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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第34話 文治二年(1186年4~6月) 法皇の反撃

 源頼朝は、京から北条父子と大江広元を京から呼び戻し、地頭を任せる者の選定を大倉御所に(こも)り切りで行っていた。御家人から希望を募ったのだが、行政官ではなく単に所領が増えると思っているものも多く――我先に! 一カ所でも多く!――と、山のように候補が届いた。


 誰も良く知らないような名前も多くあった。しかし、早く決めねばいけないこともあって、途中からは人物を見るのを諦め、御家人たちが出してきた候補者を、均等に配分する方針に切り替えることで何とか地頭配置を終わらせた。


 そうしている間にも院からは頼朝の御家人の統治に関して苦情が来る。播磨国で梶原景時、備前国で土肥実平、ほかにも佐々木経高、一条能保や北條時政と、意図的に頼朝側近を狙って不備を責めてきた。それらの対応に鎌倉は追われてしまい、ますます地頭制度に手が回らなくなった。




――そして二カ月後


「くやしいが、いったんは大天狗に勝ちを譲るしかないな。このまま突っ張ったところで、自らの首を絞めるだけだ」


「強硬な院を相手に案を通すことばかり考えて、地に足が着いた政治ではありませんでした。いくら我々が武家の世だ、と理想を言ったところで、御家人たちが地頭を理解していなければ、意味はありません。猛省いたします」


 大倉御所の一室で大江が頼朝に謝っていた。


 鎌倉の地頭政策はすぐに行き詰まった。現地に地頭として赴いた武士たちが、戦も無いのに兵糧米の徴収をしたり、年貢の横取りをしたりするなど、自分の所領のように好き勝手に振舞い始めたのだ。


 地頭はあくまで他人が持つ所領の管理権、調査権を持つ代官であるということを理解していないのか、わざとそうしているのかは分からないが、諸国からは怨嗟(えんさ)の声しか聞こえなかった。頼朝たちが考えている新しい秩序からはほど遠い、混乱と争いの種をばら撒いただけだった。



 頼朝は書状を広げながら、呆れた顔をする。


「しかし、大天狗も容赦がないな。三十七カ国の地頭を停止しろとは。奥州には地頭を配置しておらぬから、残るのは坂東と東海道と東山道。木曽義仲と戦う前の所領だけだ」


「我々が受け入れやすいよう、廃止と言ってこないのは、摂政九条兼実(くじょうかねざね)卿が院に全面対決は避けるべきと進言なされたからです。ただ、院のすべての公卿が地頭の被害に合っているので、九条兼実様のお立場は苦しいかと――」


「わかった。三十七カ国のうち、公卿の荘園を管理させている地頭は下がらせよう。九条卿を今、失脚させるわけにはいかぬからな。だが、他は譲らぬ」


 頼朝は扇子を開閉しながら話を続ける。


「立て直しに時間がいるな。義経への追捕は他に分からないように緩めろ。行家を処刑した今、義経には無駄死にしてもらっては困る。もう少し鎌倉の役に立ってもらわねば」


「そう言えば、院から行家処刑に対してお祝いの使者が来ていましたな」


「ああ、上辺だけの使者がな。一条からの知らせでは、行家を捕らえたと報告したとき、大天狗は興味なさげに、そんなことは摂政に話せと追い払われたそうだ。腹立たしい」




――七月七日 頼朝は院に対し、旧平家の所領ならびに反乱分子がいる土地を除いては、地頭を停止させると申し出た。


「景清もツキの無い男ね。滅ぶ家に仕えていると運も失うのかしら」


 牧の方はずぶ濡れになった阿火局から報告を聞いて言った。外はひどい雷雨だ。そんな中、頼朝は結城朝光(ゆうきともみつ)千葉胤頼(ちばたねより)の二人だけを連れ、甘縄にある安達盛長(あだちもりなが)の屋敷を訪れていた。丹後内侍(たんごのないし)が病気で伏せていると聞き、見舞いに行ったのだ。供が少ないのはもちろん政子に気づかれないためだ。嵐と護衛の少なさ。刺客が襲うには好機だった。


「それにしても、勝手なものね。皆が大倉御所に籠り切で働いているのに、自分は浮気相手の見舞いなんて――」


 そのとき、北条屋敷の離れに向かってくる足音がした。


「――いや、たまには浮気もいいかもしれないわね」


 江間義時の姿をみて牧の方は言った。


「御所から二日ばかり休暇をいただきました」


 牧の方は義時を部屋に招き入れた。もう牧の方の目には阿火局は入ってない。

 阿火局はやれやれと立ち上がると、大きくくしゃみをした。




 鎌倉・畠山屋敷の一室には、新三郎・貞親・大姫・海野幸氏・望月重隆がいた。重忠も参加しようとしたが貞親が止めた。いつもいる惟宗兄弟は、母の丹後内侍(たんごのないし)の見舞いに行っていて、ここにはいない。


「大姫様はこの件にはお関わりにならないほうが良いかと――」


 先刻、大姫が新三郎の屋敷に来て静御前を助けたいと訴えたので、人目につかないよう、また静御前にも聞かれぬよう、畠山屋敷に連れてきたのである。


「嫌よ。義高様に会わせてくれた恩を返さないといけないの。二人もそう」


 大姫をなだめている新三郎に、海野と望月は真剣な眼差しを向けてくる。


「わかりました。貞親と二人で策を練るつもりでしたが、三人にも協力してもらいましょう。ただし条件があります。命の危険に関わることをしないこと。此度も場合によっては義高様と同じように、追っ手から逃げることになるかもしれません。そのときは私一人で逃げます。しつこいようですが、危険なことをするのは私一人だけです。いいですね」


「しかし、新三郎殿だけを危険な目に合わすのは――」


 海野の言葉を新三郎は手で制した。


「この中で謀反の罪に問われても他に累が及ばないのは私だけです。海野殿、望月殿は信濃に一族が多くいます。一族が滅ぶ危険を冒してはなりません」


「私は平気よ。お父様に殺されても構わないわ!」


「大姫様はまだ子供。戦いはできません。足手まといになりたいのですか?」


 貞親が厳しく言うと、大姫はしゅんとした。


「いや、大姫様には大姫様にしかできないことがあります。それを考えていきましょう」


 新三郎は優しく大姫に言った。貞親が新三郎に言う。


「しかし、策と言っても何をする。赤子のすり替えでもするか?」


「そうなると変わった赤ちゃんはどうなるの」


 貞親は淡々と答える。


「死にますね」


「それはいけないわ。その子が可哀そうよ」


「では、連れて逃げますか?」


「あても無いのに? それでは義高様みたいになってしまうわ」


 この日は良い策が浮かぶことはなく、今後は大姫がお籠りをした南御堂に定期的に集まることだけを決めて解散した。



 屋敷に残った貞親は重忠にどこまで話すべきか悩んだ。場合によっては男児を本田家で預かることも検討しなければいけない。貞親は父の親恒(ちかつね)に書状を書いた。

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