09.(世界は狭い)
◆Present day 9
「なにこれ」マスク夫人が掲示板の前で変な声を出す。「すっごい手配書ね」
「や。すいません。直ぐに片づけますので」組合職員であるはぐれ蛮族のヤギヒゲが、手を伸ばし、手配書を剥がした。「終わった案件です」
「ちょっと見せてくださいな」
マスク夫人は、ヤギヒゲから手配書を受け取って、「うーん?」唸った。「この髭ダルマが勇者なの?」
「だった、と云うことです」ヤギヒゲは答える。
「女の子よ」マスク夫人は髭ダルマの似顔絵の描かれた手配書をヤギヒゲに戻しながら、「会ったことあるもの。王都で。出発前に」
突如現れた自称魔王に対して、討伐隊が組まれた。その中心が、この他称勇者である、と云う話だ。
あの忌々しい自称勇者と競合して、紛らわしいったらありゃしない。
「なんか、ぼへっとした、ちょっと抜けた感じの子」マスク夫人は小首を傾げ、「まぁ、かわいい子だったわ」
ぼへっとした娘が髭ダルマの手配書となって組合会館の掲示板に貼られた経緯は、王都にて魔王が魔王として認知されるずっと以前に遡らねばらならぬ。
*
自称魔王が、仕事の依頼を持ってきた。
えっ、そんな変な案件、受けたくないなぁ。
ギルドの総意だった。なんだよ、魔王って。
どうする? 断る?
断ることに決まった。だって、なんだかとっても胡散臭い。
そんな次第で。
断る為に、「せっかくだ」と組合長、デイヴ・ベイブが茶目っ気を出した。
それを会館受付担当のひとり、鶏の頭を持つミックが真面目にまとめた。
ひとつ。契約金は半年分。
ひとつ。最初は三ヶ月分の先払い。
ひとつ。危険なことはさせない。
ひとつ。監督官を常駐させる。
ひとつ。いつでも一方的に契約破棄。
ひとつ。契約破棄に正当な理由は不要。
ひとつ。違約金なし。返金もなし。
ひとつ。ひとつ。ひとつ。
とにかく思いつく限りの、しち面倒くさい条件を付けた。
なのに全部、飲みやがった。
えっ。それってなんか怖くない?
ギルドの総意だった。でもなんかカネ廻りいいんだよなぁ。
どうするよ?
しゃーない。引き受けよ?
テーブルに積まれたニコニコ現金一括の契約金を前にして、決まった。
とは云え、一方的に破棄して良いなんて話を呑むとか、バカじゃなかろうか。
バカを相手に契約なんて、紙切れ同然。尻が拭けたらお慰み。自分も等しくバカ扱い。
決定に先だって、もちろん組合は自称魔王の身辺調査も済ませている。
自称魔王もまた、流れ者であった。
誰も知らぬ遠い地からやって来た、魔王。
羽振りの良い、たったひとりの国の王。
妙な共感がなかったこともない。同情や憐憫が──なかったこともないったらないのだ。
たぶん。
自称魔王は、唸るほどのカネと、立派な城を持っていた。
なるほど、確かに胡散臭い。だが、世界が、往々にして奇妙な振る舞いをするのを、彼ら魔族は、身をもって知っている。
自称魔王は、ただひとりきりで何も分からぬ世界を切り開いていかねばならなかった。
どちらが良いの悪いのでは無い。
けれどもやはり、自分の方が恵まれていたのだとデイヴ・ベイヴは思った。
「案外、かわいそうなヤツかもしれん」
思わずしんみりしちゃたりする。
「あいつ、元の世界ではセールスマンとか云うらしい」
「なんぞそれは」食い物か。あまり旨そうでないなぁ。
いや、違う。「商人みたいなものだ」
ふむふむ。と、云うことは。「少なくとも、話は通じる。カネという共通の価値観があるってこったな」
なるほど。
「カネの力を分かっておる。出来ることと、出来ないことも分かっておる」
なるほど。
「だから、依頼を持ち込んだのであろう。こちらの一方的な要求を呑んだのも、それに値すると判断した故のことだろう」
「そうであればいいが」と、陰気に云ったのは、ある時からむっつりと黙り込んでいた雄牛の頭を持つファラリスだった。
とは云え。
まぁ、大丈夫じゃろ。
と云う次第で。
