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ネロ・バーサーク  作者: 大海
第一章
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第2話  小さなお家の 樹の下で


「……」


 最初に見えたのは、暗い茶色だった。

 それがあまり高くはない、木製の天井だということには、すぐに気付いた。

 そして、天井だと気付いた直後には、自分が今、ベッドの上にいることも分かった。


「……」


 なぜ、こんなところにいるのか。

 眠気と混乱でグルグル回る頭をどうにか落ちつけようと、横になっていた体を起こす。


 真横にある、窓から差し込む光に照らされた、部屋の中を見渡してみた。

 天井と同じく、壁も床も、木製の屋内だと分かった。

 床は、簡素な木の枝や板が、かろうじて均等さを保って敷き詰められているようで、よく見ると所々歪んでいて、頑丈ではあるが、あまり歩き易そうには見えない。

 壁も似たようなもので、所々にヒビ割れと補修の跡が見え、よく耳を澄ませば、隙間風がスーっと入り込む音が聞こえてくる。


 家具は、小さなテーブルが一つと椅子が二つ。

 端にある棚の上には、布団やら、数枚の服やらが畳んで置いてある。

 それ以外に目立つものとしては、手作り感に溢れる本棚と、その本棚の、上から下まで溢れるほどにぎっしりと詰まった、何十冊という本。それくらいしかない。


 お世辞にも、裕福、とは言えそうもない、小さな、古い部屋だった。

 ただ、テーブルの表面や、棚の隅、今自分がいるベッド。そして、古いが、清潔さを感じさせる白い掛布団が、掃除の行き届いていることを感じさせる。

 狭いが、素朴で暖かい。そんな印象を受ける、そんな小さな部屋だった。


「……」


 ベッドから足を下ろして、立ち上がる。

 革製のブーツは、足もとのすぐそばに置いてあった。

 衣服は、なぜか変わっている。胸元が少々きつい、厚手の青のティーシャツと、グレーの長ズボン。

 両手首には、集められるだけ拾い集めて結局ロクに使わない、大小いくつもはめてある髪留め用のゴム輪がそのまま。


 窓の外は、場所は違っても、昨夜いた森の中だと分かる景色。

 捕まってしまった……目が覚める以前の記憶を思い返しながら、そう判断した。

 そして、捕まっているとなれば、眠っていた時のように、のんびりしているわけにもいかない。

 ずっと緩みっぱなしだった神経を張りつめて、ドアまで歩く。


 背中まで伸びたネイビーブルーの髪を寄せつつ、ドアに耳を当て、ドアの向こうの音を聞こうとする。


 特別、変わった音は聞こえてこない。

 代わりに、人間一人分の気配がある。

 殺気は感じないが、警戒は解かない。

 ゆっくり、ドアノブに手を掛けて……


 バタッと、一気にドアを開けた。



「ああ、起きた?」


 聞こえてきたのはそんな、よく通る女性の声だった。

 その綺麗な顔を見て、拍子抜けした。

 白く、ゆったりとしたパジャマを着て、短い黒髪を揺らす女性からは、ドア越しから感じた通り、殺気どころか、警戒すら感じない。


「それ、私の服だけど、サイズは大丈夫かな? 元々着てた服はボロボロだったから、着替えさせたんだけど……」


 声を出しながら、本を片手に、台所らしい部屋で、テーブルの向こう側の椅子に腰掛けているだけだった。


「ほら、ボーっとしてないで。お腹空いたでしょう? まずは座りなさいな」

「……?」


