第3話 迷子の迷子の 子ねこちゃん
「お疲れ……」
しばらく、倒したという事実に呆然としている二人の横から、そんな声が聞こえた。
リアは、二人の前に立つと、二人の手から、長刀を片手でヒョイと受け取った。
「そんな重くて長いの、よく片手で振り回せるわね」
「他に無いからな……好きで使ってねえよ。こんな物干し竿」
得物のことをそんなふうに吐き捨てることにも呆れたものの、それ以上に、その刀を何もない場所に、跡形も無く消し去る様には、それ以上に驚かされた。
「やっぱり……リアも『魔法使い』だったのね?」
「違う」
疑問が解けたという顔をしているフィールに対して、リアは即答で否定した。
「違うって……でも、そんなの、魔法じゃなきゃ考えられない。怪力は……百歩ゆずって、生まれつきにしても、大きな刀も、さっきの水筒とか、針と糸とかだって、本当は魔法でしまってあるんでしょう?」
なおも食い下がるフィールに、リアは、言葉の代わりに頭をかきむしった。
バネのように見事にクルクルと丸まったくせ毛、枝毛、縮れ毛、大量の抜け毛と一緒に、バラバラと、小さくも様々なものが地面にボトボトと落ちていった。
さっき取り出した、小さな水筒が二本。
裁縫針が数本と、色違いの糸が七色。
ペンとメモ帳。わずかな裸の現金。
透明な容器に入っている、塩、コショウ、砂糖、調味料。
キラキラ光っているのは、燃えた家の鍵だろう。
そして、中身は分からないが、小箱が数個。
「昨日言った通り、この髪がポケット代わりだ。昨日の火事でだいぶ減ったが……どの道、魔法とは違う」
(十分魔法の域なんじゃ……)
思わず苦笑しているフィールに対して、更に続けた。
「それに、お前も、魔法使いなら知ってるだろう? 魔法を使うには、生まれつきの『魔力』と、生まれつき知ってる『呪文』がいる。物干し竿だけいつから出し入れできるようになったか、もう覚えてないが、俺は、そんな呪文を唱えたことはない」
「え? ……そう言えば、無言だったわね」
この世界で言う『魔法』とは、大よそのイメージ通り、特定の人物が使える、理屈や常識では計り知れない不可思議な現象のことを差す。
魔法を使うには、その源となる『魔力』と、発動の合図となる『呪文』を必要とする。これらは、その人物が生まれながらに持ち、知っている物であり、後天的に身に着けることはできない。
自分が魔法使いだと気付き、魔法を使えるようになる年齢には個人差があるが、大人から子供まで、魔法が使える人間は総じて『魔法使い』と呼ばれる。
「……自覚が無いだけで、実際は魔法使いだった、なんて可能性はないの?」
説明を聞いた後も、フィールとしては、どうしても納得できなかった。
「私自身、魔法が使えるって気付いたのは、ほんの三ヶ月くらい前よ。全然鍛えてないから、せいぜい手から電気を流して相手を痺れさせたり、剣を熱するくらいしかできないけど。リアも、自覚が無いだけじゃ……」
その可能性も、なくはない。
そう肯定する顔を見せながら、それでもリアは首を横に振った。
「物干し竿を手に入れる前の話だが……とっくに『聖地』に行って調べてもらった。俺に、魔力は全く無いって言われた」
「うそ……」
「昨日も言ったろう。魔法が使えるくらいなら、とっくに猟師なんかやめてる。で、とっくの昔に、母と一緒に、あんな村出てる」
「……」
「……けどリア、よく生きてたわね。本当に……」
涼しい声のまま、それでも辛そうに目を伏せながらの話。
リアも、レナまで気まずくなった、そんな話題を変える意味でも、フィールは無理やり明るい声を出した。
だが、明るい顔と声を作っているのに、リアが顔に見せたのは、何を言っているんだ? という疑問だった。
「……あのくらいで死ぬわけが無いだろう。何年化け物してると思ってる?」
「何年、化け物してる……?」
まるで職業感覚な物言いに、二人とも苦笑するしかない。
そんな苦笑を眺めながら、リアは相変わらず平然と言った。
「本当なら、海リュウの目が俺に向いてる間に、二人とも逃げてるはずだった。俺も、吹っ飛ばされた先で逃げるはずだったんだがな……」
そんな発言に、二人とも固まった。
自分達が散々心配し、激情し、決意を固め、必死で戦っていた間に、その原因となったリアが考えていたのは、逃亡だった。
確かに、一番合理的かもしれない。
だが、リアがそれだけ丈夫だと知らなかった二人からすれば……
「バカッ!」
「……?」
