投げ捨てた。


「何か動いているような気がしてな。さすが義経の子だ。しぶとい、しぶとい」


「景茂よ、おぬし(ろく)な死に方をせぬぞ」


 睨む新三郎を無視して、景茂は陣幕を張った場所に戻ると郎党に声を掛けた。


「これにて見分終了! さあお前ら帰って酒でも飲もう! 帰り支度をいたせ」


「むごいことを……」


 牧宗親は手を合わせてしばらく祈った後、手勢を連れて引き揚げていった。


 新三郎は報告のため大倉御所へ向かった。




「できればこの手で殺したかったが、仕方あるまい。皆を引き揚げさせてくれ」


 阿火局にそう命じると、景清は馬に乗り、童武者を馬に引き揚げた。


――衆人環視(しゅうじんかんし)の中でも死角は作れるものね。


 赤子の包みを交換していたのを阿火局だけが見ていた。




 数刻後、新三郎は南御堂に向かっている途中で大姫たちと合流した。

 新三郎は厳しい顔で海野に言った。


「海野殿、命の危険に関わることをしないという約束だったではないか」


「皆の注目を集めるためには、仕方が無かったのよ」


 大姫がかばった。確かにその通りで、新三郎は己の読みが甘さを認めざるを得なかった。


「新三郎殿、私はあのとき、万が一つも外す気はしなかった。だから命の危険はまったく無かったのです」


 海野の瞳は嘘をついていなかった。しかし、あのとき外したとしても作戦は成功していたであろう。そう思うと海野の言葉を素直に信じられなかった。


 一行は南御堂に着いた。ここには、大姫たちから大倉御所の手前の畠山屋敷前で、赤子を受け取った貞親が待っている。大姫が用意した乳を与える女もいっしょだ。扉を開けると、貞親と赤子を抱いている女がいた。しかし、ただの女性とは思えない何かを新三郎は感じ取った。


 大姫は両手を板につけ丁寧な挨拶をした。


「お義母さま。お久しゅうございます」


――おかあさま? だが、目の前の女性は政子ではない。ということは……。


「新三郎、こちらは巴御前(ともえごぜん)である」


 貞親が言った。清水義高の母がそこにいた――。




 木曽義仲の妾であった巴御前は京から落ちた後、信濃に身を潜めていた。しかし、頼朝の残党狩りの際に見つかり、鎌倉に連れてこられた。とはいっても、頼朝は女に対しては無類に優しい。簡単な取り調べの後、信濃に返そうとした。そこに和田義盛(わだよしもり)からぜひ我が妾にとの懇願があり、巴御前を譲り渡したのだ。


「これだけ義高を愛してくれるお嫁さんの頼みだもの。断れるわけが無いわ」


 巴御前は愛情をこめた目で大姫を見る。


「その……、乳はなぜ……」


 新三郎は戸惑いながら訪ねる。


「ちょうど、和田義盛の子を産んで間もないのよ。あの男はとにかく強い子を作るために、私との子を欲しがった。無事、男児が産まれたので褒美に里帰りさせてもらうことにしたの。私の子の心配はいらないわ。和田の家には乳を与える女はいっぱいいるから」


 貞親が後を続ける。


「わしが赤子の預かり先を探していたように、大姫様も巴御前と連絡を取り、木曽に預けようと考えておられたのだ。だから一番に秩父、何かあれば信濃に向かう。行くのはわしと新三郎と巴御前だ。よいな?」


――新三郎の胸がチクリと痛んだ。義高逃亡の経路と似ていたからである。


「私も途中まで行く!」と言い張る大姫をなだめると、三人と赤子は南御堂を発った。




 処刑の翌日、牧の方は景清と阿火局を呼び出した。


「あなたたち、目はついてるの? いらないのなら取ってあげようかしら――義経の子はまだ生きているわ」


 伊藤悪七兵衛景清は驚いて顔を上げる。


「そんな、確かに死んだところを――」


「見てないでしょう。座興を楽しんでいたのではなくて。今日、大姫が話してくれたわ。赤子をすり替えたと」


 景清は阿火局を見た。阿火局は首を振る。


「どこへ逃げたと思う?」


「おそらくは秩父」


 阿火局は応えた。牧の方は見下すように景清を見る。


「その通りだわ。阿火局は優秀ね。負け癖のついた平家とは物が違う」


「御免!!」


 景清はそう叫ぶと手下どもを呼び集めた。



 景清は手下が集まってくるまでの間、由比ガ浜に行き、血の跡が残る砂浜を掘り返した。絹の包みの中には土竜(もぐら)の死骸が二体あった。景清は太刀でその二体を宙にすくい上げると、両断して手下の集合場所に向かった。



 追手の心配をしてない三人は赤子がいることもあって、授乳(じゅにゅう)のたびに休んでいた。


「義高もここで休んでいたのね。ありがとう、同じ道で逃げてくれて……」


 巴御前は最後に義高が寝ていた大樹を撫でながら新三郎に言った。貞親は離れたところで赤子をあやしている。


「あの子は父母に捨てられたと言ってなかった?」


「――孤独は感じておられるようでした。寝言で母上と……」


「そう……。優しい言い方をしてくれるのね。義高の最後に側にいたのが、あなたのような人で良かった」


 ボヒヒ――ン!


「お前もそうだったわね“洞吹(ほらぶき)”。ありがとう。それにしても大きな馬ね」


大飯食(おおめしぐ)らいで、貞親も困っております」


 笑いながら新三郎は言う。貞親が駆け足で二人に近寄ってきた。


「遠くから馬のいななきが多数聞こえた。殿のほど耳が良くないので気のせいかもしれんが――少し様子をみよう。追手かもしれん。巴御前は赤子と馬にお乗りください」


 だが、すでに新三郎たちは景清に補足されていた――。

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