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ネロ・バーサーク  作者: 大海
第二章
12/24

第4話  あなたのお家はどこですか?

「……う、ん?」


 目を開いた時、眠っていたことをようやく自覚して、とりあえず、体を起こした。

 寝起きなせいで頭はボンヤリする。体はダルイ。おまけにどういうわけか、鼻がバカになったように感じる。

 眠る直前のことで思い出したのは、鼻と喉にほんの一瞬感じた、強烈で猛烈な、酸味と苦味とえぐ味とすごみ。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になって、今日までの人生が見えた。次に綺麗なお花畑と小川、その向こう岸で手を振る、羽の生えた綺麗なお姉さん達が見えた。


 そんな夢を思い出しつつ、やけに体が窮屈だなあ……と思った時、ようやく異変に気付いた。


「……あれ? え……?」


 体を起こし、両手を動かそうとする。しかし、動かしたい両腕は腰にあって、その両手首はロープで縛られている。両足首も同じ。


「何で……って……」


 窓からの月明かりだけに照らされた、暗く狭い空間を見渡すと、もう一人倒れていた。


「フィール!」


 自分と同じように、両手足を縛られている少女に呼び掛ける。

 動き辛いながらそこへ近付き、頭で体を揺らしてみた。


「フィール、起きて、フィール……」


 何度か名前を呼ぶと、暗い中、フィールも目を開けた。

 元から細めな目を余計に細めつつ、周りを見ながら、レナと同じように、混乱しているのが見て取れた。


「なに……? ここは、どこ?」

「分かんない……目が覚めたら、ここにいて……」



「うるっせえな!! デケェ声で喋ってんじゃねえぞ! 奴隷どもがぁ!!」



 突然そんな怒声が聞こえてきた。

 同時に、そちらへ振り向いた瞬間、レナの顔に硬い物がぶつかり、体は後ろへ倒れた。


「レナ!?」


「うるせえってんだ!?」


 今度はすぐ近くから聞こえた。

 そちらを向いたフィールの顔面に、靴底がぶつかった。


「喋らずそこにいやがれ奴隷ども!! 朝にはこんな村からおさらばなんだからよ!!」

「……奴隷? ぐっ……」


 フィールが聞き返すと、今度は腹部に蹴りが飛ぶ。

 だが、二度目は一度目ほど効いてはいない。


「……レナが怖がってるじゃない。奴隷相手でも、説明くらいしてくれてもいいんじゃない?」


 見上げながら、敢えて強気で尋ねてみる。

 男は余計に怒ったようで、再び顔を蹴りつけた。



「なんで俺が説明なんかしなきゃならねえんだ……なんだって、この俺が……この俺が……」


 狭い部屋の中を行ったり来たり、ブツブツ呟いては体中を震わせて、頭をガリガリ引っ掻いている。

 随分分かりやすい奴だ。普段からイライラしっぱなしなんだろう。


 二人がそう思っていると、男は座り込む二人に合わせてひざを曲げた。

 その顔が窓からの月光に照らされたおかげで、男が宿屋の主人だと分かった。


「お前ら、魔法使いなんだろう?」

「……!」


 体中のイラつきを必死に抑えつつ、かなり得意そうに、傲慢な振る舞いで言う男の言葉に、二人ともが目を見開いた。


「なに、言ってるの……?」


 子供達から聞いたのか? 

 フィールはそう思ったが、リアは子供達に、レナの魔法のことは内緒だよ、そう語り掛けていた。子供達もそれに頷き、少なくとも三人がいる前で、大人達にそのことは一言も話さなかった。

