第7話 ボクもかえろ おうちへかえろ
「余裕のつもりか?」
散らばっている凶器や人間を踏みつけながら、ニヤニヤ笑っている男へ向かって走る。
途中、落ちていたコンクリートブロックを、男に向かって蹴り飛ばした。
それを平然と避けられた直後、男の目の前に立ち、ガンッ、と、鉄靴で蹴り上げる。
「……キックが自慢かしら?」
「こいつ……!」
下顎を蹴り上げられながら、平然としている男よりも、リアが気になったのは、蹴った瞬間に響いた、ガンッ、という音と、蹴った時の感触。
「まさか……」
顎から足を離し、下がると同時に飛び蹴りを放つ。側頭部へ目掛けた飛び蹴りは、男の目の前を空振りした。そんなフェイントからの着地直後、腹部目掛けて後ろ蹴りを打ち込む。
「強いわねぇ、ボク……」
再び足を離すと、今度は右手で、男の綺麗な顔をわし掴む。
「……チッ」
舌打ちしながら、左手で胸倉を掴み、両手で男を持ち上げる。そして、上へ放り投げた。
「うわっ、高か……!」
「リア、容赦ないわね……」
遠くから見ている二人は、そんな気楽な感想しか出てこない。
『鋼のオルガ』は、下手なビル以上の高さまで浮かび上がったところで、頭から真っ逆さまに地面に落下した。
「……え? なんで?」
「あの高さで、頭から落ちたら、誰だって……」
間違いなく、頭から落ちた。そのせいで、土でできた地面は大きくへこんでいる。そんな地面から、男は平然と立ち上がっている。
「やっぱそうか……お前も、魔法使いか?」
「魔法使いって……鋼のオルガが!?」
「……そ。よく分かったわねー。良い子良い子」
楽しそうに微笑んで、リアの頭を優しくさすりながら、リアの言葉をアッサリ肯定した。
「……じゃあ、『鋼のオルガ』が、いつも無傷で帰ってきた理由って……」
「そ……メトルティス」
フィールが声を上げた直後……
ほとんど男と密着していたリアが、二人の前まで吹っ飛んできた。
「あらぁ……やっぱ、小さいし軽いからよく飛ぶわねぇ」
リアに駆け寄る二人に向かって、たった今、リアを殴り飛ばした右腕を見せつけた。
「体を鉄のように……いいえ、鋼のように硬くする。ただそれだけよ。アタシの魔法は」
一見すれば普通に見える、右腕が光って見えるのは、鍛え抜かれ、硬く引き締まった筋肉のせい、だけじゃない。
硬く、冷たい光沢が、夜明け前のわずかな光に艶めいていた。その質感は、生身ではありえない。明らかに、金属。それは確かに、魔法に違いない。
「魔法……けど、本当に魔法使いなら、聖地へ行けるはずじゃない。それを、どうしてこんな街で賞金稼ぎなんか……」
地面に大の字に倒れるリアに寄り添いながら、フィールが問い掛けた。
オルガは、妖しいニヤニヤ笑いを変えずに答えた。
「そんなの決まってるじゃない。奴隷が欲しいからよ」
「奴隷……?」
「そ。アンタ達、聖地に集められた魔法使い達は、何させられるか知ってる?」
「知らない……国のために、仕事させられるんじゃないの?」
「そ。それで間違いないわ。けど、何も知らない子達に、いきなり仕事させたりはしないわよ。聖地に受け入れられた魔法使い達は、専用の魔法の研究所兼、養成機関……通称、『魔法学校』に入れられるのよ」
「魔法の、学校……?」
「そ。そこで魔法の勉強とか、訓練だとかを受けて、それから何するか決められて仕事するってわけ……けどね、どんな仕事させられるか知らないけど、それは結局、聖地の奴隷になって、したくもない仕事をさせられるってことよ。そんなの、アタシ的にはまっぴらなの。外地での仕事はまあまあ楽しかったけど、飽きちゃったし、金のために働くのも、いい加減ダルイと思ってたし」
