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ネロ・バーサーク  作者: 大海
第一章
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第1話  花さく森の道 化け物にであった

「リアー! リアー!」


 少年は、閉じていた目を開いて、横にしていた体を持ち上げた。

 左手で上半身を支えつつ、声がした方向に目を向ける。


 彼が体を預けている木の枝の、遥か下。

 彼女は、少年以上に大きな瞳で見上げながら、立派だが、使い込まれた弓を左手に、右手を大きく振っている。


 第二ボタンまで外した白のワイシャツの上に、緑色の丈夫そうな皮のベストを羽織っている。

 ベストの色に似た緑色のスカートを揺らす、長い栗色の髪を後ろに束ねた少女。

 派手ではないが、十分にお洒落と言っていい。そんな服装の背中に、たっぷりの矢が詰まった矢筒を背負う美少女は、いつものように、爽やかで純朴な笑顔で少年を見上げていた。


「……」


 そんな少女を見て、少年は、また木の枝に寝転がった。


「ちょ、リア! 無視しないでよー!」


 少年の態度が気に障った少女は、もう一度叫んだ。

 リア、と呼ばれた少年は、仕方がないといった様子で、あお向けの体をうつ伏せにし、億劫そうに少女を見下ろした。

 粗末な黒い服の上にあった、化け物のように長すぎる髪が、木の下へ垂れ下がった。


「もしかして、一日中寝てた?」

「……他にしてほしいことでもある?」

「え? えっと……」


 木の上から、気だるげな声でそんな質問を返される。少女は少しだけ考えて、思いついた言葉を返してみた。


「えっと……久しぶりに……学校に、行ってみたり?」

「……」

「ああ! ごめんね。それじゃあ、えっと……久しぶりに、一緒に狩りに行かない?」

「狩り? 一緒に?」

「そう。この前、獣の穴場見つけたんだ。一緒に行こうよ」


「……そう誘うなら……」


 リアは、冷めた声を返しながら、またあお向けになった。そして、ぶら下げていた右腕を、空に向かって伸ばした……と、同時だった。


 バキバキバキッ……という音が、木の枝から響いた。

 そして、その右腕を振った時、


「うわあッ!」


 少女が悲鳴を上げながら、立っていた場所から後ずさる。その瞬間、ズドンッ、と、それなりの太さを持った木の枝が、寝転がったリアごと目の前に落下した。


「誘うくらいなら、近くにいる獲物くらい気付けよ。レナ」

「もぉ……あのくらい、私だって気付いてたよぉ」


 枝から立ち上がったリアに対して、不服そうに答えたレナが、そしてリアが、視線を向けた先。

 そこへ向かうために、リアは歩き始めた……が、途中で足を止めた。

 頭を何かに引っ張られているらしい。

 その何かは、すぐに分かった。


「……」


 リアは面倒くさそうに髪を引っ掴むと、手馴れた様子で、ぶちっ、という音を鳴らした。

 すると、一緒に落ちた太い枝から、髪の毛を簡単にほどくことができた。

 代わりに、その枝には大量の髪の毛が絡まったままでいる。


「……引き千切るくらいなら、いい加減切った方がよくない? その髪」

「……かもな……」


 ボソリ、という擬音が似合う、静かな声を返しながら、今度こそ目的の場所へ歩く。


 そこには、大の大人でも見上げるほどに巨大な、獣が一匹、死んでいる。

 大きな丸い鼻と、大きな鋭い牙が特徴の、四足歩行の巨大な獣……イノシシだ。


 死因は、どう見ても刺殺死。イノシシの脳天に、刀が一本、突き立てられている。

 柄と鍔が、透き通るほどに真っ黒な刀。

 だが、そこから伸びる銀色の刀身と、柄の長さは、合わせると、イノシシの体高を超える長さがある。

 頭部を貫く刀は、脳から体内へ侵入し、イノシシの喉元、腹部さえ超え、地面にまで届いている。


「猟師の娘のくせに、ここまで近づかれなきゃ気付かないのか? もっとしっかりしろよ。年上だろう」


 刀を引き抜きながら、ボソリとリアに指摘されたことで、レナの顔が真っ赤に変わる。


「いや……そのくらい、ここに来た時から気付いてたって。あと、何度も言ってるけど、いちいち年上って言わないでよ。ただ、リアより八ヶ月早く生まれたってだけで、一ヶ月前までは、同い年だったんだから……」


