第7話 ニャンニャン ニャニャーン ニャンニャン ニャニャーン
巨大な牙と爪を光らせながら、真っ黒な体毛とタテガミを逆立てた魔獣は、最も近くにいるリアに飛び掛かった。
リアはその巨大な顎に向かって、鉄靴を突き出す。
伸びた右の鉄靴は黒獅子の下あごを蹴り上げ、口を閉じさせた。
しかし、代わりに爪を光らせる前足がリアの顔へ伸びた。
「ぐぅ……ッ」
二本の前足は、両手に掴んで受け止めた。しかし、不意を突かれたうえ、足一本だけでは、イノシシを超える巨体と衝撃を受け止めることはできず、すぐにバランスを崩す。
そこで、倒れる前に自ら足を離し、地面に落下した。
同時に、背中が地面に着く前に、左の鉄靴をクロジシの腹部へぶつけた。
「グゥウウウウッッ!」
苦しげな呻き声を上げながら、蹴り上げられたクロジシの体は、真後ろへ飛んでいった。
もちろん、この程度で倒せるわけがない。
実際、後ろへ蹴り飛ばされたクロジシは既に四足で立ち直り、リアが構えるよりも早く構えていた。
リアに向かって走る……のではなく、リアとは真逆へ跳び、距離を取る。
直後、クロジシの立っていた地面に矢が突き刺さった。
「リア、下がって!」
レナは弓を構え、リアの前に出た。
「こっちよ!」
同時に、赤髪のフィールが走り、灼熱の剣を振う。それも、クロジシは上へ跳ぶことで避けた。
「そこ!」
そこへ向かって、レナが矢を射る。
空を裂く銀色の光は、逃げ場のない空中のクロジシを捕らえた。
しかし、そこは急所ではなく、左肩。リアが長刀で刺した箇所とは逆の部分。
「グアアアアア!」
更に手負いとなり、威嚇と咆哮はより凶暴さを増し、その怒りはレナへ向けられた。
「でやああああ!」
レナを見るクロジシへ、再びフィールが向かった。
しかし、振われた剣が当たるより前に、クロジシはレナへ走っていた。
「はっ……!」
レナはすぐさま、構えていた矢を射った。
しかし、クロジシは走りながら簡単に避けてしまう。
あまりの速さに、新しく矢を構える暇もなく、クロジシは目前まで迫る。
「どけ!」
「うわ!」
リアが絶叫し、襟を掴まれると、真上へ放られた。
その下にいたリアはクロジシへと走った。
クロジシの長い前足が、再びリアに向かって伸びる。
それをリアは、正面の、クロジシの頭上へ跳ぶことで避ける。と同時に、その長いタテガミに手を伸ばし、がっちりと引っ掴んだそれを、思い切り引っ張った。
怪力に引っ張られたクロジシの体は真上を向き、頭と背中が地に着き、下腹部が天を仰いだ。
「フィール! レナ!」
「はああああああああああっ!」
既に走ってきていたフィールが声を上げながら、剣を振った。
熱したことで威力を増した左の斬撃は、クロジシの左前足の、ひざから下を切り離した。同時に繰り出された右の突きが、上を向いた左眼をえぐった。
「グギャアアアアアアアッ!」
熱さと痛みを同時に受け、咆哮を上げた時……
ドスッという音がした。クロジシの下腹部の中心に、一本の矢が突き刺さった。
「グゲァアアアアアアアッ!」
レナは弓を構えた状態で、既に地面に下りていた。
「……落ちながら矢を射るなんて初めてだったけど、意外と当たるね……」
地面に降り立ち、着地の衝撃に足が痺れている中……
「気を抜くな! まだ生きてるぞ!」
その声で、力の抜けていたフィールとレナに、驚愕と同時に緊張が走る。
クロジシは、残った三本の足で直立し、肩と腹の矢をそのままに、頭を振ることで左眼を潰した剣を引き抜いた。
「くっ……!」
フィールが右手に残った剣を構えながら、急いで背中からもう一本、剣を抜いた時、
「グオオオオオ!」
「きゃあっ!」
襲い掛かかってきた巨黒に対し、咄嗟に剣をクロスさせる。
だがそんな防御も、残った右前足の一振りで二本とも砕かれ、体勢を崩された。
「フィール!」