思わず、フィールは手を出していた。レナも大人しくしつつ、握り閉めた拳を震わせていた。
そんな怒りをどうにか抑えつつ、取り敢えず、疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「……ところで、リアはどうやってここまで戻ってきたの?」
「水リュウに乗った」
「へ?」
「水リュウに乗った」
「……どうやって?」
二度聞いても同じ答えに、更に聞き返す。
リアは、せっせと落とした小物類を髪の毛に片付けていた。
「水リュウは死骸が大好物だから、一匹を殺して突き刺して、それを餌におびき寄せた。後は、それに寄ってきた水リュウの一匹の上に乗って、ここの方角へ向けて水リュウをぶら下げればいい」
「……ああ。乗ってるウマの目の前に、ニンジンぶら下げる、みたいな……?」
フィールの分かり易い例えに、レナはようやく納得して頷いた。
そして、どうにも納得しかねる事実に、混乱してしまう。
(……けど、リアだからなぁ……)
そう考えただけで、二人とも、無理やりながらも納得ができてしまうのだった。
「……普通に走ってこられなかったの?」
「……それだと間に合わなかった。第一、湖に落ちないよう、刀を出した後だった。あんな重たい物持ったまま走れない」
(あ……だから、走る度に刀を投げてたわけね)
直前の戦闘を思い出しながら、その時見せた動きにようやく納得する。
納得しながら、更に思う。
「……刀、しまってから走れば良かったんじゃ……」
「……」
「……」
「フィール」
「なに?」
「頭良いな」
「……え?」
「行くぞ」
リアはそっぽを向きながら歩き始め、二人とも、苦笑しつつそれについていく。
途中、フィールは先程男が落とし、地面に突き刺さった片刃曲剣を引き抜いた。
幸いなことに、投げ捨てていた鞘もすぐそばに落ちている。
一本しか無いのは不満だが、使っていた剣が二本とも折れた以上、贅沢は言っていられない。それを腰に下げ、改めてリアに続く。
そして三人とも、さっきは入らなかった小屋の前に立った。
「……今度こそ、休む」
ドアを開け、中を見て、リアは首を傾げた。それからドアを全開にし、中へ入る。
フィールとレナも、リアに続き、中に入った。そこにあったのは……
「……え?」
三人の子供が、ひざを抱えて座っていた。
三人とも、両手両足を縛られ、お互いの首を短いロープで繋がれている。
青痣が刻まれ、大きく赤く腫れている顔にある目は、涙目ながらも既に生気が無い。
そんな三人の子供が、部屋の隅に座り、小さくした体で震えていた。
子供達のケガに気付いたレナが、急いで駆け寄ろうとした。それを、リアが制した。
リアは、なぜか髪を掻き分けながら、子供達に近づいていた。
「みんな、大丈夫?」
二人とも、まず、小屋の中と外を見渡した。
しかし、今聞こえた声の主は見当たらない。
「ケガしてるの? 痛い?」
再びその声が聞こえてきて、二人同時に耳を疑った。
あり得ないと思いつつ、その声の発生源と思しき人物に目を向けてみる。
「あの人達にされたの? すぐにほどいてあげるから」
みたび、その声を聞いたことで、ようやく確信し、そして、衝撃を受けた。
その声は、今まで聞いていたものよりも、遥かに高かった。
遥かに優しく、遥かに柔らかく、そして、遥かに可愛らしい声だった。
そんな声の主は、二人の反応など知らず、子供達を縛るロープをせっせとほどいていく。
三人の、それぞれ首に縛られたロープをほどいたところで、
「お願い。二人とも手伝って」
そう、振り返りざまに言ったリアの顔を見て、また二人に衝撃が走る。
前髪で半分以上が隠れていた顔を全てさらけ出し、大きな目と、小さな口を見せている。
大きくも尖っていた目は、そんな面影がないほど丸くなり、涙までにじませている。
刺々しいくらいの鋭い視線はナリを潜め、警戒も、悪意もない、子供としての純真な視線を送っている。
漂う雰囲気は、いつも見せる余裕や威圧ではなく、必死に助けを求める懇願だった。
「お願い……」
再び言われて、二人ともようやく我に返った。
急いで子供達に近づき、両手足を縛るロープをほどいていった。
「僕はリアって言うの。僕も、さっきのおじさん達に連れてこられたんだ」
全てのロープをほどいたところで、リアは根も葉もないウソを語り出した。
「けどね、ここに連れてこられる途中に、この二人のお姉ちゃん達に、助けてもらったの」
(お姉ちゃん……!!)
