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ネロ・バーサーク  作者: 大海
第一章
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第3話  仲よく遊びましょう


「この先にいるらしいな」


 空を見上げると、目に見えるほど大きな雲もなく、満点の星々と、白い満月の輝きが、暗い夜に覆われた世界を、目の前が見えるくらいには照らしてくれている。

 そんな森の中を、フィールは、灯りを持った、十人ばかりの盗賊達と並び歩いていた。

 もっとも、フィール自身は盗賊ではなく、たまたま同じ獲物を狙っていた者同士、手を組んだ方が効率的であるという、一時的な関係でしかなかった。


 得物は確か、こう呼ばれていた。


黒い化け物(ネロ・バーサーク)』。


(ダサい……)


 最初に聞いた時は、まずそう感じた。

 そのすぐ後に金額を聞いて、今日はこれにしようと即決した。


 もっとも、仕事を受けた時の様子からして、賞金が懸けられているのは随分昔からのようだった。

 なぜ賞金を懸けられたのか。どんな奴なのか。

 情報はほとんど無いが、興味も無い。


 賞金稼ぎは、たまたま貼り出され、その中からたまたま選んで請け負った仕事をこなし、報酬を得て、それを糧に生きている。

 はっきり言えば、ただの便利屋だ。


 仕事の種類は色々とあるが、大抵は、危険地帯へ行ってあるものを探してこいだとか、森や山へ行って害獣やら毒虫やらを駆除してこいだとか、やたら危険な仕事ばかり。

 命懸けの危険な仕事でも、金さえチラつかせれば釣ることができる。

 他にすることもできることもない、それで死んでも誰も文句を言わない人間達だからこそ与えられる仕事が中心。

 ほとんど誰でも受けられるから、フィールら本業はもちろん、素人同然なチンピラやゴロツキ、盗賊連中が、面白半分で仕事を受けることもザラにある。


 賞金首を狩ると言うのも、そんな数ある仕事の一つでしかない。

 ただ捕まえるだけの時もあれば、戦って傷つけることも、殺すことさえある。

 傷つけてしまって良いものか。殺すに値するほどの奴か。

 そんな細かいことは考えたこともないし、そのことについて、正しいとか、間違っているとか、深く考えたこともない。

 家族も無く、家も無く、行くアテもないフィールにとって、そんな殺伐とした行為の繰り返しは、生きるための仕事以上の意味はない。


 そして、その日も今までと同じように、誰かしらに破格の賞金が懸けられていると知り、途中で出会った盗賊団と一緒に、森の中を歩いていた。

 先に言った通り、情報は豊富とは言えなかった。


 ただ、この森の中に住んでいて、『黒い化け物』の呼び名の通り、黒い服装と、黒い髪なこと。武器は長い剣を使うらしいこと。

 そして、化け物のように強いこと。


 情報はそれだけ。それ以外は特徴も、顔や年齢さえ分からない。


 もっとも、ろくな情報を与えられないことも、この手の仕事にはよくあることだ。

 そんな粗末な情報で見つけられるかも怪しいし、そもそも、様子からして何年も昔からある仕事だろうに、未だにそんな曖昧な情報しかない話が、今も生きているのかさえかなり怪しい。


 見つからないか。見つかって倒しても賞金が出ないか。

 もしかしたら、とっくの昔に見つけられて倒されて、なのに仕事だけ生きているのかも。

 そのどれかなら、また別の仕事を探さなきゃならない。


 いっそのこと、せっかく大勢で、人けのない森の中にいるのだから、この盗賊団を不意打ちして、金品を奪った方が早いんじゃないか……?



