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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第26話 元歴二年(1185年4月) 浮かれる御家人、怒れる頼朝

 源義経軍が捕虜を連れて凱旋(がいせん)してくると、京は戦が終わった解放感と新しい英雄たちに沸いた。公卿たちは戦の顛末(てんまつ)を聞きたがり、御家人たちは自慢を交えて語った。


九州にいる源範頼たちや、鎌倉の源頼朝たちなど脇役で、京にいる彼らだけが主役扱いをされていた。そして、浮かれた御家人たちは頼朝の推薦を受けずに次々と院から任官を受け始めた――。


 だが、一か月も経たないうちに、彼らの浮かれ気分が吹き飛んだ。頼朝から叱責の書状が届いたからである。


「どうでした? 例の書状は。御家人たちの中で相当な噂になっていますよ」


 畠山重忠が帰ってくるのを待ちわびていたのか、本田貞親が興味津々で聞いてくる。


「在京の御家人全てが見に来るようにと、判官どのからのお達しだったからな」


 重忠は義経が使っている六条堀川の屋敷に行ってきたところである。


「で、書状からは御所の怒りは伝わってきましたか?」


「充分にな。書状は六条館の中に貼りだされていた。義経殿も任官の問題で不興を買っているから、自分では伝えにくいのだろう」


「謹慎処分ですか?」


「勝手に任官した関東御家人は、墨俣川(すのまたがわ)から東に渡ると、所領を召し上げの上、首を斬られるそうだ」


「厳罰ですね。任官を返さなければ、取り潰して斬る、ということでしょう?」


「うむ。御所の嫌味も中々にきつい。“京都で任官したのなら、永遠に坂東に帰る必要がなくなったな”とか、“朝廷の臣になったのだから何も坂東に帰ってきて、田舎に閉じこもることはなかろう”とかな。腹を立てている御所の姿が、ありありと目に浮かんだわ」


「殿、何か楽しそうですね」


「まあ続きを聞け。書状には任官を勝手に受けた者の名も書いてあるのだが、一人一人に御所が嫌味を言っている。やれ、目が鼠だ、小物だ、声はしわがれていて髪が薄い、大法螺吹(おおぼらぶ)き、色白で腑抜けた顔、ふわふわした顔、臆病者、無能、鈍い馬と、まあ辛辣だ。しかし、名指しされた御家人を思い浮かべると、それぞれ妙に的を得ている。皆、書かれている御家人の顔を思い出して笑っていた――御所は実によく人を見ている。わしは感服した」


 重忠はうんうんと頷いている。もともと頼朝を尊敬しているのだ。


「義経殿はどうしています。御所がこの書状に義経殿の名をあえて書かなかったようですが――これは、痛烈な皮肉でしょう」


「病に伏しているといって顔を出さなかった。佐藤忠信(ただのぶ)の任官のことを書いてあったのが答えたらしい。おぬしも屋島(やしま)で見たであろう」


「はい、忠義の厚い武者です。兄の継信(つぐのぶ)も義経殿の盾になって死んだ」


「その報いも含めて弟の忠信を任官させたのだろう。しかし、御所に激しく罵られた」


 重忠は何とも言えない顔をした。屋島、檀ノ浦の戦いで義経の郎党はかなり働いていた。

それも華々しい表舞台ではなく、裏舞台で。それでこの仕打ちは義経主従にはつらいだろうと同情したのだ。



 沈んだ顔をしている二人の元へ、新三郎がやってきた。公卿について調べたことを重忠に届けるためだ。


「おぬしも、義経殿の所で書状を見て来たか?」


「ええ、監視役なので当然です。御家人が御所を怒らせるから、私も鎌倉から八つ当たりを受けていますよ。後白河法皇との企みや、義経殿が謀反する際に共に行動する御家人を調べろと言っているのに、お前は何も報告しない無能だと」


「本当に何も無いのか? 捕虜になった平時忠卿(ときただきょう)の娘を側室に入れる話も聞いているが」


 重忠は声を落として聞いた。


「あると思うでしょう? 私もそう思って調べましたよ。ところが義経殿にその気は全くない。確かに周りにはそそのかす輩もいました。御所と義経殿の叔父の新宮行家(しんぐうゆきいえ)などはその最たるものでしょうが、もう力はありません。そして鎌倉もその程度の情報は求めていません。求めているのは後白河法皇、もしくは大きな所領を持つ大豪族です。重忠殿は心当たりはございませぬか?」