その言葉に、二人の身にまた、直前とは種類の違う衝撃。
「もう大丈夫だよ。だからみんな、フィールお姉ちゃんと、レナお姉ちゃんにお礼を言って」
再び言われ、また衝撃。まるで雷にでも撃たれたように、二人の体を突き抜けた。
それは苦痛や不快ではなく、心地良く、誇り高い、正に痺れる感覚だった。
「……ありがとう、おねえちゃん」
「ありがとう……」
子供達のお礼さえ、今の二人には届かない。
ぼんやりその痺れを感じている二人に、とどめの一言。
「ありがとう。フィールお姉ちゃん。レナお姉ちゃん」
(フィールお姉ちゃん……リアが……!)
(リアが……レナお姉ちゃん……!)
満面の笑みと、柔らかな声で発せられた、可愛さ爆発の、お姉ちゃん、という言葉。
今にもその破壊力に、痺れる身をよじりそうになっていた。
それでも『お姉ちゃん』として、その衝動に耐え抜いてみせた。
「みんなのこと、お家まで送ってあげる。お家どこか、分かる?」
そんな二人の事情など知らないリアは、相変わらずの声と顔で、再び三人と向き合った。
そうしたリアの言動のおかげか、初め恐怖していた様子の子供達にも、余裕が戻ったらしい。三人ともが笑顔を浮かべ、リアに、信頼の目を向けている。
「うん……ありがとう。リアおねえちゃん」
「……おね?」
女の子が、リアにも礼を言った。
「ありがとう。リアおねえちゃん」
「リアおねえちゃん、ありがとう」
残る二人もお礼を言う。その結果、リアが気のせいかと感じた違和感が、気のせいではないと分かった。
「リア、お姉ちゃん……」
首を傾げながら、リア自身もまた、繰り返す。
後ろで、フィールとレナが必死に笑いをこらえていることにも気付かず、リアは、
「……う、うん。どういたしまして」
と、『お姉ちゃん』らしい声で返事をした。
「えっと……それじゃあ、レナお姉ちゃん、この子達のケガ、治してあげて」
「え? ……あ、うん。分かった」
少し考えた後で、同じく可愛らしい声で呼び掛けられたレナは、笑いをこらえながら、三人に近寄った。
「じゃあ、ジッとしててね」
「それじゃあ、ぼ……わたし達は、邪魔になっちゃうから、お外で待ってよう」
リアはフィールに声を掛け、ドアの方へ歩く。
それに続くフィールの目に、部屋の隅に置いてあるものが見えた。
(ちょうど良かった)
そこには、剣、弓矢といった武器が雑多に放置されていた。中にはついさっき拾った曲剣と同じ形状のものもある。それを拾い、腰に下げる。
ついでに予備として、形は違うが剣をもう二本、背中に背負った。更に、矢筒もあるだけちょうだいし、あらためてリアと並んで小屋を出ていった。
小屋を出ると、リアは無言で髪を元に戻しながら、後片付けを始めた。
まず、真っ二つになった海リュウの頭をけたぐり、押していった。
それが湖面に落ちる寸前、飛びだしてきた水リュウが喰いつき、そのまま水中へ消えていった。
「あとはこいつだ」
続いて、首の無い胴体に近づく。今度は足ではなく、両手を添えた。
ズリ、ズリ、ズリ……
リアが両手と、体全体に力を込めることで、ここに来るまでに聞き慣れた音が鳴る。
胴体は少しずつ湖面へ移動し、やがて、水面へ沈んでいく。