 途中からうつむき、どんどん声が小さくなっていく。

 身長こそ、リアより多少高いようだが、それでもその態度は、同い年や、まして、年上、という言葉は似合わない、弱々しい姿だった。


 そんなレナを見やりつつ、リアはイノシシの体毛を左手に引っ掴むと、


「どの道、これで狩りに行く必要はなくなった……欲しいならやる」

「……いらない。わたしはまた、自分で見つけるよ」

「……なら、もう行く」


 最後の言葉を返しつつ、掴んだイノシシを引き摺り歩いていく。

 その時、右手に持っていたはずの、寝ていた木の枝をへし折った、重く、長すぎる刀は、どこかへ消えていた。




 ズリ、ズリ、ズリ……

 巨大なイノシシを、左手で引き摺りながら歩く、小さな少年。

 引き摺る様は重そうにも見えるが、そんな彼の顔は、長すぎる髪に隠れているせいで、表情も感情も見えない。

 だが少なくとも、右手に拾った石をもてあそび、淡々と進んでいくその様からは、疲労や苦労といった様子は感じられず、むしろ平然と、余裕な様子で歩いている。


 そんな様子で引き摺り歩いていくうち、森を抜けた先にある、村に辿り着いた。

 特に変わった建物や、歴史ある建造物があるわけでもなし。

 川が流れ、畑が作られ、花も咲いている。

 住民の住まいである家々が並び、何かしらの仕事や作業を行う住民達の姿が見える。

 ただそれだけの、地図の片隅を探せばいくらでも見つかりそうな、自然の中のありふれた小さな村。


 ズリ、ズリ、と、音を響かせながら、看板の掛かった入口に足を踏み入れる。

 踏み入れ、数歩歩いた時、ずっと右手にいじっていた石を、真横に放り投げた。

 その直後、カチャリ、と、軽い何かが砕ける音が響く。そして、そんな音の四方八方に、透明な何かと、黄色の何かがドロリと飛び散り、白い破片と共に地面に落ちた。


 石を放り投げた方向へ、リアが視線を向けると、そこにはリアより遥かに幼い男の子が、悔しそうに表情を歪めているのが見えた。


「なにやってんの!」


 そんな男の子に向かって、甲高い女性の声が飛ぶ。

 女性は表情を怒らせながら、男の子の両肩を持ち、目を合わせ、語りかけた。


「食べ物を粗末にするんじゃないっていつも言ってるでしょう! 卵を無駄にして、投げるなら石にしなさい! いくらでも転がってるしどうせ何もしてこないんだから!」


 叱りつけた男の子の手に、卵ではなく、それなりの大きさの石を握らせる。

 男の子は嬉々として、再びリアに向かってそれを投げつけた。


「くらえバケモノ! 早くどっかいけ!」

「バーカ! バケモノー! わたしたちの村に入ってこないで!」

「お前の大好きな石だぞー! いくらでもやるから土下座して礼を言いな!」

「悔しかったら、物干し竿出してやり返してみろよー!」


 最初の男の子に加えて、どこから湧いて出たのやら、この村に住む子供達の、ほぼ全員が、歩いているリアに向かって石を投げつけていた。

 リアより年下もいれば、年上もいる。男の子は元より、女の子もいる。

 そんな子供達の全員が全員、面白おかしく笑いながら、石を投げて遊んでいる。


「……」


 そうして飛んでくる石を、リアは、無視して進んだ。

 飛んでくる石の、受け止められるものは受け止めて、避けられるものは避けて。

 防ぎきれないもの、わざわざ防いでいられないものは、その身に受けて。

 リア自身、こんな石をいくら受けたところでケガなどしない。それでも、歩くくらいは普通にさせて欲しいと、この村に入る度に思わされる。


 そんなリアと、子供達の様子を遠巻きに見ている、大人達はと言えば……


「まったく、さっさと出ていきやがれ……」

「終わったら石の掃除はガキどもにさせてるが、それでも残った石で何度転びかけたと思ってやがる……」

「子供達のおもちゃくらいにしかなれないくせに、私らにまで迷惑かけんじゃないわよ……」


 子供達に対して、歪んだしかめっ面を浮かばせて。

 その実、そんなしかめて歪んだ感情は、リア一人だけに向けている。


「昨夜もあいつ目当てに、盗賊が集団で押し掛けたって話だぜ……」

