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ネロ・バーサーク  作者: 大海
第二章
13/24

第5話  わんわん わわーん わんわん わわーん

 バタンッ、と、突然ドアの音が響いた。


「おい立て!」


 音のすぐ後、入ってきた宿屋の主人が二人に叫んだ。


「オラ早くしろ! 村の連中にばれた! 今すぐ出発するぞ!」

「……なら、まずはこの手足をほどいてくれないかしら?」


 縛られた両手足を見せつけて、冷たく突き返されたフィールの言葉に、男はまたブツブツ漏らし、殴ってやろうと拳を握った。

 だが、それがフィールに向かうことは無かった。


「……ッ!」


 言葉にならない声を上げたと思ったら、男は床に倒れ伏した。背中には、大きなナイフが深々と突き刺さっている。絶命したと、一目で分かった。



 リアか……一瞬思い浮かべた期待と恐怖も、直後に現れた男の姿に塗りつぶされた。

 その男は、倒れた男からナイフを引き抜くと、二人の足を縛るロープを切り離した。

 だが、助けてくれた、という雰囲気は欠片も無い。


「こんなクズ野郎にはもったいねぇ。お前達は、この俺の奴隷だ」


 わざわざそんなセリフまで吐きながら、死んでしまった男に負けず劣らず、二人に対する欲望を剥き出しにしている。

 腕を縛るロープはそのままに、力任せに二人を引っ張り、立たせた。


「オラ歩けよ! 今夜中に村を出るんだ!」


 乱暴に引っ張り、死んだ男をどかどかと踏みつけ、踏みつかせ、部屋を出ていった。




 宿屋を出て、三人が入った出入口とは逆方向の、別の出口が見える場所まで歩いた時。


「な、なんだお前ら……!」


 その光景に、男は、そして、フィールとレナも目を見張る。

 この村へ訪れた時に見掛けた者達に加え、おそらく村人全員がそこに集結していた。

 その手には、クワ、ナイフ、鎌、斧と、物騒な農具を光らせて、男に対して、尋常ならざる視線を向けている。


「お……落ち着けよお前ら。こいつらは、俺達全員の奴隷だぜ。全員で聖地へ行こう、な……」


 そんな笑顔の申し出には、誰一人耳を貸さず、農具を向けたまま、ジリジリと近寄ってくる。


「テメェら……」


 そんな村人達の様子に、男はとうとう、ガマンをやめた。



「邪魔すんじゃねえテメェら!! 俺はこれから聖地に行くんだよ!! 聖地で遊んで暮らすんだ!! こいつらは俺の奴隷だ!! テメェらはこの村と一緒に今すぐくたばれぇ!!」