どんな理由かと思ったら、それは、今も足元に転がっている無様たちと同じ。
むしろ、無様たちよりも下手に裕福で余裕がある分、動機としては余計にタチが悪い。
「だ・か・ら、アタシの代わりに働いてくれる魔法使いを奴隷にして、アタシはそいつらのご主人様として、一生優雅に遊んで暮らす。そのために、一年前に魔法が使えるって気付いた後も、気楽に賞金稼ぎ続けながら魔法使いを探してたってわけ。そのために扉の前に罠を仕掛けたり、クソ高い錠前まで手に入れて……金も時間も掛かったわ」
「……なるほどな。それで分かった」
オルガが言い終えたところで、リアは体を起こした。
「俺を、レナだと思って襲ってきた連中……素人以下の浮浪者連中ばかりだった。賞金稼ぎもいるにはいたが、素人に毛が生えた程度の雑魚しかいなかった。主立った賞金稼ぎ、お前が殺したのか?」
「すごいわー! そこまで分かっちゃうなんて! まあ、そうは言っても、バイクや車に乗ってるような連中は、さすがに手が出せなかったけど。車の運転なんてできないし……」
大げさに声を上げ、両手を広げている。その後は両手を合わせて、ウットリした顔を向けた。
「頭もかなり切れるし、顔もよく見たらアタシ好みよ。そこの二人は奴隷にして、アナタは特別に、アタシのペットにしてあげるわ。その長くて汚ったない髪切って、可愛らしい服を着せたら、ちょうど良いペットになりそうねぇ……」
男らしい声は優しいし、綺麗な顔は可愛い。だが、言っていることはただの下種。
レナもフィールも、そんな言動に顔をしかめ、リアは、嘲り笑った。
「ペット……誰がそんなものになるか。これ以上戦う意味も無いしな」
同じように、ニヤニヤ笑う。そんな顔で左手を上げ、そこに持っている物を見せつけた。
「え? それって……」
「この錠前の、鍵……?」
「やっだ……アタシが殴って吹っ飛ぶ瞬間に、スってたってわけ?」
三人揃って驚いている間に、鍵はフィールに渡した。フィールはすぐさま扉まで走り、それを鍵穴に差し込んだ。
「……ダメ、鍵が合わない」
フィールの声を聞いて、オルガは余計にニヤつきながら、懐に手を突っ込んでみせる。
「ざーんねーんでーしたー。長いことこんな稼業してんのよ。スリ対策くらいしてるわよ」
懐から取り出した右手には、いくつもの鍵が山になっている。
「本物はアタシしか知らない。その扉を通りたいなら、アタシの言うこと聞くしかないわけ」
「……そんなことしなくても、全部奪って、全部試せば済む」
ずっと座り込んでいた腰を、ようやく上げた。
そしてまた、『鋼のオルガ』へ歩き出した……
「待って」
「……?」
「リア、疲れてるでしょう? わたし達がやるから」
「……は?」
聞き返そうとする前に、二人とも、すでに前へ歩き始めた。
「おい待て! お前らじゃ勝てねえぞ……!」
「これでもプロの賞金稼ぎよ。見くびらないで」
「ちょっとは年上にも頼りなよ。年下でしょう?」
二人とも、リアの方へは見向きもしない。
もちろん、リアとしては、そんな二人を無視して走ってもよかった。だが……
「……ッ」
二人の言うように、一晩中戦った上、治したとは言え、アシュから受けた傷もあって、疲労はピークに達している。おまけにたった今、鋼の一撃というダメ押しまで喰らって。
「……くそっ」
体力はとっくに限界。それでも、二人が後ろにいたから戦おうと思えた。
だが、その二人が前へ出て、休んでいろと言われたら……
(……情けない)
足がふらついて、手足からも力が抜ける。そのままひざを着いて、尻餅まで着いた。
「レナ、あなたも休んでていいのよ?」