「まったく、それで俺達まで迷惑するんだ。たまったもんじゃねえよ……」

「あーあ……最近じゃ、あの髪見ただけで今日一日、イライラしっぱなしよ……」

「村の全員そうさ。いつまでも村の目と鼻の先に居座りやがって……」


 歪んだ感情も、飛んでくる石の全ても、リアは相手にしていない。

 そんなリアとは違って、子供達は無視をする気は無いようで……


「ほらほら、バカのバケモノー! 石があたっても痛くないんだろー!」

「早くどっかいけー! きもち悪いかみー!」

「髪を切るハサミ買う金も無いんだろう! オラくれてやるよぉ!!」


 子供達の中でも、おそらく最年長らしい少年が、投げる。


「――ッ!」


 少年が投げた、錆びついた大きなハサミ。それを受け止めたリアを見て、全員、ピタリと動きを止めた。


「……」


 視線をそんな子供達から、遠巻きに小声で話しているだけの大人達へ。

 大人達もまた、しかめっ面ながら楽しそうにしていた会話を中断し、ジッとリアを凝視している。


「……」


 ズリ、ズリ、ズリ……

 子供も大人も無視して、またリアは歩き出した。


「なんだよ! やり返さねーのかよ! 化け物がぁ!!」


 ハサミを投げた少年が、今度は石を投げる。他の子供達も同じ。


 そんな様子を見ていた、大人達はガッカリした様子で会話を再開させた。


「いっそのこと、マジに『聖地』に依頼して、『魔法部隊』にアイツの退治頼むか?」

「バーカ。こんなド田舎、相手にされるわけねーだろう。第一、誰がそんな金出すんだよ?」

「化け物本人に出させんだよ。噂じゃ、馬鹿力に物言わせて、まあまあ溜め込んでるって話しだしな」

「じゃあ、その金アンタが盗ってくんの? あんな汚い髪した化け物の家まで?」

「第一、あの髪見れば分かるでしょう? 髪と一緒で頭だってバカなんだから、金なんて持ってるわけ無いわよ」

「まったく……キモくてバカで、金も無い。とことん使えねぇし、迷惑にしかなってねぇよなぁ、あの化け物髪の毛」

「そんなのがなんでよりによって、いつまでも俺らの森に居座ってんだか……」


 わざわざ言葉に出してはいない。そもそも、子供達の声のせいで、リアの耳には届かない。

 それでも、そんな大人達の考えなど、リアでなくともよく分かる。


 あのまま子供達にやり返してくれたら、追い出す口実にちょうどよかったのに……

 この村の近くに、この森の中に置いてやってるんだ(・・・・・・)。この村に何かしたなら、もうこの森にはいられないんだから……

 子供達にいっぱい遊んでもらってるんだ(・・・・・・・)。いい加減、お礼を言う代わりに出ていけよ……


 考えるよりも、遊んだ方が楽しいから、化け物を使って目いっぱい遊ぶ子供達。

 そんな子供達の遊びを利用して、化け物を追い出すことばかり考える大人達。



 村中から、そんな歪んだ敵意と迫害しか受けていない。

 そんなリアを使った遊びを中断させたのは、彼らとは別の場所にあったもの。


「オラガキどもぉ! 仕事の邪魔だぁ!! さっさと帰れええ!!」


 今にも、空気が割れそうな絶叫。子供達は手も足も止め、大人達は会話を止める。

 そんな絶叫の先にいる、坊主頭に、小麦色に日焼けした中年の男は、驚きつつもリアの周りから離れない子供達に向かって、弓矢を構えた。


「オラさっさと帰れ! なんなら俺が代わりに遊んでやろうか? あぁん!?」


 全く変わらない声量と、それこそ化け物のような形相に、子供達は思わず逃げていく。


「……悪かったな。わざわざ……」

「気にすんな。いつものことだ。こっちも仕事だしな」


 話しかけるリアに、男は他の大人達とは違い、微笑みを浮かべた。

 子供達に向けた顔とは真逆な、誰もが親しみを懐きたくなる気さくな態度で、リアと向き合った。


「今日の獲物だ」

「おぉー、さすがに今日もデカいな……七でどうだ?」

「……少し安くないか?」

「こっちも不景気でな。世の中は好景気だって騒いでるが、そんなのは都会だけだよ」


 直前にあったことは全て忘れて、二人だけの会話に集中している。

 子供達も、遠巻きに見ていただけの大人達も既に……いや、最初から、リアの眼中には無い。