 そんなことを思いついて、早速実行しようと思ったが、その必要は無くなった。


 なぜなら、その化け物が、自分から姿を現してくれたから。



「……」


 まるで幽霊でも湧いて出たように、そいつはスゥーっと、森の木々と、三日月の光が作り出す影の中から、盗賊たちが向ける灯りの前に現れた。


 髪の毛のお化け。パッと見てそう見えた。

 その後で、とても小さい。そう思った。

 その後すぐに、子供だ、と感じた。


 長すぎて、多すぎる髪の毛に顔や身体の半分以上が隠れた、フィールよりも二十センチは背の低いその子供は、盗賊らをジッと見つめるだけで、それ以上は何もしない。

 そんな子供に、フィール以外の男達も気付いた。その中の一人が、子供に近づいた。


「なあ、お前」


 乱暴で、威圧的な、聞くからに不快な声で、男は子供に尋ねている。


「この森にさ、化け物がいるって聞いたんだけど、知らないかな?」


 口調は優しい。だが、それ以上の威圧と嘲笑が、その優しさを見事に帳消しにし、物の見事に不快しか感じさせない。

 そして本人はそんなことを気にもせず、話し続けた。


「何でもよ、黒い服に黒い靴を履いて、黒くて長い髪を生やしてるってん、だけど……」


 話しながら、男は徐々に、言葉を止めた。

 男は、男達は、そしてフィールは、気付いた。


 黒い服。黒い靴。黒い髪。

 たった今男の口から語られたそれらを、目の前の小さな子供は、全て身に着けている。


「……いや、いやいやいや、まさかな」


 男は声に出し、手と首を大仰に振った。後ろの男達も笑い声を上げていた。


「それでさ、何か知らないかな?」

「……」


 子供は相変わらず、答えなかった。

 そんな子供に向かって、男は舌打ちすると、


「使えねえな、コドモは……知らねえなら用は無えよ。有り金全部置いて、そのまま死ね」


 そう言いながら剣を抜き、子供に向ける。

 大人気ないことだが、だから止めようと考えるほど、フィールもお人好しじゃない。

 今日まで運良く生き残ってきたこの瞬間に、こんな所を通ってしまった子供の運が悪い。


 心の中で、ご愁傷様と呟いた……その時だった。



「ぐふっ!」


 子供の、ではなく、男の悶絶する声が聞こえた。

 男は腹を抱えながら、子供から後ずさっていた。


「て、てめえッ……」


 直前のように脅しの声を上げているが、その実脅威の欠片も無い。

 両手で腹を抱えたまま、痛みに悶え、苦しみのせいで、声も力も出せない、そんな様子だった。

 見ると、脅されていた子供の足が、男に向かって伸びている。


「や、野郎!」

「ガキの分際で!」


 盗賊達に、怒りが一気に広がる。それに子供は臆するどころか、変わらずこちらをジッと見ているだけ。


「……黒い化け物……」


 ボソリと、声を出した。

 女の子にも見える体格ながら、少年だと、その声で分かった。


「それ、俺のことだ……」


 何を言っているんだと、周りがバカにする顔や声を出す中、フィールは一人、その言葉はウソではないと直感した。


 そして、直感している最中にも、男達は次々に彼に向かっていった。

 刃物を、鈍器を、凶器を振りかざす。そんな大の大人達が相手だというのに……


「ぐあっ!」

「あぐ……!」


 少年は武器の雨あられを避けつつ、最初の男と同じように、腹に、顔に、腕に、脚に、一人ずつ順に蹴りを喰らわせていく。

 蹴られた男達は全員、一撃で昏倒、転倒し、武器を落とした。

 更にはその中の一人を捕まえて、振り回し、それにぶつかった者はまた倒された。

 後ろにいた者の中には、弓を引き、矢を射った者もいたが、


「……げ!」

「なにぃ!?」


 飛んできて、当たる寸前だった矢を、少年はその小さな手で、がっちりと掴んでしまった。

 それに慌てた男は、すぐさま二発目を撃ったものの、


「うわ!」

「バカ! どこ狙ってやがる!」


 ただでさえ夜の暗い中で動き回っているうえ、慌てているせいで狙いが定まらず、危うく仲間に命中しかけた。

 そして少年は、構わず次々に男達を蹴り倒していく。

 遠くから矢を射った男には、適当な男を捕まえて、投げ飛ばし、ぶつけて倒してしまった。


(強い……)


 盗賊達が、フィールより弱いことも事実だった。

 実際、フィールからすれば、今の少年のように、全員で束になられても勝てるくらいの実力しか感じられず、だからこそ、一緒に歩いているあの瞬間にも、闇討ちしてしまおうと考えた。


 だがそれでも、そんな男達の誰よりも、自分よりも遥かに小さな少年が、鮮やかな蹴り技で、体格を逸脱した怪力で、怖ろしいまでの反応と判断力で、重くて動きづらそうな髪形に似合わない身軽で柔軟な動きで、自分よりも体が大きな男達を全員倒していく様は、とても信じられなかった。