 その絶叫が引き金となった。

 二十人以上はいる村人全員、男一人に一斉に襲い掛かった。少女二人を突き飛ばしつつ、クワで、ナイフで、鎌で、斧で、とにかく傷めつけた。

 男もナイフで反撃しようとしていたが、数の力には勝てず、誰かを傷つける暇もなく、すぐに動かなくなった。



「俺の奴隷だ!」


 男が動かなくなったところで、別の男が倒れた二人に迫る。

 だが、今度はその男の頭に斧が振り下ろされた。


「アンタらどきなさいよ! こいつら二人ともアタシの奴隷よ!!」

「私の奴隷よ! アンタらはこの掃き溜めで死んでさいよ!!」

「俺が聖地へ行くんだ! 邪魔すんじゃねぇゴミクズども!!」



 それからは、直視するに堪えない、醜いだけの争いが繰り広げられた。

 目の前の人間を傷つけ、或いは殺し、少女二人をどうにか自分のものにしようと躍起になっている。そのためなら、自分以外の人間の命を奪うことにも、まるでためらいは無い。


 この村が朽ちているのは、フィールやレナから見ても明らかではあった。

 だが同じように、むしろ、村以上に朽ちているのは、住人だった。

 ただ朽ちていくだけの村の中で生き続け、様々な不満や憤懣を貯め続け、莫大な宝を前にした瞬間、一人占めしようと爆発させる。


 そんな連中の腕が、とうとう、フィールとレナへと伸びた時……



 そんな喧騒の爆発よりも、その金属音は大きく響いたように聞こえた。

 上から突然、フィールとレナ、村人達の合間に、何かが落ちた音だった。

 それが何かを確かめるより前に、全員が上を見上げると……


「うおわぁ!」

「きゃあ!!」


 今度は、村人達の真上に、巨大な何かが降ってくる。全員、フィールとレナから距離を取って、それを避けた。

 硬くて嫌な音を響かせ落ちてきたのは、男。

 生きていた時、今彼らがいる、大きいだけで寂れたボロ宿の主人をしていた男が、村人達の目の前に降ってきた。



 そして、そのすぐ後で、その男を下敷きに、男よりも遥かに小さな、黒いものが降ってきた。


「お姉ちゃんに、なにしてる?」


 若いが低い、そんな声のすぐ後には、硬いものが飛んできた。

 それを顔面に受けた男は、それが何か確かめる間もなく後ろへ吹っ飛んだ。

 周囲から見ていた連中は、それが黒い靴なのを見ていた。


 見た次の瞬間には、それが自分の腹へ、腕へ、肩へ、足へ、顔へ……

 ただの靴ではない、金属の硬い感触を身体のどこかしらで味わった。

 味わった者は全員、その威力に、倒れるか、後ろへ吹っ飛ぶか。

 少なくとも、フィールとレナが声を出した時に、立っている村人は一人もいなかった。



「リア……助けにきてくれたんだ」


 レナに返事はせず、すぐさま二人の両手足のロープを、素手で引き千切った。

 そのすぐ後に、男の前に降ってきたものに近づいた。大きな箱を開けると、そこには無くなっていた、弓矢と剣四本。

 それを二人が身に着けた後で歩き始めた。


「二人とも、ケガはないか?」

「だ、大丈夫……」

「私も、平気……」

「そうか……遅くなって、すまん」

「ううん。ありがとう……」

「……もしかして、争いが始まるの待ってた? 始まったから、助けてくれたの?」


 歩きながら、何気なく聞いたフィールの質問に、リアは振り返りながら……

 思わず、二人が身震いするほどの、邪悪な笑みを見せた。


「あのまま放っておいても、多分勝手に全滅してくれたとは思うが……レナが泣きそうな顔してたから、邪魔した」

「な……泣いてないもん!」


 目の前で起こった、醜い大人達による醜い争いと、リアの邪悪な計算に、泣きそうな顔をしていた。そんなレナが、一瞬で元気になった。

 そんな二人の様子に、リアを恐れつつも微笑ましく感じたフィールは、こう思った。


(上から死体が降ってくることには、泣くと思わなかったのかしら……)



「おい待てよ!」


 と、今度はそんな声が聞こえ、リアはのんびり振り返る。


「奴隷ども! なに逃げてやがる!?」


 フィールとレナも振り返ると、村人達が、ふら付きながらも追い掛けてきている。

 直前に争って死人が出たと言っても、死んだのはせいぜい五人か六人。まだ大勢の村人は生き残っている。

 とは言え、本気で争い、殺し合った挙句、リアに蹴り飛ばされてフラフラな連中の足の速さなど、タカが知れている。

 見たところ、弓矢を持っている者も、物を投げようとする者もいない。

 だから、村人達の姿が見えても、歩く速度を変えることはしない。


「お前らこそ、あんなロープくらいなら、俺が来なくても逃げられたんじゃないのか?」

「……電気で焼き切れないか試したけど、鍛えてないから無理だった。武器も何もなかったし……」

「それに、リアに助けにきて欲しかったんだもん」

「なにをわけの分からんことを……見捨てるわけはないが、自力で逃げた方が早いに決まってるだろうが」

「……ごめんなさい」


(リアに女心は分からないか……リアお姉ちゃんのくせに)


「何か言ったか、フィール?」

「……ううん。別に何も」



 のんびり話し、のんびり歩いているのに、追いついてくる気配すらない。

 そのまま出入口に辿り着き、一歩、外へ出た。


「まだ追い掛けてくるか……」


 振り返ると、リアの言った通り、村人達に諦める様子は無い。むしろ、死ぬまで三人を追い掛ける。そんな無駄な頑固さだけが、狂った目には宿っている。


(人間は決して諦めない……母さんがくれた本の通りだな)


