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ネロ・バーサーク  作者: 大海
第三章
21/24

第5話  子供の反りを待ってるだろな

「……」


 一体、あと何時間こうして、こんな辛気臭い場所で待たされなきゃいけないんだ?

 東の空が白み掛かる時間にあって、彼はそう思いながらイラ立っていた。


 彼だけでなく、彼と同じように、とあるビルの、周囲にある別のビルや、何かしらの物や建物の陰に身を潜めている者達は、同じようなことを思っていた。

 俺は早く聖地へ行って、遊んで暮らしたいんだ。それを、何が悲しくて、奴隷が出てくるのを長々待ってやらなきゃならないんだ……


 そもそも、奴隷の分際で、自分達から逃げていること。それがそもそも間違っている。



 生まれた時から、親も周りも最悪だった。

 バカな田舎者の分際で、口うるさいだけの親。この俺にふさわしい仕事なんか無いド田舎な実家。

 どっちにも嫌気がさして、華の聖地へ行ってドデカい仕事にありつこうと思ったら、タカが字が読めないってだけでまともに相手もされず、雇ってすらもらえない。


 かと言って、何も無いド田舎の、うるさいだけの親の元に帰るとか、冗談じゃない。仕舞いには、こんな街に落ちぶれることになった。


 この街は、実家やその他のド田舎と違って、バイクを盗もうが、誰かを殴ろうが殺そうが、誰も文句を言うヤツはいない。

 奴隷が現れた時以外は、中心街で暴れない、荒らさない等の暗黙のルールもいくつかあるが、店や光や便利さに囲まれた中で、好き勝手に生きられるのは、何も無い実家で、したくもない仕事に明け暮れるよりは遥かに楽しかった。


 それでも、根本的な、懐の問題は、何一つ解決しない。

 金なんか盗めば済むのに、その盗める相手自体、この街には少ない。

 街の外から来たヤツからカツアゲもできるが、その額もタカが知れている。

 顔の良いコドモを売れば小遣いは稼げるが、そもそも今の外地に生きているようなコドモで、顔が良い奴らは粗方売り飛ばされているから、もう金にもなれないブサイクしか残っていない。

 そうして手に入った金も、ほんの少し贅沢をしただけであぶくと消える。


 仕事も無く、金も無く、楽しみも無く、何も無い。

 生まれた時から負け犬を運命づけられ、こんな生活を強いられて、生きているのか死んでいるのかも分からない、無機質な日常と空腹に見舞われる毎日……



 そんな恵まれない弱者である、この俺を助けること。それが奴隷の役目だ。

 奴隷達には、自分達には無い、魔法という素晴らしい才能がある。その才能を、家族への一生の保証という代金で国は買い取ると言っているんだ。

 なら、それだけ素晴らしい才能に恵まれたヤツには、俺のような、何も持っていない弱者を守る義務がある。


 強いヤツが、弱いヤツを守る。それこそ、大昔から伝わる、この世界の素晴らしきルールというものだ。だからこそ、素晴らしい才能を持った強者は、何も無い弱者の奴隷になるべきだ。


 だから俺も、わざわざ守られてやるために、聖地へ行って奴隷にしてやろうと言っているんだ。

 それなのに、それが分からないアホな奴隷どもは、追い掛けるとすぐ逃げていく。逃げるどころか、むしろ喜んで俺を聖地に連れていって、一生奴隷として、喜んで働くべきだというのに。

 分かっていないバカな上、目の前のビルに立てこもって、物騒な罠まで仕掛けやがって。


 罠にはまった連中は、漏れなく軽傷以上、重傷以下のケガを負い、強引に突破しようとしたヤツには、死の一歩手前までケガしたヤツもいた。

 そこまでして、この俺様の奴隷になりたくないなんて、奴隷の分際で……違う、いくら奴隷だからって、どこまで頭が悪いんだ? バカなんだ? 何様なんだ?