 第一、それならレナはともかく、自分まで捕まる理由が無い。

 そうフィールが思っていると、男はポケットから、手の平ほどサイズの、黒く四角いものを取り出した。


「見ろよこれ。めちゃくちゃ高かったんだぜ」

「魔力探知機……! こんな小さな村にまで……」


 丸や四角の小さなスイッチが付いたそれの中心には、細長い穴がいくつも開いている。

 カチリとスイッチを入れて、それを二人にかざすと、その穴から、ビー、ビー、と、うるさくはないが、耳障りな音が室内に鳴り響いた。


「こんなボロい宿屋でもな、月に一人か二人は、よそから泊まりに来る。そいつらが寝てる間に片っ端から調べて、やっとお前ら当たりを見つけたってわけだ」



 そこまで聞いて、フィールはようやく……というより、さっきの『奴隷』という言葉から、察しはついていた。そこにその小さな機械を出されたから、確信に変わっただけだ。


「それで、私達を連れて、『聖地』まで行こうってわけ?」

「聖地?」


 レナが聞き返すと、男は高らかに笑い声を上げた。


「そうだ! 魔法使いさえいれば、俺は今すぐこんな『外地』の、しけた村やボロ宿なんか捨てて、聖地へ行って一生遊んで暮らせるんだよ! それも一人いれば十分なのが、二人だ! どんだけ贅沢できるってんだよ! ぎゃははははは!!」


 高らかに、下品に笑う男の姿に、二人とも言葉を失っていた。




 国という領土の基本は、首都と呼ばれる土地があり、そこを中心に様々な地域が広がることでできあがっている。

 国の中心であることから、首都は様々な意味で最も豊かになる場合が多い。

 フィールらのいるこの巨大な国もその例に漏れず、国内でも首都の中心部が、経済的に見て最も豊かな地域となっており、金持ちや富裕層は皆そこに集まっている。


 そして、そんな首都の全域がそうなのかと言われれば、一概にそうとは限らない。

 むしろ、豊かな場所の中にあるせいで、どこかしらばかりが優遇されれば、すぐ隣はないがしろにされ、放っておけば、長い時間の中で廃れていく。

 国という視点で見れば、間違いなく首都の一部なのに、地域という区切りをつけた瞬間、明確な格差という名の線引きが生まれる。


 今風に一言で表せば、豊かで恵まれた都市部と、貧しく廃れた地方。

 そんな、首都の中でも豊かな都市部が、いつからか『聖地』と呼ばれ、それ以外は皮肉を込めて、『外地』と呼ばれるようになった。



 そして、男の言った通り、フィール達が今いるのは、『外地』。中心部の『聖地』を除いた、聖地の外側全域の総称。

 自然が多く残る田舎と言えば聞こえは良い。

 だが、分かり易い恩恵を与えてくれる近代技術や溢れた娯楽、それらが集まった圧倒的な便利さに比べれば、自然しか無い、娯楽も無い、何も無い、不便でしかないと、まるで見向きもされない、そんな地域。

 見向きもされないから人は寄りつかず、寄りつかないから、人や土地は廃れていく。


 富も資源も減る一方で、そのくせ広さも人口も聖地以上。技術の差はもちろん、経済的な格差も歴然としていて、誰もがそれを知っている。

 そんな、生まれながらに負け犬を決定づけられた、貧しい地域に彼らはいた。



 もちろん、それなら聖地へ行けば良いじゃないか、と考える者は大勢いる。外地の人間に対して、特に立ち入りが制限されているわけでもなし、誰でも自由に出入りはできる。

 しかしそれは、快く思われているわけでもない。服装や振る舞いを見れば、聖地ではなく外地の人間だと一目で分かる。ただそれだけで、仕事を得るどころか、門前払いをくらう場合も多い。


 仮に運良く仕事を得られたとして、大抵の場合、外地では学ぶ機会さえ無い技術や知識を要求され、結果満足な仕事ができず、泣く泣く外地へ戻っていく人間は数知れない。

 一例を挙げるなら、聖地では誰もができる文字の読み書きが全くできないから、仕事ができない、ありつけない、というふうに。




 外地にいては未来はない……

 聖地に行っても相手にされない……



 だが、少なくとも聖地へ行こうと思うなら、それら諸々の問題に加えて、その後の生活の心配まですっかり解決してくれるらしい存在が、フィールやレナのような、『魔法使い』と呼ばれる者達だ。