 声を掛けられ、女性が差した場所を見る。テーブルの上には、一人分の食事が並んでいる。


「ほらほら。遠慮しないで」


 そう気さくな声を出す純真な笑顔には、こちらの疑いや、警戒心を取り払ってくれるだけの安らぎがあった。

 同時になぜか、あまり逆らわない方が良いのかな、と、柔らかな圧力のようなものを感じた。


「……」


 何も言えないまま、差された椅子に何となく腰掛ける。

 並んだ料理には、特に変わったことは無い。

 強いて言うなら、何もない森の中にしては、えらく贅沢だと言えることくらいか。


 籠に積まれている焼けたパン。温かいスープ。

 丸のままか、みじん切りにされた野菜が盛りつけられたサラダ。

 そして、スパイスのたっぷり効いていそうな、焼けた獣の肉。


「足りなかったら言ってちょうだいね」


 食事をまじまじと眺めていると、そんな声が聞こえた。

 正直、頭の中は、下手をすれば目覚めた時以上の混乱の嵐だが、それでも言われた通り、パンを手に取った。

 香ばしく香るそれを小さくちぎって、口に入れる。

 黙って噛んでみるが、毒が入っている様子も無い。

 食感は程よく硬く柔らかく、香りは香ばしい、中々に美味いパン。

 それ以上でも、以下でもない。


 それを確信し、飲み込んだ瞬間、直前まで無かった空腹感が、一気に湧き上がってきた。

 緊張と警戒のせいで気付かなかったが、どうやら女性の言った通り、空腹だったらしい。

 グゥーっという音まで、今更ながら鳴り響く始末だ。


「ほら、どんどん食べて」


 そんな、優しく柔らかく、確かな安心を感じさせる声に、それまであった警戒やためらいが、一気に消し飛んだのを感じた。


 そこからは、ほとんど夢中になって目の前の食事にがっついた。

 パンは千切らずまるのままかじり、スプーンでスープを一気に掬い取り、肉は、そのまま手に持ってかぶりつき、野菜も、フォークに刺して口に運ぶ。

 女性から見て、とても行儀が良いとは言えない姿だろうが、今感じる空腹を黙らせる方が、行儀以上に重要だった。

 そんなことを続けて、一分もせぬ間に皿は空になった。


「おかわりは?」


 また聞こえた、女性の声。

 そして見える、とても優しい笑顔。


「……いただきます」


 その声と、笑顔に安心して、自然とそんな言葉が出てしまった。


 女性は微笑みかけ、立ち上がる……ことはせず、座った状態のまま、スーっと移動した。

 そこで初めて、女性がただの椅子じゃない、車椅子に座っていたことに気付いた。

 移動のし辛そうな床の上で、慣れた様子で両手を動かし、部屋の隅の、鍋の前で止まる。

 鍋の蓋を取り、皿をスープで満たし、蓋を閉めて、また戻ろうとする……


「……ごめんね。すぐに運ぶからね」

 変わらない、優しい笑顔だった。

 けど、その顔には直前まで無かった、焦りと苦難がにじみ出ている。


「あ……」


 直前までは、両手で車椅子を移動させていた。

 だが今は、スープの注がれた皿で左手が塞がれ、右手だけで移動させようとしている。

 そのせいで移動が難しくなっていると分かって、すぐ女性に駆け寄った。


「あ、ごめんね。お客様なのに……」

「いえ……ジッとして下さい」


 声を掛けながら後ろに回り、車椅子をテーブルの前まで押した。


「足、悪いんですか……?」

「……昔、事故でね。あんまり美味しそうに食べてるのが嬉しくて、忘れてたわ……」


 うっかりと言うふうに笑ってはいるが、額には汗が光っている。

