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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
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第1話 治承四年(1180年8月) 坂東武士 畠山重忠

死ぬはずだった俺が家を得た。御家人(ごけにん)にもなった。

だが、そのために何人殺した? どれだけ人を見捨てた?

今もこの腕の中にある赤子を殺そうとしている。

一人ぐらい助けてみても罰は当たるまい。

殺せと命じられてから、ずっと同じことを考えている。

しかし、このままではこの子は死ぬしかない。

早く来てくれ、神の矢を()る者よ――。

俺は神に(さい)を預けることにした。

 治承(じしょう)四年八月。伊豆で挙兵した源頼朝が石橋山で敗戦した三日後、三浦半島でも一つの戦いが終わろうとしていた。

戦いが始まって半日余り、堀を越え一の門を破った秩父党(ちちぶとう)は城内で三浦家の者たちを押し込んでいた。


「この戦は馬鹿げている! おい貞親(さだちか)、一体何のために戦っているのだ! ああ、これでは畠山重能(はたけやましげよし)殿に会わせる顔がない」


「わははは、阿太郎(あたろう)よ、ぼやきながら人を倒すやつを初めて見たぞ。ほら早く敵と組んで首を斬らんか。生首はいいぞ。己の強さを感じられる」


「そんな無意味な殺しをするか! 死は(けが)れだ」


「ふん、京者は気取ったことばかりいう。戦いの死は男の証だ!」


「なんだそれは。大体、貞親さだちかも、この戦に反対していただろう。それが今は何だ。楽しそうに人を射抜くんじゃない!」


 乱戦の中、馬上と徒歩、笑顔と不服顔であるが、どちらも苦も無く三浦の兵を倒している。この分だと夜には衣笠城(きぬがさじょう)は落ちるだろう。

敵の攻撃をかわしながら、僧兵姿に八角棒で敵を器用に突いているのが、秩父党畠山家の客将、阿太郎。馬上で指揮を取りながら弓をつがえているのが、秩父党畠山家の家人、本田貞親(ほんださだちか)である。


「戦が始まる前まではな! 今は違う。血が高ぶって仕方がない。一人でも多く殺して我が殿の名をあげるのみだ」


「三浦家も血縁ではないか。身内を殺して名を上げてどうする!」


「やかましい! 使者のくせに出しゃばってきた、阿太郎に言われる筋合いは無いわ!」


「――ちょっと待て。昨日、約したことを忘れているのでは無いだろうな。最悪の事態だけは二人で止めると。だからこそ、俺はこうして出たくもない戦に加勢しておるのだ」


「それは殿次第だな。しかし、あの張り切りようではどうなることやら――」


 苦笑した本田貞親が目をやった先には、ひときわ目を引く紅母衣(あかほろ)葦毛(あしげ)の馬に乗った、畠山重忠(はたけやましげただ)が敵を求めて叫んでいた。


和田義盛(わだよしもり)はどこだ! 先の戦いはまだ終わっておらぬぞ!」


 これだけ叫べば、当然、侍大将である畠山重忠を狙ってくる敵がいる。本田貞親はそんな敵を注意深く見つけては笑顔で射殺(いころ)していった。


「おい、貞親。重忠殿は何を言っているのだ? 和田との戦は馬を射られて負けたではないか」


「あの場はわしの父のが間に入って戦いを止めただけで、決着はついておらん。だから今日勝てば殿の勝ちだ。あれは戦の途中に過ぎん」


 貞親はにやりと笑った。


「おい、まさかそれが戦を起こした理由ではないだろうな。この戦は畠山家だけではない、秩父党すべてを動かしているのだぞ! そんな意地のために……」


「仕方ないだろ。あのとき、そう囁いて止めねば、殿は恥辱のあまり自害するか、敵陣に突っ込んでいて、もうこの世から消えていた」


「意地を張るために殺すのか? 一族同士で?」


「当たり前だ。坂東武者は意地と名誉で出来ている。それにな、兵というものは、いくら集めようとも弱者には従わん。ましてや殿は畠山一族の総領息子(そうりょうむすこ)だ。負けたままで、終わってたまるかよ」


「重能殿が京の武者と坂東武者を違うとは言っていたが、これでは狂人とそう変わらぬではないか!」


 秩父党の江戸重長(えど しげなが)が攻めている搦手口(からめてぐち)の西門から歓声があがった。

 貞親が重忠に声を掛ける。


「殿! 搦手の勝ちは見えたようです。これで敵は引き始めましょう。残念ながら和田義盛は西木戸にいたようですな」


 畠山重忠は――逃げたか義盛! と天に吠えた。顔には逃したくやしさがにじみ出ていた。


 阿太郎は逆に、これでつまらぬ意地の張り合いが終わる、とほっとした。

 だが、戦は続いている。阿太郎は重忠に言った。


「重忠殿、まだ場内には敵が残っております。江戸殿や河越殿の好きにさせぬよう、我らも早く突入しましょう!」


 阿太郎はそういって畠山重忠をはげますと、二の門に取り付いた。


「どけ! 阿太郎!」


 ブオン! 阿太郎の頭上を重いが風切り音とともに巨石が越えていった。巨石が当たった門がメキメキと悲鳴をあげた。


阿太郎が驚いて振り返ると馬から降りた畠山重忠が腕をぶんぶん回していた。どうやら、あの巨石を投げたらしい。あまりの怪力ぶりに敵味方が戦う手を止め、皆、畠山重忠を見た。中には(えびら)を叩いて褒め称える者もいた。


