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04.(冷たい一閃)

   ◆Present day 4


 その日、ファラリスは具合が良くなかった。

 気候の変動に躰が追いつかず、食が細くなれば当然の帰結である。


 魔族は。暑さに弱い者が多い。また、同じくらいに寒さに弱い者も多い。


 そしてファラリスは。ガタイに似合わず、季節の変わり目に体調を崩しがちであった。


 病弱と思われるのは業腹である。

 なので無理をする。無理が祟る。結果寝込むの悪循環。


 収穫祭が近いと云うのにこの体鱈苦。いや、特に何をするワケでもないが。せっかくなので(特定の)誰かを誘おうとか下心がないこともないったらない。


 そんな次第で。徒党を成したインプどもに、休憩室に押し込められかけた。しかしファラリスは抵抗した。


 休憩室は、働く者たちにとっての、大切な福利厚生だの何だの云々。

 それを占拠するのはよろしくない。


 営繕インプたちは互いに顔を見合わせた。休憩室に押し込めろと云い付かっていたのである。困ったぞ。


 では医務室は?

 あれも福利厚生だの何だのと云々。


 インプたちは頭を抱えた。そこにイフリートのコーネリアスが飛んできた。


 コーネリアスは、コウモリの翼に、ヘビの尾、サルの顔を持っている。その姿は、石から削り出し、仕上げる前に飽きた、というような按配である。


「会議室なら使ってないで」


 これにやはりファラリスは、空いてるのでない、いつでも利用できるようにしてあるのだとの何だとの云々。往生際の悪いヤツだった。


「旧い方。誰も使ってないで」


 なるほど、確かにその通り。

 もう面倒になったので。


 彼らはファラリスを旧会議室に放り込んだ。


 畳敷きだし、枕にできる座布団もある。横になるのに問題ない。


 そして扉が閉められた。がちゃん。


 ハメられた、とファラリスは、まこと具合の悪い頭で思った。


 旧会議室。それはまだ組合会館が組合会館として建てられるずうっと前に作られた掘っ立て小屋を元にしている。


 会館を建てる時に、壊すのはしのびないと、設計に組み込まれた。


 現在、この部屋は呼び名がない。一部の者しか知らぬ、秘密の部屋なのだ。


 というのは建前で、知らないことになっている、が正しい。


 だって扉があるんだぜ? 開けてみれば向うに部屋があると考えるのは道理だろ?


 営繕インプに頼めば、図面の閲覧もできる。


 だって建物だぜ? 維持管理だので必要だろ?


 隠すから秘密なのだ。積極的に開示となれば、たいてい「ああそう」素通りされる。


 あえて呼ぶのなら、主の部屋。

 しかし組合長の執務室は別にあるので、それも正しくない。


 このちっぽけな小屋然とした会議室で、一番最初に決めたのは、組織の名であった。


 〝ナイトハイク〟──夜行団。


 あの会議は二度としたくない、と誰もが思っているが口にはしない。はじめの一歩であったことには違いないが。

 二度と、したくない。


 当時は物もなく、仲間も少なく(最初の七人である)、拾ってきた端材で作った小さなテーブルを囲んだ。脚は長さが揃わず、ガタついた。


 椅子も無く、皆で床に座って囲んだ。


 座卓会議と呼ばれている。


 いや、誰もわざわざ呼んだりしないけど。一刻も早く忘れたいンだもの。


 しかし、はじめの一歩には違いない──。


 横になったファラリスの思いは、忘れたい当時の記憶へと向かった。


 何故、名前が必要だったのか。


 確かに我らは、魔族とひと括りにされるが。実際は蛮族どもより種別が多く、姿は勿論、習性も習慣も、つまり何もかもが違っている。


 だからこそ、団結する必要があった。

 それが組合という名前を持った看板である。


 生まれは違えども、同じ看板の下に集ったのだ。我々は、魔族と云う一族なのだ。


 その一族が分解しかけたのが、最初の会議であった。もしあの時、袂を分かつことになっていたら──。


 三日三晩、名を決めるのに議論した。四日目には殴り合った。五日目に息切れした。六日目には互いに目も合わせることも無かった。


 七日目に、継続か、解散か、決を採る提案が出た。


 そして八日目。火が放たれた。


 六日後に鎮火し、散り散りとなった者たちが再び揃うには更に日数を要した。


 ひとり欠けていた。


 雄牛の頭を持つ偉丈夫の死を悼み、そして、改めて一丸となり、生き抜くことを、彼の思い出に誓うことになった。


「我々が昼日中を歩くことは難しいかもしれぬ」誰かが云った。「だが、いつか、それを乗り越えよう」


 その必要は無いべ、と誰かが応える。「俺、夜型だし」


 そう云う問題じゃぁない、といなした。「何かを制限されたり、何かに気遣い、何かに脅えるのは願い下げだ」


 いつの日かを夢見て、今はまだ、夜の眷族として──夜行の者と名乗ることに決まった。


 そして再び、雄々しい牛頭の思い出に浸った。「彼の魂に」杯を掲げ、干した。


 そこに件の牛頭が(怪我をしていたが)、ひょっこり戻って来たものだから、誰もが腰を抜かした。


 良く考えればたいした話でもないな。


 自分の知っていることと、後から聞いたことが混じって、良く分からなくなっておる。


 自己評価が少し高い嫌いもあるが、過ぎたことを都合よく改竄するのは、ままあるのだ。


 そもそも焼けた森から戻る途の記憶は途切れ途切れで、どうにも今でもはっきりしない。


 角を落され、腕に大怪我を負い、そして……そして、なんだっけか。霞がかってそれより先に進めない。


 いつしかファラリスはうつらうつらと眠りの底へ誘われていた。


   ▼フラッシュバック 4


 女は腰を落し、地面を踏み締め──刹那、ファラリスが剣を構える暇も与えず、懐に入ってきた。


 ──速い!


 その時、偶然が味方した。足が滑り、ファラリスは体勢を崩した。相手は目測を誤った。だが、そこまでだった。


 冷たい一閃。


 衝撃が牛の頭を揺さぶった。


 斬られた。

 蛮族の、女剣士が斬ったのだ。 

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