 そんな顔を見ていると、まだあったはずの空腹感は引っ込み、代わりに罪悪感が湧いてきて、食欲が一気に失せた。



「……?」


 その時ふと、感じたことがあった。

 黒い髪。白い肌。小さな鼻。艶めく唇。黒い大きな瞳。

 この女性の顔には、見覚えがある。だが記憶とは、いくつかが違っていた。


 まず、黒い髪の長さは、綺麗な顔によく似合う、首までの長さ。

 けど記憶では、首どころか、前髪は上半身や顔のほとんどを隠し、後ろは地面に届きそうなくらい、とにかく長かった。


 それに今、彼女は大きな丸い目から、優しくて、暖かな視線を向けてくれている。

 だが記憶では、大きいけど、もっと切れ長で、こっちへ向けてくる視線は、尖っていて、冷たかった。

 そして、はっきり記憶している、両目に一つずつあった泣きぼくろが、この人には無い。


 服装は確かに、寝間着のように粗末ではあった。だが、彼女が今着ているパジャマは、黒ではなく白。

 記憶には無い前開きのボタンが着いていて、生地も記憶よりは上等に見える。


 何より、座った状態でも分かる。

 記憶にある身長は、もっともっと低かった。

 それ以前に、彼女も十分若いが、記憶では更に若かった。


 そんなふうに、違いはいくつもあるのに、あまりにそっくりだった。

 目を覚ますより前、自分を踏みつけ見下ろしていた、化け物に……



「どうかした? おばさんの顔になにか付いてる?」

「……!」


 ついマジマジと、その顔を凝視してしまっていたことに気付いて、すぐに女性から離れた。

 おばさん、と言うにはだいぶ若いなぁ……そう思った、その直後だった。


「ただいま」


 ドアが開く音、それと一緒にそんな、低くて小さいが、若い声が聞こえた。

 女性よりも遥かに若い、少年の声。

 その声の方へ振り向いた。


「……起きたのか」


 長すぎる前髪を掻き分け、顔を見せた、背の低い少年。彼は、女性を見て、足りない、違うと思ったものを、全て身に着けていた。

 黒く、粗末な服と。黒く、硬い靴と。黒く、化け物のような髪と。

 長すぎる前髪から出てきた、白い肌に備わった、小さな鼻と、唇と、黒い大きな瞳。

 その瞳から向けられる、冷たい視線と、そんな目元に一つずつ浮かぶ、泣きぼくろ。


 頭の中にまた、混乱が……だがそれ以上の、恐怖が体中を駆け抜けた。

 手足が、背中まで伸びた髪が、ガクガクと震え……



 その時、スッ、と、手に何かが触れた。

 小さく、柔らかく、温かな手だった。


「こらリア! 怖がってるじゃない。この娘に何かしたんじゃないでしょうね?」


 手を握った女性はそんな、変わらない優しさの中に、ちょっとした豪傑さを含みながら、少年を威嚇するように話し掛けていた。

 少年は、前髪で視線を遮りながら、


「……別に」


 そう、小さく返事をしただけだった。そして、またドアの方へ振り向いて、


「……用があったら呼べ。獲物の残り、バラしてくる」


 ボソリと声を出しながら、また出ていく。


 そこで緊張が一気に溶け、ドサリと椅子に座った。


「ごめんね。あの子昔っから無愛想な子だから」

「……弟さん、ですか?」


 心から詫びてくれている言葉も聞かず、思わず尋ねてしまう。すると、女性は満面の笑みを浮かべて、


「弟さん? てことは、私は、あの子のお姉さん?」

「え……はい……」

「やだー! 腹ペコのくせにお上手なんだからー!」


 満面の笑みのまま、やたら嬉しそうな声を上げながら抱きしめてきた。

 突然のことに、混乱するやら恥ずかしいやら。何がそんなに嬉しかったんだろう?