「お前らも、知らねえわけじゃねえだろう? 魔法使いは聖地じゃ、奴隷として価値がある。そいつらを国に売った奴は、一生遊んで暮らせるんだ」

「……それは、奴隷とは違うんじゃない?」


 得意になっている男に対して、フィールが呆れたふうな声を出し、レナも同じように頷いた。


「わたしが学校で習ったのは……魔法が使える人達は、無条件で聖地に招いて、国にその力を貸してくれれば生活を保障します。希望すれば、一緒に家族も招いて、生活を保障しますよって、そういうことだったと思うけど……」


 だが、レナの丁寧な説明は、顔への拳によって遮られた。


「どっちでも同じだ!! お前らはこれから俺と聖地に行って、そこで『家族』の俺のために一生働く奴隷になるんだよ!! 奴隷は奴隷らしく主人に頭下げろや!! ああ!?」


「あなたの奴隷になるくらいなら、私達は舌を噛み切って死ぬけど」


 即座に返ってきたフィールの言葉に、それまでの勢いが男から消えた。


「私達を連れて聖地で遊んで暮らしたいなら、少なくとも、私達をもっと大切に扱った方がいいんじゃない? いくら私達の自由を奪っても、私達が死んで困るのはそっちなんだから」


 もちろん、二人ともこんな所で死ぬ気などさらさら無いし、そもそも、縛った状態の嫌がる女二人を連れて、それなりに距離の離れた聖地までどうやって行くのか。

 突っ込みどころはいくつもあるが、敢えて言葉にはしない。

 無駄に強気な男に対し、弱気は見せず、男以上の強気を返す。


 そんな奴隷の態度に、男の額には、暗闇でも分かるくらいの青筋が浮かんだ。

 直前以上にイラついたその姿は、拳を握り、体中を震わせ、今にも二人に殴り掛かろうと、カッと目を見開いている。



 再び拳を持ち上げた。しかし、それをすぐ引っ込ませた。


「大人しくしてろ! 騒ぐな! 会話するな! 主人に従え! いいな奴隷!?」


 偉そうにそれだけを叫んで、入ってきた出入り口のドアに手を掛けた時。


「リアは?」


 殴られ、突き飛ばされていたレナが、そう声を上げた。


「リアはどこ? 私達と一緒にいた、リアは……」


「知るか!! あんな調べる前に逃げ出した役立たず!! もし魔法が無くても顔が上等だから売り飛ばそうかと思ったらいなくなってるしよ!! 魔法も金も無い奴は死んじまえ!! 俺の役に立たねえ奴に生きる価値無えんだよ!!」



「俺の思い通りにもなれねえ奴は全員死ねええええ!!」



 質問にはまともに答えず、勝手な言葉を叫んだ後で、乱暴にドアを閉めた。



「……そっか。リアは、無事なんだ」


 男が出ていった後、先に声を出したのは、レナだった。その顔を見ると……


(自分がどうなるか分からないのに、リアが無事なのが嬉しいんだ……)


 フィールとしては、自分のことを考えるので精いっぱいだったのに……

 そんなレナの思いやりを前に、恥ずかしい気持ちになった。

 そんなフィールに、レナは近づいて話しかけた。


「ねえ? 電気の魔法でこの縄、なんとかならないかな?」

「ごめんなさい。さっきからやってるけど……金属じゃなきゃ上手く熱せないみたい。もっと鍛えておくべきだったわ」

「そっか……顔、痛む?」

「大したことない」


 月明かりに照らされた中、大きく丸い瞳を潤ませながら、自分の身を案じてくれている。

 フィールとしても、その気持ちは本当に嬉しいのだが……


(ちょ、近い、近いから……)