「大丈夫。ビルの中でも交代で寝られたし、まだまだやれるよ」
「……私がやられた時は、リアのこと、お願いね」
「……こっちこそね」
お喋りをやめ、レナは立ち止まり、弓矢を手に取る。フィールは一歩一歩、オルガへと近づいていく。オルガも、フィールへ向かって歩き始めた。
「威勢が良いわね。男の子を守る女の子。格好良いわ……だ・け・ど、一つムカつくのは、二人掛かりならアタシに勝てるって、本気で思ってることかしらね」
「あなたこそ……疲れ切った子供一人殴り飛ばしたくらいで、良い気にならないでよ。それに、傷つかないって、要は鉄になる魔法に頼り切りの、本人は貧弱ってことでしょう?」
「鋼、よ。本当、生意気な小娘……」
喋り続け、語り合っているうち、やがて、目の前に向き合う。
オルガの首元の高さから見上げるフィールに対して、オルガもまた、妖しく微笑みながら見下ろした。
「あなたを倒す。その後、私達三人は聖地へ行く」
「違うわね。三人ともボコボコにして、二人は奴隷、おチビちゃんはペットになるのよ」
互いに言いたいことは言い終えた。
これ以上出す言葉も無いと分かったから、レナは矢を出した。
「メトルティス」
魔法の呪文をハッキリと声に出す。直後、飛んできた矢がオルガの顔にぶつかり、硬い音を鳴らした。
「……ッ」
直後にフィールが、剣を抜く。
オルガの見た目に大きな変化は無い。が、普通なら首が落ちているのに、逆に折れ飛んだ刃が落ちた。
「容赦が無いわね。本当に威勢が良いわね。でも――」
言葉の直後、強烈な一撃。鋼の拳が、フィールの腹へ突き刺さった。
「あんまり大人を嘗めんじゃないわよ。ボインちゃん……」
腹から始まり、胸、肩、腕、脚、首、顔を目掛け、拳が次々に飛んでいった。
「この……ッ」
オルガの攻撃を止めようと、レナも矢を射っていた。全てフィールを避けて、オルガの身に当たっているのに、オルガはお構いなしにフィールを殴り続けている。
(私はもちろん、リアよりも速いっ、でも……リアよりずっと、弱い……!)
鋼の一撃に耐え続け、急所への攻撃だけは防ぐ。
どんなに一撃が強くとも、どんなに連撃が激しくとも、決して目を離さずに……
「――そこ!」
次に攻撃が来る、一瞬のスキを見逃さず、その場にしゃがんだ。
低い位置から、残った剣を踏み込んだ足にぶつけた。剣は折れたが、代わりにひざを着かせた。そのまま後ろへ回り、腕を捻る。
「レナ!」
叫び終わるより前に、レナは矢を飛ばした。
同時に三本。それがオルガの、右目、左目、口を射抜いた。
「……中々の腕じゃない。容赦の無さも好みよ」
全然平気だという声を上げながら、後ろのフィールを振り払った。
目も口も、潰れるどころか傷もついていない。矢は三本とも、砕け、へし折れ、足元に転がっている。
「けど、甘いわねぇ……アタシの魔法は、体のどこでも鋼に変える。目玉や唇だって体の一部なんだから、当然、硬くできるわ。矢が飛んできても耐えられるくらいにはねぇ」
「そんな……」
「本当、地味な割に便利な魔法よねぇ。おかげで、今までの仕事も、全部無傷で帰ってこられたわ」
「この……!」
長々語っている間に、フィールは地面に散らばった剣を二本拾って、オルガに振るう。だがそれも折れた。またすぐ別の剣を拾うも、それも砕ける。
レナも、オルガの頭、上半身、下半身、移動しつつ全身に隙間なく矢を撃ち込んでいった。だがそれ全て、オルガは平然と立ったまま受けるだけ。
「たかがコドモ一人に、けな気なことねぇ……」
しみじみ語りながら、腕を振るう。鋼の拳にぶつかったフィールは、そのまま後ろへ飛んでいった。
「フィール!」
「黙らっしゃい!」
