骨董店シャム・ラジェリーの店
__星が一つ生まれた。
帝国の妃に待望の男児が生まれたのだ。帝国では、日々王子誕生を祝う祭りが行われているらしい。
空に広がる色とりどりの花火____音を奏でる楽師たち____舞を舞う踊り子____
辺鄙な村にも帝国の新しい王子誕生を祝う神官が訪れ村を上げての祭りが行われることになった。
帝国の民草__王族、貴族・・・皆が王子誕生を祝っている。
メリーは、人々が祝うその様子を窓から息を潜めてじっと見ていた。
___骨董店シャム・ラジェリーの店・・・・古びた看板が風に揺られてぎいぎいと鳴いている。
いつも人寂しいこの骨董店は例え外がお祭りで賑わおうと店内は寂しいままだった。
メリーは、溜息をつくと持っていた雑巾で埃の被ったひび割れた花瓶を拭いた。毎日、毎日掃除をしてもこの店は何処からくるのか分からないが埃だらけだった。
地下室から、小さな鼻歌が聞こえる。
もちろん、誰だか分かっているけど・・・・
「シャム」
白い立派なお髭にターバンを巻いて額にはきらきら輝くルビーをはめている店の店主シャムは少女に名を呼ばれて老人シャムは、ぼさぼさの白い眉を上げた。
「ほう、メリー。夕飯かね?」
ぼんやりとそう言う老人にメリーはため息をついた。
「さっき食べたわ。シャム・・・・それより、今日は閉店しましょう。この様子じゃあ鼠一匹この店をみることはないわ」
「うむ」
シャムはいつもどおりぼんやりと返事をすると大きな椅子にどしりと座った。
手には、一冊の古びた本____メリーは絶句した。
この世界エバンデイルは4つの国に分かれている。まずは、女神と銀の騎士の伝説で名高い帝国___砂漠に囲まれたオラシル国__錬金術、商業の国エクスティア___エルフの住む聖地アルヴァース___空に浮かぶ魔法使いの国_フィリタミア・・・・
この世界には、エルフ族、竜族・・・さまざまな種族が住んでいる。
しかし______帝国は、エルフ族、竜族__・・・人族以外の帝国領土定住を禁じている。もちろん、彼らに関わる書物、その他の書物、文字、算術、芸術は、民草には無用といいすべてその土地の貴族が没収ということになっているのだ。
民草が他の種族の芸術・哲学を学んではならない・・・集めてはならない。
民草が他国を見ることはならない。
民草が人族以外に関わってはならない。
これらを破れば良くて監獄に悪くて死罪に__________
この骨董店だって違法ぎりぎりだというのに本だなんて!内容しだいでは国に仇名す敵として死刑にされる。
「シャム!また本を買ったの??」
メリーは、叫んだがシャムはずっと本に齧りついたまま動かない。こうなると空から火が落ちようが地震が来て大地がひび割れようが関係ない。
メリーは、溜息をつくしかなかった。本なんて高額だったはずだ。何時も赤字なこの店の何処にお金があるんだろう。この店を振れば1ギャロぐらい落ちてくるだろうか。
「メリー、今日はもう遅い。店じまいはわしがしておくから先に寝ていなさい」
「分かった、でもこの壺を地下室に片づけてから寝るね」
そういってメリーは、大きな壺を持ち地下室へと降りて行った。
店が埃だらけなら地下室はもっと埃だらけだ。メリーは、慎重に階段を降りると壺を地面に置いた。
メリーは、今年で16となる。10年間、シャムのもとで読み書きの勉強をしたり骨董を売る手伝いをしてきた。
だけれども、メリーの心の中に希望という波が満ちたりひいたりしていた。
_______帝国の外へ出てみたい。外の世界を見てみたい。
美しいエルフ達_____神秘に満ちた魔法使いたち・・・・シャムから聞いたり本を見せたりしてもらっているうちにメリーの胸にはそんな小さな希望が宿った。
その希望は、年々メリーの小さな胸の中で大きくなるばかりで時折押しつぶされそうになる。
でも、そんなの一生無理ね。今のままでは・・・・・
