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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第二部 源義経の子
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第22話 元歴元年(1184年8月) 京へ

 ボヒヒヒ――――――ン! 伊賀の山中に“洞吹(ほらぶき)”のいななきがこだまする。


「こらこら、新三郎。洞吹をいじめるな。こいつは無実だ。そんなことをするのならもう何も話さんぞ」


 阿太郎改め、安達新三郎清経あだちしんざぶろうきよつねは“洞吹”の尾を離す。新三郎は以前の僧兵姿から、武者姿に変わっていた。ただし八角棒は手にしている。騎乗の本田貞親(ほんださだちか)に新三郎が話しかける。


「貞親と重忠殿が簡単に義高様の場所を見つけたことが、ずっと疑問だったのだ。重忠殿にそんな特技があったとはな」


「新三郎は木曽義仲攻めに参加していなかったからな。御家人の間では有名な話だぞ」


「それにしても、また大きくなったのう。秩父の牧で褒美をもらったか」


 新三郎は“洞吹”の顎をこづく。辺りを見渡して言った。


「もう平氏のへの字も見当たらんな。あらかた討ち果たしたんじゃないか?」


「いや、伊藤悪七兵衛景清あくしちびょうえかげきよの父・伊藤忠清の首が上がっていない。やつは首領格の内の一人だ」



 元歴元年七月。一ノ谷勝利後の鎌倉勢が引き揚げた隙を狙って、伊勢・伊賀に隠れていた平氏が蜂起した。伊賀守護の大内惟義(これよし)の郎党が多数殺され、有力御家人・佐々木秀義(ひでよし)も討ち死にした。


 事態を重く見た頼朝は鎌倉から援軍を派遣する。敵味方合わせて数百を超える死者を出す激戦の末、いったん乱は治まった。しかし、平氏の主だった将は伊賀の山中に隠れて、不穏な動きを続けていた。



「景清以外は無視しろよ。手柄を盗んだと味方に訴えられる。それに――」


 畠山重忠には乱の討伐の命は下っていない。景清とこれまでの因縁を話して特別に貞親の加勢を認めてもらったのだ。だから、他の敵を討って手柄立てることは、討伐の命を受けている御家人と重忠の間に面倒を起こすことになる。


「何だ? その目は。勝てると思ってないな? それで心配してついてきたんだろうが。ああ、確かに太刀の速さでは負けてる。だから数で補う。二刀だ」


 貞親は太刀を佩いている左腰ではなく右腰を指さした。こちらにも太刀を佩いている。新三郎は“洞吹”に飛び乗り、貞親の後ろにまたがった。


「一度、京に入るぞ」


「何でだ? もう少し探してみよう」


 右腰の太刀を指して言う。


「鎌倉を発つときに重忠殿にもらったのを見た。まだ全然、稽古が足らんだろう。京で特訓するぞ」


 新三郎は“洞吹”の馬腹を蹴った。





 鎌倉の畠山屋敷で、重忠と江間義時は杯を重ねていた。


「義時も西国へ向かうのか?」


「ああ、しばらく鎌倉を離れることになる。私が戦が不得手なのは御所も知っているから、源範頼(のりより)殿と御家人たちとの調整役をやれということだ。なのに、父上は手柄を立てろとうるさい。困ったものだ」


「好きな政治を学ぶには良いのではないか? それに範頼殿は一門筆頭。親しくなって損はない」


「それがそうでは無くなりそうだ。筆頭は平賀武蔵守義信ひらがむさしのかみよしのぶ殿に代わるだろう」


 武蔵守と聞いて、重忠の表情は硬くなった。秩父党を含む武蔵国の国司である。どう付き合うか常に考えておかねばならない相手だ。


 平賀義信は河内(かわち)源氏の出身で信濃に根を張っている一族だ。源氏が各地で挙兵する中、当初は木曽義仲と行動を共にしていたが、早い段階で離反して頼朝方についた。

 清水義高を人質同然で婿にするという、頼朝に有利な和平を結んだ立役者とも言われている。


 源頼朝はしばらく平賀の人物を見ていたが、義仲残党狩りのとき、反乱を起こさせずに信濃の武士を味方につけたのを見て、重用することに決めた。それで平賀に頼朝の主要国である武蔵守を任せたのである。


「どのような人物なのだ」


「気が長く穏やかで控えめだが物事の処理は早い。根気が必要なことと、即断するべき事柄を見分ける目もある。一門の中では頭一つ抜きんでているな。御所好みの人物だ。次の任官で息子の大内惟義殿も相模守になる予定だ。だが、心配する必要はない。武蔵守は対立を好まぬし、詐術も使わぬ。重忠も上手く付き合えるはずだ」


「ふむ。わしは欲は無いほうだが武蔵守にはなってみたいな。わしが武蔵守で義時が相模守。気分が良さそうだ」


「難しいな。御所においてはまだ源氏一門以外に国司の職を与える気はない。父上が欲しがっていた駿河守も太田(源)広綱になった。もっとも名ばかりの国司で、実権は父上に与えられたが」


「そういうものか――話は変わるが、本田貞親のことは感謝している。ついでにわしも西国に行けるよう御所に計らってくれぬか? 奥州藤原への警戒の任などつまらぬ」


「一人の武士だから融通できるのだ。安達新三郎の京都派遣のついででもあった。新三郎の気分転換になるといいが――あの男には大姫様のことでずいぶんと世話になったからな」