レナが声を上げながら、再び矢を射る。
だが、矢が届くより早く、その場から跳んだ。
「うぅ……!」
フィールはすぐさまひざ立ちになり、背中に残った最後の一本を抜く。だが、
(速すぎる……)
四足だった時と変わらない……下手をすればそれ以上の速度で、目の前を走っていた。
フィールの後ろからは、レナが何本も矢を射っている。
だがそれが届くよりも早く、別の場所へ走り、矢が刺さる気配はない。
クロジシの走る場所を予想し撃つこともしているが、クロジシの方もそれを予想しているように、矢が刺さった地面へは、そもそも近づきすらしていない。
矢を撃ち続けることでフィールに近づくことだけは防いでいるが、
(矢が無くなったら、お終いだよ……)
背中と腰に下げた矢筒の中身を気にしながら、いつか尽きる矢を連射するしかない。
「あとは任せろ」
そんな二人に、掛けられた声があった。
その声が聞こえた瞬間、先程レナがされたように、フィールの身が後ろへ引っ張られ、放られる。と同時に、そんなフィールの目の前を、クロジシと同じく、だが遥かに小さな黒が走り抜けた。
「こっちだ、黒ネコ!」
フィールの代わりに飛び掛かってきた、クロジシの爪にしゃがみつつ、頭の真上に来た後ろ足を引っ掴んで、それを力の限り、正面に向かって投げ飛ばした。
「黒毛同士、遊んでやる……立て黒ネコ」
再び走る。投げ飛ばされた先で既に直立しているクロジシと、再び対峙した。
「グアアアァァ!」
巨大な口を開き、喰らいつこうと襲い掛かる。それをリアは、頭上へ飛んでかわした。
同時に、揺れる尻尾を真上から両手で掴み、クロジシの巨体を上へ引っ張り上げる。
地面に着地すると、両手に掴んだ尻尾を振り下ろし、地面に叩きつけた。その後も左右に振り回し、何度も、何度も地面に叩きつける……
「飛べ……!」
地面がへこむまで叩きつけた後は、再び真上へ放り投げる。
そして、上から降ってきたところを狙い、跳び上がり、鉄靴をお見舞いする。
だが、鉄靴が届くより前に、巨大な後脚で振り払われた。
後脚にぶつかったリアの身は、振り抜いた方向へあっさり飛んでいった。
「リア! ウソ……!」
「力はあっても、リア自身の体重はすごく軽い。だから簡単に飛ばされるんだわ」
それなりの高さから、かなりの力で地面に叩きつけられたリアは立ち上がると、クロジシは既に地面に降りて、リアに向かって走っていた。
前脚の爪を立て、リアに振りかぶる。それをリアは、左手で受け止めた。
クロジシは残った牙を向けるが、右の拳で、クロジシの下アゴを突き上げる。
それでまた口を閉じるが、攻撃が効いた様子はない。
掴まれた前脚を振り回し、軽く小さなリアを再び突き飛ばした。
「リア!」
「動くな!」
地面を転がりながらも、リアは、とっさに武器を構えた二人へ叫んだ。
「また狙われる……そうなったら足手まといだ……ジッとしてろ」
ふらつきつつも立ち上がりながら、毅然と言った言葉に、二人とも、焦りと危機感にありながら、逆らうことができなかった。
「心配するな。化け物がこんな雑魚に、殺されるわけないだろう……」
髪の隙間から、不敵に吊り上がった口角が見えた。
そんなリアへ、クロジシは走っていく。
向かってきた鋭い牙を、地面を転がり避ける。
(こいつを仕留めるには……)
土にまみれながら、この戦いを終わらせるための手段を思考する。
(軽傷じゃないケガを負ってる。放っておいても出血で死ぬかもしれんが……)
それまで、自分が生きている保証は無い。むしろ、手負いの獣ほど恐ろしい相手はいない。
何より、海リュウもそうだったが、獣より強い魔獣の頑丈さと生命力は、普通の獣の比ではない。
そこまで考えたところで立ち上がり、最後に残された、唯一の手段を思考した。
(次で六回目……もう、どうにでもなれ!)
