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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第35話 文治二年(1186年7月) 男児誕生

 南御堂(みなみおどう)から五人が出てきた。皆、覚悟を決めた顔をしている。作戦が決まったのだ。後はそれぞれが支度をして待つだけだ。失敗したら新三郎が赤子を抱いて早舟に乗り、奥州に逃げることも決めた。


――さて、どうなることやら。女の赤子が産まれてくるのが一番良いが。


 貞親は皆と別れた後、山道を一人ぶらぶらと歩いていた。すると前から阿火局が現れた。京で別れて以来だ。おおっ! と貞親が喜んで駆け寄ろうとすると、


「本当に助けられると思っているの? 悪いけど聞いちゃったわ。赤子を逃がす場所なんてあるの?」


 阿火局は心配そうに言ってきた。


「秩父のある家が(かくま)ってくれる。言っておくが我が殿では無いぞ。それよりなぜわしに会いにこなかった。弟たちとも会っていないというではないか」


「――いろいろあるのよ。ただ、今度の役目が終わったら暇をもらおうと思っているわ。だからもう少し待ってて……」


「――わかった。こっちも、静御前の子が産まれるまでは落ち着きそうもないからな」


 そう言って、二人は別れた。


 運命の日がやってきた。静が産気づくと新三郎は雑色を大姫の元に走らせた。作戦については磯野禅尼にだけ話してある。静に話すと表情などで他の者にばれるからだ。残酷だが、しばらくは子が殺された母親でいてもらったほうが周りを騙せる。


 数刻後、新三郎の祈りも空しく男児が産まれた。大姫の元から戻ってきた雑色を今度は頼朝の元に走らせる。男児誕生を報告するためだ。間もなく、頼朝に命じられた見分役が戻って来るだろう。


それまでは静に抱かせておこうと思っていたが、頼朝からの使いはすぐに来た。すぐに決めてあった処刑場所の由比ガ浜に向かえ、見分役は直接向かわせるとのことだった。


 激しく抵抗する静御前からようやく赤子を取り上げた。新三郎は磯野禅尼と目でうなずきあうと、絹で包んだ赤子を胸に由比ガ浜に向かった。



 由比ガ浜に着いたが、まだ大姫の姿は見えない――どこかで潜んでくれているのなら良いが……。新三郎が待っていると先に見分役が到着した。梶原景茂(かげもち)と牧宗親だ。静と因縁のある景茂は上機嫌で大勢の手勢まで連れてきている。一方、牧宗親は暗い顔でうつむきながら、ずっとぶつぶつ言っていた。


「何でまた私がこんな羽目に……。平穏な生活が……。御台所様の機嫌が……」


 梶原景茂はにやにやした顔で新三郎に近づいてきた。


「これがあの高慢夫婦の子が、俺が首を切り落としてやろうか」


 新三郎は太刀を抜いて梶原景茂に向けた。


「俺の役目を愚弄する気か? この子は御所の甥にあたる。無礼は許さぬぞ。丁重に浜に埋めるだけだ。手伝うつもりなら、ほれ、そこに穴を掘ってくれ」


「ふん、梶原家の者がそんな真似などできるか。我が家のものにも手伝わさぬぞ。けっ、赤子を埋めて手柄のつもりか。笑わせる」


 そう言って少し下がったところに戻った。御大層に陣幕まで張らせている。新三郎は言葉とは裏腹に梶原景茂に感謝していた。


――阿呆が絡んでくれたおかげで時間が稼げた。


 新三郎は雑色に穴を掘るように命令した。

 


「もう、穴はそれぐらいで良いのではないか」


 牧宗親がおどおどしながら新三郎に問いかけたとき。一層の小舟が岩陰から、すーっ、と現れた。梶原景茂が何事かと立ち上がると、牧宗親の手勢がいるところから、騎乗の若武者二人が先導する形で輿と侍女たちがやってきた。新三郎の前を通り過ぎると、輿が降ろされ、中から大姫が出てきた。



 梶原景茂と牧宗親、新三郎が近づいて礼を取る。景茂が大姫に言った。


「もしや、命乞いでございますか。例え大姫様と言えども御所の命には――」


「お黙り! 侍女たちを引き連れて命乞いなどしません! 大体なぜ私が裏切者の赤子を助けなければいけないのか。出過ぎた真似をするとお父様に言って、手打ちにするわよ!」


 景茂は後ろに下がって(ひざまづ)いた。


「確かに大姫様の言う通り。これはご無礼を」


 牧宗親は自分が言われたわけではないのに“お父様”の言葉を聞くと、体をビクリと震わせた。景茂は恐る恐る聞く。


「では、今日は何のために浜に?」


「あれを見ればわかるわ」


 先ほど見た船が棒の先に日輪の扇を付けたものを掲げた。


「これは、もしや、屋島で那須与一(なすよいち)が見せた――」


「そうよ。あなたは見たの?」


「いえ、私はそのとき屋島にはおらず、話を聞いただけです」


「侍女たちと楽しもうと思ったけど、せっかくだから、あなたたちにも見せてあげる。海野! 望月!」



 海野幸氏が馬を海に進め、望月重隆は輿から大きな絹の箱を持ち出してきた。


「海野、当てたらこの褒美を取らすわ!」


 景茂は姫様のわがままなお遊びかと呆れ、手勢としてつれてこられた武者たちからも冷やかしの声が聞こえた――しかし、海野の言葉で場の空気が一変する。


「梶原家、牧家の者が見ている前で、大姫様に恥はかかせる分けにはいきません! もし、矢を外したのであれば、腹を切って死んで見せます!」


 海野は大音声(だいおんじょう)で誓った。大姫も笑顔を消して応えた。


「よく言いました! 命を懸けた技を神に捧げなさい!」


 座興(ざきょう)が、一瞬で命を懸ける神事に代わった。誰も言葉を発しなくなり、海野の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに注目した。




「――急に静かになったな」


 由比ガ浜を遠くから観望できる丘に、伊藤悪七兵衛景清あくしちびょうえかげきよと阿火局はいた。五十名いる手勢を、新三郎が赤子を持って逃げたときのために、各道に数名ずつ伏せさせている。


「馬がわずかしか手に入らなかったのが残念だ。それにあの船が気になるな。小舟にしては水夫が多い」


「申し訳ございません。産まれた直後の処刑では、ここまでの手配しかできませんでした」


 阿火局は頭を下げる。


「いや、短い時で良くやってくれた。さすが元“赤禿(あかかむろ)”だ。後は我々の役目だ。まあ、処刑されてしまえば、役目も無いがな」


 景清は阿火局に親しみを込めて言った。




 海野が海に馬を進める。呼吸を整える。静の言葉を思い出す。南御堂の一件があった後、海野と望月は静にお礼と芸の神髄について教えを乞うたのだ。


――静御前は言っていた。極めるとは神をその身に降ろすこと。


「南無八幡台菩薩……」


 偶然か、知っていたのか。海野の口からは、那須与一が屋島で言った言葉と同じ神文が唱えられた。


 次の瞬間、矢は弓から放たれた――。

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