また水しぶきが発生した。一部しか沈んでいない海リュウの胴体に、水リュウが大喜びで群がっていく。
「……え?」
思わず、フィールは声が出てしまった。
リアは既に手を離している、全長十五メートルはくだらない、海リュウの首なしの死骸。
そんな大きさ重さがウソのように、バシャバシャと白いしぶきの中へ、徐々にではあるが、引っ張られていく。
やがて、胴体の全てが、地面に流れた大量の血を残し、ルオーナ湖の中へ消えた。
「おー……」
「これでゴミ処理は終わった」
「……水リュウの食欲って、すごいのね……」
「川や海に比べて、湖は餌が少ないからな。水リュウが全部片付けてくれるから、今じゃこの湖は、『ゴミ捨て場』なんて別名で呼ばれてる……」
顔を前髪に隠しながら語った姿からは、何の感情もうかがえない。
小屋の中とは違う、いつものリアだ。
「……リア、さっきの……」
「……初対面の、特に子供には、ああするのが良いんだろう?」
「それは……そうね」
どうしても拭えない違和感からの質問に、短いが、明確な答えを返され、言葉も出ない。
少なくとも、いつも自分達や、村人達に見せていたであろう姿に比べれば、直前に見せていた可愛らしい姿は、遥かに親しみやすかったから。
「それに、レナに子供の相手は向かない。お前は、美人だが目付きが悪い。子供が泣く」
「放っといて……」
皮肉の混ざった余計な一言には、さすがに言い返した。
「それに、こんなチビが大人の男を追い払ったなんて、子供でも信じないだろう?」
「……そうね」
これも本人の言う通り。どうせ信じてもらえないと分かる真実よりも、より現実的で、それらしいウソの方が遥かに正しいことは、フィールでも知っている。
「まあ、あながちウソでもないしな。最後の一人を倒したの、お前ら二人だし……」
この話しはここまでだろう。
そう思って、別の話を切り出すことにした。
「あの子供達、何のためにさらわれたのかしら……?」
「……エサ、だろうな……」
「エサ? なんの?」
「水リュウは、良くも悪くも金になる。だからそいつを捕まえるためのエサとして、手軽でデカい獲物として子供をさらったんだろう」
リアの答えに、ようやく得心がいった。
水リュウを、金に代えるにも、そもそもあんなバカデカいのをどうやって捕まえるかとか、どうやって運ぶかとか、問題はいくつもある。あの短気でバカな男達が、そこまで考えていたとは思えない。
そんな打算的な利益を釣り上げる、エサにするためにさらわれた、四人の子供達。
(確かに、ある意味有効な使い道なのかもね……)
「終わったよー」
ドアが開く音と一緒に、レナのそんな、嬉しそうな声が聞こえた。
振り返りながら隣を見た時、リアは再び前髪を上げていた。
直前の様子がウソのような、可愛い顔で、可愛い声を上げていた。
「お疲れさまー、レナお姉ちゃーん」
顔の傷が綺麗に治った子供達に囲まれながら、レナはまた悶えている様子だった。
フィールも悶えそうになりながら、新たに疑問を懐く。
今の、可愛いリア。いつもの、冷静なリア。昨夜の、泣いていたリア……
(どれが、本当のあなた……?)
