03.(百のために、十をも断つ)
◆Present day 3
青空市場の襲撃は二日目に決まった。
毎度のことである。別に会議に通すほどでもない。
では、いつどこで市場が開かれるか。
各地に散った構成員や協力者から情報がもたらされる。
──なぜ二日目なのでしょうか?
そう云うのは牛に訊けよ。
──ファラリス様? お具合悪いそうで……。ですからこうしてメイジー様にと。
ったくもう。おい、まさか来てたりしてないよな? 家で寝てるよな? えっ、来てるのか。バカっ。
──お二人は、仲が悪いのですか?
俺が? 牛と? 俺は馬だぞ? あいつとは根本から違うんだぞ? あっちは割れ蹄だからな、ハハハッ。
──はぁ……。
蛮族どもの間では、蹄の割れた生き物は、喰っていいことになっているらしい。ハハハッ。ほぅら喰われるぞ、蛮族に喰われるぞ、ハハハッ。
──えっと、話、戻していいですか。
なんだよ、もう。早ぅしてくれ。おいっ、誰か牛を見つけたら休憩室に押し込んどけ! 手が空いたら連れ帰ってやれ!
──お優しいですね。
うるさいわ。病人なんざ、仕事の邪魔だろうが。
──ええ、まぁ、そうですね。
えっと、なんだっけか。襲撃の日取りか。まずな、青田買いには理由がある。売り手と買い手の利害の一致よ。少しでも高く売りたいヤツと、少しでも状態のいいのを欲しがるヤツがおる。ホラ、誰も損しない。それゆえ、まこと良い物件は一日目あるいはそれ以前にハケる。
──はぁはぁ。
すると二日目以降は……云うまでもないな? 減点される相応の理由がある。ざっくばらんに云えば余り物だ! そして己の分を知る。故に、教育次第でフハハハ!
──ギルドにとって損じゃないですか?
なに云ってンだ。襲撃だぞ? それでひとつ、仕事が廻る。向うにしても残りがハケるってな按配だ。カネを払ってまでして押し付けたいってのが本音だぞ? むしろ感謝されてもいい。
──でも、残り物は残り物ですよね?
いちいち説明しないといけんのか。五月蝿いな、こっちも暇でないんだが。
──ああ、これは失敬。最後に、ひとつ。
いやいや、このくらいでええっちゃろ。続きはまたな? ほら、行った行った。
──えー。
だいたいな、あいつら自分の同族を売り買いしてるんだぞ。……こっわ! 信じられんわもう。家畜でもなしに、同族ぞ? 喋る、喚く、騒ぐ、暴れる。黙らせるのに切りつけるンぞ? ……こっわ! 蛮族、マヂ蛮族。
──同感です。
▼フラッシュバック 3
「そうだ。我々が火を放った」
女剣士は静かに語を継いだ。「どういうことか分かるか、牛頭? 我らヒトは腹を括ったのだ。万のために一を断つ。千のために一を断つ。百のために、十をも断つ」
「……それが答えと云うのか!」
「奇麗事など、後の世で歴史家が夢想すれば事足りる」
「この……蛮族が!」
「バケモノからそう呼ばれるのは、ある意味、賛辞であろう。上等だ。我々は、戦わずして引きはしない」
「この惨状に、それでも自分を正義と呼ぶのか、大義はないのか!」
「大義とは何か? 牛頭よ。いいだろう、今この瞬間において、我らの、いや、私の大義は、ただひとつ。この地から、バケモノを一掃することだ」
「何故だ」何故、そう云い切るのだ。
女剣士は続けた。「ある日、一方的に現れて、水と土地を望んだお前たちが悪い」
「我らとて、望んで来たわけでない!」
「そうだろう。だから何だ? それが正当な理由になると云うのか? 自分の意思でないと? 成程。我らヒトは、お前たちの云い分を聞いた。そして、否との結論に至った。それだけのことだ」
「……共存できるとは思ってはいない」
「勿論だ。見解が一致したな」
「ならば……!」
「ならばこそ、だ、牛頭。十年後、二〇年後。或いは三〇年後、五〇年後ならどうなろう。未来は不確かだ。しかし、時間は有限だ。我々の忍耐は短いのだよ、バケモノ。一年で充分なのだ。いや、一年ですら長い。不確かな未来を子供たちに残すつもりはない」
「可能性に賭けるつもりもないのか」
「牛頭よ。本当のことを云おう。未来や、子供たちのため、とは建前だ。私が気に入らないのだ。私は、お前の存在が気に入らない」
ファラリスは全身の力が抜けるのを感じた。何を云っても届かない。何を語ろうにも、すり抜けてしまう。この女は──なんだ。
「さぁ、ひと仕事しようじゃあないか、牛頭」女剣士は、滔々と続ける。「この地は我らのものだ。そのためならば、鬼にもなる。お前たちバケモノの取り分は、ただの一分も無い」
「……貴様は、引き際と云うものを理解しないのか」
ファラリスの言を、イブキは「くだらん」と切り捨てた。「まったくもってくだらん。引いてどうする。逃げて、逃がして、どうするのだ。確かに引き返し点と云うものは、あるところにはあるらしい。だがそんなものはとうの昔に超えたのだよ」
「お前は……思い違いをしている」
「ホゥ。牛の頭はヒトのそれより立派らしいな」
「時間を巻き戻すことは出来ない。だが未来は──我々には、未来がまだ、ある」
「そうだ」イブキは頷く。「血と肉と糞便にまみれた今日を通過点として」
「何故、そのような物云いをするのだ」
何が彼女をそうするのか。何が彼女をそう思わせたのか。ファラリスは無性に哀しくなった。
「些か感傷が過ぎるようだな、牛の頭と云うものは。云い換えたところで事実は変わらぬ。上っ面を糊塗したところで何が変わる?」
ファラリスは黙したまま、女剣士を見た。その瞳から、迷いも揺らぎも見て取れなかった。
「牛頭、よく見よ、よく聞け」女剣士は刀の柄に手をやり、腹の底から声を張り上げた。「財産は巻き上げられ、血と炎の時代が始まった! その時代にあって、わたしは鬼になると決めたのだ!!」