 だがどれだけ信じられなくとも、実際に目の前で起きている以上、納得するしかない。


「おい! お前の剣よこせ!」


 どこかへ武器を落としたらしい男が、怒鳴りながらこちらへ走ってきた。

 剣を奪おうと伸ばした腕を避け、首の辺りに握り拳をぶつける。

 男はあっさり気絶した。



 フィールは息を一つ吐きながら、腰の左右に下げた剣を二本とも、引き抜いた。

 少年も、そんなフィールに気付いたらしい。

 両手に掴んだ男二人をぶら下げつつ、最後に向かってきた男を蹴り飛ばし、二歩、三歩ほど前へ出る。

 そして……


「――ッ」


 フィールが一気に、少年へと走る。少年は、フィールに向けて男二人を放り投げた。

 フィールはそれをかわし、すぐさま剣撃を繰り出した。

 少年は剣をかわしつつ、蹴りを放つ。

 同じようにフィールはそれをかわし、後ろへ下がる。


 一撃をかわしただけで、その蹴りの威力が分かった。

 まともに喰らえば、反撃する暇もなく後ろへ吹っ飛ぶだろう。

 そこから追い打ちを喰らったら、勝ち目は無い。


 瞬時にそう判断し、再び走る。

 二本の剣を振り、少年に向かって斬撃の雨を降らせる。

 この時点でフィールも、既に相手を子供だとは思っていない。

 強さはもちろんだが、それ以上に、本人の言ったことが事実なら、この少年こそが今日の仕事なのだから。倒さない理由は無い。


 いつもしているように、反撃されないよう、二本の剣を、できるだけ速く、できる限り速く、もっと速く、更に速く、避ける暇も与えないよう、下手な剣でも、数振りゃ斬れるよう……