オルガへ走り出したレナへ、足元の瓦礫を拾って、投げ飛ばす。
避けるのが間に合わず、それを頭に受けたレナは倒れた。
「うぅ……」
「ケガを治そうと思ってるなら、やめときなさい。可愛い子ちゃん」
額から血を流し、その血を見ているレナに対する、変わらないヘラヘラ声。
「アンタが傷を治す魔法使いでしょう? 顔色からして、あと一回魔法を使ったら、魔力切れで気絶しちゃうわよ。聖地まで運ぶのは面倒だわ」
……と言いつつ、後ろまで迫ってきたフィールにひじ鉄を食らわせ、ひざを着かせた。
「こうなるって分かってはいたけど……二人がかりで、情っさけないわねぇ。まーあ、アタシの魔法が強すぎたのが悪かったのかしら? ホーッホッホ!」
高らかに笑い、勝利に酔っている。そんな態度は頭に来るが、少なくともフィールとレナに、こいつを倒す方法は思いつかない。
(ここまで来て、負けるの? そんなの、イヤ……)
地面の土を握りしめる。悔しさに歯を食いしばり、なにもできない無力さを噛み締めた。
(でも……こいつが鋼になる限り、私達じゃ……鋼に……)
(鋼……鉄?)
その時、フィールの頭に電気が流れ、それが閃き、弾けた。
(そうだ! 私やっぱりバカだ。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのよ……私なら、この男に勝てるのに!)
「ぐぅぁ……ッ!」
閃いた直後、顎を蹴り上げられる。背中が着いた直後、伸びた腕を踏まれた。
「さーて、殺しちゃったら聖地には行けないし。とりあえず、ボインちゃんは抵抗できないよう、両腕でも折っとこうかしら」
「……ッ!」
「安心なさい。どうせ、あの可愛い娘ちゃんの魔法ですぐ治せるんだから。そうでなくとも、聖地に行けば、治してくれる奴なんかいくらでもいることだし」
語りながら、ガンガンと指を鳴らす。それが、伸びきったフィールの上腕へと迫り……
(リア……!)
ガンッ、と、見上げていた場所から、金属音が響いた。
音の直後には、オルガがいなくなっている。
直後、ブワッ、と、何かが目の前を通り過ぎた。かなり速いが、それは見慣れた黒だった。
「リア!」
投げ飛ばした長刀にぶつかり、真横へ吹っ飛んだオルガに向かって、リアが走る。
「お前ぇ……」
途中、地面に落ちた長刀を拾い、それを上へ放り投げ……
「レナとフィールに……」
オルガの前で、リアも上へ飛び、降ってきたものを握りしめ……
「何しやがる!!」
叫びながら、振りぬいたそれをオルガへぶつけた。オルガは直前以上に吹っ飛び、近くにあったビルの、瓦礫の中へと消えた。
「リア!」
「もういい……後は俺がやる」
リアがフィールに答えた直後、ビルから瓦礫やら木箱が吹っ飛んだ。
そこから男が一人、何事もなかった様子で、平然と歩いて出てきた。
「やっだぁ、せっかく聖地で買った服なのに……魔法で服も固められたら便利なんだけどねぇ」
「それだと身動き取れなくなるだろう?」
「それもそうね……まあ、それは別にいいんだけど……」
服に着いた土を払いながら、ポケットから黒いものを取り出した。それをリアに向けた時、例の、耳障りな音が響いた。
「変ね……おチビちゃん、アンタも魔法使いだったの?」
「え?」
「うそ……!」
フィールもレナも、同時に目を見開いた。
この街に来る前。リア自身、魔力探知機を自分に向けてみた。何度やっても、どれだけ試してみても、フィールやレナからは鳴る音は、リアからは聞こえなかった。
何より……
「おかしいわね……昨日の夕方、アンタ達が罠にハマる所は見てたけど、そこのボインちゃんと並んで歩いてたおチビちゃんは何とも無かったはずだし、それがなくたって、可愛い娘ちゃんみたく、体中に黒丸がくっつくはずだけど……」
