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2017年/短編まとめ

嘘について

作者: 文崎 美生

(ムラサキ)先生は」

「僕は君の先生ではありませんよ」


昔ながらの喫茶店の隅の席、ボックス席に腰掛けた私に、目の前の先生は眉を寄せる。


「……紫先生は、嘘ってこの世の中に必要だと思いますか?」


頼んでいたメロンソーダとアイスコーヒーが置かれ、緩く頭を下げた先生が「何ですか、藪から棒に」と問う。

神経質そうな指先が、眼鏡のブリッジを押し上げた。


私は私でグラスに入れられたストローで、カラコロと中の氷を揺らす。

高い音が響くのを聞きながら「ちょっと気になったんです」と答える。


「それは、どの程度の規模の話です?」

「どんな規模でも」

「と、言われましてもね」


まるで駄々をこねる子供を見たように、先生は肩を竦めてストローに口を付けた。

グラスの中身が減っていく。

「だって」私が吐き出すそれは、まあ、確かに、駄々をこねる子供の声のような響きだ。


「嘘って結局どこまでいっても嘘じゃないですか。嘘から出たまこと、なんて言葉もありますけど、それも最初は嘘なわけです。悪いこと、じゃないですか。そんなのが正当化される世の中、おかしくないですか」


カラコロカラコロ、絶えずストローでメロンソーダを掻き回しながら言う。

耳障りらしいその音に浅く息を吐いた先生は、喉仏が浮いた首を左右に振る。

「……僕は君と道徳の話をする気はないですよ」と言いながら、前歯で軽くストロー噛んでいた。


私が言葉を続けていた間、アイスコーヒーは中身をどんどん減らしていき、グラスの半分ほどまでになっている。

対して私のメロンソーダは減らず、グラスには大量の水滴が浮いてきた。

それを指で拭いながら、あはは、と声を上げて笑う。


「私もないですよ。それなら、もうちょっと、ちゃんとした人に聞きます」

「君も大分失礼な事を言いますよね」

「だって紫先生、どっちかっていうと犯罪者側じゃないですか」

「誰が犯罪者ですか」


カロン、氷の崩れる音を聞いた。


「君の方が余程犯罪者側でしょう。前科一犯の保護観察対象者」


先生の目がすぅと眼鏡の奥で細められる。

その目を見ながら、私はやっと水っぽくなったメロンソーダに口を付けるのだ。


「何ですか、保護観察官さん」


水っぽいメロンソーダは美味しくない。

ついでにいうと、炭酸も抜け始めており、甘さが強過ぎた。

ぺろり、舌を出せば、先生はテーブルの上に肘を置き、指を組んだ。


「……僕もどちらかというと嘘をつく側の人間ですし。そんな人間が何を言おうと、それはただの弁解になるんでしょうけど。……それでも、誰かの為についた嘘はこの世の中に存在するし、あの嘘が君を救う為につかれた嘘だったという事は、君だけは覚えておいても良いんじゃないですか」


いつになく饒舌で、よく回る舌だと思った。

店内の明かりを反射する眼鏡で、先生の表情がいまいち読み取りにくく、私は震えそうな息と共に「……大人ってずるいですね」と漏らす。

すると、かちゃり、音を立てて眼鏡を押し上げた先生が、それはそれは楽しそうに、意地悪そうに笑った。


「そりゃあ、大人は嘘をつくのが上手ですから」

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