序章 静かな湖畔の 小屋の中から
ルオーナ湖。
それが、その湖の名前だった。
平原のど真ん中に、青々とした木々に囲まれた場所があり、その更に中心にある巨大な湖だった。
草木の緑に囲まれた、巨大な青い輝きは、向こう側に見える景色を反射させ、木々の緑との見事な調和を確立し、自然が作り出す流麗な美しさを存分に引き出している。
今日のような、晴れた暖かい日和なら、お弁当でも持って訪れたくなることは間違いない。美しい景観に触れることで、誰もが癒され、清々しい気持ちになることは受け合いだろう。
そんな美しい場所なのだが、今となっては、好き好んでここへ来たいと思う人間はいない。ここに限った話でもないが……ここは特に、それだけの理由があった。
「……それで、有り金全部奪われて帰ってきたってか?」
小屋の中の、狭い空間の中で、そんな男の声が響く。
目の前にいる人間を威圧しつつ、見下し、バカにする、野太い声。
声だけでなく、体格も、かなり野太い男だった。
「それも、相手は女子供……」
そして、そんな声を浴びている男三人は、顔をしかめている。
「まあ、お前らがどうしようがどうでもいいがな」
言葉の通り、さもどうでもいいという態度と声で、話を締め括る。
これ以上このことを話すことなど無意味であると男は知っていたし、笑われた男達としても、これ以上は話すだけ、屈辱以上の何物でもない。
そして、そんな屈辱の中、こう思っていた。
(あの化け物を見てないから笑ってられるんだ……)
(てめえも、あの化け物に襲われてみろよ、クソッタレ……)
そう、腹の底から口の中まで込み上がってきた言葉を、どうにか飲み込む。
金のためだけに雇われてやった雇い主だし、どうせ懇切丁寧に話したところで、この男が信じるわけがないのだから。
「じゃ、俺は飯にするから、逃げないよう見張りしとけよぉ」
やる気のない声で、そんな言葉を投げ掛けながら、小屋のドアを開いた。
外へ出ていきながら、三人を全力でバカにした笑みを残して……
「クソッ!」
笑う男が出て行ったのを見て、三人の内の、赤色の服を着た男が、手近にある椅子に蹴りを入れる。椅子は飛んでいき、壁に激突し、巨大な音を立てながら砕けた。
「ひぃ……!」
その音に反応したのは、こんな場所と、男達には不似合いな者達。
「うるせえ! ぶち殺すぞ!」
そんな声に向かって、赤色は余計に苛立ち、大声を上げる。
それになお更、三人の小さな子供達は悲鳴を上げた。
男の子二人と、女の子一人。三人ともが両手首を縛られ、加えて、お互いの首を、短いロープで繋がれている。
「こんのぉ……」
脅えて悲鳴を上げているのは、赤色が絶叫するからだ。
だが当の赤色はそれを自覚せず、ただ頭に血を昇らせている。
そんな頭のまま、右端に座っている男の子を引っ張り上げた。
そのせいで、必然と残りの二人も、首に繋がったロープに引き上げられる。
そのロープが首に食い込み、苦しみの声を上げるが、その苦しみは長くは続かなかった。
「黙れって言ってんだッ!」
事実も現実も関係なく、イラつきを発散させたいがために、引き上げた男の子の顔を殴った。
男の子は、椅子と同じように後ろへ吹っ飛び、壁にぶつかり床に落ちた。
直前と同じように、残る二人も首のロープに引っ張られ、後ろへ倒れた。
「……ァアアッ! 本当に一人くらいぶっ殺しても良いんじゃねえのかああ!?」
「落ち着けよ……大事なエサなんだ。殺しても金にもならねえ。動かなくなれば運ぶのが面倒なだけだぜ」
「分かってる! ぅうううああああああああアアアアアアアアアアェッ!!」
大声を上げ、周囲にある物を殴りつけるか、投げつけるか、蹴りつけるか。
何かしらか誰かしらに当たり散らし、壊す以外、怒りを抑える方法を知らない。赤色がそんな性格なことを、声を掛けた灰色も、残る黄色もよく知っている。
そんな様子を見る度、付き合わされる方は堪ったものじゃないと常々思っていた。
そして今は、こんな状態にさせた、化け物小僧のことがひたすら憎かった。
そして、エサと呼ばれた三人の子供達は、今にも泣き出しそうな顔を、赤く青く腫らしながら、せめて、これ以上殴られないよう必死で声を殺し、大人しく、小さくなり、脅え、震え、だが諦める以外になかった。