「……」


 だが、倒すと決意し、斬撃を繰り出すも、少年はそれを、全て紙一重で避けてしまう。

 男達との戦いの時点で感じていた。尋常ではない目の良さと反応の速さ。怖ろしく身軽で、ゴム人形のように柔軟な体。

 振り下ろしたと思えば左に避け、突いたと思えば右へかわし、二本同時に斬り払ったと思ったら、上に跳ばれる。


「なら……ッ!」


 そこで、剣の機動を変えた。

 普通なら、剣を振り下ろす部分を振り上げ、振り上げる部分を切り払い、切り払う部分を、振り下ろし……


「く……ッ」


 策もパターンも無い、デタラメでブサイクな動きを繰り返すうち、初めて少年に苦悶の声を上げさせ、体勢を崩すことに成功した。

 その一瞬の隙を逃すことなく、突き刺すために、剣の切っ先を少年に向けて突き出す。


「な……!」


 帰ってきたのは、突き刺した感触ではなかった。硬い物にぶつかった感触と、ガキンッ、という金属音。

 剣の切っ先は、少年が持ち上げている足の、靴にぶつかっていた。


「鉄靴……!」

「剣じゃ斬れない……」


 そんな声が聞こえた瞬間、少年は、もう片方の足で地面を蹴り上げ、宙に浮いた。

 避けるのは間に合わない。咄嗟に判断し、剣を目の前にクロスさせ、防御の体勢を作る。そこに硬い鉄の靴底がぶつかり、ガキッ、という金属音を響かせる。


 その音と同時に、フィールの身体は後ろへと引っ張られ、地面へ背中を叩きつけられた。



「……っ!」


 跳んでいたお陰で追撃は無い。

 すぐに立ち上がり、少年へ走ろうとした瞬間……

 一目で分かる変化が、目の前で起こっていた。


「長い、剣……」


 しかしそれは、長いどころか、長すぎる、そして、大きすぎる、剣。正確には、刀。

 一体どこに持っていたのか。あるいは隠していたのか。いずれにせよ、大よそその小さな少年が、片手で扱うには無理がありすぎる、大きな武器が、右手に握られていた。

 その右手を、大きく後ろへ下げ……


「きゃあっ!」


 思わず悲鳴を上げながら、尻餅を着いた。

 直後、ブンッ、という風を切る音と、ガシャリ、という、剣二本が頭の上で砕き折れた音、同時に、長すぎる刃が、頭上を通り過ぎた感覚。

 直後、巨大な風が吹き上がり、体にぶつかり、落ち葉を、土を巻き上げ、木々を揺らした。


「ぐぅ……ッ!」


 そのすぐ後で、腹を鉄の靴底で踏みつけられ、地面に押さえつけられた。




「ば、化け物だ……」


 踏みつけられている間、そんな、誰かしらの恐怖に震える声が聞こえた。

 フィールも、そして、全員が理解してしまった。


 ほとんど生身で、武器を持った十人余を圧倒した。

 それだけなら、かなりの実力者、という認識で片付いた。

 いや、実際にはあの時点でも、かなり手を抜き、本気ではなかったと今なら分かる。

 唯一互角に戦っていた……と思っていたフィールさえ、あのまま続けていれば、刀を使うまでもなく、足だけで倒せていただろう。


 だが、おそらくこの少年は、それでは終わらないと分かっていたんだろう。

 次こそはと、再び向かってくると分かっていた。

 フィール自身、そうしていたに違いない。

 だから、圧倒的な力の差を見せつけるために、わざわざ重い刀を取り出した。

 そして、その結果がこの有様だ。


「何なんだよ……あの、刀……」


 誰かがそう、声を出した。そして、それ以上は無かった。

 誰一人、地に伏した体を持ち上げようとはしない。

 踏みつけられ、動けないフィール以外、全員が恐怖し、できることは震えることだけ。


 全てが頭から消えていた。賞金も、怒りも、闘志も……

 そんな負け犬達を見下ろしながら、少年はもう一度、刀を持ち上げて見せた。


「ひっ……!」


 誰かがまた悲鳴を上げたが、そのすぐ後で、少年は顔を横へ向けた。

 その視線の先から、ガサガサ、と巨大な何かが草を掻き分ける音が聞こえる。

 何かが近づいてくる、と思った、次の瞬間……


「うわああ!! イノシシだあああ!!」


 また誰かの悲鳴が聞こえたが、今思い出すと、中には喜ぶ声もあったように聞こえた。

 大方、イノシシが、少年を殺してくれることを期待したんだろう。

 少年を殺したら、今度の獲物は自分達になる。そんなことにも気付かずに。

 どの道、喜んだ誰かの望み通りにはならなかった。


「ぐぅ……ッ」


 蹴り飛ばされ、地面を転がって、すぐに体を起こした時。ありえないと思いつつ、まさかと思った光景が繰り広げられた。

 軽く見てフィールの四倍、少年なら六倍以上の大きさと体重。

 そんなイノシシが、少年の細腕によって、まるで布団でも振り回しているように、重そうに、だが、簡単に振り回され、何度も何度も、地面に叩きつけられた。

 途中で疲れたのか、少年の足が震えたと思った瞬間、今度はその巨体を上へ放り投げた。

 と思った次の瞬間には、地面に転がっていた刀を掴み、真上へ投げ飛ばし、イノシシを見事な串刺しにしてしまった。



「化け物だああああああああああああ!!」



 そんな悲鳴を上げながら、やっと男達は立ち上がり、逃げていった。



 ただ一人、フィールだけが動けずにいた。

 降ってきたイノシシの巨体が地面を揺らした時……


「綺麗……」


 小さな体に見合っていない、圧倒的な力を備えた少年の顔。

 多過ぎる髪の毛から出てきたのは、小さな体に相応な、幼く、白く、儚く、美しい顔だった。

 そんな少年と目が合った瞬間、体中の力が失せた。


 ネロ・バーサーク。

 その正体が、年端もいかない少年だったことを認識しながら……



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして、目を覚ますと、この家のベッドで横になり、気付けばご馳走になっていた。