 目の前の可愛らしい顔に、赤面させるフィールの顔には、痛々しい青痣と、赤い腫れ痕が刻まれている。


「ちょっと、ジッとして……」

「え……えぇえぇ? なに!?」


 言うやいなや、レナはひざを立てて、フィールの顔に、自身の唇を押し当てて……


「ヒューアノートリー……」


 突然の行為に、さしものフィールも驚愕したものの、声を上げた次の瞬間には、それまで顔に走っていた痛みが、徐々に引いていく。

 やがて、顔から痛みが完全に消えたところで、顔を離した。


「ビックリさせてごめんね。肌同士で直接触らないと、治せないんだ」

「……」


 ケガを治す魔法使いの話しは、いくつも聞く。

 噂でしかないが、呪文一つで、周りの人間百人のケガを一瞬で治しただとか、医者でも治せない不治の病を治した者もいた、らしい。

 いかにも魔法らしい、夢と希望に溢れた噂だが、現実は、魔力はあっても発動すらおぼつかず、自在に使いこなせない人間も多いらしい。


 そう考えれば、ちょっとした条件付きとは言え、傷をキチンと短時間で完治させられるのは、破格に便利だ。

 少なくとも、髪の色が変わったと思ったら、ちょっと相手を痺れさせたり、剣や鉄を熱したり、そんなショボいことしかできない私に比べれば遥かにマシだ。


 だからこそ思った。


「わざわざ唇じゃなくてもよかったんじゃない? おでことか、鼻とかでも……」

「……あ」


 指摘してみたら小さな声を上げて、薄暗い中でも分かるくらいに、顔を真っ赤にした。

 そんな顔を見られたくないようで、背中を向けてしまった。


「えっと、その……もちろん、感謝してるわ。ありがとう」

「……うん」


 感謝半分、フォロー半分の言葉に対しては、一度頷いただけだった。




 窓からは月の光が差し込んでいる。加えて、二人とも元から夜目に強いおかげで、今いる部屋を把握するのに時間は掛からなかった。


 部屋の雰囲気や作り、それに、自分達を捕まえたのが宿屋の主人だったことからして、自分達が泊まった宿屋のどこかで間違いない。

 この村に着いたのは朝方だったから、自分達が長いこと、深く眠っていたことも分かる。


 徹夜明けなのだから無理も無いが、それでも二人とも、自身の行動を悔いていた。

 大好きな男の子の裸見たさに弾けた結果、何かしらのバチが当たり、気絶し、長いこと眠ってしまったことに。

 リアが出ていったのを見た後、ドッと押し寄せた疲れと眠けに負け、少しのつもりが熟睡してしまったことに。

 そして、同じように眠っていたことに後悔しつつ、同じように、同じ人のことを思う。


「……リア、助けにきてくれるかな……」

「……」


 もし、助けてくれる気があるなら、二人が目を覚ます前に助け出せるんじゃないか。

 リアなら侵入するなり、正面から相手をぶちのめすなりして、眠った女二人を運び出すことはわけないだろう。

 それを、未だにしていないということは……


 そこまで考えながら、フィールは口には出さなかった。

 期待しているレナから、希望を奪うようなマネはしたくない。

 何より、フィール自身、リアの助けを期待していた。



「……レナ」

「……うん?」


 期待と不安と、そんなもろもろの気持ちを紛らわせたくて、フィールは、背中合わせに座るレナと話すことにした。


「……リアのこと、教えてよ」

「リアのこと?」

「ええ……私は、昨日出会ったばかりで、知らないことばかりだから」

「……」


 何から話せばいいだろう……少しだけ考えて、言葉を選んだ。


「わたしがリアに、初めて会ったのはね……」




 初めてレナがリアに出会ったのは、村の小さな学校でのこと。

 学校と言ってもそこまで立派なものではなく、他よりは大きめな一軒家を簡単に改装したもので、先生は一人だけ。

 生徒は十人くらい。そんな生徒のほとんどは家の仕事を手伝っていて、レナ自身も含めて、毎日通うような子は少ない。

 教わることは、親からも習えるような最低限の読み書き計算に、親もあまり知らないような、ちょっとした歴史や雑学くらい。

 することの無い子供達が、半分遊びに来るために集まる、そんな場所だった。


 そんな学校で、歳が一つや二つ、上だったり下だったりと、バラバラな年代の子供達に囲まれた中、ある日突然、黒髪の小さな男の子はやってきた。

 村の中でも見知っていた他の子供達は、新しい友達ができると無邪気に喜んでいたのが、レナだけは、男の子を一目見た途端、怖い、と感じた。

 理由は分からなかった。ただ、明らかに他の子達とは違う、近寄りがたい不思議な怖さを子供心に感じた。


 一緒に学校へ通う中で、その予感が正しかったことを実感していった。

 静かで大人しくて、けど毎日真面目に通ってきて、教えられた勉強をこなしていた。

 段々と他の子達を置いていくようになって、最後には、先生以上に物知りになった。

 遊ぶ時には、大人もできない動きや、誰よりすごい足の速さを見せたこともあった。


 それだけなら、ただの才能ある子供で済んだかもしれない。

 実際、無口で大人しくはあったが、先生や大人達からの受けも良く、子供達の中では人気者で、よく村の子供達と一緒に仲良く遊んでいた。

 レナとしても、怖くて、すごいなとは思いつつ、学校にいない時は、優しいお母さんに甘えてる。すごいけど普通の男の子にしか見えなかった。



 ある日、子供達が集まって遊んでいるところへ、大きな獣が迷い込んできたことがあった。全員が慌てて逃げ出す中、リアが一人獣に立ち向かって、ケガ一つせず返り討ちにして、殺してしまった。