 それは、この男も同じ。


「十とは言わないが、せめて九は欲しい」

「それもこっちとしてはきついな……八だ。それ以上は無理だ」

「八……分かった。それでいい」


 まだ納得はしかねている。それでも最後には妥協した様子で、頷いた。


「じゃあ、八万ティラーだ。数えてくれ」


 言いながら、ティラー……金の入った皮袋をリアに手渡した。


「悪いな、そんな汚い袋しか無くて……しっかし、聖地の奴らも、魔法のおかげで生活潤ってるっていうなら、うちみたいにか弱いド田舎にも、少しくらい恵んでくれても良いのにな」

「期待するだけ無駄だ。あそこは自分達が、いかに楽して一生潤っていられるか。それ以外に興味なんか無えよ……」

「金は天下の回りもの、とかいうが、結局回るのは金持ちとその土地だけってことか」

「そういうことだな……貧乏人は、貧乏人同士で小銭を回すしかないってことだ」

「相変わらず、夢も希望も、未来も無ぇ世界だな」

「今更だろう。とっくの昔に手遅れだ……この村と同じで」

「まったくだ」


 最後はお互いに声を抑えつつ、袋の中身を数えていく。

 もう一度頷いてから、ズボンのポケットにそれを突っ込んだ。


「じゃあな」

「ああ。また頼むぜ」


 一見すれば、良好そうな関係ながら、リアの顔で唯一見える口元は、終始、笑みが無い。

 ただ仕事上必要な、最低限の信頼関係のみを築き、それ以上は無い。

 そんな冷めた態度で、荷物が無くなり軽くなった足取りで、去っていく。



「親父」


 リアの、イノシシを買い取った男に、若い声が呼び掛ける。

 筋肉質のようだが、立ち居振る舞いのせいか、なよっとした印象を受ける。

 態度と表情には覇気がなく、代わりに、大人達よりもやたらと嫌悪を滲ませている、そんな顔だった。


「なんだ?」

「いつまであんな奴の相手する気だよ。あいつが来るせいで、俺達まで白い目で見られてるの、親父も知ってるだろう!」


 再開された遊びの中を歩くリアを指差しがら、そう言った。

 遊びの中でもリアに聞こえるかもしれないだけの、大きな声だった。

 というより、本当にリアに聞かせようとしているのかも知れない。


 だがそんな声に対して、父親は微笑むだけ。


「そう言うな。実際、あいつの腕には助けられてるんだ。嫌ならただの金づるだと思っておけばいい」

「親父は、あの化け物が嫌いじゃねえってのか?」

「さあな……」


 息子からの質問に、父親は曖昧な声を返す。


「別に、好きとか嫌いとか、大して意識したことはねえよ。ただお互い、食い扶持として必要な、仕事上の関係ってだけだ。だから獲物を売りにくれば相手する。仕事の邪魔をするガキどもは追い払う。それだけだ。あいつの方も、その程度に思ってるだろうよ」

「それなら、レナで十分だろう」


 息子は更に、怪訝そうな声を上げる。


「あの子だって、しっかり獲物を獲ってきて、売ってくれるんだ。あんな化け物髪の毛とは縁を切って、レナとだけ取引してりゃいいじゃねえか」

「それ、ただお前がレナを贔屓してるだけじゃねえか」


 嫌に冷たい声と顔で、父は息子に言い返す。


「それに、化け物だとか、他の連中のこといちいち引き合いに出してるけどよ、要はレナが、あいつのこと気に掛けてるのが気に入らねえだけだろうが」

「……ッ!」


 冷たい声でのそんな指摘に、息子は分かり易く動揺した。


「まあ、どうでも良いけどな。確かにレナは良い子だし、しっかり獲物も取ってくる。だが、リアほどじゃねぇ。それだけだ」

「それでもしっかりと狩りをしてくれてるだろう。なあ、だから今度あの化け物が来た時、はっきり言うんだよ。お前の獲物は二度と買わない、だから二度と来るなって」


 どうにか父親の考えを正そうと、必死に声を上げ続ける。


「他は全員そうしてるだろうが。村の連中全員、あいつからは物を買いもしないし、売りもしない。うちだけだぞ、あんな、強すぎるせいで賞金懸けられるようなクソガキの相手してるの。なあ、だからうちもそうするんだよ。次にあいつが来た時、他と同じように、二度と来るなってよ。そうすりゃ、あいつだって、いい加減この森から出ていくしか……」