 恵まれた強者の義務は、恵まれない弱者を守ること。

 強者は奴隷になって、弱者のためにしゃにむに働く。


 それを分かっていないバカな奴隷どものせいで、聖地に行くのを少しばかり我慢して、自分達が諦めたと安心して出てきたところを捕まえるために、こうして隠れて待っている。

 向こうから、窓や扉からこっちは見えまい。あいにくこっちは、ビルはばっちり見えている。


 周りも見たが、あのビルの出入口は、正面に見える、あの扉一つだけ。

 窓から出ようにも、窓も全部塞がっていることも見れば分かる。

 だから、後はあそこから出てくるのを待てばいい。ビルからノコノコ出てきたところを捕まえて、自分達の立場というものを教育してやらないと……


 お前達は、俺様という弱者を守る奴隷……いいや、家族なんだ。

 そして、弱者である俺様は、お前達のご主人様として、一生遊んで暮らす権利がある。

 何もできないバカ過ぎて、そもそも人間じゃない(コドモ)は死んで当然。同じように、誰が死のうがどうでも良いが、この俺が死ぬことだけは、あっちゃいけないんだ。


 そのことを、捕まえて、聖地へ行った後で徹底的に教育し、そして、この俺様のためだけに、一生働いてもらわねば……




 隠れている全員が似たようなことを考えつつ、奴隷が出てくるのを今か今かと待っていた。


「来た……」


 誰かが上げた声を合図に、全員の視線が一点に集まる。

 言葉の通り、目の前に立つ罠だらけのビルから、少女が二人、姿を現した。


 背の高い、腰と背中に二本ずつ、四本の剣を持った巨乳。そして、弓矢を背負ったチビ。

 チビの方は、聞いていた服装とはだいぶ違うが、どうせ、この俺以外にはクズしかいない街の奴らが言うことの信憑性なんか、タカが知れている。

 でなければ変装のつもりか。立場も分からない、バカな奴隷の考えそうなことだ。


 もっとも、顔つきも髪型も、特徴は聞いた話と一致している。

 あいつらが、このビルに逃げ込んだ奴隷どもで間違いない。


 奴隷二人は、ビルから出てきてから、手を繋ぎつつ周囲を警戒している。

 さすがに襲撃が無くなったから、すぐに出られると考えるほどマヌケでもないらしい。

 それも、イラつく事実ではある。奴隷は奴隷らしく、無知で、バカでいれば良い物を。

 バカな頭で、家族の俺を、一生養うことが義務だということだけ自覚しろ。

 そう大声で怒鳴りたい衝動を押さえつつ、奴隷どもが、十分ビルから離れるのを待つ。


 ビルの入り口から、周囲を見渡しつつ、一歩、一歩……


 イラついてきた……

 さっさと、俺がさらえる距離まで歩け……

 お前らに守られてやるために、わざわざ来てやったこの俺を、これ以上待たせるな……

 奴隷は奴隷らしく。それを、それだけを、今すぐ自覚しやがれ……


 そう思うと、一歩、一歩、一歩……最初に比べて、二倍か三倍くらいには早くなった。