 普通なら、自分の命を狙ってきた賞金稼ぎなど、あの場で殺してしまうか、そうでなくとも、放っておくか、身ぐるみを剥ぐかしそうなものを、リアはそうしなかった。


 少年だから、とも思ったが、戦いぶりからして、盗賊や賞金稼ぎから狙われたのも初めてじゃない。動きも反応も、明らかに戦い慣れた人間のソレだった。

 それも、複数人の人間を、たった一人で相手した時の動きだ。


 家の様子や、今行っていた作業からして、猟師を生業としているらしいが、少なくとも、単純な動きしかしない獣相手には、とても身に付かない動きだった。

 今までどれだけ狙われてきたか知らないが、一回や二回じゃないだろう。

 それなのに、どうしてあの少年は、逃げず、その場で気絶していた私を、殺すでもなく、放っておくでもなく、身ぐるみを剥ぐでもなく、こうして助けたんだろう……


「なあ」

「はい……!」


 考えているところへ、声が聞こえた。

 いつの間にか、巨大な鳥を片手に、戻ってきている。なのに、刀は握っていない。

 何度か聞いた通り、ボソリ、という擬音が似合う、なのに、はっきり聞き取れる。そんな不思議な静けさを含む声を出して、相変わらず前髪に隠れた顔を向けている。


「……怖いか? 俺が」

「え……?」


 その質問は、おそらく本命ではあるまい。声色で何となく分かる。


「……いや、いい……」


 当たっていたらしい。訂正しながら、近づいてきた。なのに、途中で足を止めた。

 見ると、リアのやたら長い髪が、草むらに引っ掛かったらしい。草に絡まり、ピンと伸びている。

 リアは無言のまま、慣れた様子でその髪を引っ掴むと、ブチブチ言わせながら引き千切った。自由にはなったものの、草には大量の長い髪が絡まっている。


(ああやって長さ調整してたんだ……)


 長さの割に、毛先が不揃いだと思ったら。邪魔になるくらいなら切ればいいのに。

 そんなことを思っていると、リアはすぐ目の前に立っていた。


「な、なに?」


 無言でこちらを見上げているリアに、そう問い掛けると、リアはズボンのポケットやらシャツやらを漁り始めた。


「……どれがお前のか知らない。自分で探せ」


 そう言った時、リアの足もとに、バラバラといくつもの財布が落ちた。


「私の財布……それに、もしかして、昨夜の連中の……?」

「他に誰がいる?」


 つまり、昨夜の激しい闘いの中、フィールを含め、全員の財布をスッていた、ということ。


(怪力な割に器用なのね……)



「なあ」


 自分の財布を拾いながらそんなことを考えていると、リアはまたこちらを見上げていた。


「はい……」

「知っていれば教えて欲しいんだが……」

「はい……?」


 何を聞かれるのか。自分で思う以上に緊張してしまっていたらしい。そのせいで、


「俺に懸けられた賞金は、いくらだ?」


 そんな質問を聞いて、体中の力が抜けてしまった。


「……知らないの?」


 と、思わず聞き返してしまう。長い賞金稼ぎの生活の中、初めてされた質問だった。

 だが、そんなことを感じたフィールと同じように、リアもまた、なぜだ、という疑問に首を傾げている。


「勝手に懸けられた賞金を、俺が知ってると思うのか?」

「ああ……」


 考えてみれば当然だ。誰が最初に言い出したのか、いつからあったかも知れない、賞金稼ぎや盗賊が請け負うような仕事の内容を、賞金首本人が知っているとは限らない。

 限らないが、そこでまた疑問が生まれる。


「今まで、襲ってきた奴らから聞かなかったの?」


 戦ってみて感じた通り、自分のような賞金稼ぎや盗賊と戦ったことは何度もあるだろうに、そいつらを脅して聞き出せば、それで分かるはずだ。

 だが、リアは首を横に振った。


「聞く前に、全員が逃げた。聞き出そうとして捕まえても、話し掛けた途端、まともに話せなくなった。だから、今まで誰からも聞き出せなかった」


 そういうことかと、ようやく納得できた。

 そして、最初にリアが言った、「自分が怖いか?」という質問。本命じゃないとは思ったが、あれもある意味、本命の質問だったんだろう。

 自分が質問したら話せなくなってしまうくらいに、お前は俺を恐れているか?