オルガの言った通りのことが、リアには一切なかった。そのはずなのに……
「まあ、なんでもいいわ。魔法使いなら……さっさと奴隷になりな!」
語った後は、リアへと走る。リアは刀を持ち上げ、振り上げた。
オルガはそれを無視し、リアに拳を振るう。
だがリアも、振り上げた刀から手を離し、拳を避け、オルガの両足を握った。
「あら? あらららららメトルティスぅう!?」
握った両足を持ち上げ、立ち上がった。
立ち上がった状態で、握ったままの足を振り回す。
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、と、左右に振り回し、何度も、何度も地面に打ち付けた。
「ハンッ! バッカじゃない? 何度やったって、目が回るだけでちっとも痛くないわ!」
「だろうな。だから、痛くなるまでやる」
「へー、ほー、狙いは魔力切れってわけ……」
その言葉の直後、リアは両手を離し、横に飛んだ。
直後、リアの立っていた地面に、オルガの腰にあったナイフが突き刺さった。
そのナイフを取り、リアに向ける。
「狙いは悪くなかったわ。ま、魔法使い相手なら妥当な狙いよね……でもね、アタシの魔力を無くしたいなら、少なくとも、今のをあと半日は続けなきゃ、魔力は切れそうに無いわよ」
「なら、半日続ける……!」
言いながら、リアは足もとに転がっている男を投げつけた。それをオルガが振り払った時、リアは姿を消していた。
「後ろ……!」
振り向きざまにナイフを振る。だがリアは既にしゃがみ、再び両足首を掴んだ。だが、
「ガァ……!」
肩を切られ、激痛が走り、思わず両手を離してしまう。
「オラァ!」
オルガが声を上げ、殴り飛ばすと、リアの身が後ろへ吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ先で立ち上がると、足もとに転がるコンクリートブロックを蹴り上げた。
鉄靴でガンガン音を鳴らしながらリフティングして見せ、それを、蹴り飛ばす。
「フフン……」
顔面にぶつかったのに、まるで動じない。
その後も、リアは足もとの、ブロック、剣、ナイフ、イヌ、男、女と、とにかく蹴られそうなものは蹴り飛ばした。
だが、一つ残らずぶつかっているのに、オルガは仁王立ちしているだけ。
「サッカーで遊びたいのかしら? 今時そんな遊び、コドモだってしないわよ」
「するしない以前に知らないだろう。今時、ボールが遊び道具だったことを覚えてるやつなんかいねえよ」
再び走り、オルガの前に立つ。と同時に、足もとに倒れている、男か女か適当な大人二人を掴み、オルガへ振った。
「可愛い顔して、エゲツのない子……すごく魅力的だわ!」
受けることはせず、しゃがんで避ける。そのせいで振るわれた大人同士がぶつかろうと構わず、リアの足もとを蹴りつけた。
それに倒れたと同時に、首元を踏みつけ、体重を掛けた。
「あ、あああ……ッ」
「魔法使いの戦いっていったら、素人はどうしたって、派手なバトルを期待するけど。結局、現実に物を言うのは、腕力とかテクニックとか、体の強さなのよねぇ……」
リアは、体や足をバタつかせながら、靴を首に食い込ませる脚を両手に握った。
だが、いくら握りつぶそうと力を込めても、相変わらずビクともしない。
「十分楽しめたし……言うこと聞かないペットならいらないわ。奴隷も二人いれば十分だろうし、このまま死になさい……」
首への痛みと、呼吸の苦しみが同時にやってくる。
オルガの言葉が、段々、聞こえなくなる。
