11.(お前が殺す者)
◆Present day 11
馬頭メイジーと、はぐれ蛮族ヤギヒゲは退室していた。なんでも仕事があるそうな。結構なこって。
「そう云えば」とビアトリス。「塩ってどうなったんだっけ?」
「胡椒と同じだ。互いの分を超えぬように、きちんと話はついている。ビアトリス、よもや独占しようと云うのか?」
「まさか」まさかまさか。
「悪魔か!」こっわ。マヂこっわ。
「まぁ、似たようなものだけども」
「ああ、そうだな」
それからふと、ビアトリスが訊ねる。「ねぇ、デイヴ。アタシたちは何処に行くの?」
「……まだ、誰も知らない静かな場所」
「知ってた?」
「何を?」
「アンタが無垢で初心で御花畑だってこと」はぁ、やれやれ。「つくづく芋の煮えたも御存知ない」
「ビアトリス。お前から見たら誰でもそうなる」
ごもっとも。夢魔の女はあっさり納得する。
「あなたも千年王国なんてものを築きたい?」
「まさか」ハッと、三ツ目は一笑に付した。「何かに脅えたりすることのない、心から安心できる場所が欲しいだけだ」
「それを千年王国と云わないの?」
「云わない。ただの夢物語だ」
「そう」ビアトリスは優しく微笑む。「夢物語。夢の話。アタシみたいな夜の眷族にはぴったりだわ」
「お前も一口、乗ったのだろう?」
「アタシは愛するモノと一緒なのよ?」
「そうかい」
「なによ」
「ご馳走さま」と大鬼が笑う。
「お粗末さま」と夢魔も笑う。
▲フラッシュフォワード 0
はみ出し者はどこにでもいる。
その老ノームは追放者であった。
刃物に魅せられ、自分で作っては研ぎ、あるとき、ふと思い立って、近所のおっさんを切り付けた。
思ったより切れなかった。ので、また作ってまた研いで、また切り付けた。さすがに二度目は吊された。石が投げられた。
次に事を起こしたら、両手を切り落とす。
放免の際に云われた。
まったくありがたくて涙が出るぜ。
季節が一巡する間もなく三度目の事件を起こした。約束通り、両手は切り落とされ、村を追われた。
やがて、粗末な装具をつけた罪人は、魔族と関わるようになる。
今、この老いたノームは、流水に浸しながら、太く長く反り返り、刃の幅が恐ろしくある山刀、マチェテを一心に研いでいた。
石で組まれた牢は、不愉快ほど芯から冷える。陽は当たらず、日がな一日暗いまま、昼か夜かも分からない。
鉄格子を挟んで、裸の女がいた。
二本の梁材で作られた丁字を背負っていた。
手首と肩、腰と膝、足首を縄で縛られ、足下は血と汗と、汚物が散っていた。
横に広げた前腕の骨と骨の間に、鉄の杭が打たれていた。
首は死んだように、だらりと顎が胸にくっつくかんばかりであった。出鱈目に切られた黒髪が、顔を隠していた。
弱々しい喘鳴に合わせて、胸が僅かに膨れて萎む。
重い足音がした。ノームは、マチュテを研ぐ手を止め、仕上がりを確認する。
雄牛の頭を持つ巨漢が現れた。
赤い飾り紐のついた角笛を持っていた。
角笛は、女の持ち物だった。
ファラリスは扉を開け、房の中に入った。
女を見て、角笛を握りつぶした。
角笛は粉々になって、ぱらぱらと落ちた。
たったそれだけのものだった。
ファラリスは、ノームからマチェテを左手で受け取り、女の前に立つ。
床の上に散った角笛だった欠片は、ふっとかき消えた。
女がゆっくりと顔を上げた。一方の目は潰れていたが、もう一方の目は、まだ強い光を放っていた。
「ヤマブキ・イブキ。剣士フブキ・イブキが娘」女は腫れた顔と裂けた唇そして歯の欠けた口で名乗った。「憶えておけ、牛頭。お前が殺す者の名だ」
ファラリスは興味無さげに、刀を右手に持ち変え、空を斬る。かすかに刀身が震えていた。
女はファラリスから目を逸らさなかった。
ファラリスは刀を掲げ、女の脳天に振り落とした。
骨を断つ、太い音がした。