依頼に見合った面子を用意した。
小鬼どもに白羽の矢が立った。
カネ払いの良い客であったこともあり、後日、デイヴ・ベイブが視察に出た。
帰ってきた。
「ご苦労様です、カシラ」馬頭のメイジーが出迎えた。
「やめい」その呼び方は。「若頭はあっちだ」ミックを指さす。
「あれはカシワですぜ」
「そうかそうか」デイヴが笑った。
「クケー」ミックが啼いた。
「自称魔王、いかがでしたか」
「蛮族のようだった」
「それはそれは」
自称魔王は蛮族のヒトに近い姿をしていたが、それが余計に胡散臭い。
「ゴブリンたちはどうでしたか。何をしていたのですか」
「道路工事をさせておった」
「はて?」何故に。
「勇者を出迎える準備だとか」かっかっか、とデイヴは笑った。「おかしなヤツだ」
「勇者と云えば」メイジーがファラリスを見た。「貼り出さなくて良いのか? 手配書」
「あれは蛮族同士の問題だな」と興味無さげにファラリス。
しかし、「何もしないのか」と問われるや、にやりと笑い、一枚の手配書を取り出した。
「これが勇者である」
おお……と誰ともなしに声が漏れた。
「ごついな」デイヴが云った。
「ごっついな」メイジーが云った。
「クケー」ミックが啼いた。
イフリートのコーネリアスが、デイヴの肩越しからのぞき見る。「ごっついわー」おっかなー。「ごつごつだわー」にひひ、といやらしく笑う。
それが髭ダルマの手配書であった。
*
「ああ、なるほど」マスク夫人は合点する。「ファラリスの絵、下手の横好きだったの忘れてたわ」
「いえ、続きがございまして」とヤギヒゲは受付の奥に引っ込み、紙束を持ち出してきた。
*
ファラリス自ら描いたものを前にして語った。「これを刷って撒いて、混乱させる」
それは、どこかだらしない顔をした娘の絵であった。王国の紋章の入った偽造公文書である。
「これが」別の一枚を並べ、「こうなり」勇ましい女騎士然とした絵であった。
「さらに」もう一枚並べ、「こうなる」愛らしい顔立ちは消え、不器量な顔立ちになる。
「こうこうこうで」次々とファラリスは絵を並べていく。小娘は女となり、不細工になり、おっさんになり、髭ダルマになった。
「このように、王都から離れるにしたがい似顔絵を変化させることで、そうと気付かれぬよう混乱を招く、〝怒気ッ! アタシこんなに毛深くないッ〟作戦だ」
「ほう……」デイヴは感心した。「これなら誰も勇者を勇者と思うまい」
*
「と、まぁ、こんな経緯でして」
「まぁ、そうだったの」
ヤギヒゲの話に、マスク夫人も感心した。
でも、よくよく考えるに。
たいした話でもないわね。
「記念に貰っていいかしら?」
「どうぞどうぞ」
ヤギヒゲは印を消して済みとし、夫人に渡した。
▼フラッシュバック 8
「我々は同じ言葉を使う。それをもう一度、考えてみないか。どうしてなのか。何がそうしたのか。これを奇跡だと、一瞬でも考えたことはないのか?」
「ない」女剣士の返答に躊躇いは無かった。「くどいぞ、牛頭。言葉、言葉、言葉。なんだというのだ。諍いがその言葉から生まれることを知らぬわけではあるまいに。オボコか、それともカマトトか。お前こそ、今一度、思い出すが良い。世界は狭いのだ。手を取り合い、共に歩むべき未来などない」
「それでも……」
「ない」
ふぅ、と女剣士は細い息を吐いた。「牛頭よ──いや、バケモノよ。もし、たったひとつの不幸を嘆くのならば、それこそ同じ言葉を使うと云う事実に他ならない。違うか?」
「どちらか化け物だと云うか。一体、何をして化け物と呼ぶか……」
「命乞いか、牛頭」
「化け物とは、……お前たちだ!!」
「だから云うておろう」
女剣士は足幅を広げ、腰を落した。そして刀の柄に手をやり、
「私は、鬼だ」
次の一刀が、決着となる。
その時。
エルフの子供が二人の間に割り入った。
両腕を目一杯、横に広げて。
少女はバケモノを庇うように立ち、女剣士を睨め付けた。




