06.(血塗られた地)
◆Present day 6
「いい知らせと悪い知らせがあるぞ、ハニー・ビー」馬頭のメイジーがやって来た。「インキュバスどもの行方が割れた」
「愛してるわ、ダーリン」ビアトリスは人目もはばからず夫の腕に抱きつき、頬ずりをする。
ことの発端は、ひと月ほど前に遡る。三人の夢魔の男たちが姿を現さなくなった。
数日ならままある。
一週間くらいも、十日も半月くらいも、ないことはない。
だが、一度も連絡を寄越さないとなると、これは流石にウマくない。
夢魔たちは、ビアトリス直下にある。
「そうそう」マスク夫人が云う。「その話で来たのよ」
「それ!」ビアトリスが気炎を吐く。「先にそれ!」お菓子で懐柔されたみたいやんけ!
しかしメイジーは渋面で、「捕まっている。おコジョさんによると、縫い付けられているらしい」
コジョは、イフリートである。
イタチめいた姿を好み、するすると狭いところを走る姿はたいそう愛らしい。
往々にして悪戯好きな妖魔たちにあって、少し距離を置いた希有な存在である。
なので、信頼ある情報である。
「そんな!」ビアトリスは息を飲んだ。「鉄の杭で? 蛮族たちが?」
「知恵をつけた奴がいるな」デイヴが苦々しく云った。
「許せない」刹那、ビアトリスの顔が鬼面になる。「細切れにしてやる」
その瞬間、ホールにいた者は、彼女から視線を反らした。間に合わなかった者は、「ヒッヒッヒ」変な声を上げながら、医務室へ連れられた。
「まてまてまて」メイジーが腕を掴む。
「何もしないって? あんたいつからそんな腰抜けに──」
「誰も俺を鶏なんて呼ばせないぜ」
「それで?」
「お前んトコの娘を借りたい」
「駄目よ、あの子たち……荒事には向いてないもの」
「一人に五人つける」
「そんなに?」
「足りないか。なら増やすぞ」
「その……おカネ、大丈夫なの?」
「カネの問題なら、どうとでもなる」
「やだ……」良人の言葉に、ビアトリスは蕩けた。
「山賊まがいの連中だ」メイジーは云う。「員数外。アウトオブオーダーズ。街道沿いを根城にして狼藉を働いている。いいか、ビアトリス。蛮族どもにも具合が悪い。積み荷の心配をしなくていいなら、互いの利益になる」
「つまり──」
「コリンズ商会も一枚噛む」
「ねぇ、ダーリン。とっつかまえた蛮族のアレ、切っていい?」
「駄目だ」
「そのくらいはさせてよ」
「ないヤツは?」
「ソコを焼く」
メイジーは首を横に振った。「駄目だ。あちこちに云い触らされたり、口の端に上るような真似をするのはウマくない。だから見せしめはしない」
「……あんた、時々過激だわね」
愛妻の言葉にメイジーの顔が綻ぶ。「損得の問題だよ、ハニー。全員、その場で殺す」
「わたくし、今、何かすっごいこと聞いちゃった?」マスク夫人が、呑気に訊ねる。
▼フラッシュバック 6
「お前らとて、この地のモノではあるまい!」
ファラリスの言に、女剣士は悠然と頷いて見せた。「そうだ、牛頭。わたしは、父母のまた父母の父母が住み着いた地で育った」
「もと居たモノを追い出してか?」
「無論、相応の対価を支払った。今となっては二束三文であるがな」
「それは……侵略と、どう違うか」
「違わない。供与だの売買だの、記録はあっても、思いは別だ。父母のまた父母の父母の代に土地を譲り渡したその子供の子供は、わたしの生まれた地を歯ぎしりしながら狙っておる」
「……呪われた一族だな」
「経緯はどうあれ、わたしの生まれた土地で起きたことの教訓は、ひとつだよ、牛頭。ひとたび明け渡したら、それは戻らない。私とて明け渡す気は只の一片も無い。故に、お前たちバケモノを、力で以て、武力で、血で、命がけで排除する」
「それで良いのか、お前は。お前の心は、それを良しとするのか」ファラリスが問う。「お前の子供もまた、血塗られた地で生まれ、育つことを認めるのか」
「逆に問おう、牛頭。そうでないことがあるのか?」