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ルオーナ湖での全ての用事を済ませ、子供達からは、どこから連れてこられたのかを聞き出した。幸いなことに、三人がいた村は湖から近く、道も分かると言った。
村までの道中は、リアが子供達の相手をしていた。
優しさと母性に溢れた、綺麗な笑顔を三人に向け、愛想の良い親切な声を掛け続ける。
幼い子供達はそんなリアに心を許し、信頼し、時に甘えている。
そんな、それまでとは真逆に過ぎる『リアお姉ちゃん』の姿に、後ろに並ぶ『お姉ちゃん』二人は、何も言わず、何も言えず付いていった。
その姿が演技であることは、リアを知っていればよく分かる。
分かるが、今と、今までのリアの姿は不一致すぎて、そもそも同じ人物だと思うことが難しかった。
「着いたよー」
考え、歩いているうち、リアが声を上げ、目的地に辿り着いた。
周囲は、見上げるほどの柵で囲まれ、そこへ有刺鉄線が巻かれている。
そんな簡単な囲いに守られてはいるが、柵の木は腐り、鉄線は錆びついて、獣や、人にも簡単に破られそうなほど古くなっている。
そんな柵の内側に、いくつも並べられた家々。
そのどれもが古く、いくつかは空き家だと分かる。
よく見れば畑もあるが、よく見なければ、畑には見えない。
ろくに耕していない固い土のウネから、僅かばかり顔を出している野菜の芽は、大量に顔を出した雑草に覆われている。
手入れも世話も成されていない、適当に打ち捨てられた地面。
そんな地面の上に並ぶ『村』の中へ、子供達は大喜びで走っていった。
「ただいまー」
三人が一斉に叫び、それに、姿を見せていた住人らの何人かは顔を上げた。
「……アニ」
「クリス?」
「トーマ!」
三人分の名前が、順に呼ばれる。と同時に、それまで家の中に隠れていた者達が、一斉に顔を出し始め、三人の子供達の元へ駆け寄った。
「おー……帰ってきたのか」
「えらく早かったな」
特に深刻な雰囲気は無い。フィールらがそう感じていると、大人達の視線は、目の前の三人から、後ろの三人へ移された。
「あなた達が、こいつらを連れてきたんですか?」
「あのねー、わたしたちねー、『ゆーかい』されたのー」
三人に目を向ける男に対して、三人の内の唯一の女の子、アニが言った。
「誘拐?」
「うん! でもねー! あのおねえちゃん達が助けてくれたんだよー!」
活発な口調、且つ、おそらく三人の中では最年長らしい、クリスが続いて言った。
「おねえちゃん達、すごいんだよ! 悪いやつら全部やっつけてくれたんだー!」
褐色の男の子、トーマが最後に言った。
いくつも剣を持った目付きの悪い女と、弓矢を背負う少女と、黒髪を不気味に長く伸ばした黒ずくめの女の子。
顔は美人だが、はっきり言って『怪しい』としか言いようの無い見た目の三人組。
だが、子供達のフォローのおかげで、最初こそそれだった大人達の視線に、『歓迎』が上書きされた。
「そうでしたか! 何とお礼を言って良いか……」
顔色を変えた大人の一人が、三人に近づいた。こんな場面で口火を切るのは、
「わたしは、その子達と同じです。助けて下さったのは、二人ですよ」
リアが笑顔で後ろの二人を差し、後ろに並ぶ二人は、ペコリと会釈する。
男は後ろに並ぶ二人を見ながら、ニコニコと笑い掛けた。
「そうでしたか! ありがとうございます!」
そんな男の様子に、レナとフィールも、照れ隠しに微笑んだ。
「見ての通り、何もない村ですが、よければぜひ、泊まっていって下さい」
愛想のいい笑顔を三人に近づけながら、話を続ける。
「自分の家は、大した所じゃありませんが宿屋を経営しています。三人とも、お代は結構ですので、今夜は泊まっていって下さい」
「……え? わたしも、ですか?」
男の言葉に、リアが反応した。男はそんなリアにも、優しく笑い掛けた。
「ああ。君も大変な目に遭ったろう? 構わないから、今日は泊まっていきなさい」
リアは愛想笑いを返しつつ、後ろの二人を見た。
二人とも、態度には出さないようにしているが、夜通しの移動と、盗賊達の撃退に、海リュウとの戦い。浮かべている平気な顔をよく見れば、疲労困憊な様子が見て取れる。
「……じゃあ、お願いします」
「うん。では、早速ご案内します」
男に促されるまま、三人は村の中へ入っていった。
歩いていく三人の隣に、助けた子供達が寄ってきて、改めてお礼を言ってくれた。