 子供達を助けるための、褒められた行動だったとは思う。

 なのに、そんな場面を見た子供達や大人達が見せたのは、感謝以上の、恐怖だった。


 あの村全部がリアの敵になったのは、その日からだった。

 学校の先生に子供達、村の大人達もリアに近づかなくなり、遠ざけ、無視した。遂には蔑み、やがて、学校に来ることを禁じてしまった。

 誰からともなく化け物と呼び始めて、だがそのことにリアは何も言わず、加えて、リアの母親が姿を見せなくなったこともあって、日が経つごとに遠慮が無くなっていった。



「その頃だったかな。リアがわたしに、猟師を教えて欲しいって言ってきたの……」


 あの時は、本当に驚かされた。

 特に仲が良かったわけじゃないのに……どころか、まともに話したことも一度も無い。

 ただ、他に頼める人がいない。理由はそれだけだった。実際、解体屋のおじさんはとっくの昔に引退していたし、その息子……アレは猟師じゃない。クズだ。


 とは言え、頼まれた時は、最初に見た時と同じ。とにかく怖かった。

 しかし、断ったら余計に怖いことになりそうで、断る勇気は無かった。

 だから、人への教え方もろくに分からないのに、リアに猟師を教えることになった。


 不器用で拙くて、怖がりながらのレナの教えを、リアはよく守り、実行していった。

 弓矢の使い方、罠の作り方、仕掛け方、季節による獣の行動、あの獣はこうやって仕留めるんだよ、猟師が絶対にするべきこと、逆に絶対にやっちゃいけないこと……


 それらをリアは、真面目に聞いて、分からないことはよく質問もした。

 自分が猟師として知る全てを教えて、それを言った通りに実践してくれる。そんなリアの姿を見ることが、日に日に嬉しくなっていった。


 毎日のように一緒に狩りへ行き、教えることが無くなったら、お互いに競い合い、レナが勝った時は、無表情ながら少しだけ悔しそうにしていた。


 そんな日々のおかげで、リアは、ただ素直で良い子なんだな、ということが分かった。


 素直で、良い子で、可愛いくて……

 そんなリアと、ずっと一緒に狩りをしたいと思うようになった。

 今思えば、短くしていた髪を伸ばし始めたのも、はいたことの無いスカートをはくようになったのも、この頃からだった。

 一緒に狩りをして、少しでも長い時間を一緒に過ごして、少しで良いから、猟師以外のことでわたしを見てくれたらなって……



「そう思った時には、わたしのこと、追い越しちゃってた……」


 思い起こせば、教えたことは全部、一度で覚えてしまっていた。

 質問するのは、本当に分からないことだけ。狩りの腕前も、時間が経つごとにメキメキ上達していった。

 いつの間にかレナも知らない知識を覚えて、レナの方が教えられる立場になっていった。


 しかも、元々はレナと同じ弓矢を使い、それすらかなりの腕前だった。

 それが、その怪力のせいでいくつも弓をダメにしてしまい、弓以外にも、剣や槍や斧、色々な武器を使っては、全部壊した。

 それでも武器が無いと狩りは難しいから、丈夫そうな、色々な武器を買ってきて、使っては壊すの繰り返し。

 足には硬い鉄靴を履いて、最後はどこで売っていたのか、リアも含めてみんなが物干し竿と呼ぶ、長い長い怪物みたいな刀を手に入れた。

 それを使って、どんなに大きくて凶暴な獣も、簡単に倒してしまった。



 仮にも後輩のリアに負けたことが、ショックだった。けど、納得もした。

 やっぱり、リアはすごいんだ……

 誰も敵わない、わたしの得意な狩りでも勝てない、すごい子なんだ……