メリーが、諦め首を振ったその時だった。
ちりんと店のベルが鳴る。
___お客さんかしら・・・
こつりこつりと靴で歩く音が聞こえる______壺を見ているのか足音は止まったり歩いたりしている____数歩歩くとその足は急に止まった。
「シャム・ラジェリーか?」
低い声が聞こえた。
地下室といってもここは陳家な骨董屋。板一枚挟んでいるだけで声と足音はしっかりと聞こえてしまう。
「おや、おやお客さんですか・・・・・」
シャムの声が聞こえる。シャムに任せていたらお客に逃げられてしまう。私も、早く行かなくちゃ________メリーは、壺を急いで片づけて階段を上った。
「全く・・・百年ここを離れただけで主人を忘れてしまうとは・・・」
溜息をつきながら男は言った。
主人_____??不穏な空気にメリーの階段を昇る足がぴたりと止まる。
「我が名のもとに大地の精グノミードに命ずる___任を解きかの地へ戻れ」
男が、ふわりと手を翳すとシャムは驚いた顔をした___そして、シャムの体はぱらぱらと崩れだした。そして、白銀の砂へと変わった。
「!!」
メリーは、悲鳴を抑えた。シャムが、シャムが砂になってしまった。
心臓がどきりどきりと高鳴って抑えきれない。
こつりこつりと男がこちらへ歩いてくる。
「僕はやっぱり反対だ」
声がした________不満そうなそれでいて溜息まじりにでてしまったような小さな声だった。
不満の声に耳を傾けずにマントの男は、シャムが先ほどまで座っていた椅子に座った。
男は、ゆっくりと腰掛け足を組んだ。
なおも声は、不満そうにいう。
「一体、君は何を考えている?・・・ここを何処だと思ってるんだ・・・帝国領土だぞ」
「だから、何だっていうんだい。ジルマ」
マントを被っている男が初めて口を開いた。
「分かっているのかい?ここは、帝国領地・・・・君は、魔法使いなんだぞ?」
こんどこそ深いため息をついてジルマーニが小さな声でいった。
「ならば、君も気をつけることだ。話す鼠なんて滅多にいない」
____小さな鼠が男のマントから顔をだした。真っ白い___白い鼠だった。
「ほっといてくれ、ルネ・・・これは個性の問題だ」
胸をはってこの小さな旧友はそういった。アーディルネは、くつろぐように優雅に指を組み足を組んだ。
「で?___何が反対なんだい。僕の可愛い鼠ちゃん」
「今の新王が立つ前ならまだしも・・・今はここに立ち寄るのは反対だといってる」
くりくりとした黒い大きな目がアーディルネを映した。魔法使い_____??魔法使いが何故帝国領土に・・・・
騎士に伝えなきゃ・・・
メリーは、ゆっくり歩き出した。見つからないようにしなければ私もシャムのように砂に変えられてしまう。
しかし__この店は随分と古く普段気にもしなかった床で歩く自分の靴の軋む音が今のメリーには大きく聞こえる。
ぎしりと___大きな足音が自分の足元から鳴った。
「?・・・誰かいるのか」
まっ白い鼠___ジルマーニが言った。あぁ_なんてことをメリーは心の中で叫んだ。
「どうやら、御客様がいるようだよ・・・ジルマーニ・・」
男___アーディルネは、立ち上がるとメリーの近くへと歩いてきた。メリーは、壺の裏に隠れたまま動けずにいた。
「おや、おや・・・・これは、これは・・・」
男が面白そうなそれでいて驚くような声をあげた。
見つかった_____もう終わりだ・・・メリー目は男に釘づけになった。豊かなウェーブの青みを帯びた漆黒の髪____鼻筋がしっかりと通っていて瞳はサファイアのように目を引く青さ____口ひげを綺麗に整え柔らかく笑うことのなんと優雅なことだろう。
_______これが、魔法使い・・・・
メリーが、ぼやりとアーディルネを見つめているとアーディルネが手を動かした。
「いや!やめて!!!殺さないで!!」
メリーは、叫んだ____シャムのように砂にされてしまう!!!