「一番良いのは……」


 息子の、やたらと見苦しい必死な訴えを遮りながら、父親は言った。


「お前が、あの二人くらい働いてくれれば、それで全部解決なんだがな」

「……ッ!」


 明確で簡潔で、当たり前な指摘を受けた息子は、何も言えなくなったらしい。

 そんな息子を無視しつつ、父親は、リアが片手で引き摺り運んできたイノシシを両手に掴んだ。


「まともに狩りができねえんだから、まともな解体くらいしてくれよな。周りや他がどうの言う前に、まず自分の仕事をこなすことだろうがよ」


 最後にもう一度、息子にとっては残酷な正論を浴びせて、リア以上に重たそうに引き摺り運び始めた。



「……」


 言葉であっさり指摘される事実と正論に、怒りが込み上げてくるが、正しいのだから返す言葉もない。

 だから代わりに、その怒りの元を思い浮かべて、腹の中で絶叫し、八つ当たりしていた。

 父親に対して。仕事に対して。

 何より……


「あの……化け物のせいで……」


 化け物と呼ばれ、化け物としか見なされない小さな少年。

 リアに対して……



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おい、化け物髪の毛」


 息子が、腹の中でその姿を思い浮かべているちょうどその時。

 小さな化け物髪の毛は、村から森を出てしばらく歩いた先で、立ち止まった。


 化け物髪の毛……リアよりも背の高い、子供の中でも年長の少年少女らが複数人。中心には、さっきリアに向かってハサミを投げた少年が立っている。

 全員、石を投げていた時と同じ顔のまま、リアを見下ろしていた。


「お前さっき、解体屋のおっさんからイノシシ売った金受け取ってたろ?」


 答えないリアに対して、そもそも答えなど聞く気も無い少年らは、分かりやすい顔を見せている。


「化け物が金なんか持ってても仕方ねーだろう? 俺達が使ってやるから、今すぐよこせ」


 さもそれが当たり前だと、疑問にさえ思わない態度と姿。

 実際、村の子供全員、リアに石を投げるのが正しいことだと認識しているのだから、何をしても許されると理解しているんだろう。

 だから、それが人の稼いだ金ならともかく、化け物のものなのだから奪っても良い。

 そう認識して、金をむしり取ることに何ら疑問も抵抗もない。

 もっともそれが、化け物に限った話なのか、はなはだ疑問ではあるのだが。


 そして、そんな少年らに対して、リアは……


「……」


 無言でポケットをまさぐって、さっき受け取った皮袋を取り出して見せた。


「……ははっ! 髪の化け物でも人間の言葉は分かるんだな」


 差し出された袋に、ハサミの少年が手を伸ばした時……


 リアが手を動かした瞬間、その手に持っていた皮袋は、彼らの頭上高く飛んだ。

 そんな袋に向かって、リアも、地面を蹴る。

 ハサミ少年の身長よりも遥かに高く飛び上がり、皮袋を掴み、少年の後ろに着地する。


「欲しいなら、別にくれてやっても良い……取ってみろよ?」

「……あ?」


 差し出すフリをして、そんな行動を取ったことにも、そんな言葉にも態度にも、全てが少年らの神経を逆なでした。


「テメェ……何様のつもりだ! お情けでこの森に住まわせてもらってるくせに、偉そうにしてんじゃ……!」


 早口にまくしたてるハサミ少年だったが、突然喋るのをやめた。


「おおっ! お、おお、おお……!!」


 喋る代わりに、そんな無意味な声を上げて、地面に背中から倒れこんだ。


「……たかが物干し竿の一本も持ってられないんじゃ、カツアゲなんて向いてない」


 そんな彼の体の上には、あのイノシシを仕留めた、大きくて、長い刀があった。

 突然、リアからパスされて、思わず両手に受け止めて、その重さと大きさにバランスを崩した。

 そうして、マヌケに倒れたハサミを潰す刀の上に、リアは足を置く。


「おいテメェ!」

「なにしてんだ! そんなにこの森から追い出されてえのかぁ!?」


 残った少年達は、口々に文句を叫んでいるが、刀ごとハサミを踏みつけているリアは動じず、冷たく微笑んでいる。