 華奢な見た目に似合わない結構な力強さを感じつつ、考えている間に、女性はその身を離し、こっちの頭を両手で挟みつつ、目と顔を突き合わせて。


「あの子は私の一人息子。リアっていうの」

「リア……息子さん、ですか」

「そう。ああ、ちなみに私は、あの子の母の、ネアと申します」

「ネア、さん……」


 女性の名前と、少年の名前、両方を聞いて、そしてまた、違和感を覚えた。

 あんな子供に、母親がいて、しかも、一緒に暮らしてるなんて……


「そう言えば、まだあなたの名前聞いてなかったわね」


 そう言えば、と、今更になって思い出す。

 名前も名乗らないまま、結構な量の食事をご馳走になっていたことを。


「あー、えっと……フィール、です……」

「フィールちゃんね」

「……そう言えば」


 名乗ったところで、ようやく根本的な疑問を思い出した。


「私は、どうして、ここに……?」


 尋ねてみると、ネアもどうやら、今になってそのことを思い出したらしい。


「リアがね、動物を拾ったって言って、気絶してるあなたをこの家まで連れてきたのよ」

「動物……まあそうですけど。でも、リア、が……?」

「そう。倒れてたあなたのこと、見過ごせなかったのかしら? あの子には珍しいことよ」


 それは今日感じた、何度目の混乱だったろうか。仮にも、命を狙った者同士なのに……


「ねえ」

「はい……!」


 黙って考えていると、またネアの優しい声が聞こえてきた。


「ちょっと、後ろ向いてもらえる?」

「へ……? あ、はい……」


 どういうわけかこの人の声からは、言う通りにしなければという威圧感を感じて、慌てて背中を向けた。


「あら……やっぱ、寝てたから髪の毛ボサボサね。ちょっと、動かないでね」


 また指示。そして、次の感触は、スーっと、髪に何かが流れる感触。

 どうやら、クシを当ててくれているらしい。


「綺麗な髪ね。リアとは大違い。痛くない?」

「だ、大丈夫、です……」


 嬉しそうな声を掛けながら、優しい力加減で、髪をといてくれている。

 クシで一掻きされる度、髪と一緒に、胸の中まで整っていく、そんな心地だった。

 それは、ただ手つきが優しいだけじゃない。


(すごく、優しい人だ……)


 顔や言葉、態度や物腰、そんな見た目だけでなく、心の底から優しい人だということを、クシの一掻き一掻きが教えてくれているようだった。


 それが分かったからこそ、分からない。


 顔はよく似ている。なのに、この人の優しさと、あの子の冷たさが、強さが、異常さが、どうしても親子として一致しない……



「ごめんね」


 と、考えていると、そんなネアの声が聞こえてきた。


「あの子ね、本当は優しい子なんだけど、あんな見た目に性格だから、人からは誤解ばっかり受けちゃって。おまけに、生まれつき力が強かったせいで、周りからは化け物だって言われちゃって。そのせいか、本人は隠してるみたいだけど、犯罪者でもないのに賞金まで懸けられちゃってるみたいなのよ」


 その話なら知っている。

 フィール自身、その破格な賞金が目当てでここまで来たのだから。

 ただ、それがあんな小さな少年だということまでは知らなかった。


「まったく、あんまり無茶なことはしないでほしいわ。まだ十四歳だっていうのに」

「若っか……」


 フィールより二つも年下の、ネアの息子……

 賞金の懸けられた、黒い服を着た化け物……

 あまりに無理がありすぎる。二人とも、顔以外なぜこんなにも違うのか、分からない。


「ねえ、フィールちゃん」


 と、どうやら終わったらしく、いつの間にやら正面まで移動し、また綺麗な顔を近づけてきた。


「もしよかったら、あの子の話し相手になってあげてくれない?」

「話し、相手……?」

「そう。見ての通り、リアって友達いないみたいだから。私といる時も、私の話しは聞いてくれるけど、私と話すなんてことしてくれないし。やっぱり、あの歳で誰とも話さないのは、辛いんじゃないかって思うのよ」