 それでも、リアの本質を知ったおかげで、化け物だ、とは思わなかった。むしろ、その実力を尊敬し、憧れて、ますます一緒に狩りをしたい……そばにいたい。そう思うようになった



「どんなにすごくても、すごく良い子だって、分かってた……分かってたのに……」


 それを分かっていたのは、レナ一人だけだった。

 レナがどれだけリアのことを良く思っていても、村人は全員、怪物みたいな刀を振り回し、髪の毛を不気味に伸ばしたリアのことを、嫌い、蔑み、化け物だと呼び続けた。


 子供達の誰かが石を投げて、それを他の子達もマネするようになって。

 それにリアが文句も仕返しもしないのを良いことに、大人達も黙認した、村公認の楽しい子供達の遊びになった。


 仕舞いには、誰かに賞金まで懸けられて、それが目当ての盗賊達がやってくるようにもなった。

 それに巻き込まれたからと、余計にリアは目の敵にされて、リアにとって、敵しかいなくなった村の中で……


「わたしは……村の人達に、やめようって、言えなかった……」


 毎日嫌だと思い続けた。ダメなこと、やっちゃいけないことだと知っていた。

 それでも、自分一人だけが、あの頃のリアみたいに、村の中で違う人になるのが怖くて……


 せめて、リアに対して、自分だけは普通でいようと思った。

 したことは、それだけだった。


「そりゃあ、わたしが何か言ったくらいで、やめてくれるなんて思ってなかった。でも、せめて、リアのこと知ってるわたしが、リアを守ってあげないといけなかったのに……リアは強いし、全然気にしてないみたいだったから、大丈夫なのかなって思って……」


 どちらに対しても疑問を持ちながら、どちらに対しても、何かを言うこともせず……


「結局、ただ、何もしなかった。嫌だとか、やめてほしいって思ってるのに、誰もやめようとしないし、なのに、怖くて、やめてって、一言言うこともできなくて……リアは何も言わないから、わたしも何も言わなくて、そのまま、考えないようにしちゃってた……」



 レナの顔が、涙に濡れていることが、背中越しでもフィールには分かった。


「こんなことになるなら、力づくで脅してでも、止めるんだった……止められたら、リアの、お家も、お母さんも、いなくならなくて……リアが泣くこと、なかったのに……」


 長い付き合いの中で、リアの泣き声を聞いたのは、昨夜が初めてだった。

 それまでは、どれだけ痛そうな目に逢っても、辛そうな目に逢っても、泣くどころか、弱音の一つも聞いたことが無かった。

 痛い目も辛い目も、蔑みも陰口も、全部に対して平然としていた。


 だから気付かなかった……いいや、気付かないフリをしていた。

 悲しまないわけじゃない。怒らないわけじゃない。

 傷つかないわけじゃない。泣かないわけじゃない。

 ただそれに慣れて、ガマンしているだけで、不気味に長く伸ばした髪の下では、当たり前に悲しんで、怒って、傷ついて、泣きもする。

 それがリアに限って、無いと思い込んで……


「結局わたしも、リアのこと、化け物だって、思ってた……あの村の人達と同じで……リアのこと、すごく強い、化け物だって……」


 その結果がどうだ。

 リアがお母さんを亡くすことも止められず、亡くした後で気付かされ、後悔しても、遅すぎる。

 これでリアのことが大切だなんて、どうして言えたんだろう……


「魔法使いとその家族が、聖地に行けることも知ってた……けど、とっくに忘れてたし、本当の家族だけだと思ってた……友達でも良いなら、リアと母さんを、聖地に連れていってあげたかったよ……」