 リアは溜め息を吐きながら、村人達へ踏み出した……



 踏み出したと同時に、急に後ろへ振り返った。フィールとレナもつられて振り返ると、


「……なっ、獣……ッ」

「獣、だけじゃない、あれって『魔獣』じゃん……!」


 三人の視線の先には、目視できるだけでも、獣であるイノシシが三頭と、オオカミが六匹。更に、それより巨大な、黒い体毛と、逆立つタテガミをなびかせる、巨大で凶悪な猫の顔をした『魔獣』。

 かつて『シシ』と呼ばれていた獣の突然変異種、『クロジシ』が、こちらへ向かって走っている。


「……あいつか」




 走ってくる獣達の、その遥か向こう……


「ギャッハッハッハッハ! 死ね死ね! この俺をムカつかせた奴ら! 水リュウを釣るエサにならなかったガキども! そのガキどもの村の奴ら! 全員死ね死ねェーッ!! ッハハハ!!」


 リアが凝らした目の先に、巨大なコンテナを積んだ大型のトラックが、デンと停まっている。

 その前で、野太い男が一人、大はしゃぎしながら飛び跳ねているのが見えた。




「……フィール、レナ。後ろは任せていいか?」


 それはもしかしたら初めての、リアから二人への頼み事だった。

 それを嬉しく思いながら、二人とも頷いた。


「じゃあ、リアは獣達の相手、お願いね」

「助けが必要になったら、呼んでね」


 二人からの言葉を受け、リアも獣達に向かい、歩いていく。


(朝、イノシシに一回、カツアゲに一回……湖で、水リュウに一回、海リュウに一回……ギリギリだな)