子供達の純粋な笑顔に、フィールもレナも、心を癒される。そして、そんなリアら三人を見ながら、他の大人達も、笑っていた。
「ここです」
子供達とも途中で別れ、村の一番奥にある、村で最も大きな建物に着いた。
「それでは、こちらへどうぞ」
「……あ、すみません、一つ良いですか?」
男に対して、リアが呼び掛けた。
振り向いたのを見て、リアは、耳打ちするように言った。
「あの子達には黙ってたんですけど……僕は、お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんです」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やっとベッドだよー」
部屋に入り、宿屋の主人が去っていくなり、声を上げたレナはベッドに跳び込んだ。
個室でも良かったのだが、せっかくだからと三人一緒の部屋になった。
「しばらく、ゆっくり眠りたいわね……」
フィールも、全ての剣を外した後は、靴も脱がないままベッドに寝転がった。
「……」
そして、リアはと言えば、相変わらず無口に、窓の外を眺めている。
「どうかした?」
「……別に」
フィールに返事をしながら、部屋の出入口のドアに立つ。
「どこ行くの?」
「……風呂」
振り返りもせず返事をして、部屋を出ていって、鉄の靴音が聞こえてくる。
靴音が聞こえなくなったところで、ベッドに突っ伏していたレナは立ち上がった。
「……どうしたの? レナ……」
立ち上がったこと自体は普通なことだが、それにしても、やけに勢いよく立ち上がった。
そんなレナは、質問に対してフィールの方へ向き直るが、その目はカッと見開かれ、白目は血走っていて、鼻息がヤケに荒くなっている。
「……決まってるじゃん……」
鼻息と同じく、口からの吐息まで荒くしながら、レナは、フィールの質問に答えた。
「覗きだよ」
「……覗き? なにを……?」
じれったい。そう言いたげにフィールに迫りつつ、両手に拳を握る。
「だから決まってるじゃん。リアだよ、リア……」
そう言うレナの態度からは、いつもの控えめさや清楚さは完全に消えている。
どころか、さも歴然としたことを言っているという、間違った自信が総身に溢れている。
「……いや、リアを覗くって、なんで?」
「なんで? だって、他でもないリアの裸だよ。綺麗で可愛くて格好良いリアの裸なんだよ。それが目の前にあるって言われたら、覗くもんでしょ普通……」
「普通? 覗くのが、普通なの……?」
諭すような声でそう問い掛けるフィールに、レナもまた問い掛けた。
「フィールは見たくないの? あのリアの裸」
「リアの、裸……?」
「そう。リアの裸」
「……リアの、裸……」
繰り返し言われて、思い浮かべてみる。
長い髪の下に隠れた、大きな瞳を光らせる、美しい顔……
古くて真っ黒な服の下に見える、可愛らしい手足……
それらを包み込み、美しく見せている、健康的な白い肌……
そんな魅惑的な肌に包まれた、小さく可愛らしい全身……
「はい、鼻血拭いて」
「……!」
その言葉と、差し出されたハンカチで正気に戻った。
急いでハンカチを受け取って、鼻に当てた。
「ね? すごくね?」
最高潮なテンションのまま、語られるその質問に、答えることはできなかった。
覗きは、間違いなく間違っている。
だが、リアの裸というものは、フィールにとっても確かな魅力がある。
「想像するだけで垂涎垂血のお宝が目の前にあるんだよ。覗きに行かなきゃ女じゃないでしょ」
「女じゃない……?」
男じゃない、というセリフなら聞いたことはある。しかし、女じゃない、というセリフは、少なくともフィールは初めて耳にした。
(……ていうか、レナって、こういうキャラだったんだ……)
気弱で清楚、控えめながらも戦う勇気を持つ少女。
出会ってから今まで、そんなイメージを持っていただけに、そのギャップから来る衝撃は中々のものがあった。
「そんなわけだから、わたしは走るよ! 目の前のお宝に向かって!」
「ちょ、レナさん……?」
なぜかさん付けになってしまったフィールが止める間も無く、堂々と宣言したレナはドアに手を掛け、部屋の外へ出て……いこうとした。
「……え?」
ドアの外へ一歩、足を踏み出した瞬間、その勢いのまま、廊下に向かって倒れ込んだ。
「レナ! ……え?」