 ようやく自分達が、奴隷であることを自覚したらしい。

 それとも、誰もいないと思って安心したか? やっぱり、救いようのない大バカだ。


 と、あと少しで、二人はビルから、バイクのスピードで逃げ切れない距離へ来る。


 あと五歩……四歩……三歩……二歩……一歩……



「ハハハハハハー!!」


 待ちかねた瞬間に、隠れていた連中は狂喜の声を上げながら、バイクを走らせた。

 二人からビルまで、正確な距離は考えるだけ面倒だが、とにかく今走っても、バイクから逃げることはできない。あとはこのまま二人をさらって、聖地へ行けばそれで終わりだ。


 周りにも、二人を狙う奴は大勢いるが、関係ない。

 奴隷は渡さない。聖地という、豊かで華やかな場所には、俺こそが相応しい。

 そう信じて疑わない、リアが言うところの無様な奴隷達は、一斉に二人へ走っていく。


 と、それを見たチビの方は弓を構えつつ、背中から矢を一本取った。

 かなりの早業だが、それで慌てる人間はいない。

 矢の一本では、一人しか仕留められない。俺以外の誰かが倒れている間に捕まえる。


 と、そう思ったが、チビはバイクではなく、なぜか、空へ弓矢を向けた。

 ああ、何だ……やっぱり、奴隷はただのバカだったんだ。

 そう、誰もが思い、二人に向かって、その手を伸ばし……




「ぎゃああああああああああ!」


 手を伸ばした時、自分を含む、大勢の絶叫が一斉にコダマした。

 絶叫と同時に、十何台というバイク、走っていた奴らは次々に倒れていく。倒れたバイクの一台が、地面を滑り二人へ飛んでいくものの、二人とも普通に避けた。



「フィールの言った通りだったね」

「まあ、このくらいは当然考えるわ……」


 二人は、そんな光景を冷静に、と言うより、冷ややかに見下ろした。


「けど……いくら夜明け前だからって、普通に丸見えなのに、気が付かないかな?」


 レナは言いながら、さっきも見上げた空を見上げた。


 昨夜の連中が落としていった、矢の詰まった矢筒を拾ってきて、それを束にし、屋上から吊り下げておいた。

 それを、下から狙い撃ち壊すことで、そこに詰まっていた何十という矢が一斉に降りそそいだ。

 レナはフィールの手を引き、下から見て矢が当たらない角度を歩いていた。

 結果、降りそそいだ何十本もの矢は、レナとフィールの二人を除いた、無様達、あるいは無様達の乗るバイクに突き刺さり、いずれにせよ、彼らを地面に転げ落とした。


 今は吊り下げるための長い棒と、長いロープしか残っていないが、それだけでも十分に不自然で、目立っている。矢筒の束があれば、余計に分かり易いだろう。

 仕掛けたのは夜中だったし、ビルの上の方だから見えなかったかもしれない。だが、陽が顔を出し始める前、ある程度明るくなった今なら誰にでも見えるそれを、連中は全く見ていなかった。