「ぐふッ!」

「がぁッ!」


 フィールは片っ端から、向かってくる村人を素手で、或いは剣で殴り、悶絶させた。


「ひッ!」

「うわッ!」


 レナは遠くから、村人達の得物を狙い撃ち、地面に落としていった。

 それを拾おうとすれば、その地面に矢を突き刺し、それ以上の行動を制する。

 別の者に矢を射っている間には、フィールが剣で脅す。

 直前の争いと、リアからの制裁で傷だらけなうえ、体力も使い果たし、ただ欲求だけを頼りに立ち上がってきた連中を黙らせるのに、一分と時間は掛からなかった。


「ひ、ひぃぃッ……!」


 武器を失い、戦意を失い、逆に武器を向けられた者達にできるのは、脅威を前に尻餅を着き、脅え、震えることだけ。


「悪いことは言わないわ。何も無かったことにしてあげるから、このまま見逃しなさい」

「そうだよ。変な欲出すより、ちゃんと子供達の面倒みて、普通に生きてった方がいいよ」


 既に手遅れだろうが、フィールは情けから、レナは純粋な優しさからそう語り掛けた。


「コドモ……コドモ? そうだ、子供だ! 子供のためなんだ! 子供を幸せにするには、お前達、魔法使いがどうしても必要なんだよ!」


 剣と弓矢を向けられている、村人の一人が、突然大声を上げた。


「そうだよ! 子供のためなんだよ! 子供のためには聖地に行かなきゃいけないんだ!」

「この村を見れば分かるでしょう? こんな村じゃ、子供は幸せにならないの!」

「ああ……だから、俺達はどうでもいいから、子供だけは幸せにしてやりたいんだ!」

「そのために! 俺達は聖地に行かなきゃならないんだ! 大切な子供のために!」


「……」

「そうだったんだ……そりゃあ、子供達は大事だよね……」


 言葉も出ないフィールに対して、レナは、純朴に同情の声を上げている。

 あまりに純粋過ぎるレナに、フィールが声を上げようとした時……



「笑わせるな……」



 二人の後ろから、リアの声が聞こえた。

 振り返ると、月光の下に一人、リアが佇んでいる。


 その周囲には、既に死体となっている、巨大なイノシシと、オオカミの群れ。

 そして、リアが肩に置く長刀の先端には、魔獣クロジシが肩を貫かれ、ぶら下がり、ジタバタと暴れているのが見える。


「思ってもないことを、ベラベラと……」




「な……なんだよ、あいつ……あの、化け物……」


 獣達を放った男は、目先にいる子供の姿に、朝には向けなかった視線を向けていた。

 黒い服を着た子供の姿をした、化け物に対する、勝てないという確信と諦め、逃げなければという恐怖と本能。それらが一瞬で体を支配する。


 しかし、逃げなければ、と判断するのが数秒遅かった。

 目の前の化け物は、ギロリと顔をこちらへ向けた。

 その次の瞬間には、右手の長すぎる長刀を、後ろへ振りかぶり、そして……


「う、うわあ……!!」


 飛んできたクロジシを避ける間もなく、直撃し、後ろへ倒れ込む。

 結果、男はクロジシの下敷きとなり、クロジシは、真下にいる男を見据え……




「その大切な子供、今すぐここに連れてこい」


 長刀を肩に、ゆっくりと歩いてきたリアに震えながら、大人達はすぐに言い返した。


「む……無理言うな。三人とも、今はぐっすり寝てる。起こしちゃ、かわいそう……」


「泣こう喚こうが叩き起こしてでも今すぐここへ連れてこい!!」


 いつものボソリ声とは違う、村中を震わせるほどの絶叫。

 今のレナやフィールと同じように、その声に固まった村人達を、リアは嘲笑った。


「できないよな……今頃、子供は三人ともゴミ捨て場だろう?」

「ゴミ捨て場……湖!?」


 レナは、思わず声を上げた。フィールは逆に、やっぱり、という顔で目を閉じる。


「三人を連れていくのが見えた。俺達が来た方角だったよな? 子供は三人とも無邪気に笑ってついていってたが、大人達は、誰も笑ってなかった。笑わずに、鬱陶しがってた」

「それって、つまり……?」

「ゴミ捨て場まで捨てに行ったんだろう? それに多分、最初の誘拐だって、お前らがあいつらに引き渡したんだろう? 水リュウを釣るエサにするって知ってて」

「ウソ……」


 レナは一人、絶句していた。絶句しながら、リアから大人達へ目を向ける。

 終始リアに対して脅え、震えていた大人達全員が、その目を伏せている。


「こいつらが、自分の子供をどうしようが、どうでもいい。どの道、これ以上この村に用は無い……行くぞ」


 そんな弱々しく情けないだけの大人達に背を向けて、リアは、二人を促し歩き始めた。



 そんなリアの背中を、大人達は見上げていた。同時に、レナの背中、フィールの背中も。

 一人が思った。二人とも、村の外へ歩いていく。自分から遠ざかっていく。

 今まで惨めでしかなかった人生を、明るいものに変えてくれる。

 そんな存在が、自分から段々と、離れていく……



「…………ぅぅぅぅううううううううああああああああああああああ!!」


 離れていく背中をジッと見つめていると、過去への怒りと、村への怒りと、目の前への怒りと。あらゆる怒りが、化け物に対する恐怖を凌駕した。

 自分を豊かにしてくれる奴隷――魔法使い達が、いなくなるのが許せなかった。

 その怒りに任せて、手に持った鎌を握り閉めながら走った。


「アタシのドレエエエエエエエエイイイイイイイイイ!!」


「リア!」


 鎌を手に、リアに向かって突っ込んでくる。

 レナは咄嗟に、リアを突き飛ばした。直後、握り閉めた鎌が、レナの右肩を深々と切り裂いた。


「テメエエエエエエエエエエエエ!!」


 肩を押さえて、倒れたレナを無視して、女は、突き飛ばされて、刀を落としながら地面に転がったリアへ迫った。


「テメェのせいで! アタシの奴隷に傷が付いたじゃねぇか!! テメェが!! アタシの奴隷を連れ出そうとしたせいで!! ふざけんな!! コドモのくせに!! 何もできねぇウザいだけの害獣が!! このアタシの邪魔!! してんじゃねぇえええええ!!」