 リアへの悲しみと悔しさと、いくつもの後悔に駆られて……




 涙を流し続けるレナの肩に、何かが乗った。


「レナが悪いわけじゃないわ」


 肩に顔をうずめながら、フィールはそう、優しい声を掛けた。


「あなたは間違ってない。私だって、リアのこと、怖いって思ってたんだもの」


 顔を上げて向かい合い、互いの視線を真っ直ぐ突き合わせる。


「怖くないって分かったのは、リアの、母親譲りの優しさを知ったから。それまでは、その強さだけを見て、ただ怖いって、思ってた」

「……リアに、何かされたの?」


 そんな疑問を純粋な気持ちで尋ねられ、途端に胸が苦しくなる。


「逆よ。したのは私の方……私は、賞金稼ぎなの……」


 その一言でレナは、ずっと聞き出せずにいた二人の関係を、ようやく理解した。


「私はレナと違って、会ったばかりのリアのことは、何も知らない。知ってるのは、盗賊達と一緒に襲い掛かった、賞金稼ぎの私を利用して、自分に懸けられた賞金を使ってでも、歩けないネアさんの足を治そうとしたことだけ……」


 その話しにはレナも、それをリアに言われた時のフィールと同じように、驚かされた。

 そしてようやく、レナもよく知らない、ちょっと話したことがあるくらいの、ネアという人の尊さを理解した。



「リアは言ってた。ネアさんの足を治して、それで、あの森から、もっと良い家に引っ越すんだって……そのために、正しい方法とはとても言えないけど、ずっと努力してた。リアは本気で、それだけの夢を叶えるために、がんばってた」


 それが、どれだけ無謀な夢なのか。レナでも容易に理解できる。

 それでも、リアが本気だったことを想像するのも、同じくらい容易なことで……


「毎日、猟師としてがんばって、金を集めることも頑張って、守る価値もない村を守るために、毎晩徹夜までして……全部、ネアさんのために。そのネアさんも、リアが自分の一生を懸けられるだけの価値がある人だってことが、一日一緒にいただけで分かった」


 目を覚ました直後から、いなくなる寸前まで。

 実際に彼女と触れ合ったのは、まる一日もない短い時間だった。

 それだけ短い時間の中で、優しくて、楽しくて、明るくて、気の良いあの人は、金しか信じてこなかったフィールの心を、金にも、何にも代えられない気持ちで満たしてくれた。



「そんなネアさんが、最期に私に言ったの。リアのこと、よろしく頼むって。ちょっとの間だけでいいからって……それを言われた時、決めた。ちょっとの間なんて言わない。私はずっと、リアのそばにいようって。リアのこと、守ろうって」


「……守る? リアを?」


 リアに対して、最も似つかわしくない言葉が聞こえた。だから聞き返した。

 そんなレナへと向けた、フィールの表情と言葉には、確かな確信がこもっていた。


「リアは強い。それは間違いない。実際、ネアさんが目の前で死んだ後なのに、こんなところまで歩いてきた。それこそ、二度や三度叫んだくらいじゃ気が済まないくらい……アレを殺したくらいじゃ気が済まないくらい、悔しかったはずなのに。それでも殺さずガマンして、村から逃げるためだとしても、途中戦ったりして、こんな所まで歩いてきて……」


 母親の死を悼む暇もなく、その権利すら奪われながら、最愛の母のもとから遠く離れた。

 言葉にして、今ある結果だけ見れば、簡単な行動に見える。

 それが、どれだけの怒りや、苦しさや、無念さをこらえたうえでの、簡単な行動なのか……


 フィールには、想像することさえできない。

 それでも、一つだけ分かることがある。


「けどそれだって、ただガマン強いっていうだけ。もしかしたらこの先……そんなこと、あり得ないでしょうけど、昨夜よりもっと、ずっと辛いことも、あるかもしれない。リアほど、大勢の人間が、平気で傷つけようとする人もいないから」