 答えを聞きだす上では、必要な質問だったわけだ。


 そして、今まで誰も答えてくれなかった質問に、フィールは答えることができる。


「えっと……私が聞いた話しでは、あなたには、二十万ティラーの賞金が懸かってる」

「二十万……それっぽっちか……」


 リアは心底不満そうに、そう毒づいた。フィールは思わず、え? と、声を出した。

 賞金首の退治という仕事は、多くはないが、よく見かける仕事と言って良い。

 そんな人間狩りの賞金の相場としては、せいぜい五桁が良い所で、リアのように、六桁を超える場合はかなり稀だ。

 むしろ、それだけの賞金を懸けられるくらいのことをしたなら、それなりに世間に知れ渡っていても良いくらいだ。


 それがリアの場合は、その六桁を超えている。且つ、仕事であちこち飛び回っているフィール自身、こんな特徴だらけの子供が、それだけの事件を起こしたという話は聞いたことが無い。

 元々安かった賞金が、長い年月で誇張されていったという例もあるらしいが、どの道そんなこと、知ったことではないフィールら賞金稼ぎにとっては破格な金額だった。


 それをリアは、いくら賞金稼ぎでない猟師とは言え、それっぽっちと不満を持った。

 賞金の相場なんか知らないにしても、言っては悪いが、あまり裕福とは言えないだろうリア達親子からしても、それだけあればしばらくは食べていける金額のはずなのに。


 そんな疑問をフィールが感じていると、リアは上を……家を見上げていた。


「……俺は、こんな森に引きこもってるから、外のことはよく知らない……」


 見上げながら、またボソリと話し掛けてきた。


「だから、もしかしたら間違ってるかもしれないから、一応聞いておく……」


 また質問か? そう感じるフィールと、髪の毛越しの目を合わせる。


「それっぽっちの金で、歩けなくなった人の足を治すなんて、無理だよな?」

「え……!」


 そんな質問に、フィールは目を見開いた。


「あなた……自分の賞金で、ネアさんを……?」


 ネアから聞いた、リアの年齢を思い出す。

 十四歳。強さと言い、たたずまいと言い、身体的にはともかく、精神的に早熟であることは分かる。

 だが、それでもその発言は、十四歳の少年のものとは思えなかった。


「……え? それじゃあ、私を、ここに連れてきた理由って……」


 それ以上は言葉にしなかったが、リアの、こちらをジッと見つめてくる視線が、フィールの考えが正しいことを示している。

 フィールに、リアを突き出させ、その賞金で、ネアの治療を行う。それが理由……


「……でも、賞金を受け取った私が、そうする保証なんて無い……」


 根本的な疑問を投げ掛けた。

 仮にリアを捕らえ、賞金を受け取ったとして、その金を、フィールが持ち逃げすれば終わりなのだから。

 だがそんな理屈を、リアの素振りは否定していた。


「もし、あんたがそういう奴なら、あの人は、あんな顔をしない……」

「あの人……?」


 家を見上げるリアを見て、あの人、というのがネアのことなのはすぐ分かった。


「あんな顔って?」

「……あの人は優しい人だから、誰と話しても、同じように笑顔になる。けど、それでも本当に好きな人間と、本当は嫌いな人間に向ける笑顔の違いくらい、分かる。あの人は、あんたのことが好きだ。あの人が好きになる人間は、信用できる」

「それが理由……?」


 何となく、言いたいことは分かった。だが、それだけで納得はできかねた。


「武器が無いっていっても、私をネアさんの前に連れてきて、危険だとは思わなかったの?」


 信用できると言っても、それは、ネアと出会った後の話しだ。

 出会う前の、あの時点では、そんな信用などできる状況ではなかったろうに。


「そりゃあ、私はあんな男達とは違うけど……あなたから見て、同じに見えなかったの?」


 質問すると、リアは顔を逸らして、口を閉じた。

 どうやら、上手く言葉が見つからず、考えを整理しているらしい。

 そして、整理がついたようで、また顔を合わせた。


「……賞金稼ぎは、大勢来た。その度に、全員追い返した。昨夜も同じだった。けど……」


 そこまでで一度言葉を切り、フィールをジッと見つめる。


「昨日は、一つだけ違った」

「なにが?」

「今まで追い返した奴は、俺を見て、化け物だって叫んで、逃げた……けど、あんたは違った」

「え?」

「あんたは俺を見て逃げなかった。それに……綺麗だって、言った」


 言い辛そうに、迷いながらも、そう、はっきりと口にした。


「それは……」

「俺の力を見た後で、そんなことを言ったのは、あんたが初めてだった」

「……それが、理由?」

「……」


 声には出さず、頷いている。

 随分と曖昧で、単純な理由だ。フィールでなくとも、そんなことを言ったかもしれないのに。

 なのに、たったそれだけで、襲ってきた相手を、自分の身を犠牲にできるくらい大切に思う、母親のそばに置いておくなんて。


(分からない……この子は私に、何を感じたのかしら……)