「ここは、村からは離れてる。お前らを守ってくれる大人が、どこにいる? ここでなら、お前ら全員死んだって、獣のせいだって言って終わりだ。化け物が殺した証拠はない」


 事実を指摘され、まだまだ言い足りない様子なはずの少女らは、口をつぐんだ。


「……ほら、足はどかしてやったぞ。助けてやれよ」


 言葉の通り、刀から足をどかしていた。

 だが、それで動こうとする者は、この場に一人もいない。


「……まあ、無理だろうな。全員、少なくとも一度は、物干し竿に潰されたものな」


 リアの言った通り。

 今まで何度も、今日のようにリアに絡み、その度に、誰か一人はハサミと同じ目に遭い、刀の重さを味わうことになった。

 そのことを思い出して、全員が動けず、刀に恐怖していた。


「……て言うか、もう何十回も言った気がするが、お前らこそ勘違いするな」


 子供とは言え、五人か六人もいれば、簡単に持ち上がるだろうに……

 敢えて声には出さず、動揺する彼らに対して、邪悪に歪んだ笑顔の口で。


「お前らが俺を許してるんじゃない。俺が、お前らを見逃してやってるんだよ」


 ハサミを潰していた刀を持ち上げ、肩に乗せる。


「お前ら、俺の強さを知らないわけじゃないだろう? 十分もあれば、あんな村、お前らごと全部ぶっ壊せる。そのこと分かってて、やってるんだよな?」


 彼らが、そしてリアが、物干し竿と呼ぶやたら長い刀を向けながら、言い放つ。

 すると、倒れたままのハサミを含む、全員の顔が蒼白に変わった。刀の重さとは別に、何かを思い出し、それと、目の前のリアをひどく恐れている。

 それを見て、リアは邪笑を見せたまま、彼らの間を通りすぎていく。


「だが、今はそんなことはしない。仕事があるからな。石を投げたいなら好きにしろ。ただし、村の中だけだ。一歩村から離れたら、もう我慢しない。当然、仕事の邪魔も、金を盗むこともさせない。俺の家にも近づくな。それをした時は……」



「全員殺す」



 最後の一言と共に、空いた左手から何かを投げた。

 直後、未だ倒れたままでいる、ハサミの頭の真横の地面に、茶色にさび付いたハサミが突き刺さる。

 投げられてからずっと持っていたらしいハサミを、ハサミに確かに返却したリアは、悠々と森の向こうへ歩いていく……



 リアが去り、緊張の解けた少年らは、それを合図に抑えていたものを、怒りにまかせて爆発させた。

 無意味な声を絶叫する少年もいれば、そばにある草むらを無駄にむしり取る少女もいる。手近な木を殴る蹴る男の子。綺麗に咲いた花を片端から引き裂く女の子。地面から引き抜いたハサミで、地面をやたらほじくるハサミ。


 行動はバラバラながら、全員が思っている言葉は似たり寄ったり。

 俺達が遊ぶためのおもちゃのくせに、俺達よりも強いからと調子に乗りやがって……

 見下される化け物の分際で、偉そうに人間様を見下しやがって……

 根暗でキモいバカ野郎が、いつまでも俺達の森に居座りやがって……


 そう思っていても、アイツの強さはよく知っているから、できることは、自分達と違って何も知らない、自分達より幼い子供らにならって、罵倒しながら、大人の目のある村の中だけで、石を投げるくらいがせいぜい。

 だが全員バカなせいで、そんな遊びを繰り返し、優越感に浸って恐怖を忘れたころに、また今日と同じマヌケを繰り返す。

 そしてまた、今日のように脅されて、やっと恐怖を思い出す。

 すでに何度繰り返したか分からないイタチごっこ。



 自分達に都合よく、望み通り物事が回ることを疑わず、ダメな時は、バカみたいに暴れ、怒鳴り散らす子供達。

 そんな子供達を放任し、自分達に都合の良い行動と結果を招いてくれる時を、バカみたいに待つだけの大人達。

 一部を除いて、そんなバカしか住んでいない村がある。この森が、化け物の故郷だった。


「なんだってあんな奴が! 俺達の森にいつまでもいやがるんだあああ!?」




 そんな故郷の中を、聞こえてきた絶叫を無視しつつ、リアは悠々歩いていく。

 彼らの前を歩いた時、ハサミやすれ違った数人からこっそりスった、現金やら財布の中身を見て、溜め息を吐きながら。




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