両手両足から、力が抜けていく。
意識が、遠のいていく。
ぼやけた視界の先には、相変わらずのニヤニヤ笑いが見えた……
(ここまでかよ……俺は、まだ、二人に、なにも……)
その時、目の前から、ガキッ、という金属音が響いた。
「あーら、やっと助けにきたってわけ?」
「離しなさい……リアを今すぐ、離して!」
剣を投げ捨てながら、オルガの手を握りしめた。
「メトルティス」
「レクトレー!」
普通だった左手が、一瞬で硬く、冷たくなった。
その左手首を掴む右手からは、白い光が流れた。
「……? 痛たっ、痛たたたたたたたたたたたたた!!」
「体から電気を流す。ただそれだけよ。私の魔法は……」
髪の色が青から赤へ。握る手には更に力を込める。右手の指先からは、目に見える電流が白く光り、それが、鋼と化したオルガの身体へ流れ込んでいく。
「痛たたたたたたた!! ……でも、たたた大した電りょりょりょりょ力じゃなさそうねねねねね……」
最初こそ、電流の痛みに痺れ、震えていた。だが、震えて縮こまっていた体を、徐々に、直立させていく。
「このくらいならららら、ガマママンできるわよよよよよ……」
「あー、そう……」
大抵の相手を気絶させてきた。そんな電気を喰らっても平気でいる。
そんなよくあることは、フィールも想定していた。
痛みに耐え、慣れたオルガが、さっさと反撃してやろうと思った、その時……
「熱っつい!」
電気の痺れとは全く別の痛みが走った。それに思わず飛び上がり、ようやくリアから足を離した。
「鋼だって……いいえ、鋼なんだから、電気を流せば熱くなるわよね?」
語りかけ、左手も出す。オルガの顔を掴み、押し出して、リアから引き離す。
「があああああああああ!!」
赤くなり、煙が出るほど腕と顔を熱せられ、たまらず叫んだ。
叫びながら、フィールの腹に、何度も、何度も蹴りを入れた。
「死んでも離さない……!」
断言したその顔に、今度は頭突きが飛んだ。
鼻血が流れ、痛みと味を感じながら、それでも宣言した通り、左手からも、顔からも手を離さない。
「この女ァアアア!!」
次の瞬間、脇の下を、掴んでいない右手で殴られた。
呼吸が止まるほどの激痛に怯んだところを、服を掴まれ、引っ張られて、
「オラぁ!」
「がぁ……ッ!!」
背負い投げを受け、背中に硬い地面を喰らった。
「調子に乗ってんじゃ……ッ!」
叫んだ瞬間、すぐさま頭を下ろした。頭の真上を、矢が一本通り過ぎた。
「このぉ……!!」
矢を撃って、飛び込んできたレナに組み付かれ、地面に転がる。
そのまま矢で突き刺そうとしたレナだったが、それも殴り飛ばされた。
「痛っつ……ッ」
オルガは立ち上がりながら、左手を見てみた。
指先、手の平、手首、ひじ。肩から下は、全て問題なく動かせる。
魔法を解いたことで熱が逃げ、熱さもいくらかマシにはなった。
だが、握られ、熱された部分は、黒く、醜く焼け焦げてしまっている。
痛みからして、顔の右半分もそうだろう……
「アタシの顔に火傷が……このガキどもがぁ!!」
喋り口調が、完全に男に戻っていた。
大いに怒り、その怒りをぶつけるために歩き出し……
歩き、出し……
「……?」
歩き出そうとしているのに、その足が動かない。何かに引かれ、押さえられている。
なんだと思い、足元を見てみた。すると、
「……は? 手錠?」
動かない両足の、足首に、錆びついた手錠がはめられていた。
しかも、その手錠に繋がれているのは、
「……なっ、ウソでしょう……!」
両足首に繋がれた手錠の先は、地面に転がった、誰かしらに繋がれていた。