 絶叫しながら、座り込んでいるリアを踏みつけ、蹴りを喰らわせる。

 拳を固く握りしめ、目をカッと見開き、額や顔の節々に太い血管を浮かべて。

 それだけの形相の裏で、それだけの怒りの裏で、女の血走った目に映っているのは、リアだけじゃない。




 夢も希望も、何もない村。

 何の取り柄もないくせに、口だけは達者で、説教と指図が大好きな親。

 そんな親にどれだけムカつこうがガマンして、言うことを信じ続けて、今になって身についたことといったら、不味い野菜の作り方だけ。

 夢も希望も、未来すらあるわけがない、そんな人間になっちまった。


 そんなトシヨリどもにしつこく言われたから、仕方なく、好きでも何でもない幼馴染と結婚して、子供を産んで、シアワセナカテイとやらを作らされた。

 そんなものを作ることが、今時どれだけ無茶で時代遅れなことかも知らないくせに……



 そんなクズでしかないトシヨリが消えた後に残ったのは、狭くて古くて今にも崩れそうな家と、不味い野菜しか作れない畑。

 それに、トシヨリ以上に役に立たない、コドモだけ。


 夜中に人が寝ているのに、構わずギャーギャーうるさく泣く。

 腹を空かしたくらいで泣く。クソや小便は垂れ流す。

 食べられる食事は選ぶくせに、自分で飯も作れない。食えない。

 着替えもできない。風呂にも入れない。歩かない。人間の言葉も喋らない。

 同じ害獣でも、トシヨリならそれ全部、当たり前にやってたっていうのに……


 成長して、やっとそれができるようになったかと思ったら、結局は変わらない。

 何度教えてやっても、着替えもしない。服は汚す。物を散らかす。

 言葉は舌っ足らずで聞き取れないし、泣き声もギャーギャーうるさいまま。

 それが何年経っても変わらない。


 仕事を手伝わせようとしたら、ウザったく甘えてきてすぐサボる。

 こっちは、お前と同い年の頃には、農具を握らされて無理やり働かされてきたのに。

 それすらできない役立たずのくせに、いつまでも平気な顔でヘラヘラヘラヘラ……



 誰がどう見たって救いようのないこんな村に生まれておいて、ただ無邪気に今を楽しんで、未来に夢と希望を抱いて、明るく、純粋な笑顔を見せて、楽しい笑い声を響かせて……


 そんな不謹慎でみっともない、ムカつくサマを見る度、ぶち殺してやりたいと思ってきた。

 トシヨリなことを理由に、畑仕事も、産んでやったコドモの世話すらしないくせに、そんな自分達の世話だけは焼かせようとしていたトシヨリや、そんなトシヨリに頭が上がらない役立たずなダンナと同じように、今すぐぶち殺して、湖に捨てにいこうと何度思ったことか……

 それでも殺さずガマンして飼ってきたのは、もしかしたらこんなコドモでも、金になるかもしれなかったからだ。


 成長して、顔が良ければ、人生をやり直すだけの金になるかもしれない。

 もしかしたら、魔法使いかもしれない。魔法使いなら聖地に行って、一生遊んで暮らせる。

 死ぬほど痛い思いをして産んでやったんだ。そのくらいの見返りはあって当然だ。

 しかも、村には同じような経緯で生まれたコドモが三匹もいる。そいつらの一匹でも、そんなふうに育ったら……



 三匹とも、外れだった。

 三匹もいるくせに、三匹が三匹全員、とても金になりそうにない平凡な顔。

 魔法なんか、使える素振りすら見せない。

 挙げ句、働きもしない。



 村はクソ……

 親もクソ……

 腹を痛めて産んでやった我が子は、魔法がなければ、金にもならない。

 そのことを何年も隠していたせいで、もしかしたら最後に残されていた、年単位の時間や、淡い希望まで全部奪われて……



 いい加減にしろ! 何でアタシばかりがこんな目に! アタシの人生を今すぐ返せ!!



 腹の中で何度絶叫したことか。現実に絶叫しても、誰が聞いてくれるわけもない

 今すぐこんな村出ていってやる!