「――ないな。少なくとも関東の御家人で、義経殿につくものはいないだろう」


「なぜです。癖のある性格ですが常勝将軍ですよ。強いものにつきたがる人はいつの世にもいるでしょう」


「一ノ谷、屋島と付き従って戦ってみたが、義経殿の軍の強さは速さと不意打ちにある。わしは、強い軍にいるというより、ずっと義経殿に鼻面を引っ張りまわされている気分だった。そして不意打ちとは、他人に考えを読まれるようであっては成り立たない。だから、義経殿の軍議は必ず遺恨を残す。なぜなら、全員が賛成する作戦は不意打ちにならぬと採用せず、味方の反対が多い作戦を採用する。特に梶原景時のような常識人が強く反対すればするほど、義経殿は勝利を確信する――だが、自分の意見を否定する将軍に、人はついていかぬ」


 貞親も重忠に同意すると、新三郎に言った。


「わしも感じたことがある。義経殿は、小兵(こひょう)ゆえに、強弓が引けないのを気にしていた。そんな非力な義経殿が、平家の世を一人でも生き抜くためには、速さを磨き、相手の隙や癖を見つけ、ひるませる戦い方をするしかなかったのだろう。それが戦のやり方にも出ている」


 どちらも戦を共にせぬとわからぬことだ。新三郎は頭の中で考えを巡らす。


「では、義経殿と戦うなら……」


「先手を取らせず、慌てない。攻め続けて守勢に回らないことだ――だが、義経殿が動き出したら、勝つのは難しい。戦う前に勝つしかない。それができるのは――」


「御所しかいないでしょうね」


 新三郎は唸った。


「ところで、新三郎。ここに来たということは、いたのか?」


 重忠は期待の目を新三郎に向ける。


「はい、重忠殿の歌の師匠にふさわしいお方を見つけました。今様(流行歌)の名人で歌集も自分で編纂されている惟宗広言(これむねひろこと)殿です。重忠殿が御所に褒められたこともあると言いましたら、快く引き受けてくれました」


「おいおい、新三郎! それは……」


 貞親は心配そうに声をかけたが、新三郎はすでに重忠に肩を押されて、屋敷の外に向かっていた。貞親は肩をすくめる。


「やれやれ、わしも遊びに行ってくるか?」





 鎌倉では新三郎からの書状を見た頼朝が大江広元(おおえひろもと)を呼び出していた。


「大天狗は釣り糸が切れそうになるまで、食いつくのを待つようだ。今、義経をそそのかしても勝算が無いのはわかっているようだな」


「はい。御家人たちの勝手任官を責めるのが、少々早かったかもしれません」


「様子を見ても良かったのだが、あまりにも馬鹿が多かった。無礼講のように皆、好き勝手に任官を受けていたからな、それでは鎌倉の権威に関わる」


「――大天狗は何を待っているのとお思いですか?」


「戦後の始末で九州に駐屯(ちゅうとん)している範頼の軍が鎌倉に引き揚げたときだ。その隙を見て、義経を大将軍として任官し、西国で軍を集めさせるのだろう。義経は鎌倉御家人からの人望がないから、そうするしかあるまい――向こうがそれで勝てるつもりなら乗ってやる。相手は義経になるが、多少の危険は仕方がない。何としてでも大天狗には鎌倉追討の院宣を出してもらわねばならぬからな」


 頼朝は次に新三郎とは別の書状を手に取った。梶原景時からのもので、平家の勝利の前には数々の神の吉瑞を示すことがあったことと、義経への懺言(ざんげん)がたっぷりと書いてある。最後に手柄は義経のものではなく、勝ったのは御家人の協力があればこそで、その御家人を協力させたのは頼朝の威光である、といった内容だ。


 大江広元は、あからさまなお世辞の懺言にあきれて、頼朝に何か言おうとしたが、満足げな顔でうなずいている頼朝の姿を見て口を閉じた。


――さすが、御所の最大の理解者と広言するだけのことはある。


「景時なら泥もかぶってくれる。大天狗を何手で詰められるか、そなたも案を出せ」


 それから頼朝と大江広元は罠の仕掛けについて、夜中まで検討した。




※参考wiki 後白河法皇像(宮内庁蔵『天子摂関御影』より)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E7%99%BD%E6%B2%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Emperor_Go-Shirakawa2.jpg

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