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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第25話 元歴二年(1185年3月) 檀ノ浦の戦い・後編

 壇ノ浦(だんのうら)では源氏方が総攻撃の鐘を鳴らし続け、戦の終盤を告げていた。


 唐船(からぶね)の上では、本田貞親と伊藤悪七兵衛景清(あくしちびょうえ)が睨みあっている。


「左手は使えないようだが、手加減はせんぞ」


「猿武者が手加減だと? 思いあがるな、下郎!」


 貞親は景清に連続で斬りかかる。景清は黒太刀で応じた。

 二刀の分だけ手数で押しているが、景清の怪我している左腕も油断できない。

 屋島では押し切ったと思って、打とうとした右太刀の攻撃を左手で止められたのだ。持ち手を左手で握り潰され、指を二本折るはめになった。


「景清よ。少し血を流しすぎたのではないか? 動きが鈍いぞ。いや、わしが強くなったのかもしれんな――うぉっ! 危ない!」


 景清は太陽を背にする位置に移動していた。


「人は肉体だけを使って戦うのではないだよ。猿武者よ。そなたの連れの化け物は強そうだな」


 重忠が斧を一振りするだけで、二、三人が倒れる。弓や長刀で攻撃されているが、鎧が多少歪んだぐらいで、重忠は無傷だ。


 景清は貞親の攻撃をさばきながら武士たちに叫んだ。


「鉄の化け物に弓矢は通らぬ。力で海に押し落とすのだ!」


 弓を持っている武者たちは、弓を置いて密集隊形を取った。だが最前列に行くのを嫌がって、仲間同士で言い合っている。


――押し相撲をやられたら、殿でも長くはもたんな。しかし、これだけ押しているのに景清を倒せる気がしない。打ち込んでも手ごたえを感じないのだ。これが景清の技なのか?


 むしろ押されている景清のほうに余裕が見えた。


「弱くなったのではないか? もう猿でも無くなっておるぞ!」


 景清の回し受けからの鋭い突きが貞親を襲う。かすかにかわす。貞親は寒気がした。

 ガッシャ、ガッシャと音がする。重忠は斧を振り回しながら密集隊形の武者たちから逃げ回っていた。


「あちらはそろそろ決着がつきそうだ。こちらも負けておられぬな」


 景清は怪我をしている左手を太刀に添えると、両手持ちに変えた。貞親は身構える。


――まずいな。渾身の一刀を放ってくるだろう。


 景清は大上段に振りかぶった。


――太刀で受け流すのは無理だ。右に跳ぶか? 左に跳ぶか? いや、逃げてどうする。振り下ろす前に中に飛び込んで斬る!


 貞親は顔の前で手を交差して突っ込んだ。


「死ねい! 猿武者!」


「南無八幡!」


 貞親は、景清の時が止まったように感じた、景清の太刀より早く懐に入れたのだ。後は景清の身体にぶつかり、後ろに崩れたときに太刀を振りぬくだけ。


「フン!」


 二刀を振りぬいた。手ごたえは浅い。景清の身体が軽かった。ぶつかる勢いが強すぎたようだ。


――ん? 俺の当たりで、そこまで吹っ飛ぶ男じゃないだろう?


「鉄の化け物め―――!!」


 叫びながら、景清は船の外に落ちていった。貞親は何事が起ったかわからず重忠のほうに振り向いた。


「うおっ、眩しいっっ!」


 逃げ回っていた重忠が、太陽の正面にいた。敵を引き連れて近づいてくる。


 貞親は船の外をのぞくと、二人が乗ってきた船に景清が横たわっていた。縄梯子から童武者が乗り込むと、水夫に砂金袋を渡していた。


「景清の首を取ってまいります!――ん? どうしました、殿」


 ガシャッ、重忠が貞親の肩を掴んだ。


「他の船に移らない約束だ」


「景清は手負いです。すぐ討てます!」


 重忠は下でどうしてわからず戸惑っている水夫に、手で行ってよいと合図した。船は岸に向けて動き出した。童武者が何度も頭を下げていた。重忠は船の上の敵を指差す。


「さあ、あの密集している敵を崩してくれ」


「殿の馬鹿野郎―――――っ!」


 貞親は敵の集団にくやしさをぶつけた。




 日が傾き始めたころ、源氏方の勝利が決定的になったのが貞親たちにもわかった。平家の赤旗をなびかせている船がバラバラに岸に向かい。貞親たちが戦っている船の武者たちも鎧を脱ぎ捨てて、次々に海に飛び込んだ。


「これで平家も終わりですかね……」


 重忠の鎧を外すのを手伝いながら、貞親は言った。


「もうどこにも逃げるところは無いからな。隠れて生きるしかあるまい。わしも平家との戦はもういい」


「これ、手柄になりますかね? 首を切るのが大変だ」


 二人の後ろにはおびただしい死体が積まれていた。


「なあ、貞親……」


「はい」


「岸についたら、この武者たちをそのまま弔おうと思う。爺は怒るかな?」


「――いいえ、殿を誇りに思うでしょう」




 戦いの一カ月後、頼朝から使者が来た。源範頼(のりより)は現地で戦後の始末と平家の残党狩りを行うことを命じられ、源義経は捕虜を引き連れて京に戻ることとなった。義経軍に組み込まれている畠山党も同じく京へついていく。


 山陽道を京に上っていく貞親と重忠はそれぞれ“洞吹(ほらぶき)”と“三日月”に騎乗して、始めて通る土地の景色を楽しんでいた。


「京へ着けば軍の編成は解かれる。わしはその後しばらく京へ留まるつもりだ。来たときは慌ただしく通り過ぎただけだったからな。新三郎にも会いたい。おぬしにも付き合ってもらう」


「何かが起こるのですか? 例えば義経殿が?」


「そうではない。何人かの公卿(くぎょう)と繋がりを深めるつもりだ」


「京の政界の動きを知るために、ですか?」


「もう一つある。今様(いまよう)(流行歌)の師匠を探す。爺は怒るかな?」


「――はい、絶対に怒りますよ」


 今様を歌い始める重忠をおいて、貞親は馬を先に進めた――。

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