 散々そう思ってきた。けど、行くアテも無いし、当然金なんか無い。

 字も読めないし、不味い野菜を作る以外、なにもできない。


 だから、ガマンするしかなかった。

 毎日不味い野菜を作って。粗末な食い物で腹を満たして。うるさいコドモの泣き声に耐えて。ウザったく甘えてくるコドモには甘い顔だけ見せて。エサをやって。

 そのコドモをエサにくれと言われた時は、よく来てくれたと喜んだ……


 そのコドモがノコノコ帰ってきた時は、今度こそ本気でぶち殺してやろうと決めた。

 それでも、客がいたからガマンはした。

 もうガマンなんかしたくない。けどいくらガマンが限界を超えても、とっくに死んだこの村に一生いるしかない。


 あの、バカデカいだけの古い宿屋に、滅多に来ない客が来て、その客がたまたま、魔法使いだっていう奇跡でも起きない限り……




 そんな奇跡がとうとう起きた。

 こいつらさえいれば、アタシは今すぐ聖地へ行って、一生遊んで暮らせる。

 もう、害獣(トシヨリ)の命令も聞かない。害獣(コドモ)の世話もしない。

 クズどもに囲まれて生きるのも、働くのも、ガマンするのも、もうたくさんだ。



 だから、この魔法使いだけはアタシが手に入れる。


 そして、それを邪魔する奴。悲惨なアタシの人生を余計に惨めにした、害獣(コドモ)


 同じ害獣のコイツだけはぶち殺す! 泣こうが喚こうが許してやるもんか!!


「テメェのせいだ!! テメェみてぇなコドモが全部悪いんだ!! なにが子供だ! テメェらなんか! 何もしないだけの害獣のくせに!! 分かってんのか害獣(コドモ)!? 金も作れねぇ! 金にもなれねぇ害獣(コドモ)の分際で! 金も魔法も無えくせに! 無責任にこのアタシの子供に、害獣(コドモ)なんかに生まれてきやがってぇええええ!?」


 大いに叫び、大いに蹴りを喰らわせた。


「分かってんのかぁ!? テメェらがどんだけ人間(アタシ)に迷惑かけたと思ってる!? なんだってテメェらなんかのために、大人(ニンゲン)のアタシがガマンしなきゃならねぇ! 何もできねぇから守って下さいって顔しやがって! 何も知らねぇくせに大人(ニンゲン)様ナメ腐ったあげく好き勝手しやがって! 子供だから何しても許されるって顔でのうのうと生きやがって! 害獣の分際で! 金にもならねぇ分際で! アタシの人生台無しにしやがって!! あげく!! 聖地へ行くための奴隷まで!! このアタシから!! 奪ってんじゃねえぞ害獣(コドモ)がぁあああ!!」


 そんな女の声と姿にあてられた、女と似たような人生を送ってきた大人達も動き出していた。

 あの魔法使い達を手に入れて、こんな何もない村も、最悪な人生も全部捨てて、聖地で遊んで暮らすために。


 女が、リアにトドメを刺そうと鎌を振り上げた時……



「笑わせんじゃねえよ……」



 その、冷たくどす黒い声に、女は、大人達は全員、固まった。

 固まっている間に、座り込んでいたリアは、立ち上がった。

 蹴られたせいで、服や髪は土に汚れている。それでも、全くこたえた様子は無い。

 そもそも、レナに駆け寄ったフィールが、蹴られ続けるリアを助けにいかなかったことを、疑問に思った者は一人もいなかったのか……


「自分で何とかしようと思ったことも無ぇくせに……諦めることと、待つこと以外なにもしてこなかったクズどもが……魔法使いさえ……金さえあれば、本気でやり直せるって思ってたのか? その金ズル(魔法使い)に、大ケガさせておいて……」