「ビルの出入口しか見ていなかったんでしょうね。屋上から脱出するかもしれない、なんてことさえ考えなかったみたいだし」


 全体を見ようとせず、ただ一点だけを見て、それ以外の思考を捨てる。

 そんなことを一晩中、どころか、四六時中やってきた彼らが、気付くわけもなかった。



「さあ、早くリアに合流しましょうか」

「体はもう大丈夫?」

「ええ。傷はレナが全部治してくれたし、魔力も大方回復したみたい。もう心配ないわ」


 人間の血液が時間と共に作られるのと同様に、魔法使いの持つ魔力は、時間と共に体の中で自然に生成される。

 それらは個々人で上限があり、使いすぎてしまえば極度の疲労となって当人には負担となり、使い果たすと気を失う。回復させるには、休息を取るしかない。


 フィールも、レナが仕掛けた罠のおかげでゆっくりと休む時間ができ、魔吸板によって吸い尽くされた魔力も、満タンではないが回復し、戦えるくらいには動けるようになった。

 だからこそ、こうして、大勢が待ち伏せしていると分かっているビルの外へ出てきた。



「あ……」


 と、歩いている途中でレナは立ち止まった。フィールも、その視線の先を見ると……


「コドモ……?」


 別段、この街では珍しくも無い、血まみれでぐちゃぐちゃな、五人のコドモの死体。

 見慣れてはいても、あまり見たくもないそれに、レナは走り寄っていった。


「レナ、どうしたの?」

「ヒューアノートリー」


 フィールの呼び掛けに答える代わりに、遺体に手を触れ、呪文を呟く。

 倒れているコドモの死体。身体も顔も傷だらけなうえ、所々が潰れているのは、バイクに轢かれたうえ、ドカドカと踏まれたせいだろう。

 それに、レナが手で触れ呪文を呟くと……傷は塞がり、潰れた部分は元に戻っていった。

 彼らを汚す血やホコリは、何かに使えるかもと、ビル内で物色しておいた、様々な布で拭きとっていった。

 やがて、ぐちゃぐちゃだった遺体が、生きているように綺麗な見た目になるまで、一分と掛からなかった。


「あと四人……」


 呟きつつ、隣で眠るコドモにも、同じことをしていく。

 一人一人、手を触れ、傷を治し、血と汚れを拭き取っていく……

 やがて、五人とも服装以外は綺麗な見た目になると、最後に、五人をキチンと並べた。



「……っと……」


 終わったことで立ち上がると、足がふらつき、体が傾く。そんなレナをフィールは支えた。


「ごめん、ちょっと、疲れちゃった……」


 一晩中、フィールを守りつつ罠を仕掛けていたうえ、ここに来て、魔法を使っての五人の治療。

 襲撃が止んだ後で、短時間ながら眠ることもできたが、どの道、疲れるのも無理は無い。それを感じつつ、フィールは疑問を尋ねた。


「どうして、こんなことを……?」

「わたし達のこと、このビルに連れてきたのはこの子達だし、変な連中を連れてきたのもこの子達だけど、この子達は、そうするしかなかったから。大人の力を頼るしかなくて、挙句、最後はその大人達のせいで、こんなことになっちゃって……そんな、この子達見てると、せめて最期くらい、ちゃんと、人間らしく眠らせてあげたかったからさ……」

「……」


 名前も知らない、名前があるかさえ分からない、コドモ……子供達を見ながら、悲しげな声を出す。

 汚い大人も、汚い大人に使われ、使い捨てられる子供も、そんな奴らの死も、日常的に見てきたフィールには、子供の死体を前にしても、感じるものは何も無い。

 まして、自分達を追い詰めたと言うなら、なお更同情の余地は無い。


 そんな子供達に対して、レナは悲しみ、優しさを向けてあげられる。


(リアも、レナも、すごく強くて、すごく優しくて……こんな二人と一緒にいられる私って、すごく幸せ者なのかもね……)


 今日までずっと、感じたことのなかった感情。それに満たされる、心地良い気持ち。

 フィールは初めて、至福、というものを知った。



「ふざけんな……!」


 そんなフィールの至福を邪魔するように、二人の近くにいた男の一人が、這いつくばりながら、二人の足もとから声を出した。


「そんなゴミ直すくらいならな……今すぐ俺のケガ治せよ、奴隷……」


 そう、高慢な態度で、自身の尊厳とプライドを誇大させるように、声を上げた。


「お前らは魔法が使える奴隷だろうが! 人間を守る義務があるだろうが! 俺は今ケガしたんだぞ! 早く治せよ! それで俺を聖地に連れていけよ! 俺を守れよ! 魔法が使えねぇ俺にはなぁ、魔法が使えるお前らに守られる権利があるんだ! お前らは俺を守る義務を果たしやがれぇええ!!」


 その男の声に始まり、周囲からも、同じような声が上がった。


 ――早く傷を治せ! 俺はケガをしたんだぞ! 俺がケガをしたんだぞ!!

 ――お前達は魔法が使えるんだろう! オレは使えないんだぞ!


 ――奴隷はワタシの言うことを聞いて、ワタシを守るのが義務なのよ!

 ――魔法が使えるなら、魔法が使えない奴のために働け! このアタシのために働け!