しかし、畠山重忠が怒りの形相で二個目の巨石を持ち上げると敵兵たちは逃げて散った。


「よし、重忠殿。阿太郎が先駆けをいたします」


 阿太郎は逃げ惑う敵には目もくれず、城内の大屋敷に向かって一目散に駆けて行った。しかし、阿太郎が着いたときには大屋敷の扉はすでに開け放たれていた――。


「畠山家の客将、阿太郎! 失礼する!」


 抹香が漂う大広間の上座に、枯れ木のような老人が座っていた。一間離れて、太刀を抜いた江戸重長が静かに立っている。


「江戸殿、この御方が?」


「そうだ、三浦家の当主、三浦義明(みうら よしあき)殿だ」


――間に合った。これで最悪の事態は避けられる。何とか和平に繋げねば。


 阿太郎は江戸重長と三浦義明に間に入って跪くと、


「江戸殿、三浦殿を討ってはなりませぬ。佐殿(すけどの)の挙兵から始まったこの騒乱。情勢が定まるまでは源平どちらにも深入りしない、それが京都にいる畠山重能殿のお考えです」


「そうは言っても、もう源氏方の三浦家と戦を始めてしまっているではないか」


「まだ、何とかなります。この戦は誤解とはいえ、三浦家の和田義盛から仕掛けてきました。ですので、三浦家との関りはまだ直せます。しかし、三浦家の当主を討っては、必ず相手に深い遺恨が残りましょう。ましてや重忠殿は三浦義明殿の継孫でもあります。ここは捕えるだけで十分です」


「――そうだな。ご老体一人、急いで斬ることもないだろう。後で重忠殿や河越重頼殿と合議して決めよう」


――よし。これでまだ取り返しがつく。


 安心した阿太郎の後ろから、三浦義明のしゃがれた声がした。


「賢しげな小僧よ、我の邪魔をするな」


――何を言っているのだ。このじじいは。俺が助けてやっているのだぞ。


「源家累代に仕えていたわしが八十過ぎてようやく源氏の再興に立ち会えたのじゃ。おぬしには残り少ないこの命を佐殿(すけどの)(源頼朝)のために捧げる老人の喜びがわからぬのか。後々、我の死は子や孫どもの手柄にもなろう。重長よ、武者の心がわかるのなら、わしの首を取れ」


 阿太郎は慌てて江戸を止めた。


「ちょっ! 何を言われます、義明殿。生きて佐殿の役に立つ道もあります! 我ら一族の結束こそ大事とは思わないのですか!」


 しかし、覚悟を決めた三浦義明には阿太郎の言葉は届かない。


「ただ、孫の重忠の手で切られぬのは心残りではあるが――」


――じじい! 一人勝手に話を進めるんじゃない!


 首を斬りやすいよう頭を下げたとき、三浦義明が屋敷の入口にいる武士に気づいた。


「よく言った、継祖父上(じじうえ)!」


「待っていたぞ、我が継孫よ!」


 床を踏み鳴らしながら近づく重忠を義明が立ち上がって迎えた。久しぶりに逢う家族の姿と変わらない。しかし、重忠がしたことは抱擁ではなく、太刀で義明の首を刎ね上げることだった。


「なっ!!!」


 阿太郎は口を大きく開けたまま、首の無くなった義明の身体が崩れ落ちるのを見ていた。重忠は皺だらけの白髪首(しらがくび)を宙で掴むと阿太郎に見せた。


「見てみろ、阿太郎。継祖父上の幸せそうな死に顔よ。わしも極楽に行けそうだ」


「見事な太刀だ。首が綺麗に舞っていたぞ」


 江戸重長が褒めると、重忠は誇らしげに笑った。


 そんな二人とは対照的に阿太郎は脱力して、両手を床に落とした。


――敵も味方も狂っている! 重能殿の策もこれで終わりだ。今後は源氏方の三浦家と秩父党は仇敵の間柄になるだろう。これで、畠山家は否応なしに平家方に追いやられた。


「殿! 城から逃げた三浦家の兵が船に乗っていく様子。我々も船を捜して追いますか?」


屋敷の外で警護していた本田貞親が戦況の報告のためにやってきた。


 阿太郎は重忠の前に跪いて言った。


「重忠殿、平家方に付くと決めた以上、ここで三浦家の勢力をできるだけ減らすべきです。すぐに追撃を!」


「平家方に付くとは決めておらん。今回は和田に受けた恥辱を晴らしにきただけだ」


「三浦家が源氏方を名乗っている以上、そうはなりません。この戦で我らは源氏方の敵となったのです」


 重忠はつまらなそうな顔をして言う。


「――京者は難しく考えるな。貞親! 戦は終わりだ。他の侍大将にも伝えるのだ」


「重忠殿!!」


 叫ぶ阿太郎と重忠の間に貞親が割って入った。


「もう止めておけ。それにな、殿が追わないのにはもう一つ大事な理由があるのだ」


 貞親がにやにやしながら阿太郎に近づくと耳元で囁いた。


「殿は船が怖い。このことは家中の秘、誰にも――、痛ぁっ!」


 言い終わる前に貞親は重忠に尻を思いっきり蹴り上げられた。その後、阿太郎を残して、皆は笑いながら屋敷を出て行った。


 一人残された阿太郎は誰もいない広間で叫んだ。


「坂東武士は狂ってる!」




※当時の関東勢力図 wikiより

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/d/d9/%E6%B2%BB%E6%89%BF4%E5%B9%B4%E3%81%AE%E9%96%A2%E6%9D%B1.png

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