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源氏の子 ~源頼朝に逆らった男たち~  作者: キムラ ナオト
第一部 木曽義仲の子
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第13話 寿永三年(1184年2月) 密偵の判断

 伊豆・牧家の別邸では牧の方が兄の牧宗親(むねちか)に不満をぶつけていた。


「兄上、ちゃんと考えてください。頼朝と政子を陥れるのではなかったの? 何ですか、その腑抜(ふぬ)け顔は」


「そうまくしたてるな。あれから一年以上、阿火局(あかのつぼね)たち密偵と、私が御所周辺を調べたのだ」


 赤禿(あかかむろ)は禿姿を辞め、阿火局と名を改めて、牧の方の侍女になりながら、密偵活動を行っている。


「それはよく知っています」


「調べる度に鎌倉が盤石になっていく。手を出しようが無いのだ。北関東にあった騒乱もほぼ無くなった。今の頼朝と政子を陥れるには鎌倉では舞台が小さすぎる。京と院まで使った大きな仕掛けがいる。そして、ここが大事なところだが、我らが放っておいても後白河法皇は動く。力を割り、対立させて、治める。それが藤原氏専制から脱するために産まれた院政の考え方だ」


「でも平清盛の台頭を許したではありませんか?」


「それは、院と天皇が争って自らの力を二分したからだ。理由は国の政治ではなく、ほとんどが若い(きさき)の皇子が原因だ。言うのは怖れ多いが、治天(ちてん)の君が治天を忘れた報いだよ――それにな、牧よ……」


「何よ、蔑むような目で見ないで」


「我ら程度が首をつっこんでも“また”とばっちりを受けるだけだ」


 宗親は自嘲気味に笑った。宗親は伊豆に逃げ帰ったときは恥辱で何も考えられなかったが、後でよくよく考えると亀の前事件の原因は妹のほうにあるように思えてきた。そして今もこの妹は懲りていないどころか、同じことをしようとしている。


 牧の方は兄がこのような態度を取ると、逆に強気になるのが常だった。


「負け犬でいるつもりなの! 私は違う。政子になんか負けない! 治天の君が治天を忘れた? いいじゃない! 国より愛を大切にしたってことでしょ、素敵だわ!」


 宗親は立ち上がって話す牧の方を受け流して、有力御家人の名前が書いてある紙を拡げた。扇子で指しながら言う。


「頼朝と政子を陥れられないのなら、やつらが大事にしている御家人はどうだろうと考えた。私が政子に陥れられたようにできるかもしれないと――頼朝の力になっているのは、大江広元(おおえひろもと)中原親能(なかはらちかよし)梶原景時(かじわらかげとき)、そしてそなたの夫の時政殿だ」


「確かに時政殿は、近頃、伊豆に帰ってこなくなったわ」


 牧の方は座り直す。


「私はこの四人を調べさせた。そうしたら憎悪や復讐という毒気が抜けてしまった――私はな、牧よ。より大きな毒に当てられてしまったのだ」


 牧宗親は、そこで大きく一息つくと、話をつづけた。


「この御家人たちは皆、頼朝の側で日夜、人を罠に掛けることを考えている。広元と親能は院と公卿を、景時と時政殿は御家人の中で頼朝に逆らいそうな者を。政略と謀略。これを碁打ちのように、数手先まで延々と話し合っている。上総広常(かずさひろつね)の死もその一つだ」


「私たちと一緒でしょ。むしろ集中しているからこそ、生まれる隙があるのではなくて」


「我らとは大きく違う。彼らは憎悪で人を陥れようとしていない。だから冷静さを保ったまま事を行える。私が彼らを陥れようとするのは、獣が猟師を罠に嵌めようとしているようなものだ。弓と一緒で、感情を乗せれば外れる。当然の理だ」


 宗親は屋敷の外の山野を見て、話を続ける。


「それに頼朝とこの四人は坂東武者のために、この地に住む者のために政略と謀略を考えている。私は公卿の出ではあるが、初めて真の政治を見たような気さえするのだよ」


 牧の方は宗親の述懐を鼻で笑った。


「格好つけて、煙に巻こうとしないで。一人ぐらいは陥れられるでしょう?」


「そうだな。隙があるとすれば時政殿だ。そちの夫は欲深い。だが、時政殿にはこのまま政権の重鎮になってもらわねば、我らが困る」


 牧の方は苛ついた様子で宗親から扇子を取り上げると、いくつか名前を指していった。


千葉常胤(ちばつねたね)三浦義澄(みうらよしずみ)土肥実平(どひさねひら)はどう? 頼朝が大切に扱っているわ」


「陥れることはできるだろう。しかし、頼朝は喜ぶぞ」


「なぜ? 旗揚げ初期からの御家人よ。忠誠心も高いのではなくて」


「頼朝が大切に扱っていることと、頼朝にとって大事な者であるかは違う。気を使わなくてはいけない小姑(こじゅうと)が減って、さぞ心が軽くなるだろう」


「では、どうするの?」


「頼朝を陥れることはできないが、暗殺ならできる。頼朝は祈願に出かけるのが好きだからな。だが、戦が終わってからだ。今、頼朝が死ねば戦乱が長引いて民が苦しむ」


「わかりましたわ」


「おお、わかってくれたか」


 宗親の顔が明るくなる。

 牧の方は立ち上がると、宗親に扇子を投げつけた。


「兄上が頼朝好きってことがね! もういい、しばらく腑抜けになってなさい。私ができることをするわ」


 宗親は妹が何も理解しようとしないことに、がっかりした。


「何ができる? もうほとんど調べ上げた」


「まだ調べてないところがあるでしょ? 今、一番警戒が厳しい場所」


「――大倉御所の奥か?」


 義仲が死んでから、大倉御所の奥につながる場所や周りの警備が増えている。義高の逃亡を防ぐためと、大姫と義高に義仲死亡の情報が入らないようにするためだ。


「政子の継母、大姫の継祖母の私にしかできないでしょう?」


「義高はすでに終わった人間だ。無駄足になるだけだ」


「私に指図しないで! 私がどう動くかは私が決める!」


 牧の方は睨みつけてきた。


「それはそうだ。それにしても――人を見下す姿が様になってきたな、そなたは」


「ふん、嫌味のつもり? だったら兄上にはその才は無いわね」


 衣を翻して牧の方は出て行った。宗親は衣の裾の鮮やかな造りに目をやりながら、伏見屋敷を打ち壊したときに亀の前に着ていた衣に似ているな、と思った。

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