02.(火を放ったのは我々でない)
◆Present day 2
──おや、ビアトリス様。日の高いうちに珍しいですね。
うちの宿六に弁当を届けに来たのさ。
──手作りの、お弁当ですか?
何を期待してるンさ?
──いえ、その。意外でして。
何だと、コラ。どう云うことか返答次第じゃブッ飛ばすぞ、コラ。
──いえ、他意はございません。本当に。本当ですってばァ!
アタシに何か用かいな?
──ファラリス様がおられないようですが。
ああ、そうだよ。まったくもう。お蔭でウチの旦那がデバるハメになって、アタシもご覧の通りさ。
(ビアトリス、大欠伸)
失礼。これでも夜の一族だからねぇ。
──ご愁傷様です。
いやいや、違うっちゃろ。まぁ似たようなモンか。いや違っとーと。まぁいいっちゃ。とにかく旦那の機嫌は取っとかンと。
──メイジー様が怒られたりする……のですか?
え、普通に怒るよ? 普段はあンなンだけど、ウチの旦那、怒らせるとマヂ怖いよ?
(ベアトリス、額の上で、両手を人差し指をピンと立てる)
マヂ、角、出ちゃう。
──ツノ?
そう、角。あれ? 知らなかった? ウチの旦那、バイコーンなんだけど? あっれー。あーそっかそっか。普段は引っ込めてるもんなぁ。まったく、変なトコであの人も優しいからなぁ。ふへっ。
──どう云うことでしょうか?
うーん、云っていいのかな、まぁ、いっか。ほら、館長。館長の牛頭。片っぽの角ないやん。
──件のファラリス様のことですね?
変な気、廻さないでいいのにね、まったくもう。義理とか情とか、仁義とか。そんなんでお腹が膨れるかっての。……でもまぁ、そう云うのないがしろにしちゃうのも、やっぱ面白くはないわな。
──斬られた角に遠慮して?
あーあーあー。それ以上は訊かないで、答えないわ。つーか、アタシが怒られるわ。今のはオフレコよ? 代わりに馬だけに馬並の話とかどう? すっごいよ? マジすっごい、ウチの旦那さん。
──遠慮します。
▼フラッシュバック 2
牛の頭を持つ魔族と対峙したイブキは、木の根元に横たわるエルフ族の子供に一瞥をくれると、赤い舌でちろりと唇を舐め、「勾引かすつもりか」呵呵と笑った。
「違う」
「ホゥ。では何故に。ああ、別に知りたい訳じゃあない。しかし雄牛風情がエルフの子供をとな」
牛の面相が憤怒で膨れた。今にも奥歯が音を立て、砕けるようだった。
「まぁいい」ふん、とイブキは鼻を鳴らした。「先にひとつ、礼を云っておこう」
牛頭に怪訝そうな色が浮かんだが、イブキは構わず続けた。「毎年、作付けが一段落すると、領主どもがつまらぬことを思い出してな。まぁ、私のような稼業にしてみれば稼ぎ時ではあるが──今年は違った」
牛頭は困惑を他所に、イブキは云う。「分かるかい? 例年の小競り合いはなくなった。もっと大きな問題ができたのだ、バケモノよ。
われらヒトは、ひとつになったのだ。
敵国同士が手を結んだ。
お前たちのお蔭だ。
浪人風情の私にしてみれば感謝する程のことでもないが、そこに住む者にしてみれば、ありがたいことであろう。
さしずめ今の私は、王国同盟義勇兵と云ったところだ」
そして、「なかなか良い話だろう?」と結んだ。
牛頭は何かを苦慮するように、しかし言葉を発した。「お前たちは……分かっていながら何故だ? 何故こんなことをする?」
これにイブキは静かに応える。「血を流さねば分からぬのがヒトの世の習いだ」
「なぜ分かり合おうとしない。なぜ、努力をしない」
「愚問だ。我々は、ヒトは、分かり合いたいのではない。こと相手がバケモノとあらば」
「化け物とは……お前たちのことを云う」
「そうだ。互いに分かり合えぬモノ同士が何を願う? 血にはより多くの血を。不思議は無い」
「そしてどうなる」牛頭が問う。
「どちらかが滅びるまで」女剣士が答える。
愕然としながらも、牛頭は更に疑問を重ねる。「そこへ至る道の途で厭倦となるであろうに。剣先を向け合いながら生きることが願いか」
「お前たちを討ち滅ぼすことが願いだ」
女剣士の言葉に、一片の迷いはなかった。「たとえ我らが全滅しようとも、相打ちならば負けではない。よく見よ、バケモノ! よく考えよ。今日は王国二度目の建国記念日となろう!」
「狂っている……」牛頭は、地面に横たわる子供に目を遣った。「これを見てなお、その道を選ぶのか!」
「世迷いごとだ」女は冷ややかに云う。「そのような姿を見せつけ、我らヒトがほだされるとでも? ああ、ヒトならば、ほだされることもあろう。だが──バケモノ風情がヒトの真似事を!」
「ぬかせ!」ファラリスは吼えた。空気を震わす一喝だった。
しかし、女は一歩も引かなかった。「バケモノに道理を語られるほど、我らヒトは落ちぶれてはおらぬ! 彼岸でとっくり考えよ! 己の罪を積み上げよ!」
「火を放ったのは我々でない!」ファラリスは声を振り絞った。「お前たちだ!」