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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
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第17話 元歴元年(1184年4月) 義仲の息子・頼朝の娘

 清水義高(しみずよしたか)たちが決めた逃亡決行日の三日前、事態は急変する。大姫が義高の命の危険を知り、騒ぎ始めたのだ。


 大姫付きの侍女たちと義高でなだめているが、大姫は「義高様を助けて!」と泣き喚いている。六歳の幼女である。父が自分の大好きな人を殺そうとしていると聞いて、平常でいられるほうがおかしい。


 騒ぎに気付いた者が集まってきた。その中には牧の方と阿太郎もいた。


 この騒ぎは義高の危機を高めるだけなのだが、そんなことは大姫にはわかるはずもない。義高は急きょ決断を迫られることになった。一条忠頼(いちじょうただより)の郎党が来るのは三日後。牧の方を見ると首を振っている。船の用意はまだ済んでいないということだろう。


 阿太郎が近いてくると、義高の目を見ずに、「まだ一頭だけです」と(ささや)いた。


 大姫と侍女たちは、夜明け前に義高を女房姿に扮装させて逃がそうと話している。

義高は海野幸氏(うんのゆきうじ)望月重隆(もちづきしげたか)を集めた。


「このまま決行日を待って逃げることは無理だ。三つあった計画はすべて駄目になった。今あるのは阿太郎が用意した駿馬一頭。私一人で逃げるしかない」


「逃げないという道もあります。命乞いをすれば――」


「無駄だ。騒ぎになった以上、頼朝も後には引けん」


 義高が御所を”頼朝”と呼ぶのを聞いて、海野たちは義高が御所の婿ではなく、木曽義仲(きそよしなか)の息子に戻ったことを悟った。


「我らは走ってついていきます!」


「よせ、死人を増やしたくはない。私は大姫が立てた計画に身を任せようと思う。お前たちはここに残り大姫を守ってくれ。頼朝の婿であることはやめたが、大姫の夫をやめるつもりはない。私にとってあの子は大切な妻なのだ」


 義高は大姫の側に寄ると、頭を優しく撫でた。


「心配してくれてありがとう。阿太郎が馬を一頭、用意してくれている。大姫の言う通り扮装して逃げることにするよ。海野と望月はここに残す。私の身代わりをさせると言っていたよね――大姫、二人のことをよろしく頼む」


 義高は侍女たちに囲まれるとすぐに女房姿に変わった。

大姫は涙で濡れた顔を阿太郎に向けた。


「阿太郎、義高様を守ってあげて」


「申し訳ございませぬ。私は畠山重忠から御所に逆らうことは許さぬと言われております」


「義高様を一人で行かせるの! 阿太郎は足が速いじゃない!」


 阿太郎は大姫の視線に耐えられず、(ひざまづ)き下を向いた。しばらくの間、沈黙が続いた。大姫なりに考えを巡らせているのだろう。


「阿太郎」


 (りん)とした声に周り響いた。誰もが一瞬、大姫が発した声だと気づかなかった。


「大姫が(とと)さまに成り代わって言うわ。義高様を守って! さっき(とと)さまには逆らわないって言ったわよね、阿太郎!」


「御意!! 御所の命令、承ってござる!」


 阿太郎は何かから解放されたように立ち上がった。心配そうに見る侍女たちに、大姫は言った。


(とと)さまは、いつも大姫に義高様を大事にしろよって言うの。みんなも聞いたことあるでしょ」


 侍女たちは跪いた。六歳の幼女から頼朝や政子が持つ威を感じたのだ。牧の方はしばらく目を大きく見開いていたが、すぐに部屋から姿を消した。


 義高の支度が終わると、大姫は(ひいな)人形を持ってきた。大姫が先ほどまで発していた威は消え、泣きじゃくる幼女に戻っている。大姫は女雛(めびな)のほうを義高に渡すと、目に焼き付けるがごとく義高の顔を見つめていた。義高は大姫の頭を自分の頭としばらく合わせた後、笑顔で言った。


「行ってくるよ、大姫」


 義高と阿太郎は大倉御所を出て、馬を繋いである近くの林に向かった――。




 御所に気づかれぬ前にどこまで逃げ切れるか――そう考えていた矢先に、武士たちが現れたので阿太郎は混乱した。しかも、相手は名乗りもせずに義高に襲い掛かってくる。刺客にしても早すぎる。阿太郎は内通者がいたことに気づかぬ自分を恥じた。義高は女房姿に扮装させているため小刀しか持たせていない。


「十人か……。俺の後ろにお下がりください。賊どもよ、阿太郎の技を見せてやる」


 阿太郎は屋敷の塀を背に八角棒を構えた。脱力。敵が多い場合は速さが要だ。打ちかかる賊の脛を狙う。全員倒せるなどとは思っていない。義高を追う能力をできるだけ削ぐ。

 阿太郎は二人までは転ばせたが、そこからは上手くいかない。思ったより賊は手強かった。


 囲んでいる賊から悲鳴が上がった。一人、また一人と倒れていく。倒れた男には矢が刺さっていた。矢が飛んできた方を見ると、海野幸氏と望月重隆が弓を構えていた。動きに無駄がなく、夜にも関わらず、一矢一殺といった正確さで賊を倒していく。阿太郎が義高を見ると、うれしさとくやしさが入り混じった表情をしていた。


「我が家人に弓の達人が二人もいたとは……。共に戦場(いくさば)に立てないのが無念だ」


 賊たちは負傷者を抱えて逃げていった。海野と望月が義高に頭を下げた後、大倉御所へ走っていくのを義高は見つめていた――。



 後にこの海野幸氏と望月重隆は、弓の名手として弓馬四天王と呼ばれることになる。



※参考wikiから 武者鑑一名人相合南伝二 清水冠者義高(女房姿に扮したもの)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E9%AB%98_(%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%86%A0%E8%80%85)#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E6%AD%A6%E8%80%85%E9%91%91%E4%B8%80%E5%90%8D%E4%BA%BA%E7%9B%B8%E5%90%88%E5%8D%97%E4%BC%9D%E4%BA%8C_%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%86%A0%E8%80%85%E7%BE%A9%E9%AB%98.jpg

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