「……なあ」

「はい……!」


 疑問の只中にいるフィールに、また話し掛ける。


「……破れてるぞ」


 言われて、指を差された箇所に目を向けてみる。

 確かに、気付かなかったが、青いティーシャツの、左下部分が破れてしまっている。


「ハシゴに引っ掛けたか? ジッとしてろ」


 フィールの前まで歩き、手に持った針と、青色の糸で、その部分に触れた。


「ねぇ、リア……今、その針と糸、どこから出したの?」

「どこから?」


 突然の質問に、リアは答える代わりに、出していた針と糸をしまい、また取り出して見せた。


「……その髪の毛、何が入ってるの?」

「気にするな……」

「……物をしまう魔法?」

「魔法が使えるくらいなら、とっくに猟師なんかやめてる……」

「あ、そう……ていうか、その髪って、そのために伸ばしてたの? そんな、無駄に長く……」

「他に何がある……お前は違うのか?」

「そんなわけないでしょう……」


 フィールも、リアには遥かに及ばないながら、髪を長く伸ばしてはいる。

 だがそれは、決して小物の収納が目的ではない。

 仮に収納しようと思っても、硬くてやたらボリュームのあるリアの髪と違って、軽くてサラサラな長髪では、針や糸さえまともにしまってられないだろう。


「上着着た方が早いんじゃ……」

「そんなうっとうしいもの着てられない……」

(草むらに引っ掛かるくらい長い髪は、うっとうしく思わないのかしら?)


「……それで、お前は、いつまでこの家にいる?」

「え……?」


 破れを縫い付けていきながら、またいきなり質問してきた。

 とは言え、その質問も当然だ。リアからすれば、自分に懸けられた賞金が、母の治療費に当てるには足りないと分かった時点で、フィールをこの家に留める意味は無い。


「えっと……邪魔なら、今すぐにでも出ていくわ……」


 折られた武器も新たに渡され、盗られた財布も、盗られても困らないだけの中身と一緒に戻ってきた。

 そんなフィールにとっても、これ以上長居する理由はない。どうせ、この少年に勝つ見込みなんて無いのだから。

 また明日から、いつもの生活に戻るだけだ……


「いつまでいても構わない」


 なのに、リアの口から聞こえたのは、予想外の言葉だった。


「同居人が一人増えるくらい、どうにでもできる」

「え? いや、でも……」

「代わりに一つ、頼みがある」

「頼み?」


 糸を噛み切り、針と糸は髪の毛にしまう。直後、前髪を掻き分け、素顔を見せた。

 相変わらずの綺麗なその顔に、真剣な表情を浮かべて。


「あの人の、話し相手になってほしい」

「え……?」

「俺がいない間、あの人は一人になる。俺は、あの人とは話せない……話しちゃいけない……だから、代わりにあの人と、話してやってくれ」


 話し相手……その言葉はついさっき、大した間を置かずに聞いたばかりの単語だった。

 それにもう一つ、思い出した。

 針を一つ刺し、糸を一本通す度、その感触から感じた、確かな優しい気持ち……



「クス……ふふふふ……」


 失礼かとは思った。だが、込み上げる笑いを止められなかった。


「どうした?」

「ごめんなさい……けど、あなた達親子は、よく似てる」

「……?」

「お互いに対して、優しい所が、そっくり……」


 リアの強さが身に染みて、リアという人物の印象が、恐怖で固定されてしまっていた。

 しかし、いざ話してみれば、恐怖とはかけ離れた人物だった。


「俺が怖くないのか?」


 笑っているフィールに、リアが再び問い掛ける。

 最初に聞かれた時は、すぐには答えられなかった。だが、今は違う。


「怖くない」



『黒い化け物』の正体は、少年だった。

 帰る家があり、愛し、愛してくれる母親がいて、そんな母親のことを思いやる、ただの優しい、リアという名前の少年だった。



 そのリアは、自分がした質問に答えながら、自分を見て笑うフィールに対して、心底不思議そうに、首を傾げるだけだった。




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