半ばヤケになりながら、右手を伸ばした。
クロジシより、リアより、もしかしたら夜よりも黒い、夜の闇に紛れた黒い柄と鍔。
その先端に光る、銀色の輝き。
「出た! これで決まった!」
「……いや、あれは……」
遠くから見ている、レナは、歓喜と期待の声を上げた。だがフィールは、顔をしかめた。
その声に応えるように、目の前を走るクロジシへ長刀を振う。
それを上に跳んで避けられるが、同じように上へ切り返し、刃を当てた。
「浅い……!」
その言葉の通り、地面に降り立ったクロジシは、何事も無かったように走り、
「ぐぅ……ッ」
そこから頭突きを喰らわせる。しかし、先程とは違い、地に着いた両足と、刀の重さのおかげで吹っ飛びはしない。
「うおッ……!」
体制を立て直した瞬間には、目の前にクロジシの巨大な牙があった。
咄嗟に目の前に刃を立てたが、その刃に噛みつかれてしまう。
「……うおおッ!」
刃にかじりついたまま、リアごと刀を持ち上げ、リアの手を離そうと振り回す。
しかし、掴んだ右手が離れるより前に、長刀ごと放り投げられた。
「ぐッ……!」
遠くへ飛んでいく前に、地面に刃を突き立て止まる。
鍔に足を掛けたリアに向かって、クロジシは既に走ってきている。
「ちぃ……ッ」
鍔を蹴って上へ跳び、飛び降りながら刀を引き抜く。
それを正面のクロジシへ振り下ろすが、当然それも避けられる。
避けられ、体当たりを喰らい、再び地面を転がった。
「なんで? さっきまで普通に避けてたのに……」
「湖で聞いた通りだわ。刀が重すぎて、持ったままじゃ自由に動けないのよ」
それでも、何度も、何度も刀を振るった。
だが、そんなリアの動きを嘲笑うように、全て避けてしまう。
「手も足も動きが単調すぎる。間合いも考えずにただ振り回してるだけ。振り方だって滅茶苦茶だし……ちっとも使いこなせてない。むしろ、刀に振り回されてる」
「それって、どういうこと……?」
「あれだけ派手な剣を使っておいて、肝心な剣の腕は下手くそ、ということよ!」
我流とは言え、今日まで剣の腕だけで生き抜いてきた。そんなフィールの言葉を証明するように、クロジシは刃を避けた後、また刃をくわえ、再びリアを刀ごと放り投げた。
「この……!」
「ギャッ……!」
吹っ飛ばされながらも刀を振り、その切っ先が、クロジシの鼻先を斬りつけ、怯ませた。
地面を転がったのは、そのすぐ後のこと。
何度目か分からない、地面の上を転がされた。
クロジシにも、刀にまで振り回されて……
「そんなに振り回すのが好きなら……俺は、投げ飛ばしてやる」
立ち上がったリアは、長刀を振りかぶり、
「……え? どこ投げてるの?」
それを真上に向かって投げた。その瞬間に、クロジシは走ってきた。
刀が離れ、身軽になった体で横へ飛び、攻撃を避ける。
同時に、駆ける後ろ脚を蹴り飛ばし、勢いよく走っていたクロジシを転ばせた。
そのタイミングで、投げた刀が降ってきた。それを掴み、クロジシへ振り下ろす。
だが、クロジシはすんでのところで立ち上がり、避けてしまった。
「惜しい。だが……」
クロジシの動きや様子を見て、確信を得た。クロジシは明らかに、刀を怖れている。
「これが怖いか? こんな物干し竿がそんなに怖いのか? なら、こうだ」
もう一度、刀を真上へ投げ飛ばした。再びそのタイミングで、クロジシはリアへ走った。
何度目かの目の前に迫る、突き立てられる右の前脚の爪と、大きく開かれ、光る牙。
前脚は左手で掴み、右手でタテガミを引っ掴み、動きを封じる。
「腹が減ったか? 俺を食いたいか?」
互いに押し合いながら、答えるわけがない、だが答えが明確な質問を投げかける。
「食いたいよな……俺もだ。猟師は獣を食う獣だ……腹減った……食わせろ!」
「グアアアァァァアアア!」
リアも、その小さな口を大きく開き、ついさっき切りつけた鼻に食らいついた。
