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犬が歩くと罠ができる  作者: あきのやぶか
0章
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0話

~2017年 日本 S県S市A河川敷~


遥か頭上から爆発音が聞こえる。

それに合わせて周囲から歓声が上がる。

信号待ちの時間…私は顔をあげる事すらせずうつむく。


人間という生物は生まれながらにして欠陥があるらしい。

古来日本を生み出したのは余分な棒を持つ男神と穴ぼこの空いた女神だったという。

神でさえ欠陥があるというのにさらに本来備えている機能を失った私はとんでもない欠陥生物なのではないだろうか。


また爆発音が聞こえる。

周囲であがる歓声が、沈んだ気持ちをさらに沈下させる。

そんな私の様子を察したのか隣に座る相棒が身を少し寄せてくる。


「大丈夫だよ…」


そう声をかけた瞬間、雑音の中聞こえていた音が”止まれ”から”進め”へと変わった。

私には音が世界を知る術だがすべてが意味を持つものではない。

大半が無意味なものであり周囲の歓声も雑音に他ならない。


「今日は本当にうるさいね?」


私の歩きながらの問いに、相棒は答えないがいつもより少しこわばった歩き方から緊張が伝わってくる。

本来ならこの道は静かで、私にも相棒にも歩きやすい道なのだ。

いつもと違う環境に私は苛立ちを隠せない。


(少し落ち着かなきゃ…)


私の苛立ちは私自身が思っているよりもダイレクトにこの子に伝わる。

それでこの子が何をするわけでもないが少なくともいい気分にはならないだろう。

この子がいなければ私は外を出歩くことなどできない…

ならばせめてこの子には気分よく隣に居てほしい。

私の光であり相棒。

かつて失った光の中で新たに見つけた光。


それが隣を歩く「ブラン」


名前の由来は目がブラウンでとても美しいからだそうだ。

あいにく今の私にはブラウンがどんな色だったかすら思い出せない。

光を失って久しい私の脳からは必要ない色という記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

いや、色だけではない。

友人や親、果ては自分の顔すらも思い出せない。

私の思い出は黒く塗りつぶされてしまっていた。


ふと背後に聞こえる”進め”が再び”止まれ”に代わっていることに気が付いた。

どうやら無事横断歩道を渡り切ることができたらしい。

周囲の感じからしてまだ人は大勢いるらしい。


爆発音が上がりまた歓声が上がる。

ブランはなるべく人の少ない方へと私を誘導してくれる。

その時だった。


今までに聞いたことのない音が頭上から聞こえた。


何かがひび割れるような音。

ガラスにひびが入るような高い音ではなく、もっと低い音。

誰かがつぶやく。


「なに?あれ…空が…」


私も立ち止まりなんとなく顔を上げてみた。

何も見えなかったが音はまだ続いている。

音は先ほどよりも大きくなっている。

周囲のざわめきも大きくなるがそんなことはどうでもよかった。


この音はまずい。


直観的に悟るには十分すぎるほど不気味な音。

本来そこに存在しないはずのヒビがたてる音は、今まで聞いたどんな音よりも気色が悪かった。


「いこう…ブラン…」


そうつぶやいた瞬間。


バキン…


空虚に何かが壊れる音がして周囲の歓声がやんだ。

静まりかえった空間の中で聞こえるのは”止まれ”の音だけ。


「あっ…」


誰かがつぶやく。


「空が落ちてくる…」


何かが壊れた音がした。

頭上からは何かが落ちてくる音が聞こえる。

両親が見ていた映画で隕石が落ちてくる音に酷似していた。


「グルルル…」

ブランの唸る声が聞こえる。

盲導犬として育てられた彼女が絶対に上げることはない威嚇の声。


「ブラン?」

ブランに声をかけた瞬間…


周囲は怒号と悲鳴で溢れ返り、私は地面に押し倒されていた。


「何ッ!?」


倒れた衝撃でブランのリードを離してしまいパニックになる。

逃げる人に右の足首を踏まれ鈍い音が頭の中で響き激痛が走る。


「ああああぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」


足首が折れた痛みで絶叫する。


(痛い痛い痛い痛い…)


涙があふれ嗚咽が漏れる。


(逃げないと私死ぬっ!!)


死にたくない一心で両手を地面につき立ち上がろうとするが背中に衝撃を感じ顔面をコンクリートに打ち付ける。


「なに寝転んでんだ!! 邪魔だろうが!!」


私に躓いて転んだであろう男の罵倒が頭の後ろから聞こえるがそんなことはどうでもよかった。


今度は鼻と前歯が折れたらしい。

口の中に血の味が広がり痛みで息もできない。


「あ…あ…」


うまく言葉が紡げない。

何も考えられない。

痛みと恐怖が私の思考を埋め尽くす。


「ブラン…どこ…ブラン…」


痛みでうまく言葉が発せない。

周囲の悲鳴と頭上の音が私の恐怖を増長させる。


「ブラン!!」


涙が止まらない。


「ブラン…」


いつも隣にいた相棒はいない。

私はまた光を失ってしまうのだろうか?

そんな恐怖が新たな波となって心に押しよせてくる。


頭上に聞こえる音はかなり近づいていた。

それに伴って周囲の建物に何か硬いものがぶつかり壊す音も聞こえる。


「空って硬かったんだ…」


意味の分からない言葉が口をついて出た。

涙と血でぐちゃぐちゃになった口角が緩むのを感じる。

私はトチくるってしまったのだろう。

なにがおかしいのかわからないが笑いがこみ上げてくる。

足の痛みも何もか感じない。


「あはは…あはははははっ」


なんてつまらない人生だったのだろうか。

一度、絶望に突き落とされた。

再び得た光にも裏切られてられた。

こんなつまらない人生ならいっそここで終わった方がいいだろう。

そう思ったら笑えてきた。


「はははは…」


すぐ横の建物が崩れる音がする。

悲鳴が押しつぶされる音。

なんて不快な音だろう。


車が人の列に突っ込む音がする。

耳障りな音だ。


近くから火が上がる音がする。

新たな悲鳴が上がりそれとともにあふれた熱気が私を包み、鼻孔を焼く。


笑いが止まらない。

目が見えず、身動きもとれない私よりも先に五体満足な健常者が死に至る。

真っ先に死んでもおかしくない私が生き延びているのは、何て愉快な冗談だろう。


建物が崩れ落ちる音がする。

粉塵と火の粉が降りかかり不愉快だ。


「帰ったらお風呂入らなきゃ…」

ふとそんな普段だったら他愛もないつぶやきが出た。

私はもう笑っていない。

燻っていた怒りが燃え上がる。


「…ふざけんなよ」

ついで出るのは怨嗟の声。


「ふざけんなよ!!」

止めどなく溢れる感情は音になる。

鼻の痛みも足の痛みも感じない。


「なんだよ!!なんなんだよこれは!!!」

頭上の落下音は大きくなりそれと同じように声も大きくなる。


「私の人生滅茶苦茶にして!!全部奪ってこの仕打ちか!!!!!」

誰にも届かない絶叫が響く。


「返せ…返せよ!!!ブランを、私の人生を返せよ!!!!!!!」

建物が崩れる音が絶え間なく響く。

もう周囲の絶叫もまばらになって何かの落下音がよく聞こえる。

隣で建物が崩れる音がする。

何かはもう頭上まで迫っていた。


激情が燃え尽きた後に残ったのは人生の後悔などではなく…


「ブラン…」


彼女に会いたいそれだけの感情だった。



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