 ケガをして、体に力が入らない様子なのに、声にだけは、異様に力がこもっている。

 リアの言ったように、プライドのためなら、彼らはどこまでも力を発揮するらしい。

 価値もないプライドを守り、誇張し、自身こそが正しいと主張する、そのために……



「……ちょっと! アンタ達どこ行くのよ! 戻って来なさいよ! 奴隷! おい奴隷!!」


 そんな声がいくつも上がる中、歩き始めた二人は、決して振り返ることはしなかった。




「ねえ、フィール」


 ビルからだいぶ距離が離れ、無人の道を歩きながら、隣に声を掛けたのは、レナ。


「人間てさ、なんなのかな……」

「……」


 この街に来て、一日過ごして、つくづく感じた疑問だ。


「リアはいつも……昔からずっと言ってた。自分は化け物だって。人間じゃないんだって。でもさ、それだって、元はと言えばさ、村の全員でそう呼んでたからだよ。ただ、すごく強いってだけなのに。リアはあんなに、優しいのにさ……」

「……」


「あの村だけじゃない。わたし達を捕まえようとした村だってそうだし、この街の人達だってそうだよ。ただ気に入らない、ムカつくからってだけで、人間も子供も簡単に殺しちゃって、そのこと、ちっとも悪いって思ってなくてさ……わたしには、リアよりも、今まで会ってきた人たちの方が、よっぽど化け物にしか見えないよ」

「……」


「人間てさ、なんなの? 自分は何もしないくせに偉そうにして、自分は絶対に正しいんだって顔して、欲しいものは力ずくで人から取り上げて、気に入らない人は虐めて、殺して……そういうこと、平気でできる人が人間なの? 弱くて何もしないくせに、そういうことだけは平気でするのが人間で、リアみたいに、強いけどすごく優しくて、いつも一生懸命がんばってる人は、化け物になっちゃうわけ?」

「……」


 思い通りにならないから。気に入らないから。

 たったそれだけのことで、目の前にいる人を傷つけて、殺すことができる。

 理由は、自分を怒らせたから。自分がスッキリしたいから。ほんの一瞬の、そんな下らない衝動を満たすためだけに、大喜びで。


 まるで獣と変わらない……

 いいや、レナの知る限り、獣は意味もなく、同族はもちろん、他の獣だって、傷つけ殺すようなことはしない。食べるためとか、身を守るためとか、繁殖のためとかでないと。

 獣が進んでやる、子育てや子供を産むことはしないくせに、獣がしない、無駄な殺しは喜んでする。

 それが普通のことだっていうなら、人間はとっくに獣以下だ。

 獣以下の、化け物だ……



「……確かに。この街や、外地の人間は、とっくに人間じゃなくなってるわね」


 ずっと黙っていたフィールが、ようやく語り出した。


「人間じゃなくて、化け物だから、みんな、必死に私達みたいな魔法使いを探してるんでしょうね」

「化け物だから?」


 疑問に感じて、聞き返したレナに、フィールは、声に確信を込めて、断言した。


「人間になりたいから、でしょうね」


 断言しても、変わらず疑問を浮かるレナに、フィールは続ける。


「逆に聞くけど、レナは、私達は、どうしたら人間でいられると思う?」

「どうしたらって……」


 言われたレナも、考えてみた。だが、中々答えが出せない様子だった。


「金を持ってるってことよ」


 何も答えられないレナに、フィールが答えを語る。


「生きるための食事。出歩くための服。生活のための道具。戦うための武器……それ全部、手に入れるには、金がいる。つまり、金があるから、私達は人間でいられる。逆に言えば、金がないと、人間ではいられない。金が無いなら、そいつは人間じゃないってことよ」

「それは……」


 確かにそうだ。金で色々なものを手に入れることができる。

 それをしているのは、人間だけだ。


「そして、人間でいるために必要な金は、外地にはもう、ほとんど残ってない。それでも自分だけは人間でいたいから、必死になって金を手に入れようとする。真面目に働く人もいれば、そんな人達から奪い取ろうとする奴もね。けどそれだって、限界がある。必要な金を、どうしたって手に入れられない……そんなことが続けば、誰だって嫌になるわ」

「……」

「それでも人間ではいたい。だから金の代わりに、魔法使い……奴隷を求めた。今なら金がなくても、豊かな聖地へ行くことができれば、人間として生きていける。それが、この国のルールになってる。だからみんな、奴隷を欲しがるのでしょうね。楽して生きるために……楽して、人間になるために」