 もちろん、そんな正論が、今更誰に届くわけも無い。

 耳障りな雑音を消そうと、女は今度こそ鎌で突き刺そうとした。

 だが、鎌はリアを突き刺す前に、蹴り飛ばされ、夜空の彼方へ消えていった。



「こんな村や、お前らがどうなろうが、知ったこっちゃねぇ……」


「だが、さっきも言ったな? お姉ちゃんに、なにしてる……?」



 武器を失くして固まる女に、リアは、ゆっくりと迫っていく。



「そんなに奴隷が欲しいか? だったら俺がなってやる」


「今から俺がお前の奴隷だ。何でも好きなこと命令しろよ。そら……」



「けどな……その奴隷が命令に逆らっても……まして、その奴隷に殺されても……」



「恨むなよ人間!!」



 最後の絶叫と共に飛んだ拳は、女の顔面にぶつかった。

 殴り飛ばされた女は、後ろに並んで立っていた大人達にぶつかった。

 そうして倒れた大人達を踏みつけながら、リアは女の胸倉を掴み、持ち上げ、もっと殴ってやろうと拳を固めて……


「待って、リア」

「……なんだフィール? 邪魔するな。こいつは……」

「もう死んでる」


 手を握られながらの、そんな一言に、リアはもう一度女を見てみる。

 たった今殴った顔は、ものの見事に潰れていて、骨格以外の面影が残っていない。

 目も口も鼻もくぼんだ下にある首は、あり得ない角度に傾いている。



「……化け、物……」


 大人の誰かが、そう言うのが聞こえた。

 大人達を見ると、全員がリアを見ながら、固まって、震えている。


「……奴隷はクビか」


 そんな大人達に向かって、投げてやると、全員、受け取ることもせず逃げ出した。



 今更、こんなクズを一人殺したところで、リアが動揺するわけも無い。

 仕事で誰かを殺すことはザラにある、フィールも同じ。

 だが……


「リア……」


 リアの思っていた通り、レナはそんなリアの姿に、泣きそうな顔をしている。

 今まで獣くらいしか殺したことの無い、平和で穏やかな人生を生きてきたレナには、残酷な光景だったろう。


「……ケガは?」

「……大丈夫。あのくらいなら、すぐ治る」

「そうか……」


 それだけ言って、黙りこんでしまう。

 そんなリアの、女を殴り飛ばした右手を、レナは、両手に掴んだ。


「早く行こう。こんな村、長くいたくない」

「……そうだな」


 人を殺すのを目の前で見ていながら、それでもレナは、変わらない。

 リアがどれだけ辛くて、苦しい目に遭ってきたか。それは、誰よりも知っている。

 どんなに優しくても、周りが暴力しか振るわないから、化け物になるしかなかった。


 今だってそうだ。リアはちっとも悪くない。それが分からないレナじゃない。

 悪いのはこの村だ。住人達だ。わたしとリアの故郷と同じ。化け物なのはこの村だ。

 こんな化け物から、今すぐリアを逃がさないと。


 動揺し、恐怖を感じて、今にも泣き出しそうでいる。

 それでも真っ直ぐリアのことを思いながら、手を引いて。

 そんなレナに微笑みながら、フィールが二人に近づいた時だった。




「おねえちゃん……?」


 後ろから、幼い声が聞こえた。

 振り返ると、アニ、クリス、トーマの三人が、村の入口に立っていた。


「……ここには戻るなって、言っておいたんだがな……」


 リアのそんな呟きを、二人は確かに耳にした。


(リア……もしかして、あの子達のこと助けてたの?)

(それが、助けにきてくれるのが遅れた、本当の理由?)


