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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
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第18話 元歴元年(1184年4月) 追手

 阿火局(あかのつぼね)は近くの屋敷から馬を盗むと、清水義高を追った。相手は二人乗りのため速さが出ず、かろうじて見失わないでいた。しかし武蔵国に入ったところで、先に阿火局の馬が潰れてしまった。追跡の途中に目印を落としていったので、時が経てば手下が集まるはずだ。そのように訓練していた。


「あの冠者(かじゃ)たちが、あれほど使えるとは。思い込みは恐い」


――あたしも子供ではないか。


 阿火局は自嘲(じちょう)してつぶやいた。だがもう弓使いの冠者はいない。阿火局の読み通り、阿太郎たちは秩父党の本拠地がある武蔵国に入った。手下が来るまで寝ておこう。阿火局が目を瞑ろうとしたとき、頬に冷たい感触が伝わった。


「目を開けろ、女。この辺りで大きな黒鹿毛(くろかげ)の馬を見なかったか?」


 本田貞親は阿火局の顔に太刀を突き付けたまま、まじまじと見た。


「ん? どこかで見たと思ったら、御所の浮気先で見かけた女ではないか――ほう、近くで見ると阿太郎と同じく、額に“阿”の字がある。おもしろい話が聞けそうだ」


 阿火局は刀に手を懸けようとした。が、相手の発する気を見て抵抗するのを止めた。




 大蔵御所では源頼朝が翌日に義高の逃亡を知り激怒すると、堀親家(ほりちかいえ)を呼び追討を命じた。頼朝の前には北条時政と梶原景時が平伏している。


「景時! 義高が奥州に逃げ込まれたらどうにもならん。そのときは信濃に逃げたと噂を流せ。時政! 義高の残党狩りの名目でいつでも軍を起こせる準備をしておけ」


 そのほかに細かい指示を二人に与えていると、取次の郎党が遠慮がちに報告した。


御台所(みだいどころ)様が御渡りになられました。お話したいことがあると」


 頼朝は二人を下がらせると、ため息をついて立ち上がった。




「堀に義高殿を殺すよう命じたのは本当ですか? 大姫の気持ちを考えなさいまし。すっかり弱り切って……。おお可哀想に!」


 頼朝の予想通り、政子は責めてきた。頼朝は横を向いて応える。


「逃げたから討つ。仕方ないではないか」


「妻の前で見え透いた嘘をつくのはおやめなされ。夜な夜な義高殿を殺す密談をしていたのを聞いた侍女もおります。だから、大姫は泣き騒いで、義高殿を逃がしたのではないですか!」


「黙れ! 政子! これは政治の話だ。口を出すことは許さん!」


「いいえ、私の娘と婿の話です! まだ十一の子ではございませんか。義高殿は素直でいい子でございます。復讐するような子ではございません!」


「今はそうだろう。(われ)が清盛公に助けられたのは十三の歳だ。そのときは命を助けてもらったことに感謝する余裕しかなかった。だが、今の我はどうだ? 平家を滅ぼそうとしておるぞ! 義高は我の子供のころより背も高く、弓馬もよくできそうだ! そなたは我が子を義高に殺させたいのか!」


 政子は怯んだが、少しの間だけだった。


「政子の願いを聞いてはくれぬようですね! 私は大姫が嘆き悲しんでいるのを見て見ぬふりはできませぬ! 義高殿は生かして戻し、多くの御家人たちの前で大姫と命乞いをして見せましょう! せいぜい薄情な主人に見られて困らぬようお気をつけなされ!」


「生かして戻すだと――そなた誰かに命じたのか? 牧宗親のときのように」


「知りませぬ!」


 石のように固まっている郎党や侍女が目にいらないかのように、その後も頼朝と政子の言い争いは激しくなっていった――。





 阿火局は貞親の馬に乗せられて阿太郎たちの後を追っていた。この男も義高を斬るために追っているという。しかし、なぜすでに義高が逃げていることを知っているかは語らなかった。阿火局のほうも主の名を濁していたが、貞親は特に気にする様子も無かった。しつこく聞いてきたのは、義高といっしょに行動している阿太郎のことだった。


「なぜ殿の言う事を聞かない。大馬鹿野郎が!」


 貞親は阿太郎の動きが気に食わないらしい。どうやら阿太郎は貞親と逆の行動をしているようだ。確かに両方とも見覚えのある顔だ。亀の前を見張っているときに頼朝の警護をしていた。江間義時の郎党かと思っていたが、どうやら違うらしい。


「お前は阿太郎の妹でないと言っているが、本当にそうなのか?」


「わからないわ。河原で平時忠様の家人に拾われて命拾いしたのは覚えているけど、その前の記憶が無いのよ。あの年に“阿”の字を書かれた子供の数は万を超えているわ。偶然、生き返った子供の数も多いはずよ。実際、孤児で作られた時忠様の“赤禿”には私の他にも“阿”の字の子はいたわ」


「だが、阿太郎にしかわからない特徴か何かがおぬしにはあるのだろう」


「あるかもしれないわね。あのときは驚くほどしつこく追ってきたから――今は逆の立場だけど。私たちのほうは追いつけそう?」


「うむ。間もなく馬を休めるのに、いい場所がある。おぬしの話だと阿太郎たちも馬を潰さぬためには、そろそろ休まざるを得ない。ほら見ろ、あれは“洞吹(ほらぶき)”だ」


 大きな馬が水を飲んでいる姿が見えた。まだ走り続けた興奮が残っているのか、時折、ボヒヒン! ボボヒヒーン! と奇妙な声で鳴いている。貞親は阿火局に馬を預けて言った。


「わしは逆側から行く。おぬしはこの道で義高様を待ち伏せてくれ。わしがもし阿太郎を戦う事になった場合、義高様だけを逃がすだろうからな。もし仕損じた場合はこの馬で追ってくれて構わぬ」




 阿太郎と義高は人の気配を感じ、疲れた身体を起こした。しかし、現れた男を見ると、阿太郎は安堵の表情で、太刀を構えようとする義高を制した。太刀を持っていないと聞いていたが、どこかで奪ったのだろう。恰好は女房姿のままだ。


「大丈夫です。義高殿。この者は味方です」


 ほっとした顔の阿太郎に対し、貞親は険しい顔で問い詰める。


「阿太郎、なぜ殿との約束を破った」


「破ってはいない。私は大姫様に義高様を守ることが御所の命令と言われた。大姫様が用意してくれた書面もある。御所から義高様を討てと命令が来るかもしれないが、我らは鎌倉より一番早く離れている。命令が来る前に逃げ切る。重忠殿は御所の忠臣で、私は御所の代理の大姫様から命じられて動いている。所領も通過させてくれるはずだ」


 貞親はゆっくり首を振る。


「それはおぬしの中でしか通らぬ道理だ」


「重忠殿は分かってくれる。私が直接会って話す」


 貞親は阿太郎の目を見て、これは埒があかぬと思った。しかし、だからといって重忠に合わすわけにはいかない。重忠は阿太郎と義高を斬るだろう。亀の前事件の顛末を見てきた貞親としては、重忠を義高の問題から出来るだけ遠ざけたい。


――ここは阿太郎を殺さずに倒す。


 そう思い、目で阿火局に合図しようとしたとき、貞親の中である考えが浮かんだ。


「わかった。殿も近くに来ているはずだ。すぐに呼んでくるので待っていてくれ」


「ありがとう! 貞親」


 貞親はその場から立ち去った。義高は最後まで太刀を握ったまま離そうとはしなかった。

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