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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
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第15話 寿永三年(1184年3月) 陰謀の予兆

宇治川(うじがわ)の戦いでは武者投げの重忠。そして次は馬担(うまかつ)ぎの重忠ですか。この上洛ではいろいろな二つ名が付きましたな。すっかり殿は大剛(たいごう)の武者だ」


 本田貞親は大声でからかってみせた。まだ景清との戦いの傷跡が生々しいが、畠山重忠に心配をかけないよう、元気に振舞っている。


 一ノ谷(いちのたに)の戦が終わった後、重忠と貞親はすべての戦場(いくさば)を見ておこうとまわっていた。


 すると、源義経が逆落(さかお)としを懸けた崖には、まだ何匹か(くら)をつけた馬が取り残されていた。急な崖だけに途中で武士が落馬したり、馬を置いて武者だけが駆け下りたのであろう。その馬たちを重忠が一匹一匹担いで助けたのである。


 怪力の重忠にしかできない芸当なので、周りに見物人が集まり、次の日にはすっかり陣中の話題になっていたのである。


「馬は武者の宝であり、秩父党の仲間だ。見捨てるわけにはいかん。おぬしも馬の物真似で心細くなっている馬を励ましていたではないか」


「わしも馬の悲しい鳴き声を聞くのは苦手です。胸が苦しくなる。次の戦では、“梶原の二度懸(にどが)け”や“逆落(さかお)としの義経”のような呼ばれ方をしたいものですな」


「逆落としの名はいらんな。勝ったからと言って誇らしげにしておるが、馬を傷つける戦などはあってはならん!」


 話が思わぬ義経批判になりそうだったので、貞親は話を変えた。


「さて、我らはこの後、どこを攻めると思われます」


「平家は屋島(やしま)に引き揚げた。そして我らは船が足りぬ。兵糧(ひょうろう)も足らぬ。まずは凱旋(がいせん)を兼ねて、京に戻るだろう――残念だが景清は追えぬ。船が集まるまで、また鎌倉でおとなしくしているしかないな」


「では、阿太郎の件は――」


「鎌倉に戻り次第、御所に義高殿の命乞いをしよう」




 大倉御所の奥に牧の方は頻繁に顔を出すようになっていた。政子はいい顔はしないが、父の時政も自由に出入りしている手前、断る理由が無かった。


「おばあちゃま、お菓子ありがとう。義高様も喜んでた!」


 牧の方の袖を引っ張りながら、大姫は言った。


「それは良かったわ。また何か持ってきてあげるわね」


「お願い。近ごろ義高様は元気が無いの。遠くのお山ばっかり見てる」


「どうしたんでしょうね」


「みんなもどこか変。侍女たちや母上に聞いても、みんな、わかんないとしか言わないの。それにね、おばあちゃま。私が少しでも義高様から離れると、義高様は海野(うんの)望月(もちづき)と話してる。もし、浮気の相談だったら……」


 大姫は目に涙を浮かべている。


「あらあら、そんなことはないわ。だって義高殿はいつも姫と一緒じゃない」


「そうね……。じゃあ何でみんな変なのかしら」


「大姫。じゃあ、おばあちゃまが調べてみるわ」


「本当!」


「ええ。その代わり、変になっているみんなには内緒よ。おばあちゃまと姫だけの秘密。いいわね」


「うん!」


 大姫の表情が明るくなった。


 源頼朝は京から戻ってきた梶原景時と大江広元の報告を、北条時政、中原親能、江間義時と共に大倉御所で受けていた。


大天狗(おおてんぐ)の悪い癖がもう出始めたか」


 後白河法皇のことを頼朝はそう呼ぶ。広元は口を開いた。


「木曽義仲と新宮行家の仲を割ったように、甲斐源氏と御所を割ろうとしております」


 甲斐源氏は頼朝に従っているが、甲斐・駿河・遠江を自分の支配下に置いている。主な者は武田信義(たけだのぶよし)一条忠頼(いちじょうただより)親子と安田義定(やすだよしさだ)だ。


「まだ、主上も三種の神器も屋島にあるというのに気が早い……。誰が狙われた? 餌は何だ?」


「一ノ谷の戦に参加せずに京を警護していた一条忠頼です。大天狗殿が頻繁に呼び出しておりました。御所の読み通りです。餌の一つは正式な甲斐守・駿河守任官。二つ目は武蔵守任官。武蔵国は甲斐の隣の大国。大天狗は忠頼が喜ぶ急所をよく知っておりまする」