「……」


 金があれば人間で、豊かに生きられるなら人間。それ以外は、人間じゃない。

 あんまりな理屈だが、否定することもできない。

 それが、自分達が生まれるよりもずっと昔に、勝手に作られた、ニンゲンサマのルールなんだから。



「……もしかしてさ……」


 そう考えると、ふと、考えてしまった。


「リアが、ずっとお金を稼いでたのって……ただ、お母さんを治したかったから、だけじゃなくて、お金さえ稼いでたら、化け物の自分も人間でいられる……そう、思ったから、なのかな?」

「……」


 レナよりもリアを知らないフィールが、そんなこと、分かるわけがない。

 そして、あのリアが、そんな繊細なことを考えるとも思えない。

 それでも、フィールの話を聞いていると、そう思ってしまったから……


「……リアがどんなこと考えて、ずっと生きてきたか。私には、とても分からないわ。ただ……」

「ただ?」

「ただ言えるのは、少なくとも私にとって……それに、レナにとっても、リアは、間違いなく人間だってこと」

「もちろんだよ」


 その意見は変わらない。変えることも絶対にしない。


「けど、リア本人は、今でも自分のこと、化け物だって思ってる……だから私は、リアを聖地に連れていくって決めた」

「だから……? リアが、自分のこと化け物だって、思ってるから?」

「ええ……いくら大金を稼いでも、リアは、化け物にしかなれなかった。けど、聖地へ行けば人間になれる。それがこの国のルールだから。だから、リアを聖地に連れていって、言ってあげるの。あなたは人間なんだって。誰にも文句を言わせない。どんなに強くても、あなたは人間。あなたは、リアなんだって……」

「……そのために、聖地を目指すって、リアに言ったの?」

「そうよ」


 格好いい……

 ただ真っすぐに、リアのことだけ考えて、それだけのことを断言する。

 自分にはない、眩しさだった。


「……わたしはただ、リアについていくことしか考えられなかったのに……やっぱ、フィールはすごいね」

「そう? 私には、レナの方が、ずっとすごいって思うわ」

「え?」


 意外な言葉に聞き返してみると、レナへ向けるフィールの目には、確かな尊敬と、羨望の感情があった。


「私はリアのこと、一目見て、戦った後は、化け物だって思った。正直、それが普通だと思う。まして、そんな姿をずっと目の前で見続けたら、あの村みたいにリアを見るのが、多分、普通のことなんだと思う。あの時、ネアさんに頼まれてなかったら……多分、ここまでリアについてくること無かったって、今でも思ってる……」

「……」

「けど、レナだけは、そんなリアのことを、別の見方してた。リアのことをよく見て、よく考えて。リアのこと、化け物じゃない、人間なんだって思って。化け物だって考えてた自分のことを恥じて。リアにとって、ネアさん以外にたった一人、優しい人でい続けた。それって多分、とてもすごいこと、なんだと思う」

「そう、かな……?」

「ええ。長い間、そんな人でいられたから、リアも、あなたのことは大切に思ってた……正直、あなたのことが羨ましい……」

「フィール……」


 多分、レナ自身がずっとフィールへ向けてきたのと同じ視線を、フィールも、レナに向けている。羨望や尊敬、それだけじゃない。強くて深い、嫉妬の視線を……


「私は、長い間ずっとリアのそばにいてあげられた、レナとは違う。そんな私にできることは、もう、リアを聖地に連れていってあげること。それくらいしかないから。そうしないと……」

