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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第30話 文治元年(1185年12月) みな鎌倉へ

――よくある門構えね。屋敷を見たぐらいで思い出すわけないか。


 阿火局は被衣(かずき)を頭から被り、惟宗広言(これむねひろこと)の屋敷から少し離れた道の角でしばらく眺めていた。すると、中から老人が出てきて阿火局(あかのつぼね)の前を通り過ぎた。


――あれが惟宗広言(これむねひろこと)かしら。やはり分からないわ。


 諦めて帰ろうとしたとき、自分の脚が震えていることに気づいた。動悸が早くなり、呼吸が荒くなる。阿火局はこの場所にいるのが怖くなり、駆け足で離れた――。




「師匠! 茜御前(あかねごぜん)!――やはり、誰もいないか」


 貞親は“天女”の前に立ち、一人納得した。静御前が捕えられたことを聞いていたので、磯野禅尼(いそのぜんに)は逃げたか、捕まったかのどちらかだとは想像していた。このまま帰るのもなんだし、少しだけ中で休んでいこう、と勝手知ったる裏口から入った。


「誰……」


「何だ、いるのなら返事をしろ――」


 久しぶりに会えて喜ぶ貞親だったが、座り込んでいる阿火局を見て顔色を変えた。


「どうした? 様子が変だぞ。大丈夫か!」


 真っ青な顔をして震えている阿火局に駆け寄る。


「凄い汗だ。医者を呼んでくるから待っていろ!」


「行かないで! お願い……。ここで私を守って」


「……わかった」


 貞親は阿火局の隣に座ると、震えを押さえるように優しく肩を抱いた。


「おぬしはわしが守る。だから安心しろ。一体何があったのだ?」


「――あんたが教えてくれた惟宗広言の屋敷に行ったわ。でも、何も思い出せなかった。ただ、屋敷から出てくる老人の顔を見たら身体がこうなった! 広言は私の父に間違いないわ。身体がそう訴えているもの! でも、なんで震えるの? 思い出さないで、と身体言ってるような気がして怖いの!」


 興奮を鎮めるように、貞親はゆっくり語りかける。


「無理して思い出す必要は無い。その必要があるかどうかは、わしが新三郎に聞いてやる。だから、今は身体を休めろ。そうだ、水を一杯飲むといい。すぐ戻ってくるから安心して待っていろ」


 貞親は走って近くの井戸に行き、水を一杯、器に入れた。そのときに阿火の局から盗んだ眠り薬を数滴垂らした。その水を飲ましてしばらくすると、阿火局は貞親にもたれかかり、すぅすぅと寝息を立て始めた。


――新三郎、許せ。今日は行けぬ。おぬしの妹のためだ。


 その晩、貞親は眠ることなく阿火の局の横にいた。



 翌朝、阿火局は照れ臭そうに貞親に礼を言い、鎌倉に旅立った。結局、阿火局の記憶は戻らぬままだったが、二人ともそれでいいと思っていた。


 貞親は新三郎の宿に戻ると、それでも友か!と散々なじられたが、阿火局との京へ来てからのことを話すと、妹を心配する兄の顔になっていた。


「遊郭にいたとはな。身寄りが無い女が行く場所としては、よくある話だが、もしいたらと思うと怖くて、足が向かなかった。しかし、坂東にいた妹がなぜ京に?」


「今はとある家に仕えていて、密偵のような仕事をしているらしい。遊郭にいたのも身体を売っていたわけではなく、京の情勢を調べて送っていただけだ」


「ふっ、兄妹揃って密偵か――」


 新三郎は自嘲気味に笑った。


「それにしても、お前と妹が知り合いになっていたとはのう。よく黙っていたものよ」


「口止めされておってな。すまぬ。いずれ、おぬしに会いに行かせる」


「謝る必要はない。礼を言わせてもらう。妹を守ってくれてありがとう」


「聞きたいのだが、おぬしには阿火局の反応に心当たりはあるか?」


「ある。が、妹の名誉のために言わぬ。記憶が戻らぬのであれば、そのほうが良い」


「ならば、わしも聞かぬ。それでだが、おぬしに頼みがある――阿火局を嫁に欲しい」


 新三郎は貞親の顔をまじまじと見た。


「そんな仲になっておるのか、お前たちは」


「なってはいない。わしが勝手にそう思っているだけだ」


「なんだ、それは。俺も妹も家柄がどうのこうのとは無縁の身だ。妹が良いならば、それで構わぬ」


 貞親と新三郎の間に気恥ずかしい間ができた。それをごまかすように新三郎は言った。


「俺は静御前とその母御である磯野禅尼を鎌倉まで護送する役と、鎌倉での預かり役を北条時政殿から仰せつかった。だが、俺の鎌倉屋敷はほとんど手入れをしておらず、荒れ放題だ」


 新三郎は貞親へ向かって身体を乗り出して続ける。


「俺から時政殿には頼んでおくので、護送役を代わりにやってもらえぬか。磯野禅尼と知り合いという話を聞いて、なおさら頼みたくなった。そうすれば、俺は先に鎌倉に下って迎え入れる準備ができる」


 こうして、静御前一行を鎌倉に護送する役は貞親が受けもつことになった。





 同じ時期、鎌倉では人が立ったまま死ぬという怪事件が多発していた。牧宗親は調べるようを命じられたが、何も手がかりを掴めずにいた。


「密偵を使っても何もわからぬ、これは坊主の言う通り崇徳上皇(すとくじょうこう)の祟りかもしれんな」


 牧宗親は疲れた体で北条屋敷に戻ると、牧の方に愚痴った。


「祟りというならば、私のほうよ。ほら、また女が生まれたわ」


「女でも良いではないか。お前に似て可愛いぞ。おーよしよし」


 指で赤子の頬をつつきながら宗親は言う。


「無駄な捜索はやめたほうがいいわ。兄上の願う平穏無事な毎日が壊されますよ」


「――どういうことだ? まさかお前が関わっているのか?」


「兄上が密偵頭を止めたいというので、密偵組の中身を暗殺もできるように変えている途中なの。暗殺方法をいろいろ試しているので、邪魔をすると兄上でも許しませんよ。心配なさらずとも数日の間おとなしくしてもらえれば、事件は治まりますのでご安心を」


 牧宗親は全然安心できなかった。不安が胸に拡がっていった。目眩がする。


「そうそう、兄上の代わりを務める者が見つかりました。紹介しますわ」


 奥の間にいる男にこちらに来るよう声を掛けた。現れた男は綺麗な身なりをしていたが、少しやつれており、目に暗い光を宿していた。

牧宗親はその男を指差したが、手は震えていた。


「おい……、この男。京にいたときに見た覚えがある……。お前は知っていて、この男を屋敷に入れたのか!」


 牧の方は男の側に寄ると不敵な笑みを浮かべる。


「ええ、そうよ。共通の目的を持っているから、助け合うことにしたの」


「お前は、伊藤“悪七兵衛”景清いとうあくしちびょうえかげきよ!!」


 そう叫ぶと、牧宗親は気を失って倒れた。




 貞親は静御前と磯野禅尼を鎌倉に送り届けるため京を発った。静御前は取り調べから解放され、母にも久しぶりに会えたので、表情は明るかった。道中、義経が助けに来ることを夢想しつつ、静御前は鎌倉へ下っていった――。

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