それも、一人だけじゃない。よく見ると、倒れている大勢の、手首同士、足首同士が、それぞれ手錠で繋がれている。
「こんな仕掛け、いつの間に……!」
「……」
最初に走り回った時、仕込んでおいた手錠と、たった今の体当たりで、上手いことはめることができた手錠で捕まえられたことに、レナが微笑んだ時。
「やっと動きが止まった……」
「……! メトルティス……!」
オルガはすぐに、鋼になった。
だがその時既に、露出した胸元には、フィールの両手が触れていた。
「……ぁぁぁああああああああああ!!」
再び、痛み、痺れと続き、煙が出るまで熱せられた。胸元が、顔や左手と同じように、熱せられて真っ赤になった。
またフィールを殴り飛ばそうとした。だが、それを避けたフィールは、地面に刺さった剣を抜いた。
二本の剣を、力の限り振るう。それをがら空きになったオルガの胸にぶつけた。
相変わらずの硬い音と、硬い感触が響く。だが、感触も音も、さっきよりも弱い。剣も、二本とも折れていない。
「――ッ」
再び剣を振り、切り上げる。それがまた、胸にぶつかった。
そこから、普通なら振り下ろすところを、剣二本とも手を離す。
代わりに地面に突き刺さった剣を二本拾い、胸へぶつける。
ぶつけた剣は地面に突き刺し、代わりに振ってきた最初の二本をぶつける。
「な……な……!」
熱せられ、脆くなった鋼に、重い剣が何度も打ち込まれていく。
普通の速さなら、それでも耐えることができたかもしれない。
だが、熱が逃げるより前に、剣四本で何度も叩かれる。
避けようにも、動きが速すぎて、なにより、熱さのせいで体が上手く動かせない。
逃げようにも、両足が固定されて、その場から動けない。
(ウソ、でしょ……この、アタシが……鋼のオルガが、こんなガキに……!)
やがて、剣撃を繰り返すうち、オルガの胸に、亀裂が走り……
「これでトドメ!!」
剣を振り下ろし、オルガの胸へ。その剣を地面に突き刺し、再び降ってきた二本の剣を、オルガの胸へ振り下ろした瞬間……
「がッ、ああああああああああああ!!」
絶叫と共に、とうとう、限界となった鋼が割れ、砕け、そして斬られた。
その威力に、オルガは後ろへ吹っ飛ぶこともできず、手錠に繋がれた体はその場に倒れた。
「さしずめ、『四剣斬舞』、て、とこかしら……」
リアの『刀擲術』を見て、剣はただ振るより、放って別のを振った方がずっと速いことが分かった。
レナの『猟師の森』を見て、大量の剣が転がったここは、私にとって絶好の縄張りだと気付いた。
二人と旅をして、魔法を使うことが増えたおかげで、熱した剣、金属が脆くなることも知っていた。
偶然とは言え、二人のおかげで思いついて、実践した動きが、最強の賞金稼ぎを倒した。
(……いいえ、偶然なんかじゃない。リアとレナがいてくれたから、私は今、こうして生きてる)
リアが飛び込んで、守ってくれたから、ダメだと思っても戦うことができた。
レナが動きを封じてくれたから、無敵と思ったアイツを倒すことができた。
二人とも、私にはとてもマネできない、強さとすごさがあって、そんな二人のそばに、自分みたいな凡人がいても、役に立たないと思っていた。
そう、思っていたけれど……
(二人がいたから、私は強くなれた。二人がいてくれれば、どこでだって生きていける。三人なら、何があっても負けずに、生きていける)
そして、リアとレナも、そう思ってくれていることが、フィールには分かる。
ちょうど、朝日が昇ったころだった。
その白い光が、街を、人を、扉を、そして、フィールの満面の笑みを照らした。
それはまるで、三人の勝利、そして、三人の未来を祝福してくれているようだと、フィールは感じた。