「……」


 詰まってしまった言葉の先を、聞こうとは思わなかった。聞かなくても、何となく分かったから。



 三人とも同じだ。


 リアはずっと、お母さんのために生きてきた。お母さんの足を治して、自分のことを、お母さんの息子だって、自分自身が認めるために。

 自分自身を、許すために。


 フィールとレナにとっては、それがリアだった。

 リアのために生きる。リアのことを、聖地に連れていってあげる。

 それが、自分達が本当に、リアのことを大切に思っていることなんだって、自分自身に証明するために。

 そして、リアのことを、少しでも化け物と思ってしまった、自分達を許すために……



 お互いに手を繋ぎ、顔を見合わせる。

 お互いの顔を見て、そんなお互いが同じように思い浮かべる人を、同じように思う……


(リア、大丈夫かな……)

(会いたい……今すぐ、リアに会いたい……)


 自身の生き方、そして、考え方を変えてくれた存在。

 大切な家族となる少年の顔を思い出しながら、二人は、先を急ごうとした。




「いたぞー!」


 そんな二人のはやる気持ちを、平気で邪魔する声が、再び響く。

 そんな声を上げた奴らを乗せたバイクは、二人を取り囲み、包囲した。


「見つけたぜぇ、奴隷ども。さあ、今すぐ俺を聖地に連れていって一生養いな」


 目的はただ、面白おかしく、楽して生きたいだけ。ただそのために人間を捨て、化け物になって、なのにまたニンゲンになるために、魔法使いを探している。

 三人のように、何かに許されたくて聖地を目指すわけじゃない。自分だけは、聖地に行くことを許されていると本気で信じ込んでいる。

 そんな、家族にするには拒ましい連中に対して、二人は無言で武器を取った。


「はあ? 何だいアンタ達! 奴隷のくせに、このアタシに向かって何だいその態度! それが守るべき人間への態度か? ああん!?」

「こっちは遊びじゃねえんだよ! 一生の生活が懸かってんだ! いい加減奴隷のお遊びに付きあわせんじゃねえぞ! 俺の人生の邪魔すんじゃねえ!! 奴隷のクソガキどもがぁああ!!」


 下品に喚き散らす、男達や女達の言葉は既に、二人にとって意味は無い。

 二人にとって重要なのは、ただ、自分達を守ると言ってくれた、少年のもとへ走ること。

 そのために、邪魔な騒音は排除する。そう決めて、互いの背中を合わせた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ぎゃあああああああああ!」