急所な上に、真新しい傷の上から更に噛みつかれたことで、クロジシは悲鳴を上げ、頭全体を振り回した。
それに、特に逆らうことなく引っ張られたリアは、再び真上に放られる。その放られた先にあるのは、
「……ッ!」
上から降ってきた刀を掴み、真下に向かって振り抜く。だが、やはり避けられた。
「……ベッ。まず……」
噛み千切ったことで、しかも、刀が手元に戻ったことで、また離れてしまったクロジシを見ながら、考える。
やみ雲に振り回したところで、避けられる。考えて振り回しても、避けられる。
確実に倒すために、今までとは違う戦い方を、考える……
「……よし」
考えがまとまり、実行に移した。
肩げていた長刀を振り上げる。
だが、前でも上でもなく、後ろへ向かって、投擲した。
「追ってこい……」
その声を、クロジシは認識してはいないだろう。
それでも、脅威である刀を手放し、背中を向けて全力疾走したリアの後を追い掛けた。
「リア、どうする気?」
「……もしかして……」
二人が呟く間も、クロジシは走り続けた。
その巨体と、リア以上の俊足で、巨大な顎で狙い打ち、残った右前足を振りかざす。
追い掛けられるリアは、体を傾け、別方向へ飛び、紙一重で攻撃を避けつつ、走り続ける。
攻撃し、避けられ、攻撃され、避けながら、辿り着いた先で、
「はっ……!」
真上へ向かって跳んだ。ただ跳躍する以上の、かなりの高さがあった。
それでも、足の速さと同じく、クロジシには及ばない。
だからクロジシも、同じように跳躍した。
「やっぱり! 海リュウに使った手だわ!」
空中のリアへ向かいながら、その巨大な顎を開く。
リアの高さに届くまで、さほど時間は掛からない。そんなクロジシに向かって、
「ふんッ!」
リアは足を伸ばす。蹴った先の鼻先を踏みつけ、そこへ更に力を込める。
クロジシは再び痛みに怯み、同時に、浮いていた小さな体は更なる浮力を得、更に浮上し、そして、目の前に……
「殴られるなら、下からと上から……どっちの方が痛いと思う?」
クロジシの目が、大きく見開かれたように見えた。
それをリアが見るより早く、鉄靴に蹴とばされ、飛んでいった黒と銀の物干し竿は、クロジシの、口の中へ入り、口内から、臀部に掛けて、その巨体を突き抜けた。
ズリ、ズリ、ズリ……
「リア!」
泥だらけながら戻ってきたリアに、レナとフィールが駆け寄った。
その足取りは、全力の疾走と直前の戦闘が嘘のように、ずっと見せてきた、毅然とした姿だった。
(やっぱり、リアはすごい。あんなに大きくて重い刀を、あんなふうに使うなんて)
(リア流の、剣術、じゃない。さながら投擲……『刀擲術』ね)
二人がそれぞれ、そんなことを思った長刀は既に、どこかしらへしまわれている。
だが、手ぶらではなかった。
「そのクロジシの死骸、どうするの?」
左手に引っ掴み、ここまで引き摺ってきたクロジシの巨体を指差すフィールに、リアは、相変わらず平然と答える。
「こいつの毛皮は、高く売れる……他は晩飯」
相変わらず、しっかりした子だ……
フィールもレナもそう思った直後、リアは右手に持っていたそれを、フィールへ差し出した。
「私の剣……左目を刺したやつ、わざわざ拾ってきてくれたの?」
問い掛けつつ、フィールもそれに手を伸ばした。だが、
「……ちょ、リア……!?」
その剣を受け取るより前に、リアの体は、正面に向かって傾いた。
傾き、倒れた先には、当然フィールが立っていて、顔が向かった先には……
「えぇえええええ!?」
「リア! いきなり何ということを……!」
フィールもレナも、フィールの胸元に顔をうずめたリアに向かって、一斉に声を上げた。
「……スー……スー……」
が、直後に聞こえてきた音に、フィールは人差し指を立て、レナは両手で口を押さえた。
(無理も無いわね。さっきまでぐっすり寝てた私達と違って、昨夜からずっと寝ないで戦闘続きだったんだから……)