しかし_____アーディルネは、何処かの舞踏会に招かれた貴族のように丁寧に挨拶をした。
「こんな可愛らしいお嬢さんにお会い出来るとは光栄だ」
にこりと笑う美しい紳士にメリーは、首を振った。
「そんなことして・・・またシャムさんの時みたいに私を殺す気なのね!酷いわ!!魔法使いってそんなものだったなんて・・・」
メリーが叫ぶとアーディルネたちは、ぽかんと口を開けた。最初に口を開いたのは、ジルマーニだった。
「ルネ・・・アーディルネ・・・彼女は、勘違いをしているようだよ」
「?・・・何をかね??」
アーディルネは、分からないと首を傾げる。ジルマーニは、溜息をついた。
「僕たちに殺されると思ってる・・・彼女」
「おぉ、この私が?・・君を??・・・まさか、そんなことする訳がないだろう?・・・もともとここは私の店でね。魔法で地の精霊グノミードにこの店を守るよう命じていたんだよ」
メリーは、ぽかんと口を開けた。
「精霊・・・?グノミード??・・・じゃあ、シャムさんがその精霊だったっていうの???」
「信じられないかい?」
にやりとアーディルネは笑って見せた。からかっているんだろうか?この人は・・・・
メリーは、声を荒げた。
「当たり前よ!精霊なんているはずが・・・だって朝だってシャムさん一緒に朝ごはんを食べて・・」
そうよ・・・十年間一緒にいたのに・・シャムさんが妖精だったなんて信じられない!!
「よく食べただろう?彼らは食い意地が張っている」
「そんなの・・・そんなのってないわ・・・」
やっぱり、信じられない___そりゃあシャムさんは食い意地は人一倍張っていたと思うけど・・・
「それよりも、私が驚いていることはグミニードが君と暮らしていたことだ・・・私はこの店には誰も近づけないように結界をかけておいたし・・そう、やすやすとその結界を踏み越えたとしてもグミニードがこの店に入ることを許さない」
あぁ_だから店の中はいつも誰も人が入ってこれなかったんだ。
アーディルネは、少し考えるように首を傾げると疲れたのかまた椅子にゆっくりと座った。そして、思いついたのか手をうつとメリーを指差した。
「あぁ、もしかして同業者?」
「違います!」
メリーは、声を上げた。すると、ジルマーニの大きな栗のような黒い瞳でメリーをじっくりと見つめた。
「ルネ・・もしかしたらこの子は魔力を持っているのかもしれないぞ」
その答えにアーディルネは頷いた。
「うむ、そうか・・それなら頷ける」
魔力____??わたしが・・・・???メリーは、驚いて口を開けたままだったことに気がつかなかった、アーディルネに名前を聞かれるまできっと気がつかなかっただろう。
二人は、お互いに何か話し合っている。
でも・・・私が魔力を持っている????そんな・・・馬鹿な!!だって、私は何も出来ない。出来ることといったら料理と裁縫だ・・・それと、自慢ではないがこの帝国では珍しく読み書きが出来るのだ。
「君の名前は、何かね?」
メリーが、考えに耽っている間にアーディルネたちは話し終えてメリーをじっと見つめていた。
「え・・・私の??」
声が少し震えているのに少し顔を赤らめながらメリーは言った。
「そう、お嬢さんのだよ」
アーディルネは、頷いた。
「私・・・メリーっていいます」
何で・・・何で・・私の名を聞くんだろう・・・
「うむ、では、メリー君・・・唐突だと思うが私の弟子にならないか?」
メリーは、卒倒した。