そんなレナを見ながら、部屋に入ってきたのは……
「リア……レナに、なにしたの?」
その質問に、リアは答えず、なぜか左手に握っていたものを放り投げた。
「これ……リアの、靴?」
硬い音を響かせて、床を転がった金属製の靴を拾い上げて、確かめてみる。
見たところ何の変哲もない、靴底や、表面全てが金属で覆われた、ありふれた黒い鉄靴だ。
フィールは履いたことが無いが、内側は鉄による足への負担が少なく済むよう、布やスポンジ等の柔らかな素材が使われていて、見た目以上に履き心地や歩き易さは良好らしい。
本来、武器ではなく、危険な場所での足の保護を目的として作られたはずのその靴は、長年の猟仕事や、戦闘の傷跡がいくつも刻まれていること以外、おかしな点はない。
そもそも、仮にレナの言葉を聞いていたとして、なぜわざわざ靴を脱いだのか……
「……うん?」
と、靴には何も無いと判断し、リアに返そうと思ったところで、あることに気付いた。
足を納める、靴穴を覗いた時だった。再びそこをよく見ようと、顔を近づけた時……
「……臭っさ!?」
思わず大声が出て、思わず顔から離した。
「何年も素足で履いてるんだ。臭いに決まってるだろう」
「えー……」
平然と答えられた、仕様も無い真実に、身構えていた体が脱力させられる。
そして同時に、そんな真実を明かされたことで、手元の鉄靴をもう一度見てみた。
醜い物は見てみたい。不快な音は聞いてみたい。怖ろしい場所には行ってみたい。
同じように、臭そうなものは嗅いでみたい。
人間とは不思議なもので、命にさえ関わらなければ、嫌なものでも、逆に一度は体験してみたいと望んでしまう。
そんな衝動に駆られ、その靴へ、鼻を近づけ……
「レナみたいになりたくないなら、やめとけ」
そんなリアの言葉が聞こえ、顔を止めた。
「少なくとも、直で嗅ぐのは危険だ。俺もたまに気絶する」
「うそぉん……」
つまり……というより半ば分かってはいたが、レナを気絶させたのは、リアの靴の臭い。
しかも、リア自身さえも気絶させる威力の悪臭とは……
「洗おうよ、そんなに臭うなら……」
「時々拭いてる」
「……拭いてる、だけ?」
「一足しかない。靴は乾きにくい。乾くまでの数日間、素足でいろっていうのか?」
もっともらしい意見ではあるが、そうせずともやり様はいくらでもあると思う。
たとえば……
「靴下、履いたら?」
「いやだ」
フィールはただ、当然のことを言った。
非の打ちどころのない、誰にとっても無難で真っ当な正論だった。
それに対してリアは、強烈な形相を浮かべ、フィールを睨みつけて。
「……靴下だけは、死んでも履かん」
そう語る口調は、絶対に許してはおかぬという、強すぎる決意がにじみ出ている。
(靴下に恨みでもあるのかしら……)
「……て、どうして戻ってきたの? お風呂に入るんじゃ、なかったの?」
あからさまな話題の転換だったが、リアは特に気にすることも無く、足もとに倒れているレナを担ぎ上げる。
それをベッドに寝かし、布団を掛けてやった後、ポケットをまさぐった。
「……財布。預かっておいてくれ」
「あ……うん、分かった。まあ、村の人達は良い人達みたいだし、大丈夫とは思うけど」
「……――……」
「……え?」
財布を受け取ったフィールに対して、リアが何か、ぼそぼそと呟いた気がした。
聞き返してみると、リアは既に靴を履きながら、フィールを見て……
「髪の毛、普段の色も良いが、赤色も似合ってるな」
「……ありがと」
「魔法を使ったら、ああなるのか?」
「……そうみたい」
それだけ会話して、今度こそ、部屋を後にした。
「……ふふ」
気になることは色々ある。だがそれ以上に、直前に新たに知ることになったリアの真実は、フィールから笑いを込み上げさせた。
怪力と、鉄靴と、長刀。それらに次ぐ、第四の武器の存在。
第四の武器のせいで、隣のベッドで目を回している仲間。
そして、リアがなぜだか抱いている、靴下に対する強烈な嫌悪感と変なこだわり。
落ち着いて思い返してみたらあまりにバカバカしくて、ついさっきまで殺伐としていた旅に、少しだけ楽しみを見出すことができた。
フィールが新たな発見に微笑んでいる頃。
リアは脱衣所で服を脱ぎ、髪の毛を掻きむしり、足もとの籠の中に小物をボトボト落としながら、直前にフィールの前で呟いた、本当のセリフを繰り返した。
「良い人達……だと、いいけどな……」