そんなリアを受け止めながら、ゆっくりと、その場に腰を下ろした。
そこで、座って折りたたんだ太ももに頭を乗せてやる。
呼吸しやすいよう、前髪を左右に開いてやった。目元が見えて、素顔の全部が見えた。
傷つきながらも美しいその顔は、『化け物』という言葉や、直前の激しい戦闘とはかけ離れた、純真無垢な、あどけない少年にしか見えない。
(それにしても……)
そんな表情を見て……そして、ついさっき出ていった村を見て、思うこと。
(子供の、子供らしさを全否定して、平穏と、楽と、利益だけ求める大人達、か……)
子供をコドモと呼んで散々否定しておいて、わざわざ子供を作って産んで、育てるための金も知識も無いくせに、得られるかも分からない金のために、嫌々ながら育ててやる。
その子供が望みと違えば、コドモのせいだと文句を叫び、捨ててしまうか、殺してしまうか。
少なくとも、フィールが生まれた時には、自分や、自分の周りにとっての普通はそれだった。リアが殺した女も、フィールの目には常識的な姿だった。
それが、時代遅れのド田舎で生まれ育った、リアやレナの目から見れば、異常だったんだろう。
そして、そんな時代のこんな世界だから、大人以上に戦える子供が生まれてしまうことも、必然なのかもしれない。
(今の戦いも、リアに任せきりだったものね……)
異常なのか常識なのか。今の世界をどう呼ぶべきか。
判断することは、フィールにはできない。
だが少なくとも、今の時代が、あるべき姿かそうじゃないかくらいは、そんな時代遅れな田舎者の二人と一緒に過ごしたから分かる。
もっとも、だからどうすべきだとか、大層なことは考えない。
少なくともフィールにとっては、今こうして、自分の足でぐっすり眠っている男の子のそばにいること。
それ以外にしたいことなんかないし、それだけが、今の自分にできる精一杯なのだから。
「……」
「……」
「……」
「……」
(……レナ、どうかした?)
声を潜め、自分と同じように腰を下ろしつつ、ジットリと見つめてくるレナに尋ねた。
(……い……い……)
(い?)
よく聞き取れなかったので、聞き返してみる。
すると、今度ははっきりと聞き取れた。
(……いいな……おっぱい……)
(おっ……ッ)
どこかで聞き覚えのある単語が聞こえた。
どこだったか思い出す前に、レナは続けた。
(リア、倒れながらおっぱいに顔うずめて、気持ちよさそうに寝てたし……気持ち良かったのかな)
(それは、偶然だと思うけど……)
(やっぱ、女の子はおっぱいなのかな……リアも、おっぱいが大っきい人が好きなのかな)
(リアがそんなことに興味あるとも思えないけど……)
(私と一歳しか違わないのに……なに食べてそんなナイスバディになったの?)
(ナイスバディかは知らないけど……む、胸が大きいと、そんなに得なの?)
(得だよ、絶対。ぺったんこなわたしみたく、無いよりある方が良いに決まってるじゃん)
(邪魔なだけよ。重いし、揺れてうっとうしいし、足もともよく見えないし……)
(なにその贅沢すぎる悩み)
(えー……)
(戦ってる最中だって、ぶるんぶるん揺れてたしさ)
(戦ってる最中にどこ見てるのよ……)
(正直、クロジシや村の人達より狙いやすかったよ。おっぱい……)
(怖わッ……!)
リアが眠る前で、ジットリ見つめ続けるレナと、困り果てたフィールの、囁き話は続いた。
はたから見れば微笑ましく、つい笑みが込み上げる、年頃の娘らしい会話だろう。
化け物と呼ばれ、殺してやるぞと宣言された少年と、それを守ろうと心に決めた、人間達の夢と希望を押し付けられた少女二人。
そんな三人が作り出す、始まったばかりの旅の過酷さなど微塵も感じさせない、平和な空気に溢れた、ひと時の穏やかな時間だった。
(……フィール)
(……なに?)
(……負けないからね)
(……あ、はい……)
第二章 完