「はぁ……」

「あの子が、倒れてたって言っても、家に人を連れてくるなんて、本当に珍しいことだから。ね、お願いできない?」


 金目当てに命を狙った相手と話しをする。

 普通に考えて、かなりの勇気がいる行為だ。それでも、笑顔ながらも切実で、必死に訴えている、そんなネアの顔を間近で見せられると……


「はい……」


 断る、という選択肢を取ることができず、つい頷いてしまった。


「……でも、私なんかで、いいんでしょうか……」


 頷いた後になって、大喜びしているネアに対して、聞き返した。

 だがネアは、笑顔を変えることは無かった。


「あら、大丈夫よ。フィールちゃん可愛いんだから」

「か、可愛いって……」

「顔も髪も綺麗だし、背が高くてスレンダーだし、おっぱいも大きいし」

「……」


 可愛いと言われたのは、もしかしたら初めてだった。

 それは単純に嬉しいと感じたものの、フィール自身、邪魔臭くて敵わないと常々気にしている贅肉が、今何の関係があるのかは、分からない。

 分からないと思っていると、いきなり両手を頬に添えられた。


「ただ、ちょーっと目付きが悪いかしらね……」

「……」


 それも、常々気にしていることだ。目が細いのは、多分生まれつきだ。


「まあ、それでも十分可愛いけど」


 またそう言われる。優しいのか、実は無邪気なだけなのか、よく分からない。

 ただ、皮肉であれ無邪気であれ、この人の言葉は不思議と嫌な気持ちにはならない。


「じゃあ、お願いね」

「は、はい……」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 話し相手。

 そんなことを頼まれて、玄関から外へ出てみる。

 そこで初めて、この家が、樹齢何百年という歴史を感じさせる、大木の枝の上に建てられていることが分かった。

 玄関から、下へ降りるためのハシゴまではそれなりに距離が開いていて、通り道として板が敷き詰められている。ドアを開けた途端、間違えて落ちてしまう、という心配は無さそうだ。

 それでも、下を見てみると、落ちて、着地に失敗すれば、ケガをしそうなくらいの高さはあった。


 フィールは普通に飛び降り着地した。

 見回すと、すぐにリアを見つけた。


 リアは木の根元で、さっき言った通り、捕まえてきたのであろう獣の解体を行っていた。

 手や、顔や、髪に、血が掛かっても、気にする素振りは見せない。

 黙々と、慣れた手際で獣一頭の血を抜き、加工し、ただの肉塊と、毛皮に変えていく。

 猟師としては普通の光景だろうが、リアの幼い姿に重ねると、どうしても違和感が勝る。

 そんなリアと話そうにも、何をどう話し掛ければいいか、分からない。

 だから、黙って眺めていた。


「……」


 眺めているとこちらに気付き、目が合った。振り向いた後、リアは血の着いた両手を拭いつつ、歩きだした。

 そして、歩いた先で何かを拾い上げると、それをこちらへ投げてよこした。


「あ……」


 受け取ったそれは、目を覚ました時には無くなっていた武器。

 両刃の片手直剣、二本。


「お前が元々持ってたのは、折れてた。代わりに、他のが落としていったのを二本、拾った」

「……え、いいの?」


 不思議そうに聞き返したフィールに対して、リアは、視線を返す。


「何なら、また昨日みたいに、俺を狙うか?」

「……!」


 慌てて首を左右に振る。

 と、振った直後、リアは急に、明後日の方向へ顔を向けた。


「え……?」


 釣られてそっちを見た、その時。

 バサァッ、という音がした。かと思えば、鳥が一羽、空へ舞った。

 大きな鳥だった。襲われれば危険だが、結構な距離がある。警戒の必要は無いだろう。


 と、考えた瞬間。

 スタタタタ、という音が、真横から聞こえた。

 そしてそれが、まず小さくて黒い何かだと認識し、その後で、リアだと分かった。


 リアは、その鳥のいる方向へ走ると、走っていった進行方向に生えている木に、スタタタタ、と、足のみで昇ってしまった。

 そして、


「あれは……!」


 その光景に、思わず声が出る。

 リアはその右手に、あまりに体格に見合っていない、長すぎる刀を、突然持っていた。


 そう。突然だった。

 話していた時も、走り出した時も、間違いなく持っていなかった。

 それなのに、走り、木を昇った後、飛び出し、枝の上に立った時。その右手に、どこにも無かったはずの、長すぎて、大きすぎる刀が握られていた。


 そして、その刀を大きく振りかぶり、鳥に向かって、ぶん投げた。

 ドスッ、という、聞こえはしない擬音が確かに聞こえた。

 そして、その後には、ヒュー、という擬音と共に、長すぎる刀の刺さった鳥は、地面に向かって落ちていった。


「……取ってくる」


 鳥と、刀を見ていると、いつの間にやら地面に降りていたリアが、そう声を出した。

 そして、その声の通り、鳥の落ちた方向へ走っていった。


「足、速や……」



 残されたフィールは、やはり昨夜の光景は、夢ではなかったことを思い知った。


 昨夜見たことは、はっきりと覚えている。気絶する以前のことも、気絶するまでの経緯も、全て覚えていた。




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