 二人が思っている間に、子供達は、村の中へ入っていく。

 入った瞬間、必然的に見てしまったのは、傷ついて、死んでいる大人達の姿。


「おかあさん……」

「おとうさん……?」

「なんで……?」


 リア達から見て、向こう側を見る三人の顔は見えない。

 それでも、絶句し、呆然とし、思考が停止している。


「なんで……?」


 死人に向けられた視線は、続いて生き証人達に向けられる。

 聞かれた大人の全員、狂気や憎悪は表情から消え、リアへの恐怖に染まりきっていた。

 だがやがて、そんな恐怖よりも、子供達への怒りや逆恨みが勝ったらしい。

 子供達をジッと見つめる内、皿になっていた目はキッと線になり、何の言葉も発せずにいたはずの口は、ワナワナと震え、もろもろ全てを、三人へ向けて……



「俺だ」


 村人の一人が、指を差し、怒声を上げようとした瞬間、若い声が上がった。

 フィールとレナは、その声が聞こえた、自分達の隣を見た。


「俺が全員殺した」


 今度は、リア一人に、子供達三人の視線が集まった。

 朝に見た時とは違う。前髪に隠れた綺麗な顔と一緒に、朝に向けてくれた優しさの一切が消え、確かで明らかな、殺意と狂気を放っている。


「うそ……リアおねえちゃん……?」

「お兄ちゃんだ」


 そんな訂正も、今の子供達は興味がない。


「なんで……お母さんを……?」

「なんで?」


 リアも、同じ言葉で聞き返す。さも滑稽だと言わんばかりに、子供達を嘲笑っていた。


「理由なんか無えよ。化け物が人を襲うのに、いちいち理由がいるのか?」

「ばけもの?」

「化け物」


 言葉を返し、口元に笑みを浮かべてみせる。



「……理由が無いのに、おかあさん達のこと、ころしたの?」

「そうだ」


「……もしかして、ぼく達みたいに、ゆうかいされてたって、ウソ?」

「そうだ」


「じゃあ最初から、みんなを襲うために、ここに来たの?」

「そうだ」



 同じ一言で、ひたすら肯定を繰り返す。

 そんなリアを、左右に立つフィールもレナも、黙って見ているだけ。

 だが、正面にいる子供達が浮かべたのは、そんな二人とは全く別の顔。


「よくも……」


 リアを睨みつけ、リアよりも小さな両手を握り締める。

 体中を震わせ、漏らす声は、無念と、怒りに染まっていた。


「このぉ……!!」


 絶叫し、三人同時に走り出した。だが、同時に足を止められた。


「うわあっ!」

「なにこれ!?」

「おもい!!」


 三人が三人とも、前から突然飛んできた、長くて、大きな物にぶつかって、その重さに耐えられず、背中から倒れてしまった。


「なんだ? 俺よりチビのくせに、化け物を殺せるのか?」


 三人でどうにかそれをどかそうと、か細い両手に力を込めているのに、動くどころかビクともしない。

 そんな三人の耳に聞こえてきたのは、地面に落ちていた、長い大きな物を蹴とばしたヤツの、冷たい声。


「……ばけ、もの?」


 クリスが繰り返した時、三人を踏み潰す長い大きな物が、スッと離れていった。

 それを持ち上げたリアは、それを肩に置きながら、長すぎる前髪を上げて見せた。


 白く美しい顔に浮かぶ、あまりにも冷たい、邪悪な笑みを向けながら……



「そうだ。俺は、黒い化け物……ネロ・バーサークだ。覚えておけ」



 邪笑しながら言い放ち、刀を真上へ放り投げる。

 空中を回転したそれはやがて上昇を止め、刃を下に向けて降ってくる。


 リアは、大口を開けて上を向いた。

 直後、降ってきた長大な刀は、リアの口の中へと消えていった。



 そんなリアの姿に、醜い大人達は、余計恐怖に震えた。だが、


「ゆるさない……お前みたいなばけもの、絶対にゆるさない……」


 クリスは、恐怖ではなく、更なる怒りを浮かべ、目の前のリアを睨みつけていた。

 立ち上がった体全体を震わせながらも、声を絞り出す。

 そんなクリスの左右に、褐色のトーマと、女の子のアニも並んだ。


「いつか、絶対に仕返ししてやる……!」

「ころしてやる……おかあさん達みたいに、ころしてやる……!」

「絶対に、お前のことゆるさないからな!!」


 三人とも、ガタガタと震え、目に涙を溜めながら、それでも必死に涙をこらえて、リアに向かって宣言した。


「……ああ。待っててやる。精々生き延びて、俺を殺しにこいよ」


 背中を向けつつ言った、その言葉を最後に、歩き出す。フィールとレナも急いで続いた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 二人が後ろからリアの左右に立った時、既に前髪を下ろし、表情は見えなくなっている。


「リア、なんであんなこと……」

「殺したのは事実だ。本当のこと言って何が悪い?」

「本当のことって言ったって……」

「それに……」



 ――うわああああああああああああああああああん!!


 ――わあああああああああああああああああああん!!


 ――ああああああああああああああああああああん!!



 リアが答えるよりも早く、後ろからそれが聞こえてきた。

 怒りと、悲しみと、悔しさと、恨めしさと……昨夜聞いたばかりの声と同じだった。

 ただ、昨夜に比べれば弱々しくて、幼くて、そして、数が多かった。


「……それに、これだけのことがあっても死ぬくらいなら、あいつらもそれまでだ」


 そんな声が遠くまで響き渡る中、リアは言った。


「どうせ、とっくに死んだ村だ。仮に奇跡か偶然でも起きて、村が生き返っても、あいつらに居場所なんかない。ならいっそ、捨てられようが追い出されようが、どこで何をされようが、生き延びるための理由があれば、少しは寿命が延びるかもしれないな……」


 歩き続けながら、そんなことを言う口もとには、哀しい微笑みを浮かばせて……


「次に会う時があれば……俺以上の化け物になってるかもな……」




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