 レナにとっても、それは絶大な説得力だった。

 リアは平気な顔をしていたが、そんなリアを、どれだけの人間が平気で、喜んで傷つけようとしてきたか。レナはずっと一緒にいたから、よく知っている。

 この先もし、村一つ、どころか、国一つ、世界中がリアの敵になって、そいつらが一斉に、リアを虐めたとしたら……


「そんなの……いくら強いリアでも、いつか、壊れちゃうじゃん……」


 想像しただけで寒気がした。

 大げさだと言えばそれまでだ。それでも、ないとは言い切れない。

 だって、リアだから……



「だから決めたの。誰もリアの味方がいないなら、私一人は、リアのそばにいようって。それで、リアのことを守ろうって」


 そしてまた、強い確信を込めた声を上げた。


「リアは昨夜、レナの魔法でも一生治せないくらいの、深い傷を負った。この先も多分、たくさん傷つく。そうやって傷つき続けたら、いくら強くても、必ず限界がくる」


 レナは、想像した。リアが人として感じる痛み、苦しみ、悲しみ、怒り、恨み……

 それらを受け続け、溜め込み続けて、いつかやってくる、限界の日。


「彼が傷つき続けて、限界がきた時、それでもガマンするのか、壊れてしまうのか……いずれにせよ、とても平気でいられるはずのない状態で、それでも周りに敵しかいなかったら、リアは間違いなく死ぬ」

「……」


 湖でも感じた、一番怖いこと。それを聞いただけで、またレナは泣きそうになってしまう。

 そして、そんなレナの涙を、フィールは即座に止めた。


「そんなこと、私が許さない。リアは絶対に死なせない。どれだけ傷ついたって、限界で倒れたって。その時は、私がリアを逃がす。逃げられないなら、リアの敵は全部殺す。そのために、私は生きるって決めた」

「フィール……」


「ネアさんのためだけじゃない。リアにとってネアさんがそうだったように、私にとってリアは、命を懸けて守るだけの価値がある。それほどの人だって、知ってるから」

「……」



「フィール」


 話に納得しながら、レナはフィールに、一つだけ、どうしても聞きたかった。


「フィールは……フィールも、リアのこと……好き、なの……?」

「え? それは……」


 少なくともレナから見て、リアのことを語る、熱のこもった口調や、真剣な思いやりを宿した目には、ただ助けられたとか、仲間とか、家族とか、そんな、起きた現実だけに対して宿る感情には見えなかった。

 そんなもの以上に特別な、尊い気持ちがこもっている。そんなふうに見えた。


「……分からない……好き、だと思う……けど、レナが言う、好き、とは、違う、と思う……」

「……そっか」


 これ以上は、聞いても分からないだろう。レナ自身、最初は分からなくて、今の気持ちに気付いたのは、ずっとずっと後だったのだから。



「……一人じゃないよ」

「え?」


 だからこれ以上空気が重くならないよう、レナは笑顔を作った。


「フィールだけじゃない……わたしも、リアのこと、守る。一緒に守ろう。リアのこと」


 満面の笑みでの誓いの言葉を、フィールへ向けた。


「リアの行くところ、ずっとずっと、ついて行こう。いつかリアが疲れて、動けなくなった時は、支えてあげられるように。戦えなくなった時は、守ってあげられるように。リアのこと、一人ぼっちにしないように」

「……ええ」


 そしてフィールも、笑顔で頷いた。


「私達が守りましょう。化け物なんかじゃない、一人の人間の、リアのこと」

「うん」




 当のリアはここにはおらず、二人を助けに来るかも分からない。

 そんな状況にありながら、二人の目と言葉には、確かな決意と、希望が宿っていた。


 互いの胸の内にある、共通の人物。

 リアという、誰よりも尊くて、大切な存在。


 彼を守ること。そのために生きること。

 リアがいない、夜の暗い部屋の中、二人の少女は誓い合った。




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