終わりなき悪夢
目が覚めて幸せだと思う現実があるなら、悪夢は怖くない。
―けれど、その現実が終わりのない悪夢の始まりなら、私はどこへ逃げればいい? どうすれば、悪夢に捕まることは無い?
“あなたがいない”
それなのに私は、どうしてあなたがいない世界でこうして生き続けなくてはならないの?
「――ハイネ」
窓ガラスに額を付けながら、アリシアは痛々しげな表情で“彼”の名を呼んでいた。
誰にも聞き取られることの無いほどの、小さな声で――
××××
これ以上の崩壊が起こらないように慎重に瓦礫を排除しながら、アリシアはハイネと共に崩壊したビルの中を進んでいた。
「問題ないか?」
「えぇ、もちろんよ」
真昼だというのに、二人は懐中電灯の明かりを頼りにしなくてはならないほど、ビルの中は薄暗い。
土埃が舞っているせいで、アリシアは口元を大判のハンカチで覆っていた。
ハイネが懐中電灯で足元を照らし、瓦礫を排除しながら進んでいた。アリシアは瓦礫に片手で触れながら歩いているだけだったが、明らかに消耗しているようだった。
「シア」
「……ダメ、このフロアはもう……この先から上に行って、そこに一人女性がいる。右足切断の必要あり」
「年齢は?」
「……東洋……日本人。二十歳」
ぱたっ...
会話をしていただけのアリシアの額から、突然血が伝って落ちた。
「シア!?」
「平気」
驚愕するハイネの声を聞きながら、アリシアは無造作にその血を拭うと瓦礫から手を離してため息を吐いた。
「ここから行けるのは、日本人女性だけ。……彼女を助けたら、また別の場所から入って――」
「シア!」
アリシアの言葉を遮り、ハイネはアリシアを突き飛ばした。それと同時に轟音が響き、地面が揺れた。
「ひゃっ!? ハイネ!?」
「っ!!」
足元からぐらぐらと揺れていた。ハイネに突き飛ばされた衝撃で瓦礫に体を打ち、しりもちをついたアリシアは、頭上から降り注ぐ瓦礫が視界に入った瞬間、手足を縮めて体を強張らせた。
「きゃあぁぁあっ!」
××××
「けほっ」
先ほどとは比べ物にならない量の土埃が舞っている中で、アリシアは咳き込みながら目を開いた。
ハンカチはどこかに飛ばされてしまったのか、アリシアの口元からは消えていた。
「げほっ……痛……」
痛みを堪えながら瓦礫の中で手足を動かしたアリシアは、上から押しつぶされていないことに安堵の息を吐き出し、瓦礫の下から抜け出した。
「……二次災害? でも……あれはまるで」
呟きながら立ち上がったアリシアは、先ほどまで自分がいた場所に視線を向けて息を呑んだ。
アリシアの視線の先にあった物、それは大量の瓦礫に押しつぶされていた地面だった。
(もしもハイネに突き飛ばされていなかったら――)
背筋を悪寒が走ったと同時に、アリシアは大量の瓦礫に触れた。
「ハイネ!? ハイネ! 無事? 返事してっ!」
ハイネを探すために名前を呼び、瓦礫を退かしながら地面に膝を付いたアリシアは、自分が触れた地面が妙に生暖かいことに凍りつき、ゆっくりと膝元に視線を向けた。
じわじわと染み出る液体。
光は入らない上に懐中電灯も持っていないアリシアだが、その独特の臭いに、それが何かを理解した。
「ハイネ……ハイネっ」
血に触れ、血の染み出る瓦礫を退かしながら、アリシアは狂ったようにハイネの名前を呼び続けた。
「嘘っ……いやぁっ!! ハイネぇっ」
いくら退かしても瓦礫しか現れない地面を見つめながら、アリシアはただ、絶叫していた。