 何十台というバイクに刀をぶつけた。結果、乗っていた連中は地面を転がった。

 何十匹というハウンドを斬り捨てた。結果、真っ二つの死体が地面に転がった。


 結果……彼らは諦めることなく、リア達の乗るケイトラを追いかけ続けている。


「さっさと降りろ奴隷ー!」

「いい加減、自分がアタシの奴隷だって自覚しなさいよ!」


 そんなふうに、何時間という時間を走り回っていた。


「やっぱり、キリが無い……」


 呟きつつ、肩げていた長刀を足もとに放った。

 次に刀をしまえば、もうこれ以上刀は使えなくなる。そうでなくとも、一晩中戦い続けていれば、出し入れうんぬん関係なく体力は削られる。

 何より、一向に数が減らないのでは、迂闊に扉へ走ることもできない。

 こうなってしまっては、一度に倒すしかないのだが……


「……なあ!」


 運転席まで下がり、アシュに呼びかけた。アシュが気付いたのを見て、尋ねてみた。


「この街の、どの道を通ればどこへ行けるか、分かるか?」

「え? あ、はい! この街の道のことは、全部知ってます」

「……だったら、頼みがある……」


 そして、また迫ってきたバイクを倒しつつ、アシュに指示を出す。


「……え? でも、そんなことしたら……」

「大丈夫だ。俺に考えがある」

「でも……」

「俺を信じろ。俺は、お前を信じる」

「……」


 その言葉に、アシュはアクセルを踏み込んだ。



 戦いながら、ケイトラとしての最高速度で走り続け、やがて、街の上の方までやってきた。

 見回して、下を見れば、街の全てが見渡せて、街の向こうまでよく見える。

 今時、興味がある奴なんか一人もいないが、ここから見た日の出はさぞ美しいだろう。

 そんな場所までケイトラで上って、同じように、そんな場所まで上ってきたバイク達。


「リアさん! これ以上はもう!」

「構わない! 俺が何とかする! そのまま全力で走らせろ!」


 ここへ行くことを決めた時と同じようなやり取り。その時と同じように、追いかけてくるバイクやハウンド達の速度まで同じ。

 そんな連中から目を離し、進行方向を見た。


「もらったあー!!」


 そうして目を離したリアに向かって、スピードを上げたバイクの男が、手を伸ばした……


 その手が届くより前に、リアはまた、荷台の端……否、角まで走った。


「左に曲がれ!!」


 叫んだ直後、刀を逆手に、両手で握り、地面に向かって突き立てた。両足は荷台の壁を踏み込んで、両手両足、体全体に力を込める。

 突き刺さった刀を起点に、真っすぐ走っていたケイトラは、左へ回転した。



「はあ? 何バカなこと……お、おおおおおおおおお!?」


 ケイトラと、奴隷ばかりを見て、前を見ていなかったせいで、男は気付かなかった。


「うわあああああああああああああああ!!」

「なんだ! なんだあああああああああ!!」

「いやあああああああああああああああ!!」


 最初の男と同じ。奴隷とケイトラしか見ずに、追いかけるためにアクセルを捻りっぱなしだった連中。そして、同じように、追いかけることしか考えていなかったハウンド。

 全員、進行方向に切り立っていた断崖絶壁に気付かず、ガードレールや、標識や注意書きさえ何もないそこへ飛び込んでいった。

 後ろにいた連中の中には、急ブレーキを掛けた物もいた。だが、猛スピードで追いかけ続けていた車が、急に止まれるわけもない。走っていた全員が全員、崖の下へ消えていった。


 そして、本来ならアシュの運転するケイトラも、曲がり切れず同じ末路を辿るはずだった。

 だが、リアが刀を突き立て、外からブレーキを掛けたことで、速度を維持したまま車体は180度回転し、崖とは逆方向、元来た道を、無人の中、走っていくことになった。



 目論見が上手くいき、アシュが興奮に絶叫している中で、リアは刀をしまって、助手席に戻った。


「アシュ、ありがとう」

「いえいえ、そんな……」


 礼を言うと、アシュは、照れ臭そうに笑った。

 後ろを振り返っても、前や左右を見ても、もうバイクも、ハウンドすらも、追ってくる気配は無い。


「上手く振り切れましたね」

「ああ」

「じゃあ、このまま聖地の扉に向かっちゃいますね」

「……」

「そこで、魔法使いの、あの美人なお姉さん達が待ってるんでしょう?」


 アシュの言葉に、リアは、疲れからかすぐには答えなかった。

 少しだけ、呼吸を整えた。そして、呼吸が正常になったところで、ああ、と、声を出して頷いた。


「そうですか……」



 リアの返事を聞いた直後、アシュは急ブレーキを踏んだ。


「……?」


 リアが疑問を感じ、アシュを見た時……


「……?」


 唐突な、胸への感触に動きが止まる。何事かと、胸を見る。

 胸には、ナイフがあった。突き刺さったナイフには、アシュの小さな手があった。


「すいません」


 いつも聞いてきた、丁寧な声が聞こえた。


「あなたはそれだけ強いんだから。聖地は、弱い僕に譲って下さい」

「……?」


 リアは、返事をしない。もっとも、返事をしたところで、アシュにそれを聞く気は無い。

 ナイフを食い込ませつつ、ナイフとは逆の手を伸ばし、助手席のドアを開く。

 外へ、リアを押し出し、ケイトラから突き落とし、ドアを閉め、再びアクセルを踏んだ。




「やったああああああああああああ!!」


 ケイトラを走らせながら、アシュは、Uターンが成功した時以上に、腹の底から絶叫した。


「これで僕も、聖地の人間だあああああああああああ!!」




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