「武蔵国は(われ)の領国。笑えぬ冗談だ。しかし、甲斐源氏を処罰するにも、やり方を間違えるとこちらが火傷する。甲斐源氏を早めに割っておいて良かったのう、時政」


 時政は大きくうなずく。甲斐源氏内の離間工作は時政の役目だ。


「安田が単独で義仲と上洛したあたりから、武田・一条との溝はすでにできておりました。今は武田と一条の溝を拡げております。一条を斬ったところで危険は少ないかと」


「一条に武蔵守を与えるのは院だ。平家を滅ぼすまでは表立って院と争うのは良くない。大天狗に頼朝追討の院宣を出されたくはないからな。そして、大天狗は我がこう考えることも読んでいる。先ほどは気の早い大天狗など言ったが、そうではないな。今が甲斐源氏を育てる絶好の機会なのだ。我らはその大天狗の先を制す。武蔵守の任官の前に院とは関係無い形で殺す。時政、一条忠頼を今すぐ謀反の舞台に上げることはできるか」


「忠頼は思い上がりこそ見られますが、御所への反意はありませぬ。強引に事を進めることになります」


「強引も仕方がないが、最後まで考えを止めるな。ここで下手な治め方をすると、後の駿河統治が大変になるぞ」


 頼朝は時政に意味ありげな視線を送った。


「はっ、慎重に事を進めます」


 時政は平伏した。


 院との外交の話は終えると、頼朝は景時に話しかけた。


「次も源氏の話だ。義仲の息子はすぐに斬るべきだったわ。これを見ろ」


 頼朝は積まれた紙の束を指した。


「あの冠者(かじゃ)は人気があるらしい。重忠まで助命に来たわ」


「義高様は御所の娘婿。このまま義高様が生き残れば、源氏一族の中で大きな地位を占めます。それを見越して形だけ出している者が多数なのではありますまいか」


「そうでもない。女共にも人気じゃ。特に戦で息子を失った尼たちが助命に来る」


「御所と同じですな」


「そうだ。我と同じだ」


 頼朝は少しだけ笑った。


「今、無抵抗な冠者を殺すのは、わしの評判を落としかねん。熊谷直実(くまがいなおざね)平敦盛(たいらあつもり)の話が京でもちきりらしいではないか?」


「ものの(あわ)れ、ですか。たまたま敦盛が京で評判の美男子だったからでしょう。京の人間はそういう話が好きです。直実殿も直実殿じゃ。敦盛の首を取ったのだから手柄を誇れば良いのに供養するだの、形見を平家に返すのだと。あれは法然(ほうねん)にかぶれて武士の心を忘れてしまったのです」


「大事なのは景時の感想ではない、京雀(きょうすずめ)の口だ。我は評判を落とさずに殺したい」


「謀反人に仕立て上げます。上総広常(かずさひろつね)のときのように」


「義高はまだ子供だ。謀反人と言っても誰が信じる?」


「それでは、逃亡したので仕方なく討ったことにしては?」


「うむ、悪くは無い。逃がし方は?」


 頼朝は考え込んだ。簡単に答えを出すのを好きではないのだ。広元、時政、景時へとゆっくり視線を移す。


「御所、妙案が浮かびました」


「わしもだ。義高を逃がす場所であろう。当てて見せよう――駿河だ」


「はい。駿河に逃がしましょう。一条忠頼の元へ」




 合議(ごうぎ)が一通り終わり解散となった。大倉御所から出て、一人になると景時は喜びに震えた。


――今日も御所と一つになれた!


 頼朝の思考と景時の思考が一致したとき、景時は異常な高揚(こうよう)感を感じる。景時の中で自分と頼朝が一体になるのだ。頼朝が言葉を発せずとも、景時は頼朝の本心がわかるときさえある。


 そんなときに頼朝が考えを表すのを迷っていると、景時はもどかしくてしょうがなくなる。そして、ついつい先走った行動をしてしまい叱られることもあった。


 しかし、頼朝は景時を自分の側から外そうとしたことは一度もない。


――この喜びのためなら、何でもしよう。


 景時は屋敷に戻るなり郎党を呼び集ると、策を練り始めた――。




※参考wiki 馬担ぎ重忠

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%A0%E5%B1%B1%E9%87%8D%E5%BF%A0#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kuniyoshi_Utagawa,_Hatakeyama_Shigetada.jpg

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