絶対的境界線
「――アリシア、今日からここが君の居場所だ」
アリシアの緊張が解れるように優しく声をかける男の名を、アリシアは知らない。
その能力が稀有であり、そして同時にその能力が高かったアリシアは、アリシアが知る限り誰よりも良い待遇であの日、アメリカ地区第四支部に連れて行かれた。
それが、それぞれの「運命」を変える、宿業とも思えるような未来のためのアリシアとハイネの始めての出逢い――
××××
「……」
その日、珍しく部署のデスクで転寝しているアリシアをハイネが見つけたのは、本当にただの偶然に過ぎなかった。
「アリシア……」
一時間も経たない内に合同会議があることを思い出したハイネは、自然とアリシアの肩に触れてアリシアを起こそうとした。
ぱんっ...
「私に、触れないで!」
乾いたような甲高い音と共に響いた、悲鳴のようなアリシアの声に、ハイネは驚いてアリシアに叩かれた手に呆然と視線を向けた。
「……っ、ごめんなさい」
躊躇いながらも細い声で告げられた謝罪に、ハイネは驚きながらも視線を自分の手からアリシアへと向けた。
「まさか……サイコメトリスト」
まさか、とは言っていながらもどこか確信めいたハイネの言葉に、アリシアは怯えたかのように肩を震わせた。
―サイコメトリスト
対象物に触れ、その人物の過去や未来の一部を知りえることのできる能力者。
他の能力よりも犯罪の防止と解決率の高さを誇るサイコメトリストは、その能力の利便性に対して能力者が絶対的に少ない。
そのため、捜査協力には歓迎されやすく、能力者たちは優遇される。
ただ、その能力は同じ能力を持たない者には理解されない。
そのサイコメトリストが優秀であればあるほど、命の危険が伴うということに……。
××××
『――被害者の持ち物はそれで全てですか?』
目の前に置かれたビニール袋に入っている持ち物を見て、青年は訝しげにビニール袋を差し出した人物を見つめた。
『……他のものは全て焼けてしまったらしい』
表の捜査官の淡々とした言葉に、ハイネは驚いて軽く頷いている青年―兄に視線を向けた。
『リック、本当にサイコメトリを行うのか?』
『もちろんだよ』
驚愕するハイネを尻目に、リックはあっさりと頷いて躊躇いも無く遺品となった被害者の持ち物に手を伸ばした。
次の瞬間、リックは呼吸すら満足にできない状態でその場に倒れた。
そのまますぐに病院に連れて行かれたものの、リックの意識はいまだに戻らない。
××××
「リック……僕の兄弟もサイコメトリストで、だから理解できる。こちらこそ突然ごめん、ここのメンバーなら、サイコメトリストがいてもおかしくないのに」
一瞬だけつらそうな表情で視線を足元に落としたハイネに、アリシアは胸元を握り締めてから首を横に振った。
「……リチャードは、追死体験を?」
辛そうに訪ねたアリシアの言葉に、ハイネはただ頷いた。
「……そう」
アリシアは辛そうに、けれどいつ目覚めるとも知れないリチャードの事を僅かに羨望しながら囁いた。
その表情は今にも消えてしまいそうなほど儚くて……。
ハイネは、その時初めてアリシアと――サイコメトリストとその能力を持っていない者の間にある壁を感じた。
それは、ハイネには決して理解することのできない感覚。
ハイネには犯すことを許されない領域。
それは、最初の境界線