第24話 元歴二年(1185年3月) 檀ノ浦の戦い・前編
屋島で源義経と激しい戦をした平家軍だが、梶原景時が船で大軍を引き連れてくると、戦いを続けることを諦め、彦島へ姿を消した。
景時は戦う事が出来ず、今ごろ着いたかと皆に笑われていた。
「梶原殿も可哀そうに。間に合うほうがおかしい。義経殿が早すぎたのだ」
言葉とは裏腹に畠山重忠は笑っていた。
「人のことを笑っている場合ですか? 次も船戦ですぞ。青面金剛殿」
貞親は重忠についた新しい呼び名でからかった。大剛の重忠が顔を青くして倒れているのをみて、皆がおもしろがって付けたのだ。
「腹立たしいが、何とかせねばならぬ。揺れにくい船があればいいのだが――」
「大きい船は揺れが少ないと聞きます。大将船に乗れれば良いですが」
「それでは、敵がこちらの大将に迫ってくるまで戦えんな。あの義経殿が大将船でおとなしくしているとも思えんし。ならば、いっそ――」
「敵の大将船に突っ込みますか。屋島で見ましたが、唐船でひと際大きかった」
「それが良い! 畠山党の本隊は爺(榛澤成清)に任せて、我らは混戦になるまで陸で待ち、頃合いを見て沖に出よう」
「承知! 決戦の場は大体分かっています。先行して詳しく調べてきましょう」
二人は良い悪戯を思いついた子供のように、手を叩いて笑いあった。貞親は先に周防国へ向かった。
屋島での戦いから約一カ月後の三月二十四日。檀ノ浦の戦いが始まった。
重忠と貞親は源氏軍と平家軍の船が激突しそうな場所から近い浜辺にいた。早船を用意し、水夫も側で待たせている。
「殿、何ですかその恰好? よくわしの二刀流のことを付け焼刃なんて笑えましたな。ほら、水夫が怯えていますよ」
「周防国は宋の産物がよく入ってくる。先日、市場にいったら宋国の商人がおってな。聞いて驚け、これは蜀漢の豪傑・関羽もつけていた鎧と青龍刀らしい。わしはこの戦で関羽と呼ばれるほどの働きをしてみせる!」
「ちゃんと前が見えてます? 頭など鉄の桶を被っているようではありませんか。全身、鉄だらけの鎧を着て動けるのは殿ぐらいだ。海に落ちたら絶対死にますからね。それに青龍刀って鉄の鉞のことだったのですか? ――怪しいなあ。関羽って髭の人でしょう。これだと顔が全然見えない」
「ひがむな、ひがむな――そろそろ来たのではないか?」
二人で手をかざして海を見る。
「おお、矢合わせが始まりましたね――あれ、みんな左に行きますね。源氏方の船が多いのに平家が押している。噂より平家は強いのかもしれませんな。それにしてもどんどん遠くへ行きます。どうします? 追いかけますか?」
「今から追いかけて追いつくのか」
重忠が水夫に聞くと海には潮流というものあり、風向きと同じように変化するものらしい。
「なるほど、では戻ってくるのを待つとするか」
「そのときに源氏が負けていた場合は?」
「考えてもしょうがない。寝てまとう」
それから、一刻後。日は中天に昇りつつあった。
「熱い! これでは寝られぬわ!」
重忠が立ち上がる。
「殿、うるさくてかなわぬ……。うおっ、眩しい!」
鉄の鎧に太陽の光が反射していた。
「もう、我慢できん。海に浸かってくる」
そう言って、重忠が海に向かうと、源平の船団がこちらに向かってくるのが見えた。
「貞親! 来たぞ!」
「おう!」
二人の乗った早船は大きな唐船に向かって沖を離れた。重忠は目立ちすぎるので菰を被っていた。
「唐船に近づけそうか?」
重忠は菰の中から聞く。
「近づけそうなのですが、混戦なのにもかかわらず、源氏方が誰も向かっておりませぬ。それどころか、唐船から他の船に移る武士も何人かいる。守る気がないのでしょうか?」
「好機ではないか。手柄争いをする相手もいない。船を寄せろ」
「船縁が高い。あっ、唐船の武士が他の船に乗り移るために縄梯子が降りています。あれを使いましょう。でも昇っている途中に切られたら……」
「わしに策がある。そのまま近づけ。ようし、いいぞ。貞親、上で縄梯子を守れ!」
重忠は貞親を持ちあげると、船の上に放り投げた。
「殿―――――っ!」
貞親が何とか甲板に着地すると敵がわらわら出てきた。貞親は二刀を構えると低く構えた。斬りかかってくる敵とは太刀を合わさずに、一人、二人と斬っていく。稽古の成果があった。弓を構えた武士が並んでいる。
――おいおい、それはないだろう。
貞親は右へ転がってかわす。
――あっ、縄梯子から離れてしまった。
心配して振り向く前に、キィン、キィンという音が聞こえた。遅れてざわめく声が聞こえる。
「我こそは、武蔵国の住人、畠山重忠である!!!!」
武器を一振りすると、武士の首がいくつも舞い上がった。
そこから、二人は敵を斬りまくった。
十ほど斬ったとき、遠くから、おお――いという声が聞こえてきた。
「あれは爺の声。さすがだ。いいときに加勢に来る」
しかし、船に近づいても昇ってこようとはしない。
「おい、爺! 早く助けにこんか!」
逆に船に飛び乗れという仕草をしている。貞親は耳を澄まして聞いた。
「わ―――な――――! わ―――な――――! む―――だ!」
「お――と――り――! お――と――り――! む―――だ!」
――罠? 囮? 無駄? どういうことだ
貞親は敵相手に太刀を振るいながら、辺りを見る。
「殿、主上や国母が乗る船なのに、女がおりません。いるのは武士だけです」
「奥に隠れているのではないのか」
「大将らしき恰好をした者の姿も見えませぬ。爺の言う通り、これは敵を引き付けて討ち取るための敵の計略です」
「引き付ける? 我らのほかには誰も乗り込んでこぬではないか?」
「すでに、源氏方は平家の計略に気づいたのでしょう。何より我らがこれだけ暴れているのに、源氏方はこの船を無視しているのが証拠です。よき敵はここにはいない。他の船に移りましょう」
ひるんでいる敵は下がって、遠巻きに二人を囲んでいる。
「――嫌だ。行きたくはない。この船は酔わない。この船を乗っ取ろう」
「乗っ取ったって、二人しかいないのだから、流されるだけでしょうよ」
「水夫が生きてれば何とかなる。それに、よき敵がいないわけではなさそうだぞ」
重忠が指を指した先を見ると、船中から左肩を血に染めた、伊藤悪七兵衛景清が童武者に支えられながら出てきた。
「殿、あの首をわしにくれますか?」
「最後まで他の船に移らないと約束するのなら渡そう」
「葉武者どもは任せましたぞ、殿!」
貞親は舟板を強く蹴った。
遠くから源氏の総攻撃を告げる、鐘の連打が聞こえてきた――。
※参考wiki 檀ノ浦の戦い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%87%E3%83%8E%E6%B5%A6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E5%A3%87%E3%83%8E%E6%B5%A6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84.png