「その役目だが気分転換になるのか? また御所の一門に深く関わるのだろう」


「そうだ。源義経殿。平賀義信殿が頭一つ抜けたとしたら、頭一つ沈んだお方だ」


 頼朝の推薦なしで、勝手に任官することは御家人に禁止している。義経はそれを破って左衛門少尉さえもんのしょうじょう検非違使少尉けびいしのしょうじょうを受けた。それで頼朝の不興を買っているのだ。


「先ほど義経殿から釈明の使者が来た。“任官は望んだものではなく、今までの手柄が大きすぎるため、院が褒美だと言って押し付けるのを、断り切れなかった”だと。頭を下げながら、手柄自慢と御所が推薦しなかったと、嫌味を言っているようなものだ。そして任官を辞退するとは一言も言わぬ。これでは御所でなくとも怒ると思わぬか?」


 重忠は何とも言えない顔をした。義時は話を続ける。


「そして院からも釈明の使者が来た。“伊勢・伊賀の平氏の乱があり、京の治安は不安定になっている。頼朝の京の代官である義経には治安も相談したい。無官のままでは殿上に上げられず、不便であるから必要に迫られて任官した”と。御所は唸ったよ。“さすがは大天狗。これでは苦情は言えぬ”と。」


「それほどお怒りなら、新三郎に見張らせる必要などない。さっさと処分してしまえばいいではないか」


「御所は鎌倉に呼んで斬ると言われたが、大江広元殿が止められた。“御所の大事な弟君、死ぬときは鎌倉の土台になっていただきます”と」


 重忠は渋い顔をすると、顔の前で手を振った。


「政治の話はこのへんで良い。ややこしくて叶わぬ。義時よ、新三郎を頼む。これだけ伝えられれば良い。気分を変えて歌などどうだ。新しい今様(いまよう)(流行歌)を十ほど覚えてな」


「……残念だ。この後、継母上に会いに行かねばならぬ用事があるのだ」


 しつこく引き留める重忠を振り切るように、義時は畠山屋敷を後にした。




 鎌倉・北条屋敷の一角には牧の方用の離れがある。北条屋敷は質実剛健な武家造りと呼ばれるようなものだが、離れだけは京を意識した華やかな造りになっている。牧の方が駿河を手に入れた時政にねだって建ててもらったのだ。


 義時は西国に発つ前に牧の方に挨拶にいくと、いきなり頬を打たれた。牧の方の目には涙が浮かんでいる。


「西国行きより先に言うことがあるのではなくて? 側室に男を生ませたそうね」


 義時には正室がいないが、この年、側室に男児を産ませている。折を見て言うつもりだったのだが、先にばれてしまっていた。

 牧の方は義時の狩衣を引きはがすと、自らも裸になり押し倒してきた。


「作る相手を間違えてるわよ。今夜はあなたを好きにさせてもらう」


――たまに犯されるのも悪くない。義時はそんなことを考えながら、自分の身体を牧の方に任せていた。


 二刻後、気が鎮まったのか、牧の方は義時の胸で泣いていた。


「時政殿との間の子も女ばかり。早く帰ってきて……」


 義時は体を起こすと、いつものように牧の方を支配した――。




 義時が別れを告げ、屋敷の離れから出ようとしているとき、牧の方は背中に声をかけた。


「――何か聞きたいことがあって来たのではなくて」


「思うところはあるが、確証がないうちは聞きませんよ」


 牧の方はしばらく黙った後、言った。


「私だったらどうする?」


 牧の方は義時の表情の変化を見ようとした。

だが、義時が振り向くことはなかった――。




 一カ月前に清水義高の死について、牧の方は計画が狂った割に、あっけなく義高が死んだことに拍子抜けしていた。あの日、まず用意した武士どもが簡単に全滅したことが意外だった。


 牧の方は義高が大倉御所から出るときに大姫を見送らせ、二人まとめて襲わせようと考えていた。しかし、海野幸氏(うんのゆきうじ)望月重隆(もちづきしげたか)が大姫の前に出て、牧の方が用意した武士を一人残らず射殺(いころ)した。


 そこからは、牧の方はもう義高どころではなかった。皆を危険だからと大倉御所内に下がらせ、阿火局の部下に武者の死体を片付けるように指示を出し、侍女たちに義高が逃げ切るまで、何もしゃべってはいけないと口止めをした。


 落ち着いてからしばらくして、阿火局が追っていることを知ったが、一人で追うのは難しいだろう。牧の方は、苦労して義高を助けただけかもしれないと自嘲した。


 数日後、阿火局が戻ってきた。護衛の阿太郎に見つかり追いかけられたが、義高はその間に殺されて川に流されてしまっていたという。阿火局は義高の死体を惨たらしく見せるよう牧の方に言われていたため、慌てて追いかけ、小弓で何十本も矢を撃ち込んで急ぎ帰ってきたと言った。


 この事件での一番の収穫は大姫だ。彼女の心を壊すために、義高の死に様を残酷に伝えたはずだった。しかし、逆に政子の緘口令(かんこうれい)を破って一番に伝えたことが大姫には真心に感じたらしい。


 今ではずいぶん仲良くなり、伊豆にも遊びに来たいと言うほどだ。政子は会うたびに恨みがましい目で睨みつけてくるが、牧の方はそんなことは気にしない。




 牧の方は腹を撫でながら阿火局に言った。


「でも、政子に勝ってもだめ――男子を産まなければ……。ねえ、局。そういえば褒美だけど、休みだけでいいの? 武士どもが皆死んだから、あいつらに渡す分の砂金も渡せるけど」


 阿火局は頭を下げている。


「欲の無い子ね。いいでしょう。休んでどうするつもり?」


「京へ参ります」


「楽しんでくるといいわ」


 牧の方は砂金袋を一つ、阿